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捨てられた王女

遭遇

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 マリー達が森狼に襲われている頃、カレナは森の入口でキャンプをしていた。マリー達が出て来るまでは、ここで待機していないといけないからだ。

「ん?」

 そんな時、カレナは大きな魔力を感じて森の方向を見た。

「アルゲートくんとリンガルくんかな?」

 普通の魔法なら、余剰魔力が周りに撒き散らされることはそうそうない。しかし、魔剣術や魔弓術などの大規模なものになると、魔法に変換できなかった魔力が周りに撒き散らされる事が多々ある。この魔力をカレナは感じ取ったのだ。

「こんなに魔力を使うほど手強い魔物いたかな? 森狼フォレストウルフは奥にいるから、皆が野営をするであろう場所には出てこないし。う~ん……あっ、お肉が焦げちゃう!」

 カレナは、鉄網に載せていた肉を慌てて、皿に盛る。そこら辺で狩ったイノシシの肉を夕食用に焼いていたのだ。

「むぐむぐ。まぁ、何かあったら救難信号があるはずだし、大丈夫かな。皆も強いし」

 カレナは焼いた肉を食べながら、新しい肉を網に載せていく。マリー達の戦いをよそに、のんびりとした雰囲気が漂っていた。

────────────────────────

 マリー達は、森の中を駆けていた。

「まだ、来るの!? 『風弾《ウィンドバレット》・拡散《ディフューズ》』」

 マリーが放った風の弾が途中で小さな風の弾になり、追いかけてきた森狼達の眉間を撃ち抜いていく。集団になっているので、適当に放った魔法でもある程度は当たる。
 しかし、それでも、森狼たちは執拗に追いかけてきた。マリーが魔法で撃退しているように、他の皆もそれぞれの方法で撃退している。

「最初よりも数は減っているのだがな」

 アルが、飛びかかってきた森狼の首を落とす。アルとリンの魔剣術と魔弓術で数を大幅に減らしたのだが、それでも多いと感じるほどの数が追いかけてきた。

「これだけの数が来てるという事は、何か作為的なものを感じるね。こいつらの生息域はもっと奥のはずだし」
「……ちっ!」
「?」

 リンの言葉に舌打ちをするアル。普段そんな事を、あまりしないのでリンは不思議そうな顔をした。リンの顔に気付いたアルは首を振る。それだけで、リンはアルの言いたいことが分かった。

(今は言えないか……結構なものを抱えているんだね)

 リンはそれだけ考えると、意識を切り替えて戦闘に集中した。駆けながらの戦闘は、十分間続いた。それは、その時、唐突に現れた。

「皆! 止まって!!」

 コハクの一言で、皆が足を止める。
 何故、コハクが止まれと言ったのか、皆は正面を見てようやく知った。森狼への対処に集中しすぎて、前を見ていなかったのだ。
 それを見た瞬間、背筋に悪寒が走り、たった一目見ただけで、それがやばいということが嫌というほど分かった。
 それには、首が三つあった。ひとつは獅子、もうひとつは山羊、後のひとつは尻尾にある蛇だ。そして、その異形は巨体だった。大きさは普通の獅子の十倍はあった。

「……キマイラ」

 唯一、その知識があったアルが呟く。
 アルの呟きに返事をするかのように、キマイラが咆哮する。

「ひっ!」

 キマイラの咆哮で、リリーが身体を固まらせた。だが、小さく身体全体が震えている。その姿を見て獲物と判断したのか、キマイラがリリー目掛けて噛みつこうとする。

「『剣舞《ソードダンス》・三重奏《トリオ》』!」

 マリーのポーチから三本の剣が飛び出てくる。それらは、リリーに噛みつこうとしているキマイラの口を斬り裂いた。
 噛みつく寸前に斬り裂かれ、さらに三本の剣が追撃してくるので、キマイラは少しずつ後退していく。そのまま剣達は、それぞれ連携をとって、キマイラを翻弄しつつ傷を増やしていく。

「リリー! 早くこっちに来て!」
「えっ、あっ」

 マリーは剣を制御しながら、リリーの手を引いて、駆け出す。キマイラの逆方向、来た道を引き返す。

「アルくん! 救難信号、上げるよ!」
「頼む!」

 キマイラから逃げながら、マリーが救難信号を空に向かって撃とうとする。

「!?」

 その直前に、救難信号がマリーの手から弾き飛ばされた。転がっていく救難信号の筒は、キマイラの足下まで行き、その脚に踏み潰された。

「嘘っ……」
「くそ!」

 アルは、救難信号を弾き飛ばした人がいるであろう場所を睨むが、そこには影も形もない。
 マリー達が逃げるのを見たからか、キマイラが走り出した。三本の剣では抑えきれなくなったのだ。

