捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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成長する王女

実験と試行錯誤と情報

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 工房に入ったリリーは、物珍しそうに、工房を見回していた。

「ここが、マリーさんの工房ですのね。色々なものがありますわ」
「触るときは、私に言ってから触ってね。下手すると、怪我するかもだから」
「そんなに危ないものがあるんですの!?」
「材料とかだけどね。製品で危険なものは、仕舞ってあるから、大丈夫なはず」

 マリーは、出来た製品や買ってきた素材などを丁寧に仕舞っている。それが、カーリーの教えだったからだ。しかし、それでも自分の手の届きやすいところに仕舞うので、リリーの手も届いてしまう。そのため、きちんとリリーに注意しておいたのだ。

「それじゃあ、やろうか」
「はいですわ!」

 マリーとリリーは、二人で準備を始める。マリーは、鉄の板に魔力線と神経を繋ぐ魔法陣を刻む。

「じゃあ、私の魔力を抜いていくから、リリーの魔力を注いでいって」
「分かりましたわ」

 マリーは、自分が刻んだ魔法陣から魔力を抜いていく。そして、そこにリリーが魔力を注いでいく。

「リリー、注ぐ量を、もう少し少なくして」
「は、はいですわ」

 少しずつ、マリーの魔力からリリーの魔力に置き換わっていく。しかし、あと少しというところで、鉄の板が割れる。

「う~ん……魔力の反発で割れたんだね。結構うまくいっていたのに」
「最後の最後で魔力が置き換わりきるときに、魔力が干渉し合っていましたわ」
「うん。最後が一番の肝って感じかな。それまでは、互いに調整しながらで、どうにかなりそう。リリー、気を抜かないようにやってみよう」
「はいですわ!」

 それからマリーとリリーは、何度も何度も鉄の板で練習し続けた。その結果、割れてしまった板は、十枚以上になった。

「はぁ、やっぱり難しい。大事なのはタイミングだね」
「息を合わせないと、難しいということですわね」

 二人は、マリーのノートを前に並んでいた。そこには、何故鉄の板が割れたのかの考察が書かれている。中には、自分達でわざと失敗したものもあった。その結果、分かった事など、多くのことも書かれている。

「私とリリーの魔力の質が違うからとか?」
「ですが、魔力の質が違うのは、当たり前ですし。それが原因だとすれば、誰とでも出来ないということになりますわ」
「そうだよね。だとすると、やっぱ、タイミングかぁ。私が合わせられるようになれば、誰でも出来るようになるし。リリー、まだ魔力は大丈夫?」
「大丈夫ですわ!」

 それから、マリーとリリーは、ずっと魔力置換の技術を練習し続けた。

「マリー! リリー! ご飯が出来たよ! 何回呼ばせる気さね!」

 カーリーの怒鳴り声が響き渡る。

「わぁ!」
「きゃあ!」

 その声に驚き、マリーとリリーが飛び上がる。

「お母さん? びっくりさせないでよ」
「こっちは何回も呼んでいるのに反応しないのが悪いさね! さぁ、ご飯が出来たよ。姫さんも食べて行きな」
「は、はい! というか、今、私の名前を……」
「ぼさっとしてないで、早く食堂に行きな!」
「は~い」

 マリーは、リリーの手を取って食堂に向かう。マリーとリリーがいなくなった工房で、カーリーは、マリーのノートと机の上に載った鉄の板を見ていた。

「ふむ、良くやったね。魔力の置換は、かなりの高等技術だよ。後は、誰でも成功出来るといいさね」

 カーリーは、そう言ってから、食堂に向かった。

「さぁ、食べるよ」

 カーリーの言葉をきっかけに皆がご飯を食べ始める。そして、今日もリリーが泊まることが決まった。さすがに、夜も遅くなっていたからだ。
 マリーとリリーは、お風呂に入った後、再び工房に向かった。

「一度は成功しましたが、もう一度試しますの?」
「うん。次は、他の素材で試そうと思う」

 そう言って、ゴム、布、紙で試してみることにした。結果、紙以外で成功をした。紙では、魔力の置換を始めた瞬間に燃え尽きた。理由は定かになっていないが、紙では置換による魔力変化に耐えられないのではないかと、マリーは考えた。

