捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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達成感と苦しみ

街へ

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 マリー達が街に避難してくるのと、街に集められた兵達が出発するのは、ほぼ同時だった。

「これで、後は大丈夫そうだな」
「そうだね。父上達も無事だといいんだけど」
「年老いているとはいえ、まだまだ現役の戦士だ。大丈夫だろう」

 兵士達を見送ったアルとリンは、ドラゴンが飛び交っている方向を見ながらそう言った。ここから見えるだけでも、ドラゴンの数が、最初より減っているのが分かる。

「皆さんは、すごいですわね。私は、怖くてドラゴンに立ち向かう勇気が出来ませんでしたわ……」
「私もだよ。全部、先生やアルさん達に任せっきりになっちゃったもの……」

 そんな中、リリーとアイリは少し落ち込んでいた。ドラゴンの迫力に負けて、戦う勇気がでなかった事を後悔しているのだ。

「仕方ないと思うよ。私も縮地で懐に潜り込んだときは、少し手が震えたもん」
「うん。今までと比べものにならない程の化け物相手だしね。アイリ達が、そうなるも無理ないと思う」

 コハクとセレナは、二人を元気づけるように声を掛ける。

「まぁ、何はともあれ、無事に生き残れたことを喜ぼう。若干一名、そんな余裕はなさそうだがな」

 アルがそう言うと、皆の視線がある一点に注がれた。そこには、正座したマリーと怖い程の無表情で見下ろし、説教をするカレナ、その横で椅子に座って休憩しているネルロがいた。

「ネルロさんは、どうしてあんなに消耗しているんだ?」

 アルは、ネルロが戦っている時に、マリーを追い掛けていたので、その姿を見てないのだ。アルが知っているのは、ネルロが戦った場所が血まみれの状態だったということだけだ。

「ネルロさんの魔法は、すごかったよ。自分の血を触媒にしているというより、自分の血を操って戦っているって感じだった。血で剣を作ったり、血を飛ばして攻撃したり、色々してたよ」

 ネルロの戦いを見ていたセレナがそう説明する。

「血を使った魔法か。以前から使っていたが、自分の血を使って、即興で使う事も出来るんだな。あの様子を見るに、多発は出来ないようだが」

 以前まで、ネルロが使っていた時は、専用に調整した血液触媒を使っていた。アルは、そう言った触媒化した血液しか使えないと思っていたのだ。

「……分かりましたか!?」
「はい! 本当にごめんなさい!!」

 マリーの説教が一段落したらしく、カレナに表情が戻り、マリーの頭を撫でた。

「さて、皆さん。取り敢えず、今日のところは、この街にお泊まりすることになります。明朝に、別荘地に戻るという形で構いませんね?」
「はい。ありがとうございます」

 皆を代表して、アルがお礼を言う。皆もそれに合わせて、頭を下げた。

「いいえ、こんな状況ですから、では行きましょう。先程、街の方に教えて貰った場所がありますから」

 カレナは、街に来て、兵士達の責任者と話したときに、宿についても訊いていたようだった。マリー達は、カレナの案内で、件の宿に移動する。

「結構、大きな宿ね」
「さっき聞いた話だと、高級な宿屋みたいだからね。ここなら、部屋が開いている可能性が高いんだってさ」

 カレナとネルロの会話に、マリー達はギョッとした。そんな高級宿に泊まるとは思わなかったからだ。

「えっと、先生、いいんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。これでも良いお給料を貰っていますから」

 カレナは、一泊の料金を一括で払った。部屋数は、大部屋を一部屋と小部屋を二部屋だ。小部屋の二部屋は、アルとリン、カレナとネルロの部屋だ。大部屋には、マリー達が泊まる。部屋ごとに分かれたマリー達は、各々ベッドやソファにもたれ掛かって一息ついていた。

「はぁ、疲れたぁ」

 セレナもソファにもたれ掛かって休んでいる。マリー達の部屋には、大きなベッドが二つと大きなソファが二つ備え付けられている。そのベッドは、三人で横になっても、まだ余裕がある。

