捨てられた王女は魔道具職人を目指す

月輪林檎

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捨てられた王女

模擬戦授業(3)

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 次の試合に出るコハクとアルが、闘技場の所定の位置に立った。

「どちらも剣での戦いのようですわね」

 リリーが、二人の腰にぶら下がっているものを見てそう言った。

「そうだね。どちらが強いか見物だよ」

 マリーは、固唾を吞んで見守る。

「マリーは、コハクが勝つとは思わないの?」

 セレナが、マリーの顔をのぞき込みながら訊く。いきなり目の前にセレナの顔が出てきて驚いたマリーは、セレナの頬を軽く掴んでムニムニとする。

「どっちも戦ったことがあるけど、強さ的にはアルくんが、少し上だと思う。でも、多分どっちとも奥の手を残して戦うし……んー、わからないなぁ」
「こひゃくふぉ、まうぃーうぃたうぃに、じちゅりょくをくぁくしてりゅの?(コハクも、マリーみたいに、実力隠してるの?)」

 マリーに頬を引っ張られながら喋っているため何を言っているのか、いまいち分からないが、なんとなくなら聞き取ることが出来た。

「お母さんの言いつけでね。いざって時に、全部の実力がバレてると対策を練られるからって。コハクも、お母さんの弟子だから、その通りにしているんだ」

 そう言うと、マリーはセレナを解放してあげる。セレナは頬を撫でながら感心している。

「そう言われるとそうだね。私の戦い方も、対策練られたら厳しいもんなぁ」
「セレナ。普通の人は見極めることも難しいと思うよ」

 アイリがセレナを励ます。しかし、セレナは、既にマリーとアルに攻撃を見極められている。セレナがそのことを伝えると、

「アルとマリーさんは、別格だと思うよ」

 リンがそんな事を言い出した。

「どういう意味?」
『開始!!』

 マリーがリンに問いかけると同時に試合が始まってしまった。

「後で、教えてね」

 マリーはそれだけ言うと、二人の試合を、目を皿にして見入る。

 ────────────────────────

 開始と同時に、二人が動き出した。互いに走り出したかと思えば、コハクの姿が、かき消えた。距離を縮めて移動する縮地を使ったのだ。一瞬でアルの後ろに姿を現すコハク。
 すかさず、アルの背中目掛けて一閃。しかし、アルはそれを見抜き、コハクの一撃を剣で受け流す。このとき二人の顔は笑っていた。

「あっ、二人とも同じなんだね……」

 マリーは、それだけで二人が似たもの同士なのだと察した。二人とも、強い相手と戦うのが楽しくて仕方がないということだ。
 そこからの戦いは、マリー達でさえ残像が見えるくらいの速さだった。一般人には、二人が消えているように見えているだろう。
 マリー達が見たのは、二人が高速で切り結んでいる事だけだ。互いに一太刀も浴びず、斬っては受け流して、打ち合っていた。その打ち合いの音が、大きく響いている。
 一般人からすると、二人がぶつかりあって起こるこの剣戟の音だけが、二人が戦っている証拠だった。
 そんな斬り合いも長くは続かなかった。
 コハクが、縮地を多用して、アルを翻弄する。それに対して、アルは腰を落としてコハクの出方を待つ。
 先に攻勢に出たのは、コハクの方だった。わざと,アルの正面から突っ込み、攻撃を誘う。ここで、攻撃してくれば後ろに縮地して斬りつける。逆に何もしなければこのまま斬る。どちらにしても、これでアルを倒せる。そのはずだった。
 アルは、正面から向かってくるコハクを斬りつける。コハクは、予定通りに、縮地で後ろに回った。しかし、コハクはアルの正面にいた。コハクが驚愕する。対してアルは笑う。コハクは、アルに斬られ気絶した。

『勝者、アルゲート・ディラ・カストル!!』

 観客席は、今までの模擬戦と同じく大いに沸いている。あまりのレベルに今までで一番の沸きようだ。マリー達の時も沸いていたが、ここまでではなかった。

「最後、アルさんは、コハクさんの動きを読んでいたということですの?」
「どちらでも対応できるようにしてたんだろうね。最初に斬りつけた勢いを利用して後ろを向いて斬ったんだもの」

 リリーは、二人の読みあいの結果だと思ったらしいが恐らく間違いだ。最後の一瞬、二人は、どちらがより早く相手を斬ることが出来るか勝負をしたのだろう。その結果、すでに勢いの乗っていたアルの方に分があったのだ。

