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第3話 異世界ナイトフィーバー
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ゴブリン達との戦いに勝利した詩織達は再び馬車にて帰路に就く。どうにもその乗り心地の悪さに慣れないが、移動手段が少ない異世界においては仕方のないことだ。
「とりあえず休める場所がほしいな。もうクタクタだよ」
言葉にしたのは詩織だが他の三人も心では同じことを思っていた。
「なら、行きで利用した宿に向かおう」
リリィはサラッと言うが、おそらくまたタダで泊まる算段なのだろう。王族特権にあやかれるのは嬉しく思うも、同時に宿の経営者に対して若干の申し訳なさを感じるのは詩織が元の世界での庶民感覚を忘れていないからだ。
「それにしても大きい宿だ」
戦場となった広原から暫く移動し、交易都市メルスデルに到着すると一目散に宿へと向かう。戦いの緊張から解放された四人は早く休息を取りたかった。
「このメルスデルはタイタニア王国でも有数の大型都市だし、交易が盛んだから他国のゲストをもてなすための宿泊施設も多くあるわ。特にこのハイルングアルベルゴはこの街で一番の宿泊施設なの」
行きのときは戦闘前であるために緊張していて街とか宿だとかに感心を寄せる余裕はなかったので、改めてリリィの解説を聞くことでこの世界についての新しい知識を頭に入れる。
「そこを無料で使えるんだから、スローン家は本当に凄いんだ」
「まぁね!ちょっと気が引けるけれど、王族が利用したということ自体が宣伝になるから宿側にもメリットがあるのよ」
四人はエントランスで盛大に歓迎を受け、客室へと案内される。王族一行が魔物の討伐に成功したという事に感激したようで行きで寄った時よりも従業員達の熱気は高かった。
「どうしたの?顔を赤くして」
「こんなに人に感謝されることなんてなかったから、ちょっと照れくさくてさ」
「ふふっ、シオリはウブなのね」
称賛の言葉を次々と投げかけられ、詩織は嬉しさと気恥ずかしさで高揚しているのだ。対するリリィはそうしたことに慣れているらしく、手を振りながら返事を返していて王族としての風格すらも感じさせるほど堂々としていた。
「これから先も、こうして歓迎されるように頑張ろうね!」
「うん!」
交わされた二人の笑顔が、互いの心を何よりも暖めたのだった。
用意された部屋は前回の四人用とは異なる二人用のもので、詩織とリリィ、アイリアとミリシャで分かれて泊まることになった。どうやらアイリアはリリィと一緒がよかったようで、不満の目を詩織に向けてきたうえ、
「リリィ様に無礼なことをしてみろ・・・ナイフで解体してやる・・・」
といった脅し文句を呟いて去っていく。ゴブリン達から向けられた敵意よりも強烈で詩織は冷や汗をかきながら見送る事しかできなかった。
「アイリアはわたし以外の人と友好的に接しようとしないの」
「リリィに対しては忠実って感じだよね」
「そうね。まぁ、今度わたしからシオリとも仲良くするよう言っておく」
リリィの指示ならアイリアはそうするだろうが、それでは彼女の本心から友好を結べたことにはならない。これからも行動を共にすることがあるのだろうから、どうにか親睦を深められればいいなと思うが、詩織は人付き合いが得意というわけじゃないのでその方法はまだ思い浮かばなかった。
「シオリ、まずはお風呂に入ろうよ。なんとここから部屋の外に出ると・・・露天風呂があるのです!わたし達だけが使えるものだから、周りの目を気にする必要もないんだよ」
「マジか!」
旅行に行くことなど無い詩織からすれば露天風呂などテレビの中で紹介される手の届かないものだ。
「アイリアとミリシャも呼んでくるね!」
リリィも詩織と同じようにテンションが上がっているようで、スキップしながらアイリア達の部屋に向かって行った。
四人が揃ったところで簡易的な脱衣所で服を脱いでさっそく外に出た。ここは通常の旅客室から離れた場所にある特別なゲスト用の部屋であるうえ、背の高い木製の障壁に囲まれているので覗かれる心配もなく安心して入ることができるのだ。
