捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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捨てられた王女

野外演習へ

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 模擬戦授業から一週間と少しが経った。いよいよ、明日が野外演習の日だ。マリーは、明日のために準備をしていた。
 三日前に、カレナから野外演習の説明があったので、それを参考にしての準備だった。

「はい。いよいよ来週の初めに野外演習があります。演習の内容は、三日間のサバイバルです。必要最低限の食料とテントは、学院から支給されます。その他に、自分に必要なものや、足りないと思うものに関しては、自分達で持ち込んでください。演習場所は、王都から馬車で、二時間ほどの森の中です。この森には、多種多様の魔物が生息しています。魔物の種類については、今から配る冊子に書いてありますので、対策を講じてみるのも良いでしょう。ここからが大事なことですが、森の中で自分達が対応できない問題に直面した時は、当日配る救難信号を上空に向けて撃ってください。私が、すぐに駆けつけますから。これらが、野外演習の概要です。きちんと準備をして挑んでくださいね。それじゃあ、今日はこれでおしまいです。皆さん、さようなら」

 というような説明だ。
 マリーに必要なのは、自分が使う魔道具やその材料だ。野外演習が三日間もあるため、その場で製作することもあり得ると、マリーは考えたのだ。

「あっ、私の剣の調整もしなきゃ。あまり使わないけど、定期的にやらなきゃ駄目だしね。常に万全にしとけって言われてるし」

 マリーは、ポーチから剣を取り出し状態の確認と細かい調整を行う。マリーの剣には、一つとして同じものはない。魔道具としての特性もそうだが、全て違う形をしている。

「そうだ。丁度いいから、魔法陣の見直しもしておこう」

 マリーは、調整のついでに、剣に多重構造の魔法陣を付加する事にした。
 つい昨日、多重構造の法則の一部を掴んだのだ。しかし、掴めたのは、ほんの一部のみ。まだ、分からない部分も多々存在する。分かっているのは、『強度強化』と『威力増強』などの比較的簡単な魔法陣の繋げ方だけだ。他の複雑な魔法陣の繋ぎ方は分かっていない。なので、剣に付加している基礎的なものを多重構造化し容量を空けようと思ったのだ。
 マリーは、魔法陣を浮かび上げて、強度強化と威力増強の魔法陣を多重魔法陣として構成し直し、魔法陣の場所も配置し直す。

「う~ん……今は、特に付加するものが無いから、魔力線だけ引いておこう」

 魔力線は、ただの魔力の通り道だ。マリーの剣は、普通には使わないので、こういった処理が重要となる。

「他には無いかな。閃光玉や音響玉も作ったし、野営で使えるものも、いくつか作った」

 野営において重要なものは寝床、食料、水、火、だ。寝床は、学校からの支給がある。食料は現地調達。水と火に関しては、マリーが魔道具を作ったので大丈夫だ。
 水の魔道具は、水袋に水魔法と魔力抜きの魔法陣を付加している。水魔法で出した水をそのまま飲むと魔力が大量に含まれているので、魔力酔いを引き起こしてしまう可能性が高くなる。そのため、その魔力を抜く必要がある。その工程を一体化して、魔法陣にしたものを刻印したのだった。水袋の中では、生成した水の魔力を抜き溜めておくという工程が行われていた。
 火の魔道具は、棒状になっていて先端に火魔法の一つである『種火』を付加してあるものだ。魔力を通すことで先端に小さな火が出るので、それを使って火を熾せる。ただの火魔法でもいいのだが、この魔道具を使用した方が安全に火を熾すことができる。

「他……他……」

 マリーが考え込んでいると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 マリーが入室を許可すると、ドアを開けてカーリーが入ってくる。

