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第二章 ダンジョン調査

胸騒ぎとため息

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 アイリスが落とし穴に引っかかり下の階層に落ちていったとき、リリアはギルドで依頼の複写作業をしていた。

(アイリスちゃんとキティは、無事に調査出来ているかな……何だか少し嫌な予感がする。でも、大丈夫だよね。二人が揃っているわけだし……)

 リリアは、仕事中でもアイリスとキティの事を心配していた。そのため、少し仕事に身が入っていなかった。

「リリア、仕事中は集中しなさい」
「あっ! すみません!」

 様子を見に来たカルメアに咎められてしまった。朝からぼーっとしていたので、カルメアはリリアのことを気にしていたのだ。リリア自身も自覚があったので、すぐに謝る。

「全く、アイリスがいなくても、きちんと仕事をしないとダメよ。心配なのは分かるけど」
「はい。ごめんなさい」
「反省出来ているならいいわ。じゃあ、頑張ってね」
「はい」

 カルメアから怒られたリリアは、一度深呼吸をしてから両手で顔を叩き、気合いを入れ直す。

(ここで私がだらしなくなっちゃったら、アイリスちゃんとキティに心配されちゃう。シャキッとしないと)

 仕事に集中し始めたリリアを見て、カルメアはニコッと微笑むと部屋を出て行った。そして、次にギルドマスターの部屋に向かった。

「失礼します」
「カルメアか。どうした?」
「例の報告書が上がってきました」

 ガルシアは、カルメアから束になった書類を貰う。すぐに中身を取り出して、目を通し始めた。

「これは、まだ一部だけか」
「はい全てを調べるには、時間が掛かってしまいます。そして、時間が掛かれば掛かるほど、情報の精度は下がるでしょう」
「そりゃあ、そうなるか。もう既に一、二ヶ月経っているからな」

 ガルシア達が調べていたのは、病院内に入った人とこの街から出て行った人のリストだ。前者は病院側からの提供を求めればどうにかなったが、後者は全ての人の名前を取っている訳では無いので、どうにもならない部分がある。門で、名前を書かなくてはいけないのは行商人や移住者、そして外部から来た冒険者だ。冒険者は、街に出入りする時にギルドカードを見せる決まりになっている。アイリスとキティなどの戦闘職員は、これに含まれない。

「病院に見舞い、もしくは診療に来た人と、街を出て行った人で同一人物を探すのは、かなり厳しいな」
「そうですね。何人か該当する人はいましたが、そのどれもがちゃんとした身元を証明出来ました。裏を調査していますが、それの報告はまだです」
「行商人と冒険者が多いな。確かに怪しさで言えば、全員低いな。さすがに、そこら辺は隠して行動するか」
「魔王教ですか?」

 魔王教。アイリスに呪いを掛けたとされる宗教団体だ。魔王を信仰する人達の集まりで、勇者に匹敵する力を持つかもしれないアイリスを警戒して、悪夢で精神的に殺そうとしていると考えられている。

「ああ、見るからに怪しい奴もいるだろうが、表では隠している奴が多いはずだ。俺が冒険者をしていたときに、相手にしたことがあるが、そいつらは、表向きは普通の仕事をしつつ、暗い洞窟に祭壇を作っていた」
「では、ダンジョンになっていない洞窟を調べますか?」
「いや、それはかなり危ない。追い詰められたら、何をするか分からないからな。最悪、洞窟ごと自爆する可能性が高い。あいつらは、自分の命を軽視する傾向がある。自分達の魂は、死後、魔王の元に戻ると信じているらしい」
「では、地道に探すしかないですね」
「その方針で頼む。場合によっては、アイリスだけの問題じゃなくなるからな」

 ガルシアが考えているのは、魔王の復活だ。魔王教が活発に動くという事は、魔王の復活が近いのかもしれない。この調査でそれが分かれば、それはアイリスだけでは無く、この国全体の問題に発展する。

「魔王が復活すれば、勇者も現れるでしょうか?」
「……どうだろうな。勇者が現れるか、それとも、になるのか。状況によって変わってくるだろう」
「そうですね。では、私は、通常業務に戻ります」
「ああ、そうしてくれ」