「アルは、見極める力が高いからね。勢いを乗せておけば、後ろに来ても対応できると思ったんだろうね」

 リンが、アルの性格なども含めて分析する。それに皆が感心した。その後も試合が続々と進む。全ての試合が終る頃には、夕暮れになっていた。
 模擬戦の結果は、Sクラスの全員がAクラスには全勝した。一応、Sクラスの面目を保つことが出来た。ただ、Sクラス同士の戦いで全勝できたのは、アルだけだった。

 マリーは、アルだけに負けて他には全勝。前回の試験と今回の模擬戦で、マリーの動きをある程度読めたからだ。因みに、今回に限っては、剣舞を使っていない。
 コハクは、マリー、アル、リンに負けた。マリーは、コハクの動きなら、ある程度読めるので、対処されてしまった。リンは、近くに行けば勝てると思ったところで、魔弓術で倒された。
 リリーは、セレナ以外に負けた。鞭で地面を叩き、セレナの戦法を完全に無力化したため、勝つことが出来た。
 リンは、マリー、アルに負けた。魔弓術も使ったのだが、その悉くを二人に対処されてしまった。
 セレナは、アイリ以外に負けた。妹のアイリには、戦法もバレていたが、同時にアイリの戦い方も分かっていたため、姉としての威厳を保てた。
 アイリは、リリー以外に負けた。魔法で攻められると、弱いリリーは、アイリの闇魔法に対処出来なかった。
 皆、互いの戦い方を少し理解して対策なども練った上での結果である。

「何でアルさんに勝てないのでしょう」
「行動の予兆を見逃さないこと、相手の動きを分析してどう動くのか考えること、後は反射神経が異常ってことかな。アルくんは、この三つがあるから、私達の攻撃をことごとく弾いたり避けたり出来たんだと思うよ。見た事も聞いた事もない私の『剣舞《ソードダンス》』が出て来た時は、最初だけ戸惑って、後はちゃんと反応していたし」

 着替えながらそんな事を言ったリリーに、マリーが答えた。場所は、朝も使った更衣室である。全ての試合が終った後、ホームルームを行う前に着替えに来たのだ。

「攻撃の予兆って、コハクの縮地に予兆なんてあるの?」

 セレナがコハクの方を向いて訊く。コハクは顎に人差し指をおいて考える。

「ほんの一瞬だけど溜めがあるかな。マリーとアルさんくらいにしか分からないと思うけど」
「リンくんは分からないの?」

 アイリが、コハクに問いかける。コハクが負けたのはマリーとアルとリンなのに、リンの名前がないことに違和感を覚えたのだ。

「うん、多分、分かってはないと思う。マリーとアルさんは後ろに回り込む前に気付いてたけど、リンさんは回り込んでから反応してたから」
「あれはすごいね。青騎士バルバロットの魔弓術って初めて見たけど、避けるのが難しいもん」

 セレナが自分の試合を思い出して身震いする。そんなセレナを皆が「分かる」といった顔で頷く。

「マリーさんは、避けていましたよね。どうやったんですの?」

 リリーが、不思議そうにマリーに訊く。皆、リンの魔弓術を避けきれずに当たって気絶した。しかし、マリーとアルだけは避けきっていた。アルは、同じ騎士家系として、昔から戦っていたのでいいとして、マリーが何故避けられたのかが分からないのだ。

「う~ん、ほとんど勘かな? でも、お母さんとの修行で、あのくらいの規模の魔法を避けさせられたから、それもあるのかも」
「ああ、やってたね。あれは、本当に死にかけたし。私は、縮地の連続使用でどうにかなったけど」

 皆、マリーとコハクの修行エピソードにドン引きだった。

「大賢者様の修行が、そんな厳しいとは思わなかった」
「コハクちゃんはともかく、マリーちゃんはどうやって避けたの?」

 アイリが首を傾げてそう訊いた。コハクは縮地を使えるが、マリーは使えないのでどうしたのか気になったのだ。

「リンくんの時と同じだよ。自分を飛ばしたの」

 マリーはリンと戦った際に、範囲の広い魔弓術から逃れるため、自分に力魔法をかけて、自分を範囲外まで飛ばしたのだ。下手すれば大怪我に繋がりかねない危険な行為だが、マリーは、構わずそうした。その結果リンに勝つことが出来た。

