捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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捨てられた王女

森を抜けて

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 森を抜けると、アル達は膝から崩れ落ちた。カレナの背中から降りたマリーも同じだ。

「助かったぁ」

 セレナが、思わずという風に言葉を漏らした。だが、全員の胸中は、セレナの言った言葉と同じ思いだった。キマイラとの戦いは、地獄のような戦いだった。誰が死んでもおかしくないくらいに。
 今頃になって生きているということを実感し、力が抜けたのだ。

「皆さん、大丈夫ですか?」

 カレナが、心配そうに皆を見る。

「はい。大丈夫です」

 アルはそう言って、立ち上がる。皆はそれに続こうとするが、立ち上がれたのは、リンだけだった。
 他の皆は、立ち上がろうとして再び崩れ落ちる。ただでさえ、怖い思いをしたのだ。戦闘の疲れと合わせて、身体が動かなくなっても不思議は無い。

「今日はここで、野営にしましょう。どのみち、帰りの馬車が来るのは、明日になりますし」
「そうですが、俺達のテントは森の中なので、野営するとなると地べたに寝ることになってしまいます。俺とリンはそれでも大丈夫ですが、マリー達の疲れを取るには、テントがある方が良いと思います。取りあえず、テントを取りに行かなくては」

 森狼フォレストウルフに襲われた際にテントは捨ててきている。下手をすれば、アルの魔剣術で凍りづけになっている可能性もある。一応、テントを張った場所には、日が当たるので溶けているかもしれないが、そうなれば、びしょ濡れなのは間違いないだろう。

「私達は、大丈夫だけど……」

 マリー達は、自分達をそんなやわじゃ無いと言うが、昨日は洞窟の中で固い地面に寝ており、キマイラとの度重なる戦闘で疲れがピークに達している。いざという時のために、なるべく疲れを取っておいてもらいたいと、アルは思っているのだ。

「それなら大丈夫ですよ。私のテントに、皆さんも入りますから」

 カレナがとんでもないことを言った。カレナのテントは、どう見ても最大で二人用のものだった。ここにいる全員が入るようには、とても見えない。

「あ、もしかして、空間拡張がついているんですか?」

 マリーが、テントの秘密に気付いてそう言った。

「さすがですね。その通り、このテントは魔道具です。空間拡張、温度調整、収縮がついています。確認してみますか?」
「良いんですか!?」
「ええ、どうぞ」

 カレナの許可が出ると、マリーは、すぐさま立ち上がり、テントの方へと駆け出す。そんなマリーを見て、全員が思わず吹き出す。マリーは、そんな事には気付かずに、テントに刻まれている魔法陣を観察して眼を輝かしている。

「マリーちゃん、一気に元気が出たね」
「魔道具好きもあそこまでいくとすごいね」
「私達は、まだ動けませんのに」
「いつもそうだよ。どんなに疲れてても、師匠が魔道具を持ってきたら、すぐに飛びつくから」
「まぁ、マリーさんらしいと言えばらしいのかな?」
「元気が出たならいいんじゃないか」

 アル達が、そんな事を話している間も、マリーは、テントに付けられた魔法陣を見て楽しんでいた。さっきまで動けなかったのが嘘みたいだ。

「皆さん、休憩をするのなら、早くテントに入っちゃいましょう。いつまでも、地面に座っているわけにもいかないでしょう? それに、まだ、ここが安全と決まったわけでは無いですから」
『はい!』

 カレナの言葉に、素直に返事をして、ゆっくりと立ち上がったコハク達は、テントの中に入る。

「わぁ……!」

 カレナのテントの中は、教室くらいの広さがあった。
 布団が敷いてあり、テーブルが一つと椅子が一脚置いてある。他にも調理器具がいくつか箱に入っていた。

「広すぎる」
「先生は、ここに一人で寝泊まりしていましたの?」
「そうですよ。さすがに、少し寂しかったけど……」

 カレナは、本当に寂しそうな顔をしてそう言った。

「ですが、今日は、皆さんがいるので寂しくないですね。さぁ、椅子を出しますから座ってください」

 カレナが自分の魔法鞄マジックバッグから、椅子を七脚出して並べる。マリー達は、出された椅子におとなしく座った。
 カレナは、それと同時に小型魔道コンロに薬缶を載せて加熱する。薬缶の中には、紅茶の茶葉が入れてあった。
 マリー達は、ようやくきちんとした休みを取れた。気が抜けたため、いつも通りに会話をする事が出来るようになった。

