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マリーの進む道
謎の光
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塹壕から出てきたマリー達は、ザリウス、ミリス、ローナと合流した。ミリスとローナも少なからず傷が残っている。それでも、身体の一部を失っているという事はなかった。だが、 その表情には、学院にいた頃とは違い少しの険しさがあった。戦闘が続いたからというだけではなく、サイラの事があるからだった。
「ザリウス先輩。どうですか?」
「今日は遅いな。数が減ったか、偶々か」
「前者だと思いたいですね」
まだ魔族達の襲撃はない。それを吉兆の印と取るのか、更なる凶兆と取るのか。それは、人によって変わるだろう。
「そうだ。アルくん達も戦線に加わるそうです。二人とも騎士団の家系なので、戦力になると思います」
「そうか。分かった」
アルとリンは、ザリウスに一礼する。そこに、ソフィとカレナが合流した。ソフィの見た目も、二週間前から変わっている。装甲が増えており、より無骨さを感じさせる形になっていた。こんな状態のソフィでも、ここでは受け入れられている。それは、ザリウスやマリーと同じく正面に立って戦い続けたという事が大きかった。
「ソフィ、お疲れ様。どうだった?」
『周辺に魔族の気配は、まだありませんでした。昨日のカレナ様の魔法が、相手をより警戒させているのかと思われます』
昨日。カレナがマリーの元に駆けつけた時、マリー達はかなり劣勢だった。身体の一部が失われ、無理矢理義手義足を装着する事で戦力を維持していたが、それも限界になり始めていたのだ。
カレナは、マリーの脚が金属になっているのを見て、怒りと自責で歯を食いしばり、マリー達を襲っていた魔族を一掃した。その戦いっぷりは、圧倒的で、マリーからすると、カーリーがもう一人いるかのようだった。
全て倒し終えたカレナは、涙を流して謝罪しながら、マリーを抱きしめた。それは、マリーにとって、カーリーに抱きしめて貰うくらいの安堵感を与えた。
「なるほどね。本当に先生様々です」
「いえ。私やカーリーさんが、もっと早く駆けつけられていれば、皆さんの怪我も防げたはずです。教師として、恥ずかしく思います」
「そんなに気にしないで下さい。お母さんや先生が、すぐに来られなかった理由も分かりますから。お母さんは、今、強敵と戦っているんですよね?」
「はい。私の見立てでは、魔王かそれに近い存在かと」
「まぁ、お母さんなら大丈夫ですね」
カーリーが魔王と戦っていると聞いても、マリーは一切心配していなかった。カーリーが、魔王ごときに負けるはずがないと本気で思っているからだ。
「カーリー殿や先生が離れて、左翼は大丈夫なのですか?」
アルは真剣な表情でカレナに訊く。最大戦力であるカーリーが一人に掛かりきりになり、それに近い実力を持つカレナもこちらに来ているので、左翼の戦力が落ちていると考えられたからだ。
「大丈夫です。向こうには、ネルロがいるから」
「ああ……そういえば、ネルロさんの職場に刻印したんだった……多分、エグい事になってるから大丈夫だよ。ネルロさん、引かれませんかね?」
「……まぁ、大丈夫でしょう。多分、ネルロは気にしないから」
「一体、どんな触媒を作ったんだろう……」
「まぁ、前に使っていたものの改良版だろうな。正直、相手にしたくない魔法ではある」
「確かに」
アルとリンの評価でも、ネルロの使う魔法はえげつないと言わざるを得なかった。実際、ネルロが戦った後は、辺り一面血の海になるので、誰も否定出来なかった。
そんな話をしていると、ソフィとカレナが同時に同じ方向を見た。
『主様。襲来です』
「了解」
マリーは音響玉を割って、大きな音を出す。それを聞いて、塹壕の中から武器を担いだ者達が出て来る。
「数は?」
『観測出来るだけで、百六十六です。正面から突っ込んできます』
「今日は少ないね。それじゃあ、行きまーす。『剣唄《ソードソング》・行進曲《マーチ》』!」