「夜風が気持ちいいな・・・」
詩織にとって入浴は作業みたいなもので楽しいと思ったことはないが、こういう場所でなら自ら進んで入りたくなる。
今さらこのような和風な文化と洋風な文化がなぜ混ざり合っているのかという疑問は口にしない。この世界ではそうなのだから、受け入れて楽しんだ方が得だ。外国において日本文化を取り入れたものの中途半端な建物や料理となってしまった例はいくらでもあるし、詩織はそれに近いものだと考えることにした。
「シオリの肌はとても綺麗ね。手入れをキチンとしているのが分かるわ」
体を洗いながらリリィが詩織を褒めてくる。これまでそんなふうに言われたことがないので恥ずかしくなりながらも、嬉しい気持ちも大きかった。
「そうかな?普通に洗ったりしているだけだよ。それに私よりもリリィのが綺麗だと思うけどな」
「ふふっ、ありがとう」
立ち上がってその場でクルリと一回転したリリィにアイリアが熱い視線を送っている。どうやら彼女はリリィしか視界に入っていないらしく、その一挙手一投足をまばたきもせずに見つめている。
「それにしても・・・」
「ん?」
「ほんとうにシオリの胸は大きいわねぇ・・・」
「そんな感慨深そうに言わないで!」
慌てて胸を腕で隠し、桶のお湯で体を洗い流すと湯船に逃げる。
「だってあのミリシャと並ぶくらいなのよ。そこに目が行くわ」
リリィの言う通りミリシャと詩織は同じくらいのバストサイズであり、惜しげもなく晒している。きっと自分の体に自信があるのだろう。対するアイリアは小ぶりなようだ。
「どうすればそんなに大きくなるの?」
「し、知らないよ!それに、リリィだって充分大きいんだからいいじゃない」
「もっと大きくしたいなと思って。きっと大きいほうが貫録も出て、王族として尊敬されるようになるに違いないわ!」
「いや、それは関係ないと思うよ・・・」
気づけばリリィが近くに来ていた。
「うひゃあ!」
「柔らかくて触り心地もいいわね」
両手を伸ばしてその大きな胸を後ろから鷲掴みにする。
「なぜ、触るんです!?」
「むしろなぜ触らないと思ったのか。これくらいフツウでしょ」
あまり友人とスキンシップを取ることが無い詩織にとってこうして胸を触られるのは初めてだ。なのでこれが女子の日常なのか、それともこの世界での普通なのかは分からなかった。
「ねぇ、シオリって元の世界で恋人はいた?」
「いないけど。というか、胸を揉みながら訊くことなの、それ」
「いないんだ。こんなにも魅力的なのに」
少なくとも自分では魅力的だと思ったことはない。
「じゃあ好きな人は?」
「それもいないよ」
「ふーん。でもなんかちょっと安心した」
「どうして?」
「なんでかな・・・詩織を誰かに取られちゃうのが悔しいって思っちゃったんだ」
「フフっ・・・何それ」
「わかんないや!」
そのリリィの言葉がおかしくなって詩織が笑い出し、それにつられてリリィも笑う。
「とても微笑ましい光景だと思いませんか?」
じゃれあう詩織とリリィを見つめていたアイリアにミリシャが話しかける。
「・・・別に」
「そうですか?リリィ様があんなに楽しそうなのは久しぶりに見ました。シオリ様の持つ不思議な魅力がそうさせているのかも知れませんね」
見られていることに気づいたのかリリィがミリシャ達にも詩織の体を差し出そうとするが、懸命に抵抗する詩織と格闘している。
「行きますか?」
「私はいい」
「そんなこと言わずに。親交を深めるのも大切なことだとリリィ様がおっしゃっていたでしょう?」
「そ、それはそうだが・・・」
「リリィ様の言いつけは守りませんとね?」
半ば強引にアイリアを詩織達の元に連れていく。
「シオリ様は体のラインそのものが美しいですわね」
リリィにススメられてミリシャが正面から詩織の体を品評しはじめた。その視線にたまらず詩織は顔をそむけてゆでダコのように頬を赤くする。
「そうだよね!」
納得するようにリリィは大きく頷いている。まるで自分の宝を自慢するかのような態度だ。
「ミリシャまでそんなことを言う!」
「照れちゃって!そんなところも可愛いわ」