「そういえば、先生って、時々口調が変わりますよね」
「え!?」

 コハクの突然の発言に、カレナは驚きの声を上げた。そして、少し戸惑っている。

「えっと、そんな事無いですよ。私は、いつも同じ口調で喋っています」
「いや、先生は、時折口調が変わっていますよ」

 アルが、追い打ちを掛けた。カレナは、目線を右往左往させている。少し、涙目になり始めている。そして、観念したのか事実を認める。

「うぅ……先生として、きちんと丁寧な言葉遣いを心がけていたのに……」

 カレナが、皆のカップに紅茶を注ぎながら項垂れている。少し危ない。

「先生って、今年から教師になったんですか?」

 マリーが、カレナの入れた紅茶を皆に配りながら訊く。
 カレナの年齢は二十二歳。学院を卒業するのは二十歳なので、卒業してから二年しか経っていないということだ。なので、教師になるのは去年か今年しかない。

「そうですね。一応去年から学院にはいましたが、教師として教鞭を執ったのは今年からですね」

 去年は、学院に雇われたばかりだったので、研修を受けていた。そのため、教鞭を執るのは、今年が初めてとなる。

「じゃあ、私達に教えるのが、初めての授業だったんですか?」
「はい。なので、初めての授業は、緊張していたんですよ」
「でも、先生の授業は、初めてと思えないくらいわかりやすかったですよ」
「そう? それならよかった。学生時代も同級生に教えていたおかげね」

 カレナは褒められたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。

「じゃあ、私は、夜ご飯の用意をしますね。皆さんは、ここで休んでいてください」
「俺も手伝います」

 アルが手伝いを申し出た。

「でも、疲れているでしょう?」

 しかし、カレナは、ここまでの行程なども考慮して、遠慮する。

「いえ、大丈夫です」

 それでも、アルは手伝いをすると言う。ここで、カレナは、アルが、ただ手伝いを申し出たのでは無いと判断した。

「そうですか? では、頼みます」
「はい」

 最終的に、アルに手伝ってもらう事になった。マリー達も手伝おうとしたが、アルに「休んでいろ」と言われ、リンからも「今は体力を回復させよう」と言われたので、素直に休む。
 アルとカレナは、調理器具の入った箱を持ってテントの外に出た。
 焚き火に火を点け直して、調理の準備をする。肉を捌いて、金網に次々と載せていった。その他にも、野菜スープを作る。じゃがいも、にんじん、タマネギを入れたものだ。作り置きの出汁も入れて、簡単に仕上げていく。
 そうして、夜ご飯を作っている間に、アルとカレナは話をしていた。

「アルゲートくんも、気付いていたのですね」
「はい、あの崖の上にいたであろう誰かは、恐らくマリーを狙っています」

 話していたのは、カイトについてだった。アルは、打ち上げようとした緊急信号が弾き飛ばされた時に、崖付近から攻撃と気配を感じたのだ。

「一応、睨み付けておいたけど、諦めないと思いますか?」
「……俺の考えでは諦めないと思います」
「なるほど。それは、どうしてでしょうか?」

 カレナは、アルの考えが分からないので、そのことについて訊く。アルは、少しの間考え込んだ。

(この場で言ってもいいことだろうか。このどれもが俺の予測でしか無い。濁しつつ話した方がいいかもな。いや、これからの事を考えると、ここで先生の協力を得る方が得策か)

 アルは、何を何処まで話すか決め、口を開いた。

「マリーは、命を狙われている可能性が高いです。狙っている相手は、国王陛下かと」
「陛下が……? 何故?」
「そこは、はっきりしていません。ですが、可能性の低くない話だと思います。入学式の後のホームルームが終わった後、マリーは、国王陛下と言い争っていました。詳しい内容までは分かりませんが、国王の怒鳴り声が微かに聞こえてきましたので。それだけでも、十分に疑えることかと」
「そう……じゃあ、あの崖上にいたのは……」
「国王陛下の影である可能性が高いです」
「……少し時間をください」

