捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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捨てられた王女

反撃

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 テントの外で激しい音が聞こえてくる。

「私達に出来る事は、ないんですの!?」

 リリーが、悔しげな顔をしながら言う。

「アルさんやリンさんにも言われたでしょ。私達がやる事は、マリーを守る事だって」

 コハクが、リリーの言葉にそう答えた。リリーは、コハクの答えを聞いて、マリーの方を見る。

「この音を聞いて起きていないですけど、大丈夫ですの?」

 そう。マリーは今現在、睡眠中だった。リリー達は、カレナとネルロの戦闘音で目が覚めたのだが、マリーは、今なお寝続けている。

「大丈夫だよ。剣唄ソードソングとかを使いすぎて、魔力と体力が限界になっただけだから」
「それは、大丈夫って言えるの?」

 セレナが、心配してそう言う。

「うん。極端な言い方をすれば、疲れているだけだし」
「そうなの? でも、確かにマリーちゃんは、この演習中、ずっと頑張ってたもんね」

 アイリはそう言うと、皆、同意する。

「それにしても、まだ、戦闘中? さすがに、長くない? 二人が出て行ってから、結構経った気がするけど」

 セレナの言葉に、皆が顔を見合わせる。

「苦戦しているって事かな?」
「そうでしょうね。アルさんとリンさんで倒せない相手というとキマイラよりも上かもしれませんの」

 リリーの言葉に、皆は固まる。身をもってキマイラの強さを味わったため、余計に恐怖を感じたのだ。

「でも、先生達もいるんだよ。すぐに倒せるんじゃ……」
「その先生達がいての現状だから、確実にキマイラより厄介なんだろうね」

 コハクが、苦々しげな顔をして言う。もし、アル達が倒せなければ、その敵の相手をするのは自分達だ。そのことが余計に、コハク達を締め付ける。

「頑張って……」

 コハクの小さな声は、誰にも聞こえなかった。

 ────────────────────────

 アル達は、苦戦を強いられていた。ヒットアンドアウェイを繰り返すカイトに対して、アル達は、何とか急所を外す事しか出来ないのだ。
 こちらから攻撃しようにも、カイトの位置が変わりすぎて、捕捉するのも困難だ。

「先生、何か作戦はありますか?」
「ごめんなさい。範囲攻撃はありますけど、皆さんを巻き込んでしまいます」
「暗闇が無くなれば……」

 ネルロの何気ない一言が突破口だった。

「それだよ!」

 カレナがそう言った直後に魔法を放つ。

贋物の太陽フェイク・サン

 カレナの魔法により頭上に明るい球体が出現した。その光に照らされてアル達の戦場が昼間のように明るくなる。

「意外と緊張していたのかもしれない。こんなことを見落としていたなんて」

 戦場が明るくなった結果、闇に紛れる事が出来なくなったカイトが姿を現した。さっきまで、カイトの姿を見失っていたのは、夜の闇に紛れ込まれていたからだった。それがなくなった今、先程までと同じとはいかない。

「まさか、こんな魔法が使えるとはな……」

 皆が、カイトに対して構える。カイトも構えを解かずにいる。硬直状態が続いた。
 先に動いたのは、カイトの方だ。一番厄介なカレナめがけて突っ込んでくる。しかし、すかさずアルが間に割り込んだ。アルとカイトの剣がぶつかり合う。
 二人の力は同じくらいらしく、鍔迫り合いでは、どちらにも傾く事無く、その場で一進一退となっている。
 そんな鍔迫り合いは長くは続かず、カイトの方が後退する。後退したカイトを矢が襲う。それを避けていると、高速の闇の弾が襲ってきた。

「くっ!」

 カイトは何とか避ける事に成功する。

「『魔弓術・雷鳥《らいちょう》』!」

 リンの放った矢が、雷の鳥となり、カイトを襲う。カイトは、雷の鳥を剣で叩き斬る。魔法耐性が高い剣だから出来る芸当だ。通常の剣であれば、感電してしまう。
 その隙に、アルが懐に潜り込んでいた。

