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知らなかった世界
初めての実戦
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自然と目を覚ますと、隣で師匠が座っていた。私が起きるまで待っていてくれたみたいだ。まぁ、本当にギリギリの時間になっていたら、いつも通り顔に乗っかってきていただろうけど。
「ふぁ~……おはよ~……」
「おはよう。少しはすっきりしたかしら?」
「う~ん……まぁ、すっきりしたかも……?」
「良かったわ。それじゃあ、帰りましょうか」
「うん」
戦闘訓練が出来ていないけど、こればかりは遭遇しないと難しいから仕方ないって感じなのかな。そう思っていると、師匠が立ち止まった。耳を動かして、周囲を見回している。
「水琴。探知魔法を使いなさい」
「う、うん。【探知】」
杖を取りだして、探知の魔法を発動する。これは、薄い魔力の波動を飛ばして、それに触れた魔力を持つ生物を探る魔法だ。ソナーと似たようなものだけど、あれが帰ってきた音で調べるのに対して、『探知』は触れた生物に反応するので、障害物があっても調べる事が出来る。その分、周辺の地形が頭に入っていないと意味を成さない時があるらしい。ここは森の中だから大丈夫だとは思う。
(一番近いのは師匠……それと少し離れたところに何かいる。大きい)
「ちゃんと見つけられたかしら?」
「うん。大きいやつ」
「上出来よ。こっちに向かってきているから、戦闘の準備をしなさい」
「う、うん」
無意識に杖を握る手に力が入る。隠れてやり過ごしても良いのではと思ったけど、それだと訓練にならない。重要なのは、私がちゃんと戦えるかどうか。それによって、今後の予定に大きな変更が必要になるかもだし。
「魔法の使い方は覚えているわね?」
「うん」
「水琴なら大丈夫。落ち着いて対処すれば倒せるわ」
「うん」
師匠が背中を押してくれている。それだけで勇気が湧いてくるから不思議だ。何度か『探知』を使って、相手の位置を把握していく。そして、三十メートル先くらいまで近づいてきたところで、姿を確認する。
木々の隙間から現れた巨体は、初日に遭遇したカワードボアだった。
「カワードボア……」
「まともに突進を受けないように」
「うん」
師匠から離れた位置にある木の裏まで走る。カワードボアは、まだ気付いていない。この距離なら、先制攻撃はこっちが出来る。
杖の先端をカワードボアに向けて準備する。
「【鎌鼬】」
カワードボアの近くで強い風が吹き荒れて、カワードボアの足を切り裂く。唐突な痛みに、カワードボアが呻く。傷は、そこそこ深いみたいで、血が流れ出ている。その事に心臓がきゅっと締められた。自分でやった事なのに、涙が出そうになる。
(駄目! そんな無責任でどうする!)
心の中で自分を叱咤し、まっすぐカワードボアを見る。まだカワードボアは私を探している。近くにいると思っているみたいで、すぐ傍の木に突進していた。その突進で木が倒れる。それ程の威力があるという事だ。
(やっぱり、あの突進は受けちゃ駄目。だから、遠距離で……仕留める!)
一度深呼吸をしてから、再び杖を向ける。狙うべきは、脳か心臓。でも、そんな正確な場所を知っている訳も無い。だから、太い血管が通っていそうな足の付け根付近を狙う。
「【石弾】」
両端が鋭く尖った石を生み出して、カワードボアの足に向かって勢いよく飛ばす。魔力弾で狙いの付け方は練習した。それこそ八割方命中するまで練習した。その成果が、ここで現れた。狙い通りの場所である前脚の付け根に突き刺さった石は、カワードボアの身体を貫いた。『鎌鼬』以上の出血でカワードボアの息が上がっていた。
「【石弾】」
もう一度『石弾』を使って、後ろ脚の付け根も貫く。カワードボアは苦しそうに呻きながら倒れる。それから少しの間は、カワードボアのお腹が動いていたけど、すぐに一切動かなくなった。大量出血で意識を失ったか。それとも……
「倒したわね」
「!?」
いつの間にか私の隣まで移動してきた師匠がそう言った。つまり、私は今、カワードボアを殺したという事だ。殺した実感が湧かないという事はなかった。胸の奥にずんっと重い物がのしかかるような感覚がしたからだ。恐らく、これが死の責任だと思う。
「水琴。深呼吸をしなさい」
「え?」
「呼吸が浅くなっているわ。だから、深呼吸よ。吸って、吐いて」
師匠の言うとおり、いつの間にか呼吸が浅くなっていた。戦闘の興奮とかじゃない。これは、多分死の責任を感じた事でなったものだ。
言われた通りに深呼吸をして、呼吸を整えていく。私の呼吸が正常に戻ったところで、師匠がちょっと口を開く。
「よく頑張ったわね。でも、まだ作業は残っているわよ」
「カワードボアの解体だよね……うん。頑張る」
ここで逃げ出す事は許されない。ただ殺して愉悦を感じようと思って殺したわけじゃない。一種の試練のために殺した。その責任は取らないといけない。カワードボアは、食べる事が出来る動物のようなので、そのお肉を頂く。食べられない相手もしっかり解体して、何かに使用する。それが、私が考えた精一杯の責任の取り方だ。