「逃げ場がない・・・」
リリィとミリシャに囲まれて身動きのとれない詩織はされるがままになっていた。
「アイリアも、ほら」
「わ、私は別にいいです・・・」
「シオリだって触ってほしいって言ってるよ」
「一言も言ってないっすぅ・・・」
とはいえアイリアと交流するにはこのチャンスを活かしたほうがいいと判断し、詩織はアイリアに向き直る。
「アイリアなら、いいよ・・・」
「えっ・・・」
「まぁ、シオリったら大胆ね」
戸惑うアイリアをよそにリリィは愉快そうに笑っている。
あらぬ誤解を生んでいる気がするが、しかしここでやめるわけにはいかない。
「私、アイリアとも仲良くなりたんだ。だからこれはその挨拶みたいなもの!」
ままよと詩織がアイリアの手を掴み、自分の胸へと押し当てた。
「こんな挨拶はしらないが・・・」
いつもの無表情ではなく、困惑を浮かべているのも当然だろう。そもそも詩織自身が自分は果たして何をしているんだと困惑しているのだから。
「リリィ様が認められた相手なのだから、シオリが悪い人間だとは思わない。ただ私はまだシオリを完全に信用しているわけじゃない」
「まだ会ったばかりだから、それは仕方ないよ」
「・・・まぁ、今後の行いを見させてもらって、それで判断する」
「分かった」
少しは距離感を縮められた気がする。まだぎこちない関係だが、今はこれでいいのだ。
夜も深まり、詩織は用意された布団に入る。横になった途端、疲れがどっと押し寄せてきて強い眠気におそわれた。
「えへへ・・・」
「ど、どうしたの?」
もぞもぞとリリィが詩織の布団の中に入ってきて、そのまま詩織に密着して抱き着いてくる。
「シオリっていい匂いがするのよ。こうしてると、とても安心する」
「なんだか赤ちゃんみたい」
「わたしだってたまには甘えたくなるの」
詩織の胸の谷間に顔をうずめてすりすりと感触を楽しむように動いていて、それをくすぐったく感じつつも、リリィの好きなようにさせようと抵抗はしない。詩織はリリィの頭に手を伸ばし優しく撫でてあげる。
「まるでお母さんみたい」
「まだそんな歳じゃないよ」
リリィの体温がじかに伝わってきて詩織の体も熱くなってくるが、その感覚は不快ではなかった。
「でも、すごい包容力よ。シオリママって感じ」
「ママか・・・」
今更ながら元の世界にいる家族はどうしているのだろうと気になった。こちらに来てからというもの、自分のことで精一杯で家族のことは頭にはなかったのだ。
「あっ、外し忘れた」
ふとペンダントのことも思い出し、首の後ろに手をまわして外して頭上に置く。
「ね、それ見せてくれる?」
それを見ていたリリィがペンダントに興味をもったようだ。
「ん?いいよ」
ペンダントを受け取ったリリィは、先端にあるヒビの入った宝石を凝視して驚いたように目を見張る。
「これって、どこで手に入れたの?」
「元々はおばあちゃんの物でね、それをお母さんが引き継いで、お母さんから私にプレゼントされたんだ」
「そう。コレ、ソレイユクリスタルと同じ材質の結晶体だよ」
「えっ?本当に?」
詩織の召喚に用いられたソレイユクリスタル。スローン家に伝わる宝であり、リリィが黙って持ち出した挙句、術の媒介にして壊してしまった。それが無ければ詩織を元の世界に戻すことは不可能らしく、修理されるのを待つしかできない。聞くところによると特殊な鉱石で出来ているので簡単には直せないとのことだった。
「多分・・・いや、間違いなくそうだと思う。でも、どうしてシオリのお婆様が持っていたんだろう。どうやって入手したのか聞いたことはある?」
「私が生まれる前に亡くなっているから、そういうのは聞いたことないな・・・というか、このペンダントの物を使えば元の世界に帰れるのでは?」
「うーん・・・この小ささでは無理でしょうね。それに、ソレイユクリスタルは特別な加工をされてるのよ」
「そっかぁ・・・」
一筋の希望が見えた気がしたが、残念ながら思い通りにはならない。少しの沈黙が続き、気づいたらリリィの寝息が聞こえてきた。どうやらもう寝てしまったようだ。
「私も寝るか・・・おやすみ、リリィ」
その優しい声色は本当に母親のようだが、その自覚は詩織にはなかった。