「はぁぁぁ!」

 アルの一撃が、カイトを襲う。しかし、カイトは持てる限りの力で、アルの攻撃を弾く。

「これで終わりだ!」

 攻撃を弾かれたアルが、すぐに二撃目を放つ。それが、ただの剣撃なら、まだ耐えられるだろう。しかし、アルが放つ剣撃は魔剣術だった。

「『魔剣術・圧撃《あつげき》』」

 アルの剣がカイトを捉える。カイトの身体を強い衝撃が襲う。

「ぐうぅ!」

 その衝撃は、身体中を巡り、カイトの身体の中をめちゃくちゃにしていった。
魔剣術・圧撃は、斬るではなく衝撃を叩きつける技だ。その衝撃は、叩きつけられた対象の中で伝播し、内蔵などの身体の中身にダメージを与える。
 アルが、この技を選択した理由は、完全に身動きを取れなくするためだった。そう。殺す事が目的では無く、捕らえる事が目的だったのだ。
 その理由は、カイトの目的を知るためだ。大体の予想はついているものの、本人からの自供がなければ、本当の事はわからない。
 カイトは、その一撃でよろめき膝をつく。身体を支えるだけでも辛いはずなのに、膝をつくだけで留まるだけの耐久力があるということだろう。

「ぐふっ!」

 カイトが、大きな血塊を吐き出す。

「大人しく投降しろ。そうすれば殺さない」

 アルがそう言うと、カイトが睨み付けてきた。

「……ふざけるな」

 カイトには、投降するつもりは無いようだ。しかし、アル達は、カイトから情報を引き出さなければならない理由がある。それこそ無理矢理にでも……
 カイトは、アル達の考えが分かっている。そうでなければ、わざわざ生け捕りする意味が分からない。だが、王の影として、ここで自白するわけにはいかない。幸い、隠密作戦用のマスクで、アル達に、顔は完全にはバレていない。今逃げ出せば、カイトの正体はバレないはずだ。
 アルもそう思ったのか、カイトのマスクに手を伸ばす。後、指先一つというところで、アルの指は空を切る。

「!?」

 アルの目の前から、カイトが消え去った。アルは、すぐに周りを見回すが、カイトの姿はない。それどころか、カイトの部下達の姿も無くなっていた。

「どこに行った!?」
「わからない!」

 アルから少し離れたところで、カイトの動きを注視していたリンがそう言う。リンの眼からも、カイトが急に消えたように見えていた。

「先生達は見えましたか!?」
「いいえ、私には見えませんでした」
「私もよ」

 カレナとネルロもカイトの動きを見ていないと言う。

「逃げた?」
「そう考えるのが一番ね」

 カレナとネルロが、カイトがいた位置まで歩いてくる。

「空間の乱れが生じてる」
「転移ってこと? でも、あの手の魔法は、集団で長い詠唱を唱えないと出来なかった気がするけど」
「そうだね。でも、高等魔道具の一つである魔法巻物スクロールなら一人でも発動出来るはず」

 魔法巻物スクロールは、魔法を封じ込めた巻物の事だ。これを使用すれば、一人では使えないような魔法でも、一度だけ使う事が出来る。しかし、その分、高価な物となっている。一般市民では手が出せない代物だ。

「全員、転移の魔法巻物《スクロール》を持っていたって事ですか?」
「そうですね。そう考えていいと思います」
「ふぅ……」

 アルは、安堵のため息をこぼした。あのまま、暗闇の中を戦っていれば確実に負けていただろう。カレナが、闇を晴らさなければ、道は切り開けなかっただろう。

(まだまだ、俺は弱いな)

 アルは、自分の対応力のなさを恥じた。どんな場面でも臨機応変に対応出来る何かを得なければ、これから先の戦いでも苦戦を強いられてしまうだろう。アルは、様々な状況での対応力を高める事を決意した。

「一応、警戒は続けておきましょう」

 カレナの一言に、アル達は頷いて同意する。アル達が、焚き火の前に集まるとテントの入り口から、マリーとアイリ以外の皆が顔を出した。アイリは、マリーの様子を見るために残っている。

「もう終わったんですの?」

 リリーが、周りをキョロキョロしながら訊く。

「ああ、恐らくだけどな」
「まだ、来る可能性があるって事?」
「そういうことだね。重傷は負わせているし、大丈夫だとは思うけどね」

 コハクの疑問にリンが補足しつつ答える。

「そうなんだ。なら、安心かな」

 コハクはそう言いながらも、腰に帯刀している。何かがあったときにすぐに対応出来るようにと、出てくる際に持ってきていたのだ。

「ところで、なんでこんなに明るいの? まだ、夜中だよね?」

 セレナが頭上に浮かぶ光を放つ球体を見る。

「ああ、それは私の魔法です。ついさっき思いついて作ってみました」
「…………はぁ!?」

 カレナの言葉にセレナが驚く。

「つ、作ったって、魔法をですか!?」
「ええ、そう言ったつもりなんだけど……」

 セレナの驚きように、カレナは少し戸惑っていた。

「それって、オリジナルって事ですよね。オリジナルをあの状況で、生み出したんですか?」

 オリジナルは本来、時間をかけて研究して生み出すものだ。魔法に精通していても、その場で瞬時に生み出すなどという事は不可能に近いと考えられている。

「オリジナルと言っても、たいした物では無いですよ。『火灯トーチライト』の明かりを太陽と同じくらいにしただけですから」
「それって既存の魔法を改変させたって事ですか!?」
「え、ええ、その方が新しく作るよりも楽ですから」
「………」

