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第40話 勝ち取った平和の中で

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 フリーデブルク防衛戦の翌日、太陽が真上から街を照らす昼頃になってマリカはハッと目を覚ます。お店の開店時間はとうに過ぎており、寝坊をしたと慌てながら着替えて店舗のある一階へと降りていった。

「あらマリカちゃん、おはよ。よく眠れた?」

「ゴメン、お姉ちゃん。寝過ごしちゃって……」

「いいのよ。今日はウチが店番するから。昨日の一件もあって、どうせ今日はお客も来ないだろうし。まっ、我がコノエ・エンタープライズはいつも過疎ってるけどね! わっはっは!」

 経営的には笑いごとではないが、アオナの言う通り今日の来店者は少ないだろう。街を襲撃した異形達は撃退され、市民達は一夜を過ごした避難所から自宅へと帰宅しはじめているが、いつも通りの日常へと戻るのは明日以降になりそうだ。

「実際に午前中は一人も来なかったし…今日は休業にしちゃおうかねぇ。ウチも休みたいし」

「お姉ちゃんはいつ帰ってきたの? 昨日私が寝る時にはいなかったよね?」

「今朝方にさ。昨晩は負傷した魔導士の治療に駆けずり回っていてたからね」

「お疲れ様です。それと、ありがとう。私を助けてくれて」

「お礼なんていいのよ。ウチは当然のことをしただけ。大切な家族なんだもの」

 アオナに優しく頭を撫でられ、マリカは照れくさそうに顔を赤くした。いつもはダメ人間なアオナだがイザという時にとても頼りになる存在で、そんな姉をマリカは尊敬している。普段から真っ当ならもっと敬えるが。

「ウチは夕方まで少し寝ることにするよ。カティアちゃんも休んでね」

 店前で呼び込みをしていたカティアに声をかけ、アオナは閉店の吊るし看板を入口にかけて自宅のある二階へと上がっていった。
 
「おはようございます、マリカ様!」

 ひょこひょこと駆け寄るカティアは小動物のように愛らしく、思わず小さな笑みを浮かべるマリカ。魔物や魔道生物兵器がはびこる殺伐とした世界の中では、カティアそのものがマリカの数少ない癒しとなっていて、そんなカティアが傍に居てくれる幸福を噛みしめる。

「おはよう。カティアのマッサージがあまりにも気持ち良過ぎて、寝落ちしてから今までぐっすりだったよ。おかげで疲れは無くなってメッチャ元気になった」

「それは良かったです。是非またマッサージさせてください」

「うん、またお願いするよ。クセになるような気持ち良さだったからね……」

 もじもじとするマリカは淫靡な雰囲気を醸し出していて、カティアの理性回路がショート寸前になるがギリギリで耐えた。というのも、店の扉をノックするモノがいたためで、それがなかったらマリカに飛びついていたかもしれない。

「おっすおっすー」

「カナエじゃん。それに皆も」

 マリカが扉を開くと、カナエの他にもカイネハイン姉妹がいた。昨日の戦闘ではカナエ達とはぐれてしまっていたため、彼女達の無事を確認できてマリカはホッとしている。

「マリカが怪我をしたって聞いてたけど、アオナさんに治してもらったんだね?」

「うん。でもお姉ちゃんの力だけじゃなくて、シェリーさんの助けもあったからこそでもあるの。シェリーさん、ありがとうございました」

 カティアが運んでアオナがハイレンヒールスキルで治したわけだが、シェリーの援護のおかげでモンストロ・ウェポンの追撃を振り切ることができたのだ。もしシェリーがいなかったら、アオナのもとに運ぶのに時間がかかってマリカは死んでいただろう。

「王都騎士団たるもの、人々を魔物達から守り助けることが使命です。なので自分の役目を果たしたまでですよ」

「カッコイイです、お姉様。輝いて見えますよ」

「フフフ……エーデリアに褒めてもらえて幸せです。もっと職務に励まなければ!」

 エーデリアにとって誇り高い騎士シェリーは自慢の姉なのだ。その姉に少しでも近づける存在となりたいが、そもそものスペックが違いすぎるために遠い相手に感じている。

「どうぞ上がってください。姉は寝てしまっていますが」

「ならまた日暮れ過ぎに寄らせていただきますね。いまからフリーデブルク防衛隊本部に向かう途中でして、昨日の戦闘について王都に報告するために色々と情報を得たいのですよ」

