フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第3話 新たな日常

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 真紅の刀を携えた千秋が傀儡吸血姫の元へと駆ける。そのスピードは並みの陸上選手より速く、短距離走の大会なら優勝を狙えるレベルだ。

「切り裂く!」

 傀儡吸血姫は千秋の強襲に驚いて迎撃態勢を取れていない。その隙に刀が一閃して一体の傀儡吸血姫を両断し、血しぶきにも似た赤い粒子をまき散らして消えていく。

「千祟千秋・・・貴様は!」

 傀儡吸血姫は操り人形といっても意思のようなものはあるようで、千秋に対して憎悪を向ける。あるいは主たる者の感情がコピーされているのかもしれないが。

「フッ・・・その程度で私を倒せると思わないことね」

 千秋は敵の攻撃をすり抜けて反撃し、また一体を倒した。しかしまだ十人近く残っており、一人で相手をするには厳しい状況に見えるが千秋は臆することなく立ち向かう。
 
「くたばれ!」

 叫びながら大きな鎌を振り下ろす傀儡吸血姫。だがその大振りな攻撃は千秋にとって回避するのは造作もない。

「くたばるのはそっちよ」

 鎌を腕ごと斬り飛ばし、胸部に刃を突き立ててトドメを刺す。

「赤時さんの血のおかげね・・・こんなに動けるなんて」

 元々千秋の戦闘力は吸血姫の中でも高いほうなのだが、フェイバーブラッドを吸収したことで生みだされる爆発的なエネルギーが更に千秋をパワーアップさせる。そのためこれまでにないほどの機動力を発揮することもできるし、その手に握る刀の威力も増しているようだった。

「これなら勝てる!」

 続けざまに敵を両断、これで残りは三体となる。戦闘開始から間もないのに単騎でこれだけの戦果を挙げることができれば上出来だ。

「お前はそれだけの力を持っていながら何故人間の味方をする!? 千祟の者なら、この世を薙いで新世界だって作れるはずだろう?」

「私はそんなものに興味はない。手に入れたいのは平穏な時間よ」

「お前に期待している我らの主を無碍にして、そんな考えで動くのか?」

「貴様には関係の無いこと・・・!」

 苛立ちを募らせた千秋の一撃が炸裂し目の前の敵を打ち砕く。そして残りの傀儡吸血姫の逃走を許さず、ついに全滅させることに成功した。

「凄い! 凄いよ千祟さん! あんなにいた敵を一人で倒しちゃうなんて!」

「たまたま上手くいっただけよ。それにあなたの血のおかげね」

「私の?」

「ええ。フェイバーブラッド由来の力があったから、数を上回って優位に戦うことができたの」

 戦闘中は全く役に立てなかった小春だが、そう言ってもらえて少し誇らしい気持ちになり、誰かの力になれたという実感を始めて味わったようにも思えた。

「さて・・・早速で悪いのだけれど、血を貰えるかしら。まだ余力は全然あるとはいえ補給できる時にしておきたいの」

「うん、いいよ」

 小春は横髪を手で避け千秋に首を晒す。最初は怖さもあったが二度目の今回は安心して差し出した。

「ありがとう。では・・・・・・」

 千秋の細い指が小春の肩を抱き寄せ首元に噛みつく。

「んっ・・・・・・」

 チクリとした痛さは最初だけで、すぐに心地よい感触に変わる。血を抜かれているとは思えないほどの幸福感に包まれていた。

「これくらいでいいわ」

「そ、そう?」

 前回とは違って吸血自体はすぐに終わった。千秋の消耗が少なかったことと、今回は理性を保てていたためだ。

「もっと・・・吸ってもいいけど・・・・・・」

「また今度ね。今はお腹いっぱいよ」

 断られた小春は疼く首筋に手を当てながらちょっとだけガッカリしていた。もっとあの感触を味わいたいという欲求をどう満たしたらいいのか分からない。

「ねえ千祟さん。吸血姫の吸血って、なんていうか・・・気持ちいいものなんだね」

「それは私達の相性がいいからなのでしょうね」

「そうなの?」

「普通、吸血は痛みと不快感を伴うものよ。でも相性のいい相手だと心地よさや安心感を覚えるの。赤時さんがそう感じるなら、きっと私達がそうだからなのよ」

 もし全ての吸血が心地よいものなら人間は吸血姫にとっくに組していることだろう。実際、小春は千秋に身を委ねてもよいかとさえ思えてしまうのだ。それは非日常に足を踏み入れた興奮からくるものではない。