マリーの剣がポーチから五本出て来て、音を奏でる。それは、身体の奥底から力が湧き上がってくる様で、初めて聞いたアル達も高揚してきていた。
全員の目がぎらつき始める。唯一、カレナのみが普通の表情をしていた。
「マリーさん? これって大丈夫なんですか?」
「はい。恐怖心に負けないようにする魔法です。力も湧き上がるので、皆を強く出来るんです」
「そ、そうですか……ある種のドーピングですかね。副作用などは?」
「特には、ちょっと疲れるくらいです。でも、これがないと、逆に身体が保たないので」
マリーの言葉に、カレナは、どう反応して良いのかが分からなくなる。これを使わないと戦い続けられないくらいに、消耗しているという事を知ってしまったからだ。
(補給もまともにされていなかった……本当にマリーさんを殺そうとしているようですね。それが、私達の敗北に繋がるかもしれないというのに……)
国王の馬鹿っぷりに、カレナも呆れてしまう。
「戦い方はいつも通り! 遠距離から出来るだけ仕留めます! 優先は、魔法使い!」
指揮官からの指示が飛ぶ。マリーは、短剣を呼び出しておく。その短剣は、初日などに使っていた形から、少し変わっている。この二週間で、何度も欠けたり、折れたりとしてしまったので、修復や作り直しをしていたのだ。
魔族達が、壁から顔を出す。
「撃てぇーーー!!!」
マリーの短剣が飛び、その後ろを多種多様の魔法が飛んでいく。今日の魔法攻撃は、これまでとは、その数と威力が段違いだった。
その理由は、カレナ、アル、リンがいる事だった。カレナが多種多様の魔法を解放して、次々に倒し、アルとリンの魔剣術、魔弓術が一気に魔族を葬っていく。その間に、壁に回り込んだマリーの短剣が、隠れている魔族達を倒していた。
「これは……近接部隊の出番はなさそうですね」
「だと良いがな。ソフィ、敵の数は?」
『現状、攻めてきた魔族は、全滅しました。増援の反応はありません』
「ふむ……」
「ちょっと違和感ですね。先生達が来た事を知らないから、いつも通りに攻めてきただけというところでしょうか?」
マリーの考えに、ザリウスは頷いた。
「そうだな。その可能性が高いかもしれん。だが、逐次投入が奴等の常套手段だったはずだ」
「そうなんですよね。そこだけが違和感です」
これまでの戦いで、魔族達は、次々に援軍を送って、戦力が途切れないような戦い方をしていた。そのため、マリー達も消耗を強いられていた。
だが、カレナ達が来たおかげで、敵の殲滅の方が上回ったと考えられた。
「ソフィ、警戒を厳に」
『かしこまりました』
「一旦行進曲を止めます! 疲れが出るかもですが、まだ敵が来るかもしれません! 油断はしないでください!」
『おうよ!!』
軍人達の威勢の良い返事が聞こえてくる。それを受けて、行進曲を解除したマリーは、剣をポーチに仕舞い、短剣を侍らせる。
「う~ん……今日はあまり疲れなさそうだなぁ……ちょっと脚の調節しちゃうね」
マリーは、その場に腰を下ろして、義足の調節をする。そのマリーの後ろにソフィが腰を下ろして、マリーの背もたれになる。
「大丈夫か?」
アルが心配して声を掛ける。
「うん。ちゃんとした義足だったら良いんだけどね。本当にあり合わせで作ったから」
「おう! マリーちゃん! 敵の鎧を剥いできたぞ!」
「は~い! いつもみたいに、中に入れておいてください! 出来れば洗ってくれると助かります!」
「分かったぜ!」
軍人達が魔族の死体から鎧を剥いで、塹壕に持っていく。こうして、マリー達の義手義足剣などの材料を集めていた。これを作れるのは、基本的にマリーだけなので、軍人も全員マリーのお世話になっている。そのため、マリーは全員から慕われていた。
「よし! ありがとう、ソフィ」
『いえ』
ソフィの手を借りながら、立ち上がったマリーは、身体をゆっくりと伸ばす。
「さてと、そういえば、アルくん達は何をしてたの?」
「ああ、後方で物資の仕分けをしていた」
「補給部隊に加わろうとしたら、断られちゃったからね」
「へぇ~、物資なんて来ましたっけ?」
「覚えがないな」
「あれ? 最初は来てませんでしたっけ?」
「初日の夜は来ていたはず?」