「マリー、そろそろ寝るさね。明日は、野外演習なんだろう? 万全の体調でいくべきさね」

 マリーが夢中で準備をしているのに気付き、止めに来たのだ。

「はーい。おやすみ、お母さん」

 マリーは作業台の上を片付けてから、自室に向かった。マリーが、自室に入ったのを見てからカーリーも自室に戻った。カーリーは、酒をグラスに入れ少しずつ飲んでいく。

「何だか、嫌な予感がするね。こんな時に学院の仕事が立て込むとは……マリー、無事に帰ってくるんだよ」

 そうして夜が更けていく。

 ────────────────────────

 野外演習当日、マリー達は学院に来ていた。

「ここから、馬車で二時間かぁ。お尻が痛くなりそう」

 マリーは、演習場所の遠さよりも、その間馬車に乗り続けることの憂鬱になっている。

「グランハーバーから来たときも、お尻が痛かったもんね」

 コハクもお尻を押さえながら同意する。

「マリー達は、馬車に長時間乗ったことがあるんだね」
「私達は王都に住んでるから、あまり乗らないもんね」

 マリーとコハクが話していると、セレナとアイリが合流した。その後も、リリー、リン、アルの順番に集まってきた。

「俺が最後か、先生はまだなのか?」

 アルがそう言った瞬間、カレナが校舎から出てきた。噂をすれば影がさすとはよく言ったものだ。

「みなさん、集まっていますね。では、馬車に乗ってください。出発しますよ」

 今回学院が手配した馬車は、十人乗りの大きなものだった。そのため引く馬も大きい馬を二頭になっている。皆が乗り込むと、すぐに馬車が出発した。

「馬が大きいね。潰されるかと思ったよ」

 マリーは、馬車についている窓から馬を見て目を輝かしている。そんなマリーを皆温かい眼で見ていた。そこからの二時間は、皆でカードゲームをして遊んでいた。今、やっているのはポーカーだ。他の六人がおりて、マリーとアイリの一騎打ちとなっている。

「はい、フラッシュ」
「えっ、またマリーちゃんに負けた……」

 マリーのフラッシュに対して、アイリは二ペアだった。アイリは、マリーとの一騎打ちになると全く勝てない。

「なんでなんだろう。マリーちゃんにだけ全く勝てないよ」
「安心しろ、アイリ。俺達全員勝てていないのだから」

 マリーが勝負をすると、基本的にマリーが勝つのだ。偶に、マリーが負けるので、自分たちでも勝てるという考えが浮かび勝負を挑んでしまう。
 さらに、マリーのポーカーフェイスが極まっており、顔色だけでは、ブタなのかどうかも判別が出来ないのだ。

「意外な才能だな。マリーは、表情がよく変わるから、苦手かと思ったんだが」
「昔から、表情を隠すことが得意だったよ。いつものが素だけど、やろうと思えばあんな風にも出来るんだ」

 マリーは、何故か表情を隠すことがうまい。普段の生活では、そんな事を全くやらないのだが、王都に来てからますますうまくなっている。コハクは、王都の会話が原因の一つと考えているが、真相は分かっていない。

「私は、表情がわかりやすいので羨ましいですわ……」

 リリーは、マリーとは逆で本当に顔に出やすかった。ポーカーの前にやっていたババ抜きでは、ババを引くたびに、驚いたり、顔を引きつらせたり、涙目になったりと皆にバレバレになっていた。さすがに可愛そうなので、七並べや神経衰弱などもやったが、その全てが弱かった。

「リリーの弱さは、表情の問題じゃ無いと思うけど……」
「うぅ、ゲームは苦手ですわ……」

 セレナの言葉に、リリーが落ち込む。しかし、そんなリリーよりも落ち込んでいる人がいた。

「私、先生なのに……」

 それはカレナだった。カレナは、リリー以上に弱かったのだ。表情の変化などはないのだが、圧倒的に運が無い。リリーの持つババを毎回のように引くのはカレナだった。しかし、そんなカレナが唯一強かったゲームがあった。

