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第56話 再び、王都へ

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 コノエ・エンタープライズの扉が開き、マリカは客が来たのかと緊張して姿勢を正す。しかし、その来訪者がカナエとエーデリアであるのを見て気が抜け、カウンター内の椅子にドサッと腰をかけて二人に挨拶代わりに手を振った。

「いつも通りに暇そうだね。今日はあたし達以外に店に来た人はいないの?」

「いや、午前中に三人ほど来客があったよ。午後は…二人が初めてかな」

「こりゃ仕事をしているとは言えませんな」

「カナエにだけは言われたくないけどね……」

 トレジャーハンターを自称するカナエに労働に関してイチャモンを付けられるのは抗議したいが、実際に利益を挙げられているとは言い難い状況なので何とも言い返せない。

「街の中心区画にある商店街等の立地なら繁盛すると思いますが……」

 この店はフリーデブルクの中心から離れており、住宅街が近いとはいえ普段は人の往来が多い地域ではないのだ。大抵の場合、商店街のような密集地に買い物に行くことが多く、そこから外れた場所にある店になど明確な目的でも無ければ訪れる事はない。

「お宝売却やアレクシアさんからの依頼で稼げたし、商店街に移転するのもアリかもしれないな」

 それが最も現実的な経営改善の手段だろう。代々受け継いできたこの店舗から移転するのは少し寂しい気はするが、背に腹は代えられないのだ。まずは稼げることを一番に考えなければならないのは経営者として当然の判断である。
 二階で寝ている姉に後で相談するかと記憶に留め置きつつ、暇つぶしにしていた読書を再開する。

「アオナさんなら分かるケド、マリカが本を読んでいるのって面白い光景だよな」

「失礼な…私とて旧世界への関心があるのはお姉ちゃんと同じなのだから本くらい読むよ」

 マリカが手にしているのはボロボロの本で、旧世界にて発行された物とカナエにも分かる。金銭的価値は低そうだなとカナエは判断するが、マリカの文字を目で追う様子が宝探しをする自分のように集中しているのを見て興味を持つ。

「そんなに熱心になるほどの内容なの?」

「お姉ちゃんに借りたんだけど、このティーナさんって人にインタビューした内容について記述されていて……ああ、ティーナさんはアンドロイドを作った人なんだよ」

 アレクシアの語るティーナという人物が気になったマリカは彼女について調べてみたくなったのだが、一番詳しそうなカティアは情報をあまり持っていなかった
 そこで学者としての面を持ち、旧世界について調査しているアオナならヒントを得られるかもと訊いてみたところ、前に読んだ本の中でティーナの名を見たことがあると持ってきてくれたのだ。
 ちなみに役に立てなかったカティアはしょんぼりとしていた。

「つまりカティアちゃんのような種族を作ったってこと?」

「うん。で、その人は人類の今後の発展と進化について語っていてさ……もっと長期的な思考をして、自分が種族に与える影響や、進歩しようという気持ちを常に抱きながら毎日を無駄にせず生きるべきだと……」

「長期的ねぇ…そりゃそうだが、我々凡人は日々を生き抜くのに必死で、明日の事も考えられないけどな」

「別に毎日を無駄にしているつもりはないけど、健康的且つ文化的な生活をしろというのは無理があるよね」

 富に余裕がある人間ならいざ知らず、大抵の庶民とは自分の家庭を守ることに必死なのだ。人類全体の将来など思案する余裕など微塵もない。

「考えたところで物事はなるようにしかならん。そもそも魔物だとか自然災害だとかのイレギュラーを制御できるわけもないんだし、流れに身を任せるのも一興ってね」

「カナエにしては珍しく利口なカンジに見える」

「大概マリカも失礼だよな……」

 ジト目を送るカナエにマリカは笑い、本を閉じた。脳のリソースを回すべき事案は他にもあるので、今ここで難しい事を考える必要はない。
 エーデリアに更なる経営への助言を尋ねようとしたところ、再び店の扉が開いて来客を知らせた。

「シェリーお姉様!? 王都からいらしたのですか?」

 驚くエーデリアの声を聞いて来客がシェリーであることを知る。シェリーはフリーデブルク防衛戦の後、王都へと帰還したのだが再び訪れたらしい。
 そして、シェリーの来訪が自分宛てであるとマリカは悟っていた。きっとアレクシアの指示を受けて来たのだろう。