「そういえば、フェイバーブラッドのことは誰にも話してはいないわよね?」

「うん。誰にも」

「それならいいの。もしこの話が広がったらあなたの身が危険に晒されることになる」

 希少なフェイバーブラッドを手にしたいという吸血姫は多い。特に過激派連中に知れたら間違いなく狙われることになる。

「千祟さんの許可なく喋らないよ」

「相手が共存派であってもね。戦いでは裏切りやスパイも常套手段だから、油断してはダメよ」

「千祟さんは私を裏切らないよね?」

「当然。私はアイツらとは違うわ」

 千秋の言葉には強い意思が籠っているように感じ、小春はそんな千秋なら信じてもいいとゆっくり頷いた。

「さあ、ここに用はもう無いわ。帰りましょう」

「そうだね。でも深夜だしどうやって帰ろう?」

「迎えを呼ぶわ」

「迎え?」

「私のママ・・・お母さんを」

 相変わらずママ呼びで赤面する千秋。そんなに恥ずかしいなら気を付ければいいのだが、長年の呼び方は自然と出てしまうものだ。





「おまたせ。今日もお疲れ様」

 千秋の連絡を受けて車でやって来たのは美広だ。削岩施設の近くで合流し千秋達が乗り込む。

「遅れてゴメンね」

「ううん、来てくれただけでありがたいもの。それに今日だって急な休日出勤で疲れているのに、呼んでしまって悪かったわ」

 どうやら小春に昼食をご馳走した後で会社に呼び出されていたらしい。

「わたしはあなたの保護者だもの気にしないで。本当はわたしも参戦できればいいんだけどね・・・・・・」

「ただでさえ長時間労働でボロボロなんだから、それで戦っていたら本当に死んでしまうわ。戦いは私に任せて」

 なんだか日本社会の闇を見た気がして小春は悲しくなった。いくら吸血姫であっても劣悪な労働環境からは逃れられないようだ。

「赤時さんも怪我はありませんか?」

「はい。千祟さん・・・千秋ちゃんが守ってくれたので」

 物陰で見ているだけだった小春は敵に存在を認知されてすらいないので、厳密には直接的に守ってもらったわけではないが。

「それなら良かったです。ではお家までお送りしますね」

 初の戦闘参加も無事に終わりホッとしながら家路に就く小春。だが、これは長く辛い戦いの始まりに過ぎなかった。小春がそれに気がつくのはまだ先の話である・・・・・・





 翌日、週明けの月曜日となりいつも通りに高校へと登校する小春。しかし先週までと違うのは吸血姫の知り合いができたという点だ。

「おはよう、千祟さん」

 自分のクラスである2年3組に入り、教室の端の席にてつまらなそうに座っている千秋に声をかける。それに驚いたのは千秋当人だけでなく、クラスメイトも同じだ。何故なら小春がこれまで千秋と関わりを持ったことなどなく、というより孤立した存在の千秋に接触する者は少ないためでもある。

「お、おはよう」

 少々ドギマギしながらも挨拶を返す千秋。嬉しいと思う反面、他のクラスメイトから注目されるのが嫌だという感情もあった。
 そんな千秋に笑みを返し小春は自分の席へと座る。