 ネルロ以外の皆は唖然とする。
 カレナの言うとおり、オリジナルを作り出すためには、既存の魔法を改変する方が楽ではあるが、カレナのやった事は、魔法そのものを全く別のものにするというものだった。松明ほどの明かりでしかない火灯を太陽の代わりにするなど、普通の人には出来ない……というよりも、思いつきすらしないだろう。

「カレナについて考えても無駄よ」

 ネルロがアル達を見ながらそう言う。

「カレナは、学院在籍時から、記憶能力が高かったわ。それ自体は、今も変わらないから、あなた達も知っていると思う」

 アル達が頷く。この森に来るまでにカードゲームで嫌というほど、カレナの記憶能力の凄さを思い知っている。

「実は、カレナが得意としている事は、それだけじゃないのよ……即時魔法改変。これが、カレナが、もっとも得意としている魔法の使い方よ」

 ネルロの説明に、アル達は唖然としカレナは照れる。

「得意って言っても、ちょっと改変するだけだから、やろうと思えば出来る人には出来ますよ」

 カレナはそう言うが、その出来る人が確実に少ないだろう。この発言には、ネルロも呆れる。

「……鵜呑みにしないでいいわ」

 ネルロの言葉にアル達は頷いて返事をする。Sクラスの生徒が規格外なら、Sクラスの教師は、異次元と呼ばれるだろう。

「それでは、これも解除しますね」

 カレナは、役目を終えた贋作の太陽を解除する。一瞬で、周りが暗闇に包まれた。唯一の明かりは、焚き火だけだ。

「『神域サンクチュアリィ』」

 そして、テントと焚き火を覆うように神域を展開する。

「取り敢えず、これで、また大丈夫です。なので、皆さんは寝ていただいても大丈夫ですよ」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

 カレナの言葉に甘えて、アル達はまた眠る事にした。アル達がテントに入ると、マリーの横でアイリも寝てしまっていた。セレナがアイリの傍に行き、揺り起こす。

「アイリ、起きて。寝るなら自分の布団に行こう?」
「うん? ……あっ! ごめん! 寝ちゃってた……」

 起こされたアイリは、自分が寝てしまった事に慌てていた。セレナが、状況を説明すると、ほっと一息ついた。

「と言うわけで、今は安全だよ。だから、今のうちに寝ておこう」
「うん、わかった」

 それぞれが、自分の布団に入り就寝した。コハクは、寝る前にマリーの様子を確認する。すやすやと眠っている。

「大丈夫そうだね」

 そう言ってから、コハクも眠りについた。

 ────────────────────────

 マリー達が眠るテントから離れた崖上に、複数の影があった。

「はぁ……はぁ……はぁ……危なかった。あそこまで強いとはな」

 その影は、夜烏部隊の面々だった。その影の内の一人、カイトは自分の怪我を、回復薬を飲む事で治癒していた。それでも内蔵のダメージは、なかなか治らなかった。カイトが思っているよりも重大なダメージだったのだ。
 カイトの部下も同じような状態だ。身体の一部が凍結したままの者、腕が取れ掛かっている者、身体に穴が開いている者など、怪我の種類は違うが、重傷である事には変わりない。現状、軽傷な者が治療を進めている。

「作戦は失敗か……陛下にあわす顔がないな」

 カイトは、顔を伏せていた。そんなカイトの様子を見て、カイトの部下達は、カイトが作戦の失敗を嘆いているように見えていた。実際、作戦の失敗を嘆いていた。しかし、その裏、心の中では失敗に終わった事に安堵している自分がいた。

(良かった。マリー様とリリー様を殺さずに済んで……陛下に報告すれば、謹慎を命じられる事は確実だろう。それは構わない。後は、何とか陛下にマリー様暗殺を止めさせなければ……)

 カイトは、心の中でそう決意する。
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