 カルメアは、ギルドマスターの部屋を出て行く。ガルシアは、机の上にあるカルメアからもらった書類に眼をやった。

「はぁ……最近は、色々と立て込んでいるな。スタンピードの件で王都から調査達が派遣されてくるし、魔王教の活性化。他にも、魔族が不穏な動きをしているか……」

 ガルシアは、考えないといけない事柄の多さに深いため息を零す。

「これ以上、大きな問題が来なければ良いんだが……」

 ガルシアがそう言った瞬間、ドアがノックされる。

「入ってくれ」

 そう返事をすると、扉が開く。中に入ってきたのは、カルメアではないギルド職員だった。

「ギルドマスター、領主様から使者が来ております」
「はぁ……」

 ガルシアは、今までで一番大きなため息をついて、片手で顔を覆った。

「分かった。通してくれ」

 次に入ってきたのは、少し豪華な服を着た女性だった。

「お久しぶりです、ガルシア殿。突然の訪問失礼します」
「アミレアか。来たのが、お前で良かった。他の奴だったら、面倒くさかったからな」

 スルーニア領軍第二中隊隊長アミレア・サリウム。スルーニア領に配置されている軍の人間だ。基本的に領主に従っているが、優先的な指揮権は、王国の軍部にある。つまり、領主に仕えてはいるが、領主に絶対服従しているわけではないという事だ。
 その中でもアミレアは、特にガルシアと話が通じる存在なので、ホッと息をつくことが出来た。

「領主様から、これを渡すようにと」

 アミレアが渡したのは、一枚の紙だった。

「これは、防衛費か?」
「はい。領主様がおっしゃるには、ギルドが主導でやったのだから、費用はそっちで持つようにとのことです」

 ガルシアは、今回のスタンピードの防衛費を領主の方に請求していた。実際、スタンピードの費用は、被害に遭う街の領主が取り持つことが普通だ。街の軍が、スタンピードを抑えることが基本なのでそうなっているが、今回のスタンピードは、ギルドが主導となりギルドだけで解決したため、領主は費用を払わないと言い出したのだった。

「はぁ……分かった」

 ガルシアは、渋々頷いた。何を言っても無駄だという事に知っているからだった。領主から支払いがない事を認識して、改めて防衛費を見る。

(しばらくは、こっちの給料を少なくしないと危なそうだな。スタンピードの費用はかなり多い。ギルドの運営に支障をきたさないように調整する必要がある。最初に減らせそうなのは、やはり俺の給料か……職員の給料を減らすのは、もう少し考えてからにしよう)

 ガルシアはギルド運営に支障を出さないように、自分の給料を減らす判断をする。他にも切り詰められそうな部分はないかを確認していると、

「大変申し訳ありません」

 突然アミレアが頭を下げて謝った。ガルシアは、これに驚きはしない。何故謝ってきたのかをすぐに理解したからだ。

「お前が謝るような事じゃないだろ。領主の頭がいかれているだけだ」
「ガルシア殿。領主への侮辱は、許されませんよ。聞いているのが私だけなので、大丈夫ですが、他の者だったら、上に訴えられていてもおかしくないです」
「聞いているのが、お前だから言っているんだ。領軍の中でも、一番まともなお前だからな」
「はぁ……念のため、軍の上層部に掛け合っておきますが、あまり期待せずにいて下さい」
「はぁ……分かった」

 ガルシアは片手で顔を覆い、返事をした。心なしか、カルメアが来た時よりもげっそりとしている。

「そういえば……」

 アミレアは少し上を向きながら、そう口を開いた。

「ギルドに、アイリスという新人さんはいらっしゃいませんか?」
「ああ、職員の中にいるが、アイリスを知っているのか?」

 ガルシアは、アミレアからアイリスの名前が出たことに驚く。

「はい。学校に指導にいった際、騎士団に勧誘したのですが、断られてしまいまして。何度か挑戦してみたのですけど、意志が強くて諦めざるを得ませんでした」
「なるほどな。そいうことなら納得だ」
「それに、今回のスタンピードで活躍したと聞きました。少しお話ししたいと思っているのですが」
「すまないな。アイリスは、今、ダンジョンの初期調査に向かっている」
「初期調査ですか。では、また新しいダンジョンが増えたのですね?」

 ダンジョンに関する報告は、初期調査が終わった後に、まとめて提出する事になっている。そのため、まだ領主は新しいダンジョンの事を知らないでいる。当然、そこに仕えているアミレア達も知らない。

「だから、アイリスとすぐに話すというのは無理だ」
「そうですか。アイリスさんには、私も殿も期待していますから、お話ししたかったのですが仕方有りませんね。では、私はここら辺で、失礼します。調査が終わり次第、情報をまとめて提出して下さい」
「ああ、分かっている」

 アミレアは一礼した後に、部屋を出て行った。執務室に一人残ったガルシアは、今日報告を受けたことなどを頭の中で反復する。呪いの調査の他にも悩むべき事が増えた事が分かる。

「はぁ……」

 ガルシアは、本日何度目か分からないため息をついた。そして、溜まってしまっている書類に眼を通していく。少しでも早く、問題を解決するために……
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