 そう言って、今度はカレナの方が考え込んだ。五分程考えながら、夜ご飯を作っていると、不意にカレナが口を開いた。

「まだ信憑性は低いですが、信用します。アルゲートくん、これから起こりうることを、なるべく全部教えてください」
「はい。まず、これで、マリーの殺害計画が終わったわけでは無いと思います。キマイラによる殺害が失敗した以上、今日の夜に直接手に掛けようとする可能性が高いです。そして、それを阻止したとしても、今度は帰り道での襲撃もあり得ます。さらに、この全てを退けても、マリーの殺害計画は終わらないでしょう」
「マリーさんの息の根を止めるまで続くという事ね。計画自体を止める方法は……ないか……」
「はい。国王陛下が、相手となっている以上、確かな証拠を持っていったとしても、黙殺される可能性が高いかと」
「直接の暗殺を最初からしなかったのは、なるべく証拠を残さないため。だから、キマイラを使った殺しを考えついたのね」

 アルとの話で、国王の作戦のほとんどを看破するカレナ。
 アルは、自分の突拍子も無い話が信じられた事に驚いたが、それ以上に話がスムーズに進んでいくことに驚いていた。カレナは、自分の話を戯れ言と一蹴せずに、真剣に聞き、考えてくれる。味方を増やしたい今の状況では、ものすごく有り難い事だった。
 同時に、カレナもアルに対して驚いていた。まだ十四歳という若さで、ここまで深く考えていることに対してだ。

(アルゲートくんの戦闘能力が高いことは知っていたけど、思考能力も他の生徒より格段に高い。いや、状況の分析に長けているのかな)

 カレナは、そんな事を考えつつ、一つの答えが頭を過ぎった。

「今日の夜に来ると思われる襲撃者は、私達も手に掛けるでしょう」
「それは……目撃者を作らないためにですね」
「ええ、一応神域サンクチュアリィを張っておきますが、警戒はしておきましょう」
「分かりました」

 二人の話は、そこで終わった。マリー達が、夜ご飯の匂いにつられてテントから出てきたからだ。焚き火の周りに皆が集まって座る。
 カレナは、テントの中で食べようと思っていたのだが、皆がここで食べると言うので了承して、土魔法で石の椅子を作り出した。アルの隣に座ったリンが、声を潜めてアルに話す。

「うまくいったかい?」
「ああ、警戒しといてくれ」
「了解」

 たったそれだけで二人の内緒話が終わった。互いに互いの言いたいことを瞬時に把握したためだ。
 皆で焚き火を囲み、夜ご飯を食べていると、街道の方から人影が、マリー達の方へと来ていた。アルとリンはご飯を食べつつ、自分達の得物の確認をする。その人影はどんどん近づいてくる。アルとリンは、ここでの戦闘を覚悟する。
 人影の外見が薄ら見える所まで近づいてくると、そのタイミングでカレナが口を開いた。

「アルゲートくん、リンガルくん。大丈夫」

 カレナの言葉に、二人は少し戸惑いながらも得物を置いた。何故、カレナが大丈夫だと判断したのかは、少しして分かった。

「こんばんわ、マリーちゃん、コハクちゃん、アルくん。こんなところで奇遇ね」

 現れたのは、マリーが贔屓にしている触媒屋、メアリーゼ触媒店の店長ネルロだった。突然のネルロの登場に、マリー達は驚いた。

「こんばんは、ネルロさん。こんなところで、どうしたんですか?」
「ん? 素材の調達よ。依頼してもいいのだけれど、繊細な素材は自分で採らないと、雑に持って帰られても困るから」
「な、なるほど」

 ネルロは、自分の店で扱う触媒やその材料の一部を自分で調達しているようだ。素材の調達なら、ギルドで依頼として出せば、集めてくれるようになっている。しかし、ネルロの言うとおり、素人ばかりなので素材を雑に扱っており、使い物にならない事も多い。

「そういえば、ここら辺は危険よ。何故かキマイラが多いし、少し前に、とてつもない化け物も出たし」
「あっ、最後の化け物は、私の魔法によるものです」

 ネルロが見たという化け物は、マリーの剣唄ソードソング幻想曲ファンタジアによるものだ。なので、自分の魔法によって出てきたものと言うと、ネルロは眼を大きく開いて驚いた。

