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第三章 大規模調査

リリアの決断

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 翌々日、アイリスから求婚されたリリアは、二日間の有給を貰って、自身の実家に帰ってきていた。リリアの実家は、スルーニアの隣町であるカラサリにある。ここは、スタンピードの時に、避難先となっていた街でもある。


「ただいま」
「リリア? どうしたの? 向こうでの仕事は?」

 帰ってきたリリアを出迎えてくれたのは、リリアの母であるマリッサだった。父親は、仕事に行っているため、家にはいない。

「有給取った。少し伝えたい事があって、帰ってきた感じだから、明日には帰るよ」
「伝えたい事? この前のスタンピードと関係あるの?」

 リリアの言葉からマリッサが連想したのは、スタンピードだった。やはり、カラサリでもスタンピードの話題は出ていたようだ。

「ううん。全然関係ないよ。そもそもスタンピードが関係しているなら、もっと早く帰ってきてるよ。それとは別の事」
「明日帰るって事は、泊まるんでしょ? 早く上がっちゃいなさい」
「は~い」

 リリアは、家に上がってリビングに座る。正面にマリッサも座った。

「それで伝えたい事って何?」
「私、結婚しようと思うんだけど」
「はぁ!?」

 マリッサは、驚いて腰を上げる。突然、そんな事を言われてしまえば、驚くなと言う方が無理があるだろう。

「いつそんな相手が出来たの!? 全く聞いていないけど!?」
「だって、最近出来た人だもん」

 マリッサは、段々と落ち着いてきて、腰を下ろす。

「付き合ってどのくらいなの?」
「そもそも付き合ってない」
「はぁ!?」

 マリッサは、テーブルに手を突いて立ち上がる。
 リリアは、一切の嘘を言っていない。アイリスとリリアの関係は、同居はしているが、付き合っているというわけではない。だから、リリアもこうしか言えないのだ。

「それで、何でいきなり結婚になるの!?」
「求婚されたの。私も、好きだから、受けて良いかなって思ったんだ」
「……そういえば、『結婚した』とは言っていないわね。もしかして、まだ返事をしてないの?」
「うん」

 マリッサは、リリアの返事で少し訝しむ。

「どうして、返事をしないの? 受けるつもりなんでしょ?」
「お母さん達に話しておかないと、後でガミガミ言われたくないから」
「ガミガミ言うかもしれない事なのね?」

 マリッサの頭の中では、既に、リリアが結婚しようとしている相手が、駄目男という可能性を疑い始めていた。いつでも反対出来るように用意すらしている。

「うん。相手は、年下と同い年の女の子なんだ」
「はぁ……?」

 思っていた事と正反対の答えに、マリッサは、言葉が出なかった。そして、ストンと椅子に座る。

「女の子?」
「うん」
「年下と同い年?」
「向こうは十六。二つ下だよ。もう一人は十八。白猫人族なんだ」

 マリッサは、やはり唖然としてしまう。

「えっ……いつから、女の子が好きになったの?」
「最近かな? 分からないけど」
「はぁ……本気で結婚するつもり? それも重婚になるんでしょ?」

 マリッサは、真剣な顔になって、リリアの事を見る。リリアは、真剣に見返す。

「本気だよ。私は、二人の事を愛しているから」

 リリアの顔には、戸惑いも躊躇いもなかった。それは、リリアの本気を表している。マリッサは、しばらくリリアの事を見ていた。リリアの表情は、全く変わらない。

「そう。リリアが覚悟の上なら、私は反対しないわ。後は、お父さんが何を言うかね」
「うん。昔気質だし、ちゃんと説得しないとだよね。頑張ろう」

 マリッサは、リリアとアイリスの結婚を認めてくれた。リリアは、ようやく一つの壁を取っ払うことが出来たと感じていた。

「それで、その子達のどこを好きになったの?」

 マリッサは、さっきとは一転、面白そうな顔をしてリリアに訊く。リリアは、少し顔を赤くしてそっぽを向く。

「ちょっと、気になるじゃない。私達の家族にもなるんだから」
「親にそんな事を話すのが恥ずかしいのは当然でしょ!?」
「私は、お婆ちゃんと話していたわよ」
「お母さんがおかしいよ」
「まぁ、そんな事どうでもいいじゃない。それで、どこを好きになったの?」

 リリアは、話さないとしつこいなと観念して話し始める。

「二人とも、すごく可愛いんだ。アイリスちゃんは、とても真っ直ぐで……でも、少し脆いところもあって……支えてあげたい、あの子の帰る場所になってあげたいって思えるの。キティは、アイリスちゃんよりも強く見えて、多分心の奥は、アイリスちゃんよりも脆いんだ。アイリスちゃんを心配させないようにお姉ちゃんらしくしているところもあったんだけど、この前ちょっと弱みをみせちゃったみたい。年相応なところが見えてきたって感じかな。私と一緒にアイリスちゃんを支えてくれそうな子だよ」