-続く-
「とりあえず休める場所がほしいな。もうクタクタだよ」
言葉にしたのは詩織だが他の三人も心では同じことを思っていた。
「なら、行きで利用した宿に向かおう」
リリィはサラッと言うが、おそらくまたタダで泊まる算段なのだろう。王族特権にあやかれるのは嬉しく思うも、同時に宿の経営者に対して若干の申し訳なさを感じるのは詩織が元の世界での庶民感覚を忘れていないからだ。
「それにしても大きい宿だ」
戦場となった広原から暫く移動し、交易都市メルスデルに到着すると一目散に宿へと向かう。戦いの緊張から解放された四人は早く休息を取りたかった。
「このメルスデルはタイタニア王国でも有数の大型都市だし、交易が盛んだから他国のゲストをもてなすための宿泊施設も多くあるわ。特にこのハイルングアルベルゴはこの街で一番の宿泊施設なの」
行きのときは戦闘前であるために緊張していて街とか宿だとかに感心を寄せる余裕はなかったので、改めてリリィの解説を聞くことでこの世界についての新しい知識を頭に入れる。
「そこを無料で使えるんだから、スローン家は本当に凄いんだ」
「まぁね!ちょっと気が引けるけれど、王族が利用したということ自体が宣伝になるから宿側にもメリットがあるのよ」
四人はエントランスで盛大に歓迎を受け、客室へと案内される。王族一行が魔物の討伐に成功したという事に感激したようで行きで寄った時よりも従業員達の熱気は高かった。
「どうしたの?顔を赤くして」
「こんなに人に感謝されることなんてなかったから、ちょっと照れくさくてさ」
「ふふっ、シオリはウブなのね」
称賛の言葉を次々と投げかけられ、詩織は嬉しさと気恥ずかしさで高揚しているのだ。対するリリィはそうしたことに慣れているらしく、手を振りながら返事を返していて王族としての風格すらも感じさせるほど堂々としていた。
「これから先も、こうして歓迎されるように頑張ろうね!」
「うん!」
交わされた二人の笑顔が、互いの心を何よりも暖めたのだった。
用意された部屋は前回の四人用とは異なる二人用のもので、詩織とリリィ、アイリアとミリシャで分かれて泊まることになった。どうやらアイリアはリリィと一緒がよかったようで、不満の目を詩織に向けてきたうえ、
「リリィ様に無礼なことをしてみろ・・・ナイフで解体してやる・・・」
といった脅し文句を呟いて去っていく。ゴブリン達から向けられた敵意よりも強烈で詩織は冷や汗をかきながら見送る事しかできなかった。
「アイリアはわたし以外の人と友好的に接しようとしないの」
「リリィに対しては忠実って感じだよね」
「そうね。まぁ、今度わたしからシオリとも仲良くするよう言っておく」
リリィの指示ならアイリアはそうするだろうが、それでは彼女の本心から友好を結べたことにはならない。これからも行動を共にすることがあるのだろうから、どうにか親睦を深められればいいなと思うが、詩織は人付き合いが得意というわけじゃないのでその方法はまだ思い浮かばなかった。
「シオリ、まずはお風呂に入ろうよ。なんとここから部屋の外に出ると・・・露天風呂があるのです!わたし達だけが使えるものだから、周りの目を気にする必要もないんだよ」
「マジか!」
旅行に行くことなど無い詩織からすれば露天風呂などテレビの中で紹介される手の届かないものだ。
「アイリアとミリシャも呼んでくるね!」
リリィも詩織と同じようにテンションが上がっているようで、スキップしながらアイリア達の部屋に向かって行った。
四人が揃ったところで簡易的な脱衣所で服を脱いでさっそく外に出た。ここは通常の旅客室から離れた場所にある特別なゲスト用の部屋であるうえ、背の高い木製の障壁に囲まれているので覗かれる心配もなく安心して入ることができるのだ。
「夜風が気持ちいいな・・・」
詩織にとって入浴は作業みたいなもので楽しいと思ったことはないが、こういう場所でなら自ら進んで入りたくなる。
今さらこのような和風な文化と洋風な文化がなぜ混ざり合っているのかという疑問は口にしない。この世界ではそうなのだから、受け入れて楽しんだ方が得だ。外国において日本文化を取り入れたものの中途半端な建物や料理となってしまった例はいくらでもあるし、詩織はそれに近いものだと考えることにした。