「へぇ~、それは、どういうものなのか、聞かせてもらうことは出来るかしら」

 ネルロは、微笑みながらマリーに問いかける。

「えっと、少しだけなら」
「本当!? じゃあ、早速お願いするわ」

 ネルロは、マリーのすぐ横に石の椅子を生み出し、そこに座る。そこに来て焚き火にまともに当たりネルロの全身が見えた。ネルロは触媒屋にいるときと同じように黒いローブを着ていた。その下には、これまた真っ黒なドレスを着ている。フリル部分は紫色のレースで出来ていた。どうみても材料探しに向かったような服装ではないが、それだけ、自分の力に自信があるということだろう。

「カレナ、私にもお肉頂戴」
「はぁ、久しぶりに会ったのに、最初の一言がそれ?」

 マリー達は、驚きながらカレナとネルロを交互に見た。

「マリーちゃん達以外は、初対面だったわね。私の名前はネルロ・メアリーゼ。商店通りで触媒屋を営んでいるわ。そこの、カレナとは学生時代の友人よ。よろしくね」

 ネルロは、初対面のリリー達に対して自己紹介をする。リリー達も自己紹介を返し、互いに名前を知る。

「姫様と青騎士バルバロット家の息子がいるなんて、今年の新入生は豪華ね」

 リリー達の自己紹介を聞いた感想はそれだけだった。

わたくし、王女ですのに出会う方々に、全くびっくりされませんの」

 リリーは、自分に自信をなくしてしまった。Sクラスの面々に、敬う意識がないわけではない。ただ、リリーに砕けた話し方で良いと言われたため、結果的に今の状態に落ち着いているのだ。ネルロに関しては、権力者に媚びへつらえる事をあまりしないというだけだった。

「確かに、リリーってお姫様感が髪の毛しか無いよね」

 何故か、セレナが追い打ちをかけた。セレナとしては追い打ちをかけた気は無いのだが。

「セレナ、それ今のリリーさんには、逆効果だよ」

 アイリがセレナにこそこそと伝えると、セレナも、あっ、という顔をした。その後、セレナとアイリの必死の慰めで、リリーは、ようやく元の状態に戻った。

「はい、ネルロ。それにしても、今からサリドニアに帰るつもりだったの?」

 カレナがネルロに肉の入った皿を渡しながら、そう言った。

「そうよ。素材取りは早めに終わったんだけど、途中でキマイラの大群に遭遇しちゃってね。気がついたら、この時間よ」

 ネルロは、先程までキマイラとの戦闘をしていたらしい。カレナが全滅させたキマイラ達とは別にキマイラの集団がいたようだ。一体どれだけの量が集まっていたのだろうか。マリー達は、改めて背筋が寒くなった。

「ネルロの所でも出たんだ。こっちでも集団で出てきたよ」
「大丈夫だったの?」
「危なかったよ。危うく生徒達が犠牲になるところだったもの」
「この様子じゃあ、きちんと間に合ったのね。そこは不幸中の幸いね」
「ええ、この子達の頑張りがあったからね」

 カレナは、微笑みながらそう言った。

「ところで、今日はここで泊まってもいいかしら? さすがに、今から歩いて帰るのは億劫だし、ご飯を食べたら気が抜けたわ」
「良いよ。テントは広いから」

 突然だったが、ネルロも一緒に泊まることになった。その後、カレナとネルロの学院時代の話や、マリー達の魔法についての話をしていると、夜がどんどん更けていった。その頃になると、マリー達はすでにテントに入り、就寝している。外にいるのはカレナとネルロだけだった。

「それで、何を困っているの?」

 ネルロがそう切り出した。カレナは、少し考えてから口を開いた。

「何で分かるの?」
「友達だからかしらね。でも、なんとなく分かるだけよ」
「そう……生徒の命が狙われているの。助けてくれない?」

 意を決して、カレナはネルロに助けを頼んだ。ネルロは半信半疑なので、カレナはここまでの事をネルロに話した。すると、ネルロは納得がいったような顔をした。

「分かったわ。だから、神域を張っているのね。相変わらず、馬鹿みたいな魔力量ね。任せて、敵が来たら同じく戦うわ」
「ありがとう」
「いいわよ。マリーちゃんがいなくなったら楽しみが無くなるもの」

 カレナにとって、ネルロはとっても頼りになる助っ人だ。少し気分屋なところがあるので、そこが心配だったが、問題なく引き受けてくれた。
 こうして、強力な助っ人を得たマリー達と、カイトとの少し長い夜が始まった。
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