「皆は、真似しちゃだめだよ。下手すると、骨が折れるから」
「やらないよ。てか、やれないよ」

 コハクが、力なく言った。昔からマリーを知っているが、この無鉄砲さは変わらないのだ。

「今思ったのですが、マリーさんの靴の魔道具を使えば良かったのでは?」

 リリーが、今までの試合を思い返して気がついてしまった。マリーの靴が空気を爆発させて通常よりも早く移動するものだということを。

「あっ!!」

 マリーもリリーに言われて思い至った。

「その手があった~~~!!!」

 マリーは、頭を抱えて叫んだ。確かに、靴の魔道具で風爆を使えば、自分に力魔法を使わなくても安全に避けることが出来たのだ。
 マリーは、まだ靴の魔道具がなかったときに、カーリーとの修行で使った力魔法による緊急回避を、反射で使ったので、考えつきもしていなかった。
 男子更衣室で着替えていたアルとリンは今朝と同じく叫び声を聞いた。

「また、なにか叫んでいるな」
「今度は何なんだろう」
「大方、魔道具の使い忘れを指摘されたのだろう」
「使い忘れ?」
「ああ、リンとの試合で、自分に力魔法をかけていただろう?」
「うん、あれには驚いたね。自傷行為でしかないし」
「あんな危険なことをしなくても、靴の魔道具で避けられたんだ」
「ああ、なるほど」

 アルは、女子更衣室の会話を聞かずとも、マリーが、何を言っていたのかを理解していた。声が完全に聞こえたわけではないので、アルの察しが良すぎるだけだが。
 マリー達が教室に戻ると、すでにカレナの姿があった。

「皆さん、お疲れ様です。席に座ってください」

 手をパンパン叩きながらカレナが言う。マリー達は、少し急いで席についた。

「はい、今日は、模擬戦お疲れ様でした。皆さん見事な戦績でしたね。特にアルゲートくん、全戦全勝は、学院でも二回しかなかった快挙です。頑張りましたね」

 皆が、アルに拍手を送る。アルは、それに一礼をもって応える。

「みなさんは、打倒アルゲートくんですね。頑張ってアルゲートくんを倒しましょう」
「人を魔王みたいに言わないでください」

 カレナの音頭にアルが苦笑いをしながら異議を唱える。
 ちなみに、この世界には魔族、精霊族が住んでいる。今でこそ、全ての種族で不可侵条約を結んでいるが、昔は戦争ばかりだった。その時最も、人間と戦争していたのが魔族だ。人々は、その魔族の王、魔王を倒そうと四苦八苦していた。
 この他に、別次元で天界族と竜人族が存在する。こちらはあまりこの世界に対して干渉しないので、戦争になった事はない。

「アルくんが、魔王だと怖いね」
「だね。根絶やしにされそう」
「マリー、コハク」

 マリーとコハクがこそこそと話していると、それが聞こえたアルが底冷えのする声で怒っていた。

「ごめんなさい!」
「何でもないです!」

 マリーとコハクは、すぐに謝罪した。その見事な謝罪に皆が思わず笑ってしまう。

「はい、仲直りしたから続き話すよ」

 カレナの中では今の謝罪で仲直りしたことになったらしい。まぁ、アルは最初から怒ったふりをしていただけだったので、正しいと言えば正しいが。

「再来週の初めに、野外演習があります。これは、魔物のいる外で生き残るための演習です。みなさんの実力なら大丈夫だと思いますが、気をつけるように。Sクラスは人数が少ないので、全員で一班となります。詳しい事は来週伝えますので、準備をしておく事。じゃあ、今日はここまで。気をつけて帰ってください。では、さようなら」

 そう言って、カレナは教室を出て行った。

「野外演習だって、どんな感じなんだろう?」
「毎年怪我人が絶えないらしいですわよ。気をつけて挑まねばなりませんね」

 マリーの疑問に、リリーが真剣な顔で答えた。それだけ危険があるという事だろう。

「でも、皆が一緒の班で良かったね」
「うん。皆がいればどんな敵も怖くない!」
「だから、油断はいけませんわ」

 アイリが喜んで、セレナが意気込み、リリーが諫める。

「魔物との戦いか。アルの独壇場だね」
「使わないに越した事はないんだがな」

 リンとアルが、二人にしか分からない会話をしている。

「コハク! 頑張ろうね!」
「うん、足手纏いにはならないようにしないと」

 皆それぞれが、野外演習に思いを馳せる。この時マリー達は思いもしなかった。野外演習があんなことになるとは……
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