マリーの確認に、ザリウスは記憶になかったが、ミリスとローナは初日に来ていた事を覚えていた。
「物資のない状態で、よくここまで生き残れたな……」
「ここって、結構美味しい獣がいるんだよね」
「マリーちゃんって、意外とワイルドなんだよね」
「うん。びっくりした」
マリーとしては普通な事だが、ミリスとローナからしたら、衝撃的な事だった。物資の補給がなかったため、そんな野性的な生活を、マリー達は送っていた。
そんな会話をしていると、カレナの様子が変わった。険しい顔で、魔族が現れる森の方を睨んでいた。
「先生?」
「皆さん、塹壕の近くにいて下さい。森のさらに奥で、大きな魔力が膨れ上がっています。何が起こるか分かりませんので」
「はい」
マリーは、カレナの近くに移動する。
「大きな魔力って事は、大規模魔法ですか?」
「分かりません。妙な魔力なので、攻撃なのかすらも良く分からないのです」
「では、そもそも防げるものかも分からないという事ですね」
「はい。アルゲートくんの言う通りです。ですが、使われるのが魔法であるのなら、防ぐ方法はあるはずです」
あらゆる魔法を覚えているカレナは、何が来ても対応出来るように準備した。
そして、一分後。マリー達の視線の先、森の奥から一条の光が撃ち出された。
「先生!」
「『神域《サンクチュアリィ》』」
カレナは、塹壕を覆うように、神域を張る。どんな魔法か分からない以上、神域が一番良い防御方法だった。マリー達も何か出来ないかと空に上がっていく光を見続ける。空に上がった光は、また弾けて、マリー達の方……ではなく、マリー達の遙か頭上を通り過ぎていった。
「……何なんでしょう? 信号みたいなものでしょうか?」
「信号にしては、変な感じがしますが……」
謎の光に怪訝な表情をしていたカレナは、すぐに険しい表情になった。
『主様。敵が接近中です。数は、二百十二です』
マリーは、また音響玉を割り、行進曲を使う。
「魔力の残量は!?」
指揮官の確認に、マリー達魔法を使う者達が手で大きな丸を作る。カレナの魔法があるので、これまでよりも全体的な魔力消費量が減っていたのだ。
ここもカレナの尽力で魔族達を全滅させる事が出来た。
「先生強すぎ……」
「先生ですから。では、怪我をされた方はいらっしゃいますか?」
カレナは怪我人の治療に動く。先程の戦いは、カレナの魔法でも倒し切れていなかったので、近接部隊も動く事になった。そのため、多少なりとも怪我を負った者はいた。
その後、二回程襲撃があったが、カレナとアル、リンが加わった事で、犠牲者なく切り抜ける事が出来ていた。
そうして日が沈むと、魔族の襲撃は基本的になくなる。時折来る事はあるが、それはソフィが感知してくれていたので、奇襲にはならなかった。さらに、今はカレナの感知もあるので、より警戒が厳に出来ている。
「今日は、ゆっくり寝れると良いなぁ」
マリーはそう言いながら、塹壕に戻っていく。その後を、アルとリンも追っていった。マリーは、まっすぐにサイラのいる部屋に向かった。
「サイラ先輩、失礼します」
「あ、マリーちゃん、お疲れ様。今日はもう大丈夫そう?」
「ソフィに奥を軽く調べて貰いましたけど、いつも通り完全に途切れていたようです。夜襲の可能性は、まだありますけど、ソフィと先生がいれば、見逃す事はないと思います」
「それなら良かった。狩りの方は?」
「今日は、ザリウス先輩がやってくれるみたいなので、先に休もうと思います」
「そうなんだ。じゃあ、どうぞ」
サイラが自分の太腿を叩いてそう言う。マリーは、サイラの太腿を枕にして、すぐに寝息を立て始めた。
「あっ、ごめんね。マリーちゃんと話したかったよね。でも、今日は寝かせてあげて。この二週間、まともに寝られてないから」
この二週間のマリーの平均睡眠時間は、初日を抜けば、一時間に満たない。常に、剣や義肢を作っていたので、徹夜で戦った日もあるくらいだ。今日は、怪我人もいなければ、武器を損耗も少なかったので、マリーが出る必要はない。
そして、塹壕内で寝るときは、基本的にサイラを枕にして眠っていた。早々に視力を失ってしまったサイラが、自分に出来る事を考えた結果、これしか思いつかなかったのだ。