「カーリー先生は、大丈夫かな?」

 アイリもセレナ同様に、ソファにもたれ掛かって、そう言った。他の三人はベッド上に座っている。

「師匠なら大丈夫なはずだよ。ドラゴンを相手にあんな風に戦えるくらいだから」
「うん。お母さんは、どんな魔物でも一人で倒せるって、いつも言ってるから、大丈夫だと思うよ」

 心配するアイリに、コハクとマリーは、そう言った。二人は、あまりカーリーの心配をしていない。いや、心配の必要すらないと思っていた。一見、冷たいとも取れるような態度だが、そこには絶対的な信頼が存在した。

「それに、後は、王国軍の方々が動きますから、カーリー先生の負担も減るはずですわ」

 リリーの言うとおり、今、王国の兵達が、動き出したため、カーリーの負担は少し軽減されるだろう。しかし……

「その前にお母さんが倒しきりそうだけどね」
「確かに、あり得る」

 マリーとコハクの意見は、意外と的を射ていて、セレナ達も何も言えなかった。

「う~ん、取り敢えず、今日はもう休んで……」

 マリーは、喋っている途中で意識を失った。後ろに倒れそうになったのを、ソフィが受け止めて、ベッドの一つに寝かせる。安全な場所に移動したことで、疲れがドッと押し寄せて、すぐに眠ってしまったのだ。

「あらら、寝ちゃった」
「マリーさんは、今日一日で相当負担を負ってしまいましたものね」
「うん、あまり気に留めないといいんだけど……」

 リリーとコハクは、心配そうにマリーを見ていた。セレナとアイリも同じように、マリーを心配していた。
 そこにカレナが入ってきた。

「失礼しますね。少し訊きたい事が……っと、マリーさんは眠ってしまいましたか」
「あ、先生。はい。魔力も尽きてましたから。もしかして、訊きたい事って、マリーにですか?」
「いえ、どちらかと言うと、そちらの方になんですが」

 そう言って、カレナはソフィの方を見る。

「ああ、そりゃそうだ」

 カレナの用件がソフィに関してだと知り、セレナは、納得していた。ソフィが完成するところを見ていたセレナ達からしたら、特に気にならないが、全く知らない人からしたら、ソフィの存在は違和感の塊だろう。
 自分の事だと気付いたソフィは、カレナの元まで歩く。

『はじめまして。ソフィと申します。主様より作られました人形です』
「あ、はじめまして。マリーさん達の教師をしています。カレナです」
『きょうし?』

 知らない言葉に、ソフィは首を傾げる。だが、その事を知らないカレナは、聞き返された事が何を意味しているのか分からなかった。

「あっ、ソフィはまだ知っている事の方が少ないので、教師という言葉を知らないんです。ソフィ、教師は、色々な事を教えてくれる人の事だよ」
『そうでしたか。主様がお世話になっております』
「あ、いえいえ。ソフィさんは、魔道具という事ですね? ですが、受け答えが出来る魔道具など……」
「マリーさんが開発した知能付加魔法というものらしいですわ」

 リリーの言葉に、カレナはきょとんとした後、ジッとソフィを見た。

「そう……ですか。取り敢えず、ソフィさんは、マリーさんと一緒に行動してください。決して、一人で行動はしないようにお願いします」
『かしこまりました。主様のお側にいます』

 そう言って、ソフィは、マリーが眠るベッドの隣にある椅子に座った。

「では、皆さんも今日はお休みください。明日は、朝に移動を始めますので」
「分かりました」

 カレナは、皆に手を振ると、部屋を出て行った。

「カレナ先生、驚いてたね?」
「それだけ、ソフィちゃんが特異的な存在って事なんだと思うよ。私も初めて見た時は驚いたし」
「確かにね。まぁ、これからもっと人に近い見た目になるはずだし、こういう事も減るでしょ。あぁ……またマリーが徹夜しそう……」

 コハクの言葉に、皆が頷いた。その面において、マリーの信用度はゼロだった。

 ────────────────────────

 マリー達とは、別の部屋をあてがわられたアルとリンは、それぞれのベッドに腰を掛けていた。

「今日は、今までで、一番の災厄だったな……」
「そうだね。これまでの訓練でも、ここまでの死地に行ったことはなかったね。それに、キマイラやサラマンダーとも、一線を画する危険だった」

