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聖女の旅行

移動中の授業

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 出発の日が訪れた。クララ達が魔王城の出口に着くと、ナイトウォーカーが引く馬車が駐まっていた。そして、その傍には、カタリナとガーランドが立っていた。

「クララちゃん、こっちよ」

 カタリナが呼んでいるので、クララは、そちらに駆け寄る。

「いよいよ出発ね。目一杯楽しんでくるのよ。帰ってきたらお土産話を聞かせてね」
「はい! いってきます!」

 カタリナは、クララの頭を優しく撫でる。そこにガーランドも声を掛ける。

「怪我には気を付けるんだぞ。自分で治せるからと無理はするな」
「はい。分かりました」

 カタリナもガーランドも、親のような眼差しでクララを見ていた。リリンとサーファは、全員背の高さが違うので、凸凹親子と思いながら見ていた。
 クララ達は、カタリナとガーランドに見送られながらデズモニアから旅立った。
 デズモニアから少し進んだ所で、リリンの隣に座っていたクララは、自分の臀部に響いてくるものが、ラビオニアに攫われた時よりも弱いことに気が付いた。

「何か、前よりも揺れがないですね」
「ライナー達が作った試作品で、今までよりも格段に乗り心地が良くなっているとの事です。遠出をするのであれば、是非試験して欲しいと言われてしまいまして。本当は、遠出をするのに試作品は使いたくなかったのですが、一度試乗してみると、こっちの方がクララさんも快適に旅が出来ると思い、利用する事にしました」
「試作品だと駄目な事があるんですか?」

 クララのこの質問にはサーファが答えた。

「試作品って事は、普通の人達は、この馬車の作りを理解していないって事になるでしょ? そうしたら、これが壊れた時どうする?」
「あっ、そうか。他の街とかだと直そうにも直し方が分からないって事ですね」
「そういうこと。まぁ、一応御者の人が、研究開発班の人だから、あまり心配しなくても良いと思うけどね」
「なるほど」

 リリン的には、研究開発班の人がいるからといって楽観は出来ないと考えているが、サーファは、開発者の一人がいるのであれば大丈夫だろうと思っていた。こういう部分では、二人の考え方は正反対だった。

「そういえば、ここからマリンウッドまで、どのくらい掛かるんですか?」
「ナイトウォーカーを利用していますので、三日で着きます。途中で、二つの街を経由しますが、どちらも夜に到着予定ですので、街に出る事はありません。道中は少し忙しい旅ですが、マリンウッドに着けばゆっくりと出来ますので、我慢して下さい」
「はい。分かりました。ラビオニアよりも遠い場所なんですね」
「いえ、距離的には、あまり変わりません。どちらかと言えば、マリンウッドの方が遠いというくらいですね。ただ、ラビオニアまでが平坦な道のりに対して、マリンウッドまでは、途中に山を挟んでいますので、迂回路を使わざるを得ないのです。さらに、マリンウッドは島ですので、船を使う必要があります。それのタイミングによっては、もっと時間が掛かってしまいます」
「へぇ~、そうなんですね。う~ん……地理も勉強した方が良いですかね?」

 クララは、自分が魔族の国の地理だけでなく、人族の国の地理もちゃんとは理解していなかった。そもそもそういう機会がなかったので、クララが理解出来ていないのは仕方ない。その事は、リリンも把握している。

「クララさんが望むのであれば、講義もご用意しますが、その分他の事の時間が削れてしまいますよ?」
「う~ん……薬作りの時間は確保しておきたいですし……魔法の講義も続けたいですし……薬草園の様子も見たいですし……運動の時間は削れて良いですよ?」
「それは駄目です」

 削れる時間を見つけて、これだと思い主張したのだが、リリンに即答で却下された。クララの運動は健康のためにやっている事なので、削るなど言語道断なのだった。

「もし本当に地理などの勉強もしたいのでしたら、寝る前に少しずつ教えるという事も出来ますが」
「それが良いです!」
「では、そうしましょう。サーファも一緒に」
「うぇっ!?」