コハク達は、改めて自分達がいた後方拠点がいかに恵まれていたのかを実感した。そして、本来であれば、マリー達もそこにいたのだという事も。コハク達は自然と拳を握りしめていた。
「ザリウス先輩。どうですか?」
「今日は遅いな。数が減ったか、偶々か」
「前者だと思いたいですね」
まだ魔族達の襲撃はない。それを吉兆の印と取るのか、更なる凶兆と取るのか。それは、人によって変わるだろう。
「そうだ。アルくん達も戦線に加わるそうです。二人とも騎士団の家系なので、戦力になると思います」
「そうか。分かった」
アルとリンは、ザリウスに一礼する。そこに、ソフィとカレナが合流した。ソフィの見た目も、二週間前から変わっている。装甲が増えており、より無骨さを感じさせる形になっていた。こんな状態のソフィでも、ここでは受け入れられている。それは、ザリウスやマリーと同じく正面に立って戦い続けたという事が大きかった。
「ソフィ、お疲れ様。どうだった?」
『周辺に魔族の気配は、まだありませんでした。昨日のカレナ様の魔法が、相手をより警戒させているのかと思われます』
昨日。カレナがマリーの元に駆けつけた時、マリー達はかなり劣勢だった。身体の一部が失われ、無理矢理義手義足を装着する事で戦力を維持していたが、それも限界になり始めていたのだ。
カレナは、マリーの脚が金属になっているのを見て、怒りと自責で歯を食いしばり、マリー達を襲っていた魔族を一掃した。その戦いっぷりは、圧倒的で、マリーからすると、カーリーがもう一人いるかのようだった。
全て倒し終えたカレナは、涙を流して謝罪しながら、マリーを抱きしめた。それは、マリーにとって、カーリーに抱きしめて貰うくらいの安堵感を与えた。
「なるほどね。本当に先生様々です」
「いえ。私やカーリーさんが、もっと早く駆けつけられていれば、皆さんの怪我も防げたはずです。教師として、恥ずかしく思います」
「そんなに気にしないで下さい。お母さんや先生が、すぐに来られなかった理由も分かりますから。お母さんは、今、強敵と戦っているんですよね?」
「はい。私の見立てでは、魔王かそれに近い存在かと」
「まぁ、お母さんなら大丈夫ですね」
カーリーが魔王と戦っていると聞いても、マリーは一切心配していなかった。カーリーが、魔王ごときに負けるはずがないと本気で思っているからだ。
「カーリー殿や先生が離れて、左翼は大丈夫なのですか?」
アルは真剣な表情でカレナに訊く。最大戦力であるカーリーが一人に掛かりきりになり、それに近い実力を持つカレナもこちらに来ているので、左翼の戦力が落ちていると考えられたからだ。
「大丈夫です。向こうには、ネルロがいるから」
「ああ……そういえば、ネルロさんの職場に刻印したんだった……多分、エグい事になってるから大丈夫だよ。ネルロさん、引かれませんかね?」
「……まぁ、大丈夫でしょう。多分、ネルロは気にしないから」
「一体、どんな触媒を作ったんだろう……」
「まぁ、前に使っていたものの改良版だろうな。正直、相手にしたくない魔法ではある」
「確かに」
アルとリンの評価でも、ネルロの使う魔法はえげつないと言わざるを得なかった。実際、ネルロが戦った後は、辺り一面血の海になるので、誰も否定出来なかった。
そんな話をしていると、ソフィとカレナが同時に同じ方向を見た。
『主様。襲来です』
「了解」
マリーは音響玉を割って、大きな音を出す。それを聞いて、塹壕の中から武器を担いだ者達が出て来る。
「数は?」
『観測出来るだけで、百六十六です。正面から突っ込んできます』
「今日は少ないね。それじゃあ、行きまーす。『剣唄《ソードソング》・行進曲《マーチ》』!」
マリーの剣がポーチから五本出て来て、音を奏でる。それは、身体の奥底から力が湧き上がってくる様で、初めて聞いたアル達も高揚してきていた。
全員の目がぎらつき始める。唯一、カレナのみが普通の表情をしていた。
「マリーさん? これって大丈夫なんですか?」
「はい。恐怖心に負けないようにする魔法です。力も湧き上がるので、皆を強く出来るんです」