「う~ん、手を覆うから、ゴムでやるのが良いかな。これを腕と義手の間に挟んで、接合部の役割を持たせれば、直で刻む必要もないだろうし。後の問題は、義手そのものの重量だね」
「重さですの? それは、鉄を使わないという感じですの?」
「ううん。強度の問題もあるから鉄は使うよ。だから、芯となる部分を鉄にして、周囲は、別の頑丈で軽い素材にしようと思う。問題は、その強度がどのくらいかって事。なるべく壊れないようにしないと、マニカさんのこれからに関わるし」
「……マリーさん、もう一人前の魔道具職人みたいですわ」

 リリーは、考察ノートと設計図を前に、色々考え込んでいるマリーを見て、そう呟いた。

「マリー、そろそろ寝ないと、また徹夜することになるよ」

 コハクが、工房のドアをノックしてマリーに言う。

「うん、分かった。コハク」

 マリーは、設計図を見ながら返事をする。そのマリーを、リリーが引っ張って行った。

「ちょ、リリー、まだ考えなきゃいけないことが多いんだけど!」
「そのためにも、ひとまず寝るのが優先ですわ。寝不足になったら良い考えも出ませんわ」
「ありがとう、リリー。私の言葉じゃ、マリーは言うこと聞かなくて」
「お姉様、親友の忠告は聞かないとだめですわ!」

 リリーは、腰に手を当ててマリーを叱る。マリーは、ばつが悪そうな顔をする。

「うぅ……分かった」

 マリーは、リリーの言葉に頷く。

「ふふふ、いい子ですわ」
「ぷっ、ふふふふふ」

 マリーは、リリーに頭を撫でられる。その姿を見て、コハクは笑いが抑えきれない。

「コハク!」
「はははは! だって、妹にいい子いい子されてるって、あははははは!」
「むぅ! リリーのせいだよ!」
「いいえ。元はと言えば、お姉様が、コハクさんの言うことを聞かないのがいけないんですのよ!」

 マリーとリリーとコハクが、言い争っていると、

「あんた達! 今何時だと思ってんだい!! 姉妹で仲が良いのは分かったから早く寝な!!!」

 カーリーの一喝で、マリー達の身体がビクッと固まる。そして、速やかに寝室へと向かう。

「お母さん、おやすみ!」
「師匠おやすみなさい!」
「先生、おやすみなさいですわ!」

 マリーの寝室に入ったマリーとリリーは、すぐにベッドに飛び込む。

「カーリー先生、おっかないですわ」
「そりゃあ、お母さんだし」
「立派なお母さんじゃないですの。私の本当のお母様は、私を産んですぐに亡くなってしまいましたわ」

 リリーは、そう言って少し顔を曇らせた。

「でも、今の両親は、リリーを愛してくれているんでしょ?」
「そうですわね。お母様……王妃様は、私を愛してくださっていますわ。ですが、お父様……国王陛下は、そうでも無いですわね……」

 リリーは、少し言いにくそうに、でも、きちんと伝えるべきと思い伝えた。

「そう……なんだ。でも、国王に愛されてないって、何でそう思うの?」
「国王陛下は、私を見る眼に愛はなかったのですわ。ただ、玩具を見るような、そんな眼だったんですの」

 リリーは少し震えながら話す。国王の眼を思い出したのだろう。

「大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。だから、私は、国王陛下がお姉様を暗殺しようとしているって聞いて、最初は信じられなかったけど、よく考えて納得いきましたわ」

 リリーの口から、国王について語るのは、初めてのことだ。マリーは、リリーの言葉が嘘ではないと分かった。

「国王は、何が目的なんだろう?」
「……恐らく、王位だと思いますわ。国王陛下は、王位にご執心でしたの」

 リリーは、昔の事を思い出しながら、マリーに語る。

「王位?」
「はい。私は、何度か国王陛下が、お兄様達に譲らず、王位を自分のままにしたいと言っているのを聞いていますわ。ですが、国王陛下もいずれ死んでしまう。そのことを自覚したとき、今度は不老不死に傾倒し始めたらしいですわ。これは、お母様から聞いたことですの。でも、お母様も冗談っぽく言っていましたわ」

 マリーの頭の中は、こんがらがり始めた。

(これが真実なら、国王は本当におかしくなっているのかな? まぁ、元々なのかもだけど……)