「シオリの肌はとても綺麗ね。手入れをキチンとしているのが分かるわ」
体を洗いながらリリィが詩織を褒めてくる。これまでそんなふうに言われたことがないので恥ずかしくなりながらも、嬉しい気持ちも大きかった。
「そうかな?普通に洗ったりしているだけだよ。それに私よりもリリィのが綺麗だと思うけどな」
「ふふっ、ありがとう」
立ち上がってその場でクルリと一回転したリリィにアイリアが熱い視線を送っている。どうやら彼女はリリィしか視界に入っていないらしく、その一挙手一投足をまばたきもせずに見つめている。
「それにしても・・・」
「ん?」
「ほんとうにシオリの胸は大きいわねぇ・・・」
「そんな感慨深そうに言わないで!」
慌てて胸を腕で隠し、桶のお湯で体を洗い流すと湯船に逃げる。
「だってあのミリシャと並ぶくらいなのよ。そこに目が行くわ」
リリィの言う通りミリシャと詩織は同じくらいのバストサイズであり、惜しげもなく晒している。きっと自分の体に自信があるのだろう。対するアイリアは小ぶりなようだ。
「どうすればそんなに大きくなるの?」
「し、知らないよ!それに、リリィだって充分大きいんだからいいじゃない」
「もっと大きくしたいなと思って。きっと大きいほうが貫録も出て、王族として尊敬されるようになるに違いないわ!」
「いや、それは関係ないと思うよ・・・」
気づけばリリィが近くに来ていた。
「うひゃあ!」
「柔らかくて触り心地もいいわね」
両手を伸ばしてその大きな胸を後ろから鷲掴みにする。
「なぜ、触るんです!?」
「むしろなぜ触らないと思ったのか。これくらいフツウでしょ」
あまり友人とスキンシップを取ることが無い詩織にとってこうして胸を触られるのは初めてだ。なのでこれが女子の日常なのか、それともこの世界での普通なのかは分からなかった。
「ねぇ、シオリって元の世界で恋人はいた?」
「いないけど。というか、胸を揉みながら訊くことなの、それ」
「いないんだ。こんなにも魅力的なのに」
少なくとも自分では魅力的だと思ったことはない。
「じゃあ好きな人は?」
「それもいないよ」
「ふーん。でもなんかちょっと安心した」
「どうして?」
「なんでかな・・・詩織を誰かに取られちゃうのが悔しいって思っちゃったんだ」
「フフっ・・・何それ」
「わかんないや!」
そのリリィの言葉がおかしくなって詩織が笑い出し、それにつられてリリィも笑う。
「とても微笑ましい光景だと思いませんか?」
じゃれあう詩織とリリィを見つめていたアイリアにミリシャが話しかける。
「・・・別に」
「そうですか?リリィ様があんなに楽しそうなのは久しぶりに見ました。シオリ様の持つ不思議な魅力がそうさせているのかも知れませんね」
見られていることに気づいたのかリリィがミリシャ達にも詩織の体を差し出そうとするが、懸命に抵抗する詩織と格闘している。
「行きますか?」
「私はいい」
「そんなこと言わずに。親交を深めるのも大切なことだとリリィ様がおっしゃっていたでしょう?」
「そ、それはそうだが・・・」
「リリィ様の言いつけは守りませんとね?」
半ば強引にアイリアを詩織達の元に連れていく。
「シオリ様は体のラインそのものが美しいですわね」
リリィにススメられてミリシャが正面から詩織の体を品評しはじめた。その視線にたまらず詩織は顔をそむけてゆでダコのように頬を赤くする。
「そうだよね!」
納得するようにリリィは大きく頷いている。まるで自分の宝を自慢するかのような態度だ。
「ミリシャまでそんなことを言う!」
「照れちゃって!そんなところも可愛いわ」
「逃げ場がない・・・」
リリィとミリシャに囲まれて身動きのとれない詩織はされるがままになっていた。
「アイリアも、ほら」
「わ、私は別にいいです・・・」
「シオリだって触ってほしいって言ってるよ」
「一言も言ってないっすぅ・・・」
とはいえアイリアと交流するにはこのチャンスを活かしたほうがいいと判断し、詩織はアイリアに向き直る。
「アイリアなら、いいよ・・・」