「ねぇねぇ小春。千祟さんと友達だったっけ?」

 小春の友人である美奈子が不思議そうな顔をして小春の隣の席に腰かける。

「うん。ここ最近になってからだけど」

「そう。何があったらあの千祟さんと友達になれるの?」

「うーんとね・・・・・・」

 まさか吸血姫のことを話すわけにはいかず、どう答えたものか迷ってしまう。

「赤時さんとは趣味が同じで、それで」

 いつの間にか近くに来ていた千秋がそう助け船を出してくれたが、趣味が同じとはどういうことだろう。

「そ、そうなんだ」

 初めて美奈子は千秋と会話したらしく、アワアワとした様子で頷いている。

「千祟さん、話を合わせてくれたのはいいんだけど、趣味が同じっていうのは・・・?」
 
 小さな声で問いかけると、千秋は小春の鞄に付けられた気味の悪い幽霊型キーホルダーを指さす。

「それ、ナイトメアレヴナントでしょう?」

「知ってるの?」

「ええ。私もあのアニメ見てたの」

「そうだったんだ!」

 そのキーホルダーのキャラは以前放送されていたアニメに登場する雑魚敵で、あまり人気とは言えないが小春は好きだった。

「そっかー。千祟さんもアニメとか好きなんだね」

「まあね。私が頑張るのもアニメやゲームのためと言っても過言ではないわ」

「ああ・・・千祟さんの言ってた守りたい文化っていうのはそういう・・・・・・」

 先日の会話を思い出し、人間自体は別に好きではない千秋が守りたい文化とはサブカルチャーのことだったようだ。

「今日さ、お昼ご飯一緒に食べない?」

「えっ、いいけれど・・・お邪魔じゃないかしら」

 昼食を誘ってもらえたが、小春の友人も一緒だろうし自分が居ては場の雰囲気を悪くするのではと危惧しているのだ。

「心配ないよ。ねっ美奈子」

「うん、邪魔なんてことはないよ。むしろご一緒できて嬉しいよ」

 実は千秋はクラス内で密かな人気があった。端麗な容姿とミステリアスな雰囲気で近づきにくさはあるけれど、むしろ独特な存在感に惹かれる生徒も多い。

「ならいいのだけど・・・・・・」

「じゃあまたお昼にね」

 朝のホームルームを知らせる予鈴が鳴り各々が自分の席へと戻って行く。
 千秋の背を見送りつつ、いつも以上に午前の授業が早く終わってほしいと思う小春であった。





 その日の放課後、千秋の姿は学校の屋上にあった。別に飛び降りようというわけではなく、ここに呼び出されたのだ。

「よっ、待たせたな」

「そうね。十二分も待たされたわ」

「そりゃあ悪かった」

 屋上の入口から現れたのは金髪の女子生徒だった。明らかに校則を無視して着崩した制服は様になっていて、胸に付けられた名札には相田朱音(あいだ あかね)と記されている。

「そういやさ、今日は珍しく人と昼ごはん食べてたじゃん? いつの間に赤時さん達と仲良くなったん?」

「色々あったのよ。それより要件を話してちょうだい。まさか世間話をするために私を呼び出したのではないでしょう?」

「ああ。勿論重要な話があってのことだよ」

 赤い瞳を千秋に向け、朱音は先ほどまでの柔和な表情を崩す。

「付き合ってくれ」

「お断りよ。なんでアンタと交際しなければならないのよ」

「言い方が悪かった。今週の金曜日、過激派の隠れ家を潰すから手を貸してほしいんだ」

「紛らわしい言い方しないで。今週の金曜ね、分かったわ」

 朱音もまた吸血姫の一人である。だからこそ過激派に対する襲撃を企て、千秋に共闘を持ちかけたのだ。

「工業エリアにある廃工場・・・そこに敵が巣くっているようだ。詳細は後で携帯に送っとく」

「そう。ていうか、別に会わなくても最初から携帯に連絡してくれれば済む話じゃない?」

「まあほら、対面でのコミュニケーションって大切じゃん? お願いする立場なのに文面だけで済ますってのはアタシの性に合わないし、仁義は守らないと」

「なら校則も守りなさいよ」

「ごもっとも」

 バツの悪そうな顔をしながらウインクを飛ばす朱音。大抵の女子生徒ならこれで落とせるのだが、千秋にはまったく通用せず無視される。

「じゃあ用が終わったのなら私は帰るわ。見たいアニメの再放送があるのよ」

「好きだねえ、そーゆーの」

「私の数少ないモチベーションなのよ。それじゃあね」

 千秋は手をヒラヒラと振りながら屋上を去って行く。
 小春との出会いで新たな日常が始まったが、吸血姫としての戦いは終わらない。次の激戦に備え今は休息を取ることにした。

    -続く-
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