 家の訓練で、様々な戦いを経験したことがあるアルとリンでも、今回の戦いは、相当厳しいものだった。そして、これまでは訓練だったが、今回は実戦で、さらに目の前で住人達が犠牲になる姿も見てしまった。その精神的負担は、比べものにならない程大きい。
 アル達がマリーと比べて、平然としていられるのは、騎士の家系に属しており、自分達が、常に死と隣り合わせにあると教えられているからだった。この心持ちの違いは大きい。

「マリーさんのフォローは良いのかい?」
「俺から、掛けられる言葉はない。こればかりは、マリー自身が乗り越えるべき壁だ。今は、コハク達に任せるのが、一番だろ」
「それもそうか。それにしても、今回は、自分達の弱さを嫌という程実感したね。上には上がいるというけど、その上がどれだけ上なのかを思い知ったよ」

 リンは、少し遠い目をしながらそう言った。

「そうだな」

 アルも、リンの意見に同意している。二人が言っているのは、決してドラゴンのことではない。カーリー、カレナ、ネルロの事だ。三人は、単体でもドラゴンを倒せる程の実力を備えている。カーリーの強さは、噂としても回っているので、知っているのだが、カレナとネルロの実力は、その噂に引けを取らない。
 それは、今日二人がそれぞれ見た、カレナ達の必殺技を見れば、分かることだった。特に、カレナの破壊ディストラクションは、ドラゴンの群れどころか、その先にある雲までも消し去った。言ってしまえば、マリーの交響曲の強化版だ。

「先生達の強さは知っているつもりだったが、俺達が思っていたよりも遙かに強い人達だったな」
「そうだね。僕たちは、先生達を過小評価していたみたいだ」

 リンはそういうが、何もカレナ達が弱いと思っていたわけじゃない。強いと思っていたのが、より上の強さだったということだ。

「俺達は、もっと強くならなといけないな」
「そうだね。皆を守るためにも」

 アルとリンは、一つの決意をした。その決意は、アルとリンを更なる力へと導く。

────────────────────────

 もう一つの部屋には、ネルロが、ソファの上にもたれ掛かっていた。マリー達の部屋から戻ってきたカレナが、その隣に座る。

「本当に、今日は疲れたわね……」
「本当に。まさか、ドラゴンと戦う事になるとは思わなかった。はぁ……準備をしてたら、もう少し楽だったのに」

 カレナとネルロは、火山の噴火を見た直後、近くにある街に応援を要請しに向かった。その途中で、火山の上空の様子がおかしいことに気が付き、遠くを見ることが出来る魔法で確認して、ドラゴンが飛び交っている事を知ったのだった。

「それにしても、珍しいわね。カレナが、あの魔法を使うなんて」
「そう? まぁ、確かに、最近は使った事なかったけど。正直、あまり好きな魔法じゃないし」
「そうよね。すべてを消し去る魔法だから、使いたくないと言ってたものね」
「でも、生徒の命には替えられないでしょ?」
「……そうね」

 カレナが、意外とちゃんとした教師をやっている事を知って、ネルロは、少し嬉しそうだった。カレナは、ネルロに寄りかかって、そのまま膝に頭を乗せた。

「はぁ……」
「その様子だと、別の意味で疲れているって感じね。マリーちゃんを叱った事?」
「うん。やっぱり叱るのは慣れないよ……」
「そうね。でも、あの子は間違えた事をしたんだから、教師として、しっかりと叱らないとよ」
「だから、頑張ったでしょ……もっと褒めてよ」
「は~い。凄い凄い」
「ネルロの馬鹿」
「そんな褒めて欲しいなら、褒めてくれる恋人でも作る事ね。まぁ、その前にお友達を作るところからかしら」
「ネルロって、友達いなさそう……」
「少なくともあなたよりいるわよ」
「ば~か、ば~か」

 カレナは、子供のようにそう言う。そんなカレナを呆れた目で見ながら、ネルロは、カレナの鼻を摘まむ。

「今日は、もう寝ておきましょう。お互いに魔力が減っているし、私は血が減っちゃって、起きてるのも少し辛いしね」
「ああ、それもそうか。ごめん。無理させちゃって」
「気にしないで、いいわよ。私が、勝手についてきたんだもの」
「ありがとう。おやすみ」

 カレナとネルロも、今日はゆっくりと休むのだった。
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