 マリーは、そう考え始めた。

「リリーは、何でそんな事を教えてくれたの?」

 マリーは、急にそんな事を語ってくれた事を不思議に思い、リリーに訊く。

「お姉様に信用してもらいたいんですの。色々思い出そうとしていたんですけど、今のお姉様の質問で、子供の頃の事を思い出したんですのよ」
「そうなんだ。じゃあ、早速、明日アルくんに話して、色々考えないといけないかな」

 マリーが少し考えながらそう言うと、リリーは少し不服そうな顔をした。

「ん? どうしたの?」
「マリーさん。いつも、アルさん、アルさんって、もう少し私達を頼ってくれても良いですのよ」

 リリーが不服な理由は、事ある毎にマリーは、アルを頼ってばっかりだったからだ。

「そうかな? 十分頼ってると思うよ?」

 マリーは、全く自覚がない。

「そんな事ありませんわ。マリーさんが真っ先に頼りにするのは、絶対にアルさんですもの。せめて、その後に、もっと私達も頼ってくれて良いですのよ」

 リリーは、もっと自分達を頼って欲しいと思っていたのだ。

「セレナさんもアイリさんもそう思っていましてよ」
「セレナとアイリも? でも、私ってそんなにアルくんばっかに頼ってる?」
「ええ、何かあると、アルさんとこそこそ話したり、わずかな言葉で会話したりしてましてよ」
「あぁ……」

 これには、マリーも思い当たる節があるのか、少しだけ納得する。

「確かに、そうかもしれない。最近少しの言葉で全部理解してくれるアルくんに頼ってたのかも」
「本当に、それだけですの?」
「??」

 マリーは、リリーが何を言いたいかを全く理解出来なかった。

「無自覚ですのね。それは、それで結構ですわ。温かく見守らせて頂きますのよ」
「?」

 マリーは首を傾げる。本当に分かっていないという顔だ。

「さぁ、早く寝ますわよ。明日も学校がありますわ」
「えぇ、気になるんだけど」
「お姉様が気が付いたら、続きを話してあげますわ……」

 それを最後に、リリーが目を閉じる。そして、少しすると、寝息が聞こえ始めた。慣れない作業で疲れてしまったのだ。

「あら、寝ちゃった……何なんだろう?」

 マリーは、少しの間リリーに言われたことを考えていたが、その内、眠りについてしまった。
 次の日、コハクとリリーと学校に行くと、教室に既にアルの姿があった。

「おはよう、アルくん」
「おはよう、マリー、コハク、リリー」
「おはよう、アルさん」
「おはようござますわ」

 朝の挨拶をすると、荷物を置いて集まり出す。

「昨日もリリーは、マリーの家に泊まったんだな」
「ええ、カーリー先生に泊まっていいと言われましたから」

 最初は、そんな話から入った。その後、少しの間他愛のない話をしてから、マリーがリリーの服の裾を引っ張る。

「リリー、昨日の話、アルくんにしてあげて」
「ええ、わかりましたわ」

 リリーは、マリーの言葉に頷いて、昨日の夜マリーにしたものと同じ話をする。

「それは、本当か?」
「はい。私の記憶が正しければですが」
「……」

 アルは、顎に手を当てて考え込む。その間に、セレナ、アイリ、リンも登校してきた。リリーは、三人にも同じ話をする。

「そんなことが……」
「そういうことなんだ……」
「ある意味、納得の答えと言うべきなのかな」

 セレナ、アイリ、リンは、それぞれ、リリーの話に納得する。

「なぁ、リリー。その不老不死の法を探しているっていうのは本当か?」
「王妃様から聞いたことですので、確実な情報というわけではありませんわ。冗談ぽく言っていましたの。でも、その表情は、真面目だったと思いますわ」
「なるほど……少し考えさせてくれ。最悪、ヤバい事態なのかもしれない」

 リンが、アルの言葉に頷く。こういうときのアルは、何か重要なことに気付きかけているときだとリンは知っているからだ。

「アルくん、無理しないでね」
「ああ、調べられる範囲で調べてみるだけだ。早ければ、明日には成果が出るかもしれない」」
「手伝えることがあれば、手伝うよ」

 コハクがそう言うと、

「いや、俺の家の書庫を探すから、手伝えることは無いな」

 と、アルは断った。

「さぁ、この話はここで切り上げよう」

 アルが、両手を叩いて、皆を別の話題に導く。しかし、そうして話している間も、アルは何かを考えているようだった。
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