「はい。今回も任務でして、主にマリカさんに用事があるのです」

「アレクシアさんからの仕事、ですね?」

「その通りです。先日の魔道艦に関する依頼があるとのことです」

「いよいよ魔道艦の……こりゃ大仕事になるな」

 なにせ国家プロジェクトに関わる事柄だ。その成否によって今後のマリカの生活にも影響があるのは間違いない。

「マリカさん、どういうコトなのです?」

「王族に仕えるアレクシアさんと仕事を一緒にしてね。また私を頼ってくれるらしい」

「アレクシアさん…確か魔女とも呼ばれる女王補佐の方ですね?」

 さすが王都に住んでいたエーデリアもアレクシアを知っているようだ。
 マリカは頷き、シェリーに話の続きを促す。

「魔道艦は建国記念日に合わせて国民にお披露目をするそうです。新たな門出を祝う、まさに国家のフラッグシップとして」

「建国記念日までには一週間もないですよね? 結構忙しいスケジュールになりそうですね」

「はい。なので、すぐに出発をしていただきたいのです」

「となると、お店は暫くお姉ちゃんに任せるしかないか」

 魔道艦が無事に稼働することを確かめるためにも、お披露目までの少なくとも一週間は王都に滞在しなくてはならない。その間はアオナに店を任せる他になく、一人残して行くのは申し訳ないなという気持ちがあるが、アオナはきっと快く承諾してくれるだろう。

「話は聞かせてもらった! 行ってきなさい、マリカちゃん!」

 いつの間にか起床していたアオナがマリカの背後にいて、グッと親指を立ててウインクしている。こういう理解の早さがあるのがアオナで、マリカの活躍を願う姉としては笑顔で送り出す以外に選択肢などない。

「魔道艦とやらを見てみたいし、ウチも建国記念日には王都に行くよ。有給休暇を使ってね!」

「なにそれ?」

「まさか知らないの、マリカちゃん? まあウチもカティアちゃんから教えてもらったんだけど、なんでも合法的に休みながらも給料が発生する仕組みらしいよ。だよね?」

 問いかけられたカティアは頷き、アオナの説明に補足を加える。

「はい。旧世界にて導入されていた制度ですが半ば形骸化していて、というのも有給休暇を使おうとすると上司や同僚から白い目で見られるので、結局誰も使えなかったのです」

「しかーし! 我がコノエ・エンタープライズは優良企業であり、この制度を導入且つ店主であるウチ自らが行使します!」

 高らかに宣言してドヤ顔をするアオナ。現代の企業においては完全に忘れ去られた制度であったが、エンタープライズにて復活を果たして有効に活用される時が来たのだ。

「大役だと思いますが頑張ってくださいね、マリカさん」

「あっ、エーデリアにも王都に来てほしいのですが」

「わたくしも? しかしお姉様、わたくしは王都には……」

「実は、お母様がエーデリアともう一度お話をしたいと……なので、共に来てほしいのです」

 家を衝動的に飛び出して以来、エーデリアは一度も王都に帰っていない。一応はシェリーを通じて気持ちを母親には伝えたのだが、当然ながら話し合いの場を設けようと提案されたのである。

「なら、あたしも一緒に行っていいっすか? エーデリアの心の支えとして」

「確かに信頼できる人が近くにいる心強さは大切ですね。分かりました、カナエさんもご一緒にお願いします」

 エーデリアとカナエの仲は自他共に認めるモノであり、気の進まない母との面会というイベントを乗り越えるためにも、カナエがエーデリアの傍にいるのは望ましいこととシェリーは判断したのだ。

「あの、私もカティアを連れていっていいですよね?」

「アレクシアさんからはカティアさんも誘うよう指示を受けていますから、勿論ですよ」

 マリカにとってはカティアの存在がやる気ゲージに直結する。なのでエーデリアと同様にパートナー連れを希望するのは当然で、認められて良かったとマリカはホッとしていた。
 早速と出発するべく、マリカはカティアと共に遠征の準備に取りかかるのであった。
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