師匠に教えてもらいながら、カワードボアの解体をしていく。哺乳類の内臓とかを初めて見たり、その体内温度や臭いを感じて、吐き戻してしまったけど、最後までやり切った。
解体したお肉などは、師匠が収納魔法で仕舞っておいてくれる。内臓に関しては使えないので、その場に埋めた。
全てを終えた私は、その場で座り込んでしまう。
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
「うん……」
ようやく落ち着ける状況になったところで、自分の事を見てみると、制服が血だらけという事と涙を流していた事に気付いた。気付かない内に泣いていたみたい。それだけ精神的にショックを受けていたのかな。私は、私が思っていたよりも、ずっと弱いらしい。
「【洗浄】」
取り敢えず、服の血は落としておく。血の匂いで他の生物が寄ってくるかもしれないから。涙の方は乱暴に拭う。そして、しっかりと自分の足で立ち上がった。足が震えるとかはない。身体がふらつくという事もない。それを確認してから、師匠の方を向く。
師匠は、私が動き始めるまで待っていてくれた。師匠は、いつも私が心の整理などを付けていると待ってくれる。その事は凄く嬉しい。
「大丈夫?」
「うん」
「それじゃあ、行くわよ。ここで解体したから、他の獣が寄ってくるかもしれないわ」
「うん」
師匠と一緒に家まで戻る。幸い、今回の戦闘はカワードボア一体との戦いだけで終わった。結構精神的に辛いものだったけど、これを受け入れて前に進まないといけない。
(世の中には、こういう事を生業にしている人もいるんだよね……その人達も最初は、私と同じような感じだったのかな? それとも最初から受け入れる事が出来たのかな? どちらにせよ、私も成長していかないと)
もう涙は出ていない。完全に受け入れられたとは思わない。一度や二度で全部受け入れられる程、精神的に強いという自負はない。だから、強い精神を手に入れるために、もっと努力しないといけない。
それは、相手の死に対して無責任を貫けるようにではなく、その死の責任を背負えるように。この事を誰かに話したら、そんな重荷を背負う必要はないとか言ってくれる人はいると思う。でも、誰が何と言おうと、この責任を放棄する気はない。
それだけはしないというのが、私が決めた覚悟だ。これだけは、誰に何を言われようと変えるつもりはない。
その日の夕飯は、カワードボアのお肉を使った焼き肉だった。塩とかしか調味料がなかったけれど、そのお肉は美味しかった。ほんの少し罪悪感を抱きつつも、作った焼き肉は完食した。
「ご馳走様でした」
この言葉に、本気の感謝を込めたのは、多分生まれて初めての事だったと思う。
「ふぁ~……おはよ~……」
「おはよう。少しはすっきりしたかしら?」
「う~ん……まぁ、すっきりしたかも……?」
「良かったわ。それじゃあ、帰りましょうか」
「うん」
戦闘訓練が出来ていないけど、こればかりは遭遇しないと難しいから仕方ないって感じなのかな。そう思っていると、師匠が立ち止まった。耳を動かして、周囲を見回している。
「水琴。探知魔法を使いなさい」
「う、うん。【探知】」
杖を取りだして、探知の魔法を発動する。これは、薄い魔力の波動を飛ばして、それに触れた魔力を持つ生物を探る魔法だ。ソナーと似たようなものだけど、あれが帰ってきた音で調べるのに対して、『探知』は触れた生物に反応するので、障害物があっても調べる事が出来る。その分、周辺の地形が頭に入っていないと意味を成さない時があるらしい。ここは森の中だから大丈夫だとは思う。
(一番近いのは師匠……それと少し離れたところに何かいる。大きい)
「ちゃんと見つけられたかしら?」
「うん。大きいやつ」
「上出来よ。こっちに向かってきているから、戦闘の準備をしなさい」
「う、うん」
無意識に杖を握る手に力が入る。隠れてやり過ごしても良いのではと思ったけど、それだと訓練にならない。重要なのは、私がちゃんと戦えるかどうか。それによって、今後の予定に大きな変更が必要になるかもだし。
「魔法の使い方は覚えているわね?」
「うん」
「水琴なら大丈夫。落ち着いて対処すれば倒せるわ」
「うん」
師匠が背中を押してくれている。それだけで勇気が湧いてくるから不思議だ。何度か『探知』を使って、相手の位置を把握していく。そして、三十メートル先くらいまで近づいてきたところで、姿を確認する。
木々の隙間から現れた巨体は、初日に遭遇したカワードボアだった。
「カワードボア……」
「まともに突進を受けないように」
「うん」
師匠から離れた位置にある木の裏まで走る。カワードボアは、まだ気付いていない。この距離なら、先制攻撃はこっちが出来る。
杖の先端をカワードボアに向けて準備する。
「【鎌鼬】」
カワードボアの近くで強い風が吹き荒れて、カワードボアの足を切り裂く。唐突な痛みに、カワードボアが呻く。傷は、そこそこ深いみたいで、血が流れ出ている。その事に心臓がきゅっと締められた。自分でやった事なのに、涙が出そうになる。
(駄目! そんな無責任でどうする!)
