吸血少女ののんびり気ままなゲームライフ

月輪林檎

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楽しく賑わう吸血少女

過去との向き合い

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 さすがに、そのままマンホールの中に入るには、時間が足りないので、一旦そこでログアウトした。夕食などを最短で済ませて、再びログインし、マシロ達を喚んだ。

「それじゃあ、マンホールの中に入るよ。マシロ、心の準備は良い?」
『はい……』
「もし不安だったら、手を繋ぐ? エアリーでも良いけど」
『えっと……お願い……します』

 マシロは、エアリーではなく、私に手を伸ばしてきた。私に触れるっていうのも克服への道の一歩かな。私は、マシロと手を繋ぎながらマンホールの中に落ちる
 中に入ると、すぐにエアリーが風で悪臭を吹き飛ばしていった。それと同時に、マシロが小さな光の球を出す。その球は仄かに黄色く色づいていた。そこから波紋のようなものが出ていて、それが現れるのと同時に僅かに残っていた悪臭も消えた。

「これって……」
『悪臭などの不快な感覚を軽減する効果があります。完全に消える訳ではありませんが、エアリーの風で大部分を流せているので、十分な効果だと思います』
「そうなんだ。ありがとう」

 お礼を言うと、マシロは嬉しそうな雰囲気を出した。少し口角も上がっている感じがする。もう少しかな。
 マシロ達と一緒に歩いて行き、マシロがいた穴の前まで来た。私の手を握っているマシロの手に力が入るのが分かった。

「大丈夫?」

 私の声に我に返ったマシロが、強張った顔で頷いた。私達は、マシロの歩みに合わせながら穴に近づいていく。そして、ゾンビ無限湧き魔法陣のある台から、下を覗く。

『……ここも思っていたより、何も感じませんね』
「そうなの?」
『はい。多分ですけど、ずっと殻に閉じ籠もっていたからだと思います。ただただ魔力が吸収されていくだけで、ずっと眠っていましたし』
「なるほどね」
『あの……マスター。もう一箇所行きたい場所があるのですが……』

 この申し出だけで、どこに行きたいのかは、すぐに分かった。分かった上で、私も難色を示してしまう。

「あそこは、本当に嫌な記憶しかないでしょ? 本当に大丈夫?」
『私は、マスターに拾って頂いて、本当に感謝しています。マスターは、私に優しくて、しかも、それが同情などから来るものではなく、マスターの本心から来るものだという事も、すぐに分かりました。ギルドエリアで過ごす間も、必要以上に関わらずにいてくれました。私に気を遣ってくれたのだと分かりましたし、他の方々も遠くから見守ってくれるだけで、私に近づくという事もありませんでした。それだけで、あそこにいる人達が優しい方々なのだと分かりました。召喚されてから、あんな扱いをされた事はありませんでした。そして、嬉しいと思った事も初めてでした。私、あの場所にいる事が楽しいです。だから、私の事を縛るこの鎖を解きたいんです。ちゃんと、心から笑えるようになりたいです』

 マシロは、正面から私の目を見てそう言った。それだけの覚悟と想いがあるという事が伝わってくる。それは、私達と早く打ち解けたいという想い。それを思える程に、ギルドエリアでの生活が充実していたというのも嬉しい。まぁ、多分メアやエアリー達のおかげなのだけど。

「分かった。じゃあ、行こうか」
『はい』

 この間、エアリーはただ見守っていてくれた。マシロが、私と話す事が克服に繋がると考えているのかな。何にせよ、気を遣ってくれている事は確かだ。エアリーにも感謝しないと。
 二人と一緒に南の屋敷に移動する。屋敷の中は、再びゾンビまみれになっていたけど、エアリーが即座に倒した。本当にエアリーの広域殲滅攻撃が強すぎる。まぁ、相手がゾンビで柔らかい相手だからっていうのもあるだろうけど。

「大丈夫?」
『はい……』

 マシロは、自然と私の手を握った。その手が少し震えていたのを感じた。ここは下水道よりも酷い事をされた場所だ。怖いと感じて当たり前。寧ろ、ここから逃げ出そうとせず、立ち向かおうとする事を褒めてあげたいくらいだ。
 普段であれば、頭を撫でるところだけど、今はタイミングが違うので我慢する。マシロが望んでくれているかも分からないしね。
 マシロ達と一緒に屋敷の中に入り、まっすぐ地下室へと向かっていく。地下室が近づいていくと、マシロの顔色が悪くなっていった。歩みも遅くなるけど、止まる事はない。マシロを心配しつつ地下室に入った。
 その瞬間、マシロは私にしがみついた。その身体が震えている。この場で行われたマシロに対する拷問を思い出してしまったみたいだ。マシロを落ち着かせるために、背中を摩る。

「大丈夫。マシロを傷つけるような人は、もうここにはいないよ」

 出来るだけマシロを刺激しないように、ゆっくり優しく声を掛ける。それを聞いたからか分からないけど、マシロは少しずつ落ち着いてきた。そこからは、マシロが動くまで待つ。私達から促すのは違う。これは、マシロの戦いなのだから。
 しばらくの間、マシロはその場で地下室を見回して、少しずつ一人で歩き回って、床などを撫でていた。

「大丈夫かな……」
『大丈夫でしょう。今のところ、取り乱しそうな感じはありませんから』
「そう……だね」

 確かに、マシロは不思議な程平静を保っている。さっき落ち着けたのが良かったのかな。一通り見て回ったマシロは、私達の元に戻ってきた。

『あの……マスター』
「どうしたの?」
『この部屋を焼いて良いですか?』
「良いよ」

 これでマシロの気持ちにケリが付けられるのであれば、部屋が焼ける事くらいはどうでもいい。まぁ、この場所は石造りだから、実際に焼けるって事は無さそうだけど。
 そんな私の考えとは裏腹に、マシロが放った光は石を少し融かしていた。

「……」

 さすがに、これは不味いかと思い始めた頃に、マシロが光を止める。表面が溶けているくらいで、ここが崩れるということはなさそう。その内、ゲーム側が直してくれるはず。そう信じよう。

「もう大丈夫そう?」
『ええ、大丈夫よ』
「!?」

 唐突に口調が変わったから、思わず驚いてしまった。でも、これが素の喋り方という事を、初対面の時に知っているので、すぐに嬉しいという気持ちに切り替わる。でも、マシロには私が戸惑っていると捉えられてしまった。まあ、表情が固まっていたから仕方ないのだけど。

『え、えっと……やっぱり、戻した方が良いのかしら……? 前に普通に話して欲しいと言われた気がしたのだけど……』
「ううん! その喋り方で良いよ。ようやくマシロと仲良くなれるね」

 嬉しさのあまりマシロを抱きしめてしまう。マシロは、少し戸惑っていたけど、ちょっと嬉しそうに笑っていた。そう。ちゃんと表情でも笑っていた。
 もしかしたら、まだマシロの心は完全に癒えたわけじゃないかもしれない。でも、マシロがこうして嬉しそうに、楽しそうに笑えているから、今はそれで良い。
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