「『剣舞《ソードダンス》・五重奏《クインテット》』!!」

 マリーのポーチから追加で二本飛びだし、キマイラを攻撃する。そのうちの一本がキマイラの三本の首のうち、獅子の顔の眼を片方斬り裂いた。
 視界をひとつ潰されたことで、キマイラは動揺する。そこで攻撃を止めずに剣で斬り裂き続ける。

「早く! 今のうちに逃げるよ!」

 マリーの掛け声で、全員が再び走り出す。先頭からコハク、リリー、アイリ、セレナ、リン、アル、マリーの順だ。

「リリー! 空に火の弾を撃って! なるべく大きいの!」
「わ、分かりましたわ!」

 コハクが、リリーに指示する。弾き飛ばされた救難信号の代わりに火の弾を使うつもりなのだ。リリーが指示に従い火の弾を空に撃つが、空に到達する前に誘爆された。

「誰かが邪魔をしてますわ!」
「アルくん! 何か分からないの!?」
「わからん! 攻撃しているであろう場所は分かるが、そこには誰もいない!」

 セレナの問いかけに、アルは、この大森林を見回せる崖を見渡すが、そこには誰の姿も無かった。
 少し余所見をしたアルに森狼が飛びかかってきた。だが、何かが刺さる音と共に森狼が絶命する。森狼を殺したのは、前を走っていたリンだった。

「油断大敵!」
「すまん!」

 正面からは、多くの森狼が駆けてくる。マリー達を追ってきた集団だ。

「『闇弾《ダークバレット》・拡散《ディフューズ》』!」

 アイリが、闇の弾を細かく拡散させて攻撃する。闇の弾は、夜の闇に紛れているため、森狼は、避ける事も出来なかった。次々に身体の一部を失っていく。
 そうして退路を切り開いていると、突然、山羊の鳴き声が響き渡った。皆が走りながらも後ろを向くと、焦っているマリーと傷が癒えているキマイラの姿があった。

「回復とか有りなの!?」

 マリーは、怒りながらも剣を操って山羊頭を攻撃する。だが、キマイラは、身体が傷付くのもお構いなしに突っ込んでくる。

「マリー! 下がれ! 『魔剣術・炎華《えんか》』!」

 炎の海がキマイラを襲う。波の一部に華が咲いていく。華からは、多くの火の粉が飛び散っている。
 身体中に火傷を負い、獅子が悲鳴を上げ、山羊が傷を癒やす。しかし、火の海は、いつまで経っても消えない。やっと消えたと思えば、目の前にはマリー達の姿が無かった。
 キマイラは、全ての頭で怒りの咆哮をする。マリー達を獲物と完全に認識し、殺して喰らう事を決めた瞬間だった。マリー達を探して、夜の闇の中、キマイラが歩き出す。

「はぁ……はぁ……ここまで来れば、大丈夫かな?」
「大丈夫では無いだろうな。取り敢えず、この洞窟を拠点としよう」

 マリー達は、キマイラから逃げる事に成功し、とある洞窟まで来ていた。本当は、森の出口まで行きたかったが、夜の闇と森狼によって、逆方向に来てしまっている。

「アルくん、大丈夫?」

 マリーがアルを心配する。アルの顔は、真っ青になっていた。魔力が枯渇したせいで、身体機能に影響が出ているのだ。

「ああ、最後の魔剣術で、魔力を使いすぎただけだ。少し休めば大丈夫だ」

 アルの魔力が枯渇した大きな原因は、キマイラに放った『炎華』だ。必要以上の魔力を込めたので威力が桁違いになっていたが、その分の無理が返ってきたのだ。

「アルくん、これ飲んで。魔力回復薬だよ」
「ああ、ありがとう。アイリ」

 アイリが持ってきていた魔力回復薬をアルに渡す。それを飲んだアルは、顔色が多少良くなり始める。

「それにしても、ここに留まってよろしいですの? キマイラは追ってきませんの?」

 リリーは、アルとは別の理由で顔が青くなっている。キマイラと対面して、初めて本当に死ぬかもしれないという恐怖を味わったからだ。

「一応、消臭玉を投げてきたけど、どこまで通じるか分からないよ」

 マリーは、キマイラから逃げる際に、自分たちの残り香を消す魔道具を投げておいた。効力は高く、自然の匂いは残し、人の匂いだけ消す便利なものだ。

「取り敢えず、これからどうするかだな。マリー、どう思う?」
「多分、キマイラは、私達を追い続けると思う。散々攻撃したし、向こうからしたら怒りの矛先だろうしね」
「俺も、そう思う。だとすれば、俺達に残された選択肢は、キマイラを倒すか、ここから逃げて軍あるいは、先生に助けてもらうかだな」
「先生に助けてもらいましょう!」

