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第14話 コンビネーションアタック

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 カティアの攻撃を受けて陸地へと逃げ出したフラッド・クラーケン。海洋魔物でありながらも陸上適正があるようで、タコとイカの特徴を有する吸盤付きの多脚で立ち上がった。

「でっか……」

 全高がどれ程なのか分からないが、少なくとも十五メートルは超えているだろう。 
 その巨体を見上げたマリカは杖を背負って仕舞い、剣を腰の鞘から引き抜いた。

「まあでも陸に上がってくれたなら近接戦に持ち込める!」

 魔弾を弾くフラッド・クラーケンに対抗するには剣や刀などの刃付き魔具を使うしかない。実際にカティアのスピアは有効なダメージを与えることができていた。
 触手のようにしなる足の攻撃を回避し、マリカは剣で力任せに斬りつける。

「効いている!」

 傷口から血が吹き上がって攻撃が確実に効いていることを確認し、更に追撃の一撃を加えた。このままなら切り裂いて撃破することもできるだろうと強気になるが、

「なんだ…?」

 フラッド・クラーケンの下半身が蠢き、上陸する際に用いた噴射口が伸びた。そして先端の大穴からスミが吐き出される。

「うわっ……」

 スミは拡散するように撒き散らされてマリカの体にもかかってしまう。直後、全身が痺れるような感覚に陥り、その場に倒れ込んでしまった。

「これはヤバいかも……」

 スミにはどうやら麻痺効果があるらしい。恐らくは一時的なものだろうが、戦闘中に受けてしまっては致命的だ。これでは敵の攻撃を防御することすらままならず、嬲り殺されるしかない。
 なんとか立ち上がろうとするも思うように力が入らず、ついにマリカはフラッド・クラーケンの触手に絡めとられてしまった。

「このまま私を食おうってか……」

 フラッド・クラーケンは持ち上げたマリカを自身の口へと近づける。悪臭を漂わせるその口からは血が滴り落ちていて、カティアが装備していたスピアが深く突き刺さっていた。

「まさか、カティアも食べられて…?」

 海中にてフラッド・クラーケンと戦ったカティアがまだ陸に上がってこないことも相まって、マリカは最悪のシナリオを思い描く。
 しかし今のマリカはただ睨みつけることしかできず、死が迫ることに焦りを感じる。もう目の前に口が接近した、その瞬間であった。

「マリカ!」

 いつの間にか近くに来ていたカナエの叫ぶ声が聞こえる。ステルススキルを使ってフラッド・クラーケンの懐に潜り込んだようで、そうでなければ魔弾や触手の餌食になっていただろう。

「任せろ!」

 両手にナタを装備したカナエが跳躍し、マリカを縛り上げていた触手を切断した。

「助かったよ」

「へっ、役に立つだろ?」

 落下するマリカをキャッチしたカナエは敵から距離を取る。麻痺は徐々に回復しているとはいえ、まだ万全ではないマリカを逃がす必要があったからだ。

「さっきのトレジャーハンター達を離れた場所に置いてきた。任務は完了したし、あたし達もさっさとオサラバしようぜ」

「ちょっと待って。カティアが見当たらないんだよ」

「カティアちゃんが? どこ行ったんだ?」

「それが、フラッド・クラーケンの口の中にスピアが刺さっていたんだよ。もしかしたらさ……」

「食われちまったってか…?」

 実際にはフラッド・クラーケンによって海底まで流されたわけだが、そうとは知らないマリカはかなり焦ったように下唇を噛んでいた。

「そうだとしたら助けなくちゃ!」

「待てマリカ。食われていたとしたらもう……」

「諦めるなんてできない! それにカティアはアンドロイドだから、たとえ壊れてしまっても私なら直せるもの!」

 麻痺から解放されたマリカは再び立ち上がる。ここでカティアを見捨てて帰るなどという選択肢はない。

「…分かった。あたしもいくよ。こうなったらデカブツを倒して、お宝探索をしてやるんだ」

「よし。じゃあ……」

 作戦を考えようとしたが、マリカ達の隠れている半壊した建物の壁が吹き飛んだ。熱波と衝撃波が襲い、フラッド・クラーケンがこちらを見つけて魔弾を撃ってきたことを理解する。

「チッ! 来やがったぜ」

 カナエはガレキを投げ捨てて跳躍し、ナタを構えてフラッド・クラーケンの触手の一本を斬りおとす。しかし胴体にダメージを与えなければ殺すことはできないし、通常のタコやらイカと違って足となる触手は何十本とある。そのため一本を斬ったところで姿勢を崩すことはできない。

「再生速度も速いようだな」

 切断された箇所から触手の再生が始まっており敵の生命力の高さが窺い知れる。このままではジリ貧になって負けるのは人間側だ。

「短期間のうちに大きなダメージを与えて致命傷とするしかないぜ、マリカ」

「外側からでは無理かも。魔弾は効かないし、私の剣じゃあ胴体を破壊することはできそうにない……」

「ヤツの口の内部に攻撃するしかないな。さすがに体内なら魔弾も通るだろうよ」

「けれど、それじゃあ中にいるカティアが…!」

 戦場での迷いは死に繋がる。攻撃方法を逡巡しているマリカにフラッド・クラーケンの触手が叩きつけられる。吹き飛ばされたマリカは地面を転がり、目眩に襲われながらも敵の威容を睨みつけた。