「えっ・・・」
「まぁ、シオリったら大胆ね」
戸惑うアイリアをよそにリリィは愉快そうに笑っている。
あらぬ誤解を生んでいる気がするが、しかしここでやめるわけにはいかない。
「私、アイリアとも仲良くなりたんだ。だからこれはその挨拶みたいなもの!」
ままよと詩織がアイリアの手を掴み、自分の胸へと押し当てた。
「こんな挨拶はしらないが・・・」
いつもの無表情ではなく、困惑を浮かべているのも当然だろう。そもそも詩織自身が自分は果たして何をしているんだと困惑しているのだから。
「リリィ様が認められた相手なのだから、シオリが悪い人間だとは思わない。ただ私はまだシオリを完全に信用しているわけじゃない」
「まだ会ったばかりだから、それは仕方ないよ」
「・・・まぁ、今後の行いを見させてもらって、それで判断する」
「分かった」
少しは距離感を縮められた気がする。まだぎこちない関係だが、今はこれでいいのだ。
夜も深まり、詩織は用意された布団に入る。横になった途端、疲れがどっと押し寄せてきて強い眠気におそわれた。
「えへへ・・・」
「ど、どうしたの?」
もぞもぞとリリィが詩織の布団の中に入ってきて、そのまま詩織に密着して抱き着いてくる。
「シオリっていい匂いがするのよ。こうしてると、とても安心する」
「なんだか赤ちゃんみたい」
「わたしだってたまには甘えたくなるの」
詩織の胸の谷間に顔をうずめてすりすりと感触を楽しむように動いていて、それをくすぐったく感じつつも、リリィの好きなようにさせようと抵抗はしない。詩織はリリィの頭に手を伸ばし優しく撫でてあげる。
「まるでお母さんみたい」
「まだそんな歳じゃないよ」
リリィの体温がじかに伝わってきて詩織の体も熱くなってくるが、その感覚は不快ではなかった。
「でも、すごい包容力よ。シオリママって感じ」
「ママか・・・」
今更ながら元の世界にいる家族はどうしているのだろうと気になった。こちらに来てからというもの、自分のことで精一杯で家族のことは頭にはなかったのだ。
「あっ、外し忘れた」
ふとペンダントのことも思い出し、首の後ろに手をまわして外して頭上に置く。
「ね、それ見せてくれる?」
それを見ていたリリィがペンダントに興味をもったようだ。
「ん?いいよ」
ペンダントを受け取ったリリィは、先端にあるヒビの入った宝石を凝視して驚いたように目を見張る。
「これって、どこで手に入れたの?」
「元々はおばあちゃんの物でね、それをお母さんが引き継いで、お母さんから私にプレゼントされたんだ」
「そう。コレ、ソレイユクリスタルと同じ材質の結晶体だよ」
「えっ?本当に?」
詩織の召喚に用いられたソレイユクリスタル。スローン家に伝わる宝であり、リリィが黙って持ち出した挙句、術の媒介にして壊してしまった。それが無ければ詩織を元の世界に戻すことは不可能らしく、修理されるのを待つしかできない。聞くところによると特殊な鉱石で出来ているので簡単には直せないとのことだった。
「多分・・・いや、間違いなくそうだと思う。でも、どうしてシオリのお婆様が持っていたんだろう。どうやって入手したのか聞いたことはある?」
「私が生まれる前に亡くなっているから、そういうのは聞いたことないな・・・というか、このペンダントの物を使えば元の世界に帰れるのでは?」
「うーん・・・この小ささでは無理でしょうね。それに、ソレイユクリスタルは特別な加工をされてるのよ」
「そっかぁ・・・」
一筋の希望が見えた気がしたが、残念ながら思い通りにはならない。少しの沈黙が続き、気づいたらリリィの寝息が聞こえてきた。どうやらもう寝てしまったようだ。
「私も寝るか・・・おやすみ、リリィ」
その優しい声色は本当に母親のようだが、その自覚は詩織にはなかった。
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飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
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