 リリーが、涙目になりながら言う。リリーの意見を受けて、アルはマリーの方を見る。アルの眼を見て言いたいことが分かったマリーは、リリーの方を向く。

「リリー。多分だけど、先生の元に戻る前に、キマイラに見つかると思う」
「な、なんでですの?」

 マリーの言葉に、リリーは驚きを禁じ得ない。

「キマイラの執念が強い気がするんだ。それに、ここが既にばれている可能性も低くは無い」
「そ、そんな……じゃ、じゃあ……」
「うん。選択肢が二つって言ったけど、実際には、キマイラを倒すしか無いと思う。本当に運が良かったら、先生が探しに来てくれているかもしれないけど、私達の緊急事態を知らせられてないから、可能性は本当に低いはず」
「でも、どうやって倒すの?」

 アイリが、小さく手を上げながら話に入った。

「そこが問題だな。キマイラの山羊を、先に斬るのは決まっているが……」
「蛇の方の能力が分からないのは厳しいね」

 セレナが問題点を挙げる。先程の戦闘では、キマイラは、蛇の頭を使ってくることが無かった。アルもキマイラの容姿までしか知らないので、詳しい能力についての知識はない。

「ああ、マリー、分かるか?」
「予想でしか無いけど、攻撃を獅子、回復を山羊が担っているなら、蛇は、支援を担っているんだと思う。でも、使ってこなかったって事は、こちらを嘗めていたか、使えなかったかだけど」
「嘗めている可能性が高いな」

 あの状況のキマイラは、マリー達を格下と見て、かなり油断していた。おかげで、逃げ出す事が出来たのだ。

「うん、蛇って事だけ考えれば、状態異常デバフの能力だと思う。あと、獅子の方もまだ能力を隠している可能性が高いかな。ひとつだけ噛みつきだけしか出来ないなんて、おかしいから」
「獅子の攻撃にも気を配らなくてはだな。何か策はあるか?」
「私の剣舞で蛇を斬りつつ、ダメージを与える。山羊の方は、コハクが斬れると思う。獅子は皆でやるって感じかな」

 マリーとアルが、話し合う。その目は真剣そのものなので、リリーとセレナ、アイリは呆然としている。

「そうだな。後、獅子の攻撃に関しては、アイリに任せようと思う」

 突然名前が出てきて、アイリはビクッと震えた。全員の視線がアイリに集中する。

「な、何で、私なの?」

 おどおどしながら、アイリがアルに訊く。

「アイリの得意な魔法は、闇魔法だろう? 闇魔法と相性が悪いのは、光魔法だけだ。それ以外の防御なら、かなり向いている。アイリは、一応全属性が使えるはずだ。それらも含めると適任だと考えた」
「そ、そうだけど……う、うん、分かった。頑張る」

 アイリが、アルの言葉を受けて覚悟を決める。皆がそれぞれ、覚悟を決めていると、その場に、唯一いなかったコハクが洞窟に入ってきた。

「ふぅ……今のところ、キマイラは来てなかったよ。それどころか、魔物の気配すら感じなかった」

 コハクは、この中で、一番気配を消すことがうまい。そのコハクに、消臭玉の中身をかけて偵察に行ってもらったのだ。

「コハク、キマイラの山羊の部分をよろしく」

 マリーが、いきなりコハクにそう言った。他の面々は、マリーの一言に驚いた。コハク以外は、話を聞いていたが、コハクは、さっきまで外にいたので話しについていけるわけが無いと思ったのだ。

「あ、うん。分かった」

 コハクがあっさり引き受けたので、皆は再び驚くことになった。

「コハクさん、大丈夫なのかい?」

 リンが、皆の心の中の声を代弁してコハクに訊く。

「多分出来ると思う。マリーが、私に出来ると思っているならなおさらね」

 コハクは、自信満々だった。それだけマリーを信用しているということなのだろう。
 ある程度の作戦が決まったところで、ローテーションして睡眠をとった。幸い、この夜にキマイラが襲撃してくるということは無かった。
 そして、翌日。キマイラとの死闘が始まる。
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