「先生は、運が無いですが、記憶力がすごいじゃないですか。神経衰弱だけは負けなしですよ」

 そう。神経衰弱だけは、カレナが負ける事は一度もなかった。カレナの本領はその記憶力にある。カレナの年齢は、現在二十二歳。学院の講師としては、異例の若さである。学院がカレナを採用したのは、一度見た魔法や文献を完全に覚えているという点だ。そして、一日前までなら起きた出来事を完全に暗唱できる。さらに、学院在籍時には、常にトップの成績をたたき出していた。
 しかし、その時から運だけは、全く無く、記憶力がものをいうゲーム以外は軒並み勝てないのだ。

「なんで、運だけないのでしょう。神経衰弱以外に何も勝てないよぅ」

 その後、皆で先生を慰めつつ楽しい旅路を進んで行った。ここまでは、本当に楽しい旅路だった。ここまでは………

 ────────────────────────

 目的に着いた馬車から、マリー達が次々に降りていく。

「はい、到着しました。ここが演習場所であるサリドニア大森林です。皆さん、準備は大丈夫ですか?」

 マリー達は、自分たちの持ち物を確認する。
 マリーは、自分の剣を入れているポーチと魔道具やその材料が入ったバッグを背負っている。この二つは魔法鞄《マジックバッグ》になっており、見た目以上の容量が入る。
 コハクは、マリーと同じバッグに剣のメンテナンス道具や魔道具を入れている。自分の得物である刀は、腰に差している。
 アルは、バッグの中にメンテンス用の道具と食料を入れ、腰には剣をぶら下げている。
 リンは、アルと同じくメンテンス用の道具と食料をバッグに入れ、弓を肩にかけている。リンは魔力を矢にするため矢筒を持つ必要が無い。そして、近接戦用に腰に短剣を差している。
 リリーは、ポーチに最低限の食料を入れて、腰に鞭と短剣をぶら下げている。
 セレナは、ポーチにメンテナンス道具と調味料を入れて、細剣を腰にぶら下げている。
 アイリは、バッグに食料と魔力回復薬と医療道具を入れている。腰には短剣を刺している。
 マリー達の持ち物の中身はこんな感じである。全員が自分または他の誰かに足りないと思うものを持ってきている。

「大丈夫です」

 確認をすませたマリーが言うと皆が後に続く。

「分かりました。では、これを持っていってください」

 カレナが、筒状のものをマリーに渡し、アルにテントなどが入った鞄を渡す。

「それが、救難信号です。もしもの時には、空に向けて魔力を通してください。私がすぐに駆けつけますから」

 マリーは、カレナから受け取った救難信号をジッと見ている。そんなマリーの様子がおかしいことに気付き、アルがマリーの肩に手を置く。

「マリー? どうした?」
「え? あ、うん。この救難信号なんだけど、魔法陣が少しおかしくて」

 マリーは、救難信号を受けとった際に、その魔法陣を見ていた。マリーの癖で、魔道具を受け取るときなどは、その魔法陣を絶対に確認する。そして、見た結果、救難信号の魔法陣に違和感があった。

「何がおかしいんだ?」
「これ、このままじゃ、発動しない」
「!? 見せて!」

 カレナがマリーから救難信号を受け取る。そして、魔法陣を浮かばせて確認をする。

「本当だ……ごめんね。昨日確認したときは、正常だったんだけど」

 カレナはそう言って、荷物を探る。そして、救難信号の筒を取り出す。魔法陣を浮かばせて、確認をしてからマリーに渡す。

「はい。予備を持ってきておいて良かった。マリーさんも確認してくれる?」

 受け取ったマリーは、魔法陣を確認して正常だと判断する。

「はい。大丈夫だと思います」
「ごめんなさい。これで、準備は万端ですね。では、ただいまより野外演習を始めます。範囲はこの森の中です。いってらしゃい。気をつけてね」

 カレナに見送られて、マリー達は森の中へ歩み出す。
 今、このときからマリーの暗殺計画は始まっていた。そのうちの一つである、救難信号の不良は、マリーによって事なきを得た。だが、この後も、マリー達に不幸が降り注いでくる。
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