「そ、そうですか……ある種のドーピングですかね。副作用などは?」
「特には、ちょっと疲れるくらいです。でも、これがないと、逆に身体が保たないので」
マリーの言葉に、カレナは、どう反応して良いのかが分からなくなる。これを使わないと戦い続けられないくらいに、消耗しているという事を知ってしまったからだ。
(補給もまともにされていなかった……本当にマリーさんを殺そうとしているようですね。それが、私達の敗北に繋がるかもしれないというのに……)
国王の馬鹿っぷりに、カレナも呆れてしまう。
「戦い方はいつも通り! 遠距離から出来るだけ仕留めます! 優先は、魔法使い!」
指揮官からの指示が飛ぶ。マリーは、短剣を呼び出しておく。その短剣は、初日などに使っていた形から、少し変わっている。この二週間で、何度も欠けたり、折れたりとしてしまったので、修復や作り直しをしていたのだ。
魔族達が、壁から顔を出す。
「撃てぇーーー!!!」
マリーの短剣が飛び、その後ろを多種多様の魔法が飛んでいく。今日の魔法攻撃は、これまでとは、その数と威力が段違いだった。
その理由は、カレナ、アル、リンがいる事だった。カレナが多種多様の魔法を解放して、次々に倒し、アルとリンの魔剣術、魔弓術が一気に魔族を葬っていく。その間に、壁に回り込んだマリーの短剣が、隠れている魔族達を倒していた。
「これは……近接部隊の出番はなさそうですね」
「だと良いがな。ソフィ、敵の数は?」
『現状、攻めてきた魔族は、全滅しました。増援の反応はありません』
「ふむ……」
「ちょっと違和感ですね。先生達が来た事を知らないから、いつも通りに攻めてきただけというところでしょうか?」
マリーの考えに、ザリウスは頷いた。
「そうだな。その可能性が高いかもしれん。だが、逐次投入が奴等の常套手段だったはずだ」
「そうなんですよね。そこだけが違和感です」
これまでの戦いで、魔族達は、次々に援軍を送って、戦力が途切れないような戦い方をしていた。そのため、マリー達も消耗を強いられていた。
だが、カレナ達が来たおかげで、敵の殲滅の方が上回ったと考えられた。
「ソフィ、警戒を厳に」
『かしこまりました』
「一旦行進曲を止めます! 疲れが出るかもですが、まだ敵が来るかもしれません! 油断はしないでください!」
『おうよ!!』
軍人達の威勢の良い返事が聞こえてくる。それを受けて、行進曲を解除したマリーは、剣をポーチに仕舞い、短剣を侍らせる。
「う~ん……今日はあまり疲れなさそうだなぁ……ちょっと脚の調節しちゃうね」
マリーは、その場に腰を下ろして、義足の調節をする。そのマリーの後ろにソフィが腰を下ろして、マリーの背もたれになる。
「大丈夫か?」
アルが心配して声を掛ける。
「うん。ちゃんとした義足だったら良いんだけどね。本当にあり合わせで作ったから」
「おう! マリーちゃん! 敵の鎧を剥いできたぞ!」
「は~い! いつもみたいに、中に入れておいてください! 出来れば洗ってくれると助かります!」
「分かったぜ!」
軍人達が魔族の死体から鎧を剥いで、塹壕に持っていく。こうして、マリー達の義手義足剣などの材料を集めていた。これを作れるのは、基本的にマリーだけなので、軍人も全員マリーのお世話になっている。そのため、マリーは全員から慕われていた。
「よし! ありがとう、ソフィ」
『いえ』
ソフィの手を借りながら、立ち上がったマリーは、身体をゆっくりと伸ばす。
「さてと、そういえば、アルくん達は何をしてたの?」
「ああ、後方で物資の仕分けをしていた」
「補給部隊に加わろうとしたら、断られちゃったからね」
「へぇ~、物資なんて来ましたっけ?」
「覚えがないな」
「あれ? 最初は来てませんでしたっけ?」
「初日の夜は来ていたはず?」
マリーの確認に、ザリウスは記憶になかったが、ミリスとローナは初日に来ていた事を覚えていた。
「物資のない状態で、よくここまで生き残れたな……」
「ここって、結構美味しい獣がいるんだよね」
「マリーちゃんって、意外とワイルドなんだよね」
「うん。びっくりした」