「どうする…!」

 軽い脳震盪のような状態に陥ったマリカは思考が定まらない。このままでは自らの命が消えるという予感だけはあるのだが……
 フラッド・クラーケンはマリカに狙いを定め、再び魔弾を撃ち出そうとした。
 しかし、

「マリカ様はやらせません! やらせませんよぉっ!!」

 カティアの叫びが聞こえてきた。てっきり食べられたものと思っていたマリカは驚くが、確かにカティアの声で間違いない。

「カティア、どこに!?」

 その姿はすぐに見つかった。ハイドロジェットパックを使って海中から勢いよく飛び出したカティアは、フラッド・クラーケンが上陸した時のように空を舞ったのだ。

「カティアも飛んでる……」

 カティアの存在に気が付いたのはフラッド・クラーケンも同じで、マリカに対する魔弾の発射を中止してカティアに向き直る。そして触手で薙ぎ払おうと数本を差し向けた。

「うおーっ! やられるわけにはっ、いかないのですよ!」

 迫った触手を逆に踏み台としてフラッド・クラーケンの頭部に飛びかかり、勢いのままにスピアを突き刺す。
 しかしフラッド・クラーケンもただ攻撃されるだけではない。体を揺することでカティアを落下させたが、それをマリカが滑り込んで上手くキャッチすることに成功した。

「カティア! 良かった、無事で……」

「申し訳ありません、マリカ様。わたしが不甲斐ないばかりに……」

「いや、生きていてくれるだけで嬉しいよ」

 カナエの援護を受けて一時後退し、フラッド・クラーケンの様子を窺う。

「もうこれは逃げるべきかな。カティアの無事が分かったのに戦う理由もないし」

「そうですね……カナエ様の情報通り、海底には大きな船が沈んでいましたが、それを調査するのも断念するしかないですね」

 海底に流された時に損壊した船が沈んでいるのを見かけたようだ。それがカナエの目的の船かは分からないが。
 そのカティアの言葉を聞いて目を輝かせたのは他でもないカナエである。話に聞いた商船で間違いないと、その中に眠る金品を夢想していた。

「おい! あとチョットで倒せそうなんだ! ここで諦めるな!」

「無茶を言う…どこがあとチョットなのよ」

「いけるって! もう少し頑張ろうぜ」

「まったく…財宝の事しか考えていないんだから……」

 呆れつつもカナエを放置して帰るわけにもいかない。
 マリカは魔具を装備し、カナエとカティアと共に攻撃をしかける。
 
「口を弱点と仮定したとして、でも近づくのはムズいよコレ」

 フラッド・クラーケンの下半身に存在する口は触手に囲まれていて、その触手の乱舞によって接近することすら困難な状況だ。

「でだな、あたしにイイ考えがある」

「どうするの?」

「ステルススキルを使って気配を遮断するのさ。そうすりゃあのタコ野郎の間近まで近づけるぜ」

「それがベストな方法か……」

 マリカはカナエの手を握り、カティアを手招きした。

「マリカ様、どうしてカナエ様と手を繋いでいるんです!?」

「ステルススキルは、カナエが手に触れた対象にも効果が発生するんだ。だから私達がカナエの手を握れば一緒にヤツの真下にいける」

「そ、そうなのですね……」

 まるで嫉妬の感情を露わにしたカティアは、マリカに促されてカナエの手を握る。それはカティア自身が自覚していることではないが、マリカが自分以外と触れ合うという行為を見ることで思考にノイズが走るようになっていた。

「ただでさえステルススキルは魔力の消費が大きいのに、こうして追加で二人分となれば数秒しか使えない。しかも使用後は魔力切れになるだろうよ。つまり、最後のトドメはマリカとカティアちゃんに託すことになる」

 マリカは頷き、カナエはステルススキルを発動した。これによってフラッド・クラーケンは彼女達の気配を見失い、周囲をキョロキョロと見渡して索敵をしている。
 数秒後、触手を掻い潜った三人は敵の下半身真下まで到達できた。

「あとは頼むぞ!」

 魔力が切れたカナエがすっ転びながらもマリカ達にサムズアップする。
 しかし同時にフラッド・クラーケンもマリカ達に気がつき、触手を蠢かせて迎撃を行おうとするが、

「私達のほうが早い!」

 マリカが背中の杖を手に持ち、上方に向けて魔弾を撃ち放った。光の尾を引く魔力の塊がフラッド・クラーケンの口へと吸い込まれるように突入していく。

「やったか!?」

 口の中で光が弾け、攻撃は確かにダメージを与えた。だがフラッド・クラーケンの動きは止まらない。

「やってない!? 火力が足りていないのか!?」

「ならマリカ様、一緒に撃ちましょう!」

 隣に来たカティアが、マリカの手に自分の手を重ねるようにして杖に魔力を流す。その感触が暖かくてマリカは戦闘中だと忘れてカティアに寄り添った。

「いくよ、カティア!」

「はい! マリカ様!」

 二人分の魔力を流された杖は更に光り輝く。そして渾身の、最大出力の魔弾が迫る触手を退けながらフラッド・クラーケンの口内を直撃。体内を蹂躙して頭部まで到達し、フラッド・クラーケンは大爆発を起こして消滅した。
 
「やりましたね、マリカ様…って、おわーー!!」

 カティア達に降り注ぐのは大量のスミだ。それによって押し流され、二人は地面に転がる。

「マリカ様、大丈夫ですか!?」

「いや、うん……体が痺れて動けん……」

 スミの麻痺効果を全身に浴びつつも、生臭いニオイに顔を引きつかせながら笑顔を懸命に作ろうとするマリカであった。
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