 リリアが、二人の好きなところ、結婚したいと思った理由を伝えた。それを聞いたマリッサは、少し驚いていた。

(元々、色々な事をしっかりと考える子だったけど、思っていたよりもその子達の事を考えていたみたいね。すぐに返事をしなかったのは、私とお父さんを説得して、その子達に負担を掛けさせないためってところかしら。ガミガミ言われるからっていうのもそういう事でしょうね)

 マリッサは、リリアの考えを完全に見抜いていた。リリアは、そんな事気付きもせず、顔を赤くさせていた。
 その日の夜、リリアの父、ラインネスが帰ってきた。

「リリア、帰っていたのか?」
「うん。ちょっと話したい事があるんだ」
「そうか。少し待ってくれ」

 ラインネスは、自身の部屋に入り、着替えをしてからリビングに戻ってきた。

「それで話というのは、なんだ?」
「えっと……」

 リリアは、ラインネスにアイリス、キティと結婚したいという話をした。

「本気で言っているのか?」
「本気だよ」

 そう返事をするリリアを、ラインネスが睨み付ける。

「それが何を意味しているのか分かっているのか?」
「?」

 ラインネスが言いたい事を理解出来ず、首を傾げるリリア。ラインネスは、さらに鋭い目線になる。

「女同士の結婚となれば、子供はどうするんだ? ずっと三人で暮らしていくつもりか?」
「一応、そう考えているけど」
「俺達に孫の顔も見せないつもりか?」

 その言葉に、リリアの肩がピクッと動く。そして、ラインネスを睨み付ける。

「私は、孫を作るための道具じゃないけど。お父さんは、娘の幸せよりも、孫の方が大切なんだね」
「い、いや……」

 ラインネスが見て分かるくらいに狼狽える。

「何で、結婚したいって言っているだけなのに、孫云々なんて言われないといけないのさ。私は、子供を作るために結婚するわけじゃない。大好きな相手だから、支えてあげたいと思えるから、支えて欲しいと思えるから、ずっと一緒にいたいと思えるから、結婚したいんだ。そう思って何が悪いの!?」

 リリアがテーブルを叩いて、ラインネスに訴える。本当はもっと理知的に話すつもりだったのだが、ラインネスの『孫の顔を見せろ』という意味に取れる言葉が、リリアの逆鱗に触れた。
 ラインネスは、見たことがない自分の娘の姿に唖然としてしまっていた。
 何も言ってこないラインネスに、リリアはしびれを切らす。リビングに置いていた自分の荷物を持って、リビングを出て行く。
 すぐにマリッサが追い掛けてきた。

「リリア……」
「私、自分の考えを曲げるつもりはないから。今日は、そこら辺の宿に泊まる」

 リリアは、玄関の扉に手を掛けて止まる。

「多分、もう帰ってこないと思う。二人に不快な思いして欲しくないから」
「そう。寂しくなるわね」

 リリアは、扉から手を放し、マリッサに振り返る。そして、一度マリッサに抱きついてから、頭を下げる。

「お世話になりました」
「元気でね」

 リリアは、今度こそ家から出て行った。そして、近くにある宿屋に向かった。

「頑固者……」

 リリアの呟きは、誰に向けたものだったのだろうか。

 リリアが出て行った家の中で、ラインネスは何も言えずに下を見ていた。リビングに戻ってきたマリッサは、苦笑いをする。

「良いの? あの子、本当に戻ってこないわよ」
「あ、ああ……」

 ラインネスは、戸惑った顔をしながら面を上げる。

「…………」

 ラインネスは、また考え込み始める。マリッサは、ため息をついてから、いつも通りの家事に戻っていった。

 ────────────────────────

 翌日、リリアは宿屋から出て行き、カラサリからスルーニアに移動するために、馬車が駐まっている場所に向かう。
 その道中に、マリッサとラインネスの姿があった。リリアは、少しだけ眉を寄せ、二人に近づいていく。

「何?」
「いや……その……」

 リリアから話しかけると、ラインネスは口ごもる。リリアは、ますます眉を寄せる。
 何も言わないラインネスに、マリッサが肘打ちする。それで勇気づけられたのか、鞭を打たれたのか分からないが、ラインネスがようやく口を開く。

「すまなかった……」
「え?」

 予想していなかった言葉に、リリアは、少し戸惑う。

「お前の覚悟を見誤っていた。それに、俺の考えも悪かった。確かに、お前は孫を作るための道具じゃない。俺達の可愛い、そして自慢の娘だ」

 ラインネスはそう言って、少し目を逸らす。気恥ずかしいのだ。そんなラインネスに、リリアが抱きつく。

「私も、ごめんなさい……」

 リリアとラインネスが、仲直りしたところを見て、マリッサは満足したように頷く。
 そして、三人で馬車乗り場まで向かう。

「じゃあ、結婚式には呼んでね」
「いつでも、帰ってきなさい。家族も連れてな」
「うん。じゃあ、またね」

 リリアは、スルーニアへと戻っていった。
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