マリーとしては普通な事だが、ミリスとローナからしたら、衝撃的な事だった。物資の補給がなかったため、そんな野性的な生活を、マリー達は送っていた。
そんな会話をしていると、カレナの様子が変わった。険しい顔で、魔族が現れる森の方を睨んでいた。
「先生?」
「皆さん、塹壕の近くにいて下さい。森のさらに奥で、大きな魔力が膨れ上がっています。何が起こるか分かりませんので」
「はい」
マリーは、カレナの近くに移動する。
「大きな魔力って事は、大規模魔法ですか?」
「分かりません。妙な魔力なので、攻撃なのかすらも良く分からないのです」
「では、そもそも防げるものかも分からないという事ですね」
「はい。アルゲートくんの言う通りです。ですが、使われるのが魔法であるのなら、防ぐ方法はあるはずです」
あらゆる魔法を覚えているカレナは、何が来ても対応出来るように準備した。
そして、一分後。マリー達の視線の先、森の奥から一条の光が撃ち出された。
「先生!」
「『神域《サンクチュアリィ》』」
カレナは、塹壕を覆うように、神域を張る。どんな魔法か分からない以上、神域が一番良い防御方法だった。マリー達も何か出来ないかと空に上がっていく光を見続ける。空に上がった光は、また弾けて、マリー達の方……ではなく、マリー達の遙か頭上を通り過ぎていった。
「……何なんでしょう? 信号みたいなものでしょうか?」
「信号にしては、変な感じがしますが……」
謎の光に怪訝な表情をしていたカレナは、すぐに険しい表情になった。
『主様。敵が接近中です。数は、二百十二です』
マリーは、また音響玉を割り、行進曲を使う。
「魔力の残量は!?」
指揮官の確認に、マリー達魔法を使う者達が手で大きな丸を作る。カレナの魔法があるので、これまでよりも全体的な魔力消費量が減っていたのだ。
ここもカレナの尽力で魔族達を全滅させる事が出来た。
「先生強すぎ……」
「先生ですから。では、怪我をされた方はいらっしゃいますか?」
カレナは怪我人の治療に動く。先程の戦いは、カレナの魔法でも倒し切れていなかったので、近接部隊も動く事になった。そのため、多少なりとも怪我を負った者はいた。
その後、二回程襲撃があったが、カレナとアル、リンが加わった事で、犠牲者なく切り抜ける事が出来ていた。
そうして日が沈むと、魔族の襲撃は基本的になくなる。時折来る事はあるが、それはソフィが感知してくれていたので、奇襲にはならなかった。さらに、今はカレナの感知もあるので、より警戒が厳に出来ている。
「今日は、ゆっくり寝れると良いなぁ」
マリーはそう言いながら、塹壕に戻っていく。その後を、アルとリンも追っていった。マリーは、まっすぐにサイラのいる部屋に向かった。
「サイラ先輩、失礼します」
「あ、マリーちゃん、お疲れ様。今日はもう大丈夫そう?」
「ソフィに奥を軽く調べて貰いましたけど、いつも通り完全に途切れていたようです。夜襲の可能性は、まだありますけど、ソフィと先生がいれば、見逃す事はないと思います」
「それなら良かった。狩りの方は?」
「今日は、ザリウス先輩がやってくれるみたいなので、先に休もうと思います」
「そうなんだ。じゃあ、どうぞ」
サイラが自分の太腿を叩いてそう言う。マリーは、サイラの太腿を枕にして、すぐに寝息を立て始めた。
「あっ、ごめんね。マリーちゃんと話したかったよね。でも、今日は寝かせてあげて。この二週間、まともに寝られてないから」
この二週間のマリーの平均睡眠時間は、初日を抜けば、一時間に満たない。常に、剣や義肢を作っていたので、徹夜で戦った日もあるくらいだ。今日は、怪我人もいなければ、武器を損耗も少なかったので、マリーが出る必要はない。
そして、塹壕内で寝るときは、基本的にサイラを枕にして眠っていた。早々に視力を失ってしまったサイラが、自分に出来る事を考えた結果、これしか思いつかなかったのだ。
コハク達は、改めて自分達がいた後方拠点がいかに恵まれていたのかを実感した。そして、本来であれば、マリー達もそこにいたのだという事も。コハク達は自然と拳を握りしめていた。
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