心の中で自分を叱咤し、まっすぐカワードボアを見る。まだカワードボアは私を探している。近くにいると思っているみたいで、すぐ傍の木に突進していた。その突進で木が倒れる。それ程の威力があるという事だ。
(やっぱり、あの突進は受けちゃ駄目。だから、遠距離で……仕留める!)
一度深呼吸をしてから、再び杖を向ける。狙うべきは、脳か心臓。でも、そんな正確な場所を知っている訳も無い。だから、太い血管が通っていそうな足の付け根付近を狙う。
「【石弾】」
両端が鋭く尖った石を生み出して、カワードボアの足に向かって勢いよく飛ばす。魔力弾で狙いの付け方は練習した。それこそ八割方命中するまで練習した。その成果が、ここで現れた。狙い通りの場所である前脚の付け根に突き刺さった石は、カワードボアの身体を貫いた。『鎌鼬』以上の出血でカワードボアの息が上がっていた。
「【石弾】」
もう一度『石弾』を使って、後ろ脚の付け根も貫く。カワードボアは苦しそうに呻きながら倒れる。それから少しの間は、カワードボアのお腹が動いていたけど、すぐに一切動かなくなった。大量出血で意識を失ったか。それとも……
「倒したわね」
「!?」
いつの間にか私の隣まで移動してきた師匠がそう言った。つまり、私は今、カワードボアを殺したという事だ。殺した実感が湧かないという事はなかった。胸の奥にずんっと重い物がのしかかるような感覚がしたからだ。恐らく、これが死の責任だと思う。
「水琴。深呼吸をしなさい」
「え?」
「呼吸が浅くなっているわ。だから、深呼吸よ。吸って、吐いて」
師匠の言うとおり、いつの間にか呼吸が浅くなっていた。戦闘の興奮とかじゃない。これは、多分死の責任を感じた事でなったものだ。
言われた通りに深呼吸をして、呼吸を整えていく。私の呼吸が正常に戻ったところで、師匠がちょっと口を開く。
「よく頑張ったわね。でも、まだ作業は残っているわよ」
「カワードボアの解体だよね……うん。頑張る」
ここで逃げ出す事は許されない。ただ殺して愉悦を感じようと思って殺したわけじゃない。一種の試練のために殺した。その責任は取らないといけない。カワードボアは、食べる事が出来る動物のようなので、そのお肉を頂く。食べられない相手もしっかり解体して、何かに使用する。それが、私が考えた精一杯の責任の取り方だ。
師匠に教えてもらいながら、カワードボアの解体をしていく。哺乳類の内臓とかを初めて見たり、その体内温度や臭いを感じて、吐き戻してしまったけど、最後までやり切った。
解体したお肉などは、師匠が収納魔法で仕舞っておいてくれる。内臓に関しては使えないので、その場に埋めた。
全てを終えた私は、その場で座り込んでしまう。
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
「うん……」
ようやく落ち着ける状況になったところで、自分の事を見てみると、制服が血だらけという事と涙を流していた事に気付いた。気付かない内に泣いていたみたい。それだけ精神的にショックを受けていたのかな。私は、私が思っていたよりも、ずっと弱いらしい。
「【洗浄】」
取り敢えず、服の血は落としておく。血の匂いで他の生物が寄ってくるかもしれないから。涙の方は乱暴に拭う。そして、しっかりと自分の足で立ち上がった。足が震えるとかはない。身体がふらつくという事もない。それを確認してから、師匠の方を向く。
師匠は、私が動き始めるまで待っていてくれた。師匠は、いつも私が心の整理などを付けていると待ってくれる。その事は凄く嬉しい。
「大丈夫?」
「うん」
「それじゃあ、行くわよ。ここで解体したから、他の獣が寄ってくるかもしれないわ」
「うん」
師匠と一緒に家まで戻る。幸い、今回の戦闘はカワードボア一体との戦いだけで終わった。結構精神的に辛いものだったけど、これを受け入れて前に進まないといけない。
(世の中には、こういう事を生業にしている人もいるんだよね……その人達も最初は、私と同じような感じだったのかな? それとも最初から受け入れる事が出来たのかな? どちらにせよ、私も成長していかないと)
もう涙は出ていない。完全に受け入れられたとは思わない。一度や二度で全部受け入れられる程、精神的に強いという自負はない。だから、強い精神を手に入れるために、もっと努力しないといけない。
それは、相手の死に対して無責任を貫けるようにではなく、その死の責任を背負えるように。この事を誰かに話したら、そんな重荷を背負う必要はないとか言ってくれる人はいると思う。でも、誰が何と言おうと、この責任を放棄する気はない。
それだけはしないというのが、私が決めた覚悟だ。これだけは、誰に何を言われようと変えるつもりはない。
その日の夕飯は、カワードボアのお肉を使った焼き肉だった。塩とかしか調味料がなかったけれど、そのお肉は美味しかった。ほんの少し罪悪感を抱きつつも、作った焼き肉は完食した。
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