「分かりました。実はシェリーさん達に聞いていただきたい話があるので、夕方に」

 シェリーはエーデリア達と共に街の中心部へと向かっていった。被害が深刻であれば王都からの復興支援などを期待でき、そのためにも騎士団所属で信頼性のあるシェリーが状況を王都に伝えようとしてくれているのだ。

「店番がお休みになったので時間がありますし、お夕飯の支度を始めますね。シェリー様達の分もご用意します」

「私も手伝うよ」

「マリカ様にそんな……」

「いいからいいから。一緒にやりたいんだ」

 カティアとの共同作業はマリカにとって楽しいものであり、料理のように得意なものでなくてもそれは同じだ。誰とするかによって、同じ物事でも愉楽にも苦痛にもなる。

「料理に関してはカティアのほうが断然上手いから、教わるつもりで取り組むよ。言うならばカティアは師匠だね」

「し、師匠!? わたし如きがマリカ様の…?」

「自信を持って。もうあなたはポンコツなんかじゃない。立派なメイドだと私は思うよ」

「はわわわわ……」

 ちょっぴり慌てん坊な性格のカティアだが、旧世界でポンコツと呼ばれていた時のような大きなミスは少なくなっていた。これはマリカという寛大で優しい主人のもとに仕えているからだろう。人間が高圧的な上司の前では緊張して普段通りのパフォーマンスが出せないのと同じで、カティアもまた旧世界での高慢な主の前では縮こまっていたのだ。
 アンドロイドメイドとしての本領を発揮しはじめているカティアはマリカと共に台所に立ち、まるで新婚のような距離感の中で夕食の準備を開始するのだった。





 日が暮れ、防衛隊本部から戻って来たシェリー達は再びコノエ宅を訪れた。アオナも既に起きていたのだが、さっそくと飲酒をしており軽く酩酊状態となってシェリーにウザ絡みしている。

「ねーちゃん可愛いね! 歳いくつ?」

「まったくあなたって人は……昨日の真面目さはドコへいったんです?」

「マジメなだけでは生きていけませーん! うひひ、それより早く脱いでくださいよぉ。そのカッチカチな鎧の下にある柔肌を……」

「ぬ、脱がそうとしないで!」

「じゃあウチから脱がさせていただきます!」

「やめなさいよ!」

 面倒な酔っ払いを介護するシェリーに同情しつつ、同時に身内の恥に自分まで情けなくなってくるマリカ。穴があったら入りたい気分とはこのことなのだろうとゲンナリしている。

「す、すみませんシェリーさん……」

「い、いえ、大丈夫です。昔からアオナはこうなので慣れてしまいましたから」

「慣れさせてしまいましたか……」

 アオナとシェリーは付き合いが長く、互いに互いを想い合っているからこのようなスキンシップでも許され、普通なら幻滅されそうな行為であっても受け入れることができる。

「アオナさんと血を分け合った姉妹なのだから、マリカも将来ああなるってコトか」

「ならんわ! どっちかというと、カナエのほうがお姉ちゃんに近いと思うけどね」

「いやぁ嬉しいなぁ。実はアオナさんとは波長が合うんで、将来的に目指している存在なんだよ」

「ウソだろ……」

 確かにカナエとアオナは性格やら考え方などが似ていると言えなくもない。実際、カナエに対してマリカは出会った頃から親近感があり、それは姉と似た雰囲気の人物だったからだ。

「カナエちゃんは見る目があるね! 将来、きっと大物になるであろう!」

「そう言われると自信に漲るっす! アオナさんを見習って精進していくっす!」

「じゃあ手始めに酒を注いでくれぃ」

「うっす!」

 なんてアホでバカな会話をしているんだとマリカはジト目で二人を眺め、ブンブンと首を振って本題を切り出す。

「まあ二人はともかくとして、シェリーさんにお伝えしたいことがあるんですよ。先日の敵の襲撃についてです」

「ふむ。あの日現れたのはモンストロ・ウェポンとかいう魔物とは違う敵なのですよね?」

「はい。そのモンストロ・ウェポンは魔道生物兵器という旧世界の存在らしくて……詳しくはカティアが」

 マリカに指名されたカティアは頷き、モンストロ・ウェポンに関してマリカに話した内容をシェリーとエーデリアに伝える。そのカティアの語りに二人は深刻そうに聞き入り、マリカと同じ危機感を共有するのであった。
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