 突然巻き込まれたサーファは、少しだけ顔を引きつらせていた。

「わ、私は、ちゃんと理解していますから、大丈夫です……」
「サーファさんも一緒に勉強しましょう? 一緒なら楽しく勉強出来ると思うんです!」

 キラキラの笑顔でそう言われてしまうと、サーファも無下にする事も出来なかった。

「うぅ……分かりました。頑張ります」

 サーファが観念してそう言うと、クララは嬉しそうにしていた。サーファと一緒に何か出来るというのが、ただ嬉しいのだ。そんなクララを見て、サーファも笑みが溢れる。和やかな雰囲気が漂い始めた瞬間、リリンが手を鳴らす。

「では、丁度いいので、この移動時間も講義の時間にしましょう。教材はありませんので、簡単にとなりますが」
「じゃあ、クララちゃんは、こっちにおいで」
「はい」

 クララは、サーファの手を取ってサーファの横に座る。

「では、始めましょう。魔族領は西に、人族領は東に位置しています。この境界は大陸の中央を走っています。ここまでは、クララさんもご存知ですね?」
「はい」
「この中央の境界には、クララさんも知るラビオニアがあります。そして、先程までいた魔都市デズモニアは、魔族領の中央東寄りにあります」
「あれ? デズモニアが中心なんじゃないんですか?」
「はい。ほぼほぼ中心なのですが、正確に言うと東寄りになるのです。何故そのようになっているのかと言いますと、魔族領の西側に理由があるのです」
「西側って言うと、今から行くところですよね?」

 クララが確認すると、リリンがその通りという風に頷く。

「魔族領の西側は、北と南が出っ張り、その中央が凹んでおり、内側に向かって弧を描いています。そして、そこから西側は諸島のようになっています。つまり、魔族領は、大きな大陸と諸島で成り立っているという事なのです」

 クララは、初めて知った魔族領の実態に関心を持った。

「そうなると、マリンウッドの他にも観光地があるって事ですか?」

 クララは、今から行く島であるマリンウッドが観光地であるから、他の島も同様に観光地になっているのではないかと考えた。
 それに対して、リリンは首を振り、サーファの方を見た。

「サーファは説明出来ますか?」
「えっと……確か、マリンウッドが観光地になったのは、島の大きさ、天候、大陸との近さ、海域の穏やかさで選ばれたんじゃなかったでしたっけ?」
「はい。正解です。活火山があるという欠点がありますが、それを補える程の利点の多さから選ばれています。さらに言えば、近くに人魚族が住んでおり、海域の安全を確保しやすいというのもあります」
「だから、人魚族の方が治めているんですね」
「はい。人魚族が管理しやすいように、人工的に川が作られたりと、様々な開発がされています。そういった観点から、観光をしてみるのも良いかもしれませんね。ちなみに、北と南に行くにつれて、寒くなっていきます。これは、人族領でも同じです」
「そういえば、王都にいた時は、ちょっと涼しかった気がします」
「そうですね。人族領の王都は、北寄りにありますので、デズモニアよりも涼しくなっていますね」

 魔族領と人族領のある大陸は、北と南に伸びているので、北と南に行くにつれて寒暖差が大きくなっている。一応、北の果ても南の果ても住人がいるが、その数は少ない。

「この魔族領とは違い、人族領の東は外側に向かって弧を描いています。なので、大陸の面積だけで言えば、人族領の方が広いと言えますね」
「大陸の面積だけで言えばですか?」

 リリンの説明のそこに違和感を抱いたクララは、そう聞き返す。

「はい。魔族領の西に広がっている諸島を含めますと、魔族領の方が広いです」
「へぇ~……そんなに諸島が多いんですね」
「そうですね。かつて、カタリナ様達龍族が暮らしていた場所も諸島の一つですね」
「じゃあ、リリンさんが暮らしていた場所は、どこなんですか?」
「サキュバスやインキュバスは、昔も定住していなかったので、特にどこというのもありません。私が生まれて育った場所は、南西にある街ですね」
「南西……サーファさんはどこなんですか?」
「私達犬族は、北の方に住んでいたんだ。私が生まれたのも、北西にある街だよ」
「お二人とも西なんですね。いつか行ってみたいです」

 クララが笑いながら言うと、リリンとサーファは、優しい笑みを浮かべる。

「デズモニア程栄えていないので、何も無い場所ですよ?」
「私の所も何もないよ」
「それでもお二人が育った場所を見てみたいです」
「そうですか。では、許可が取れたら行ってみましょう」
「やった」

 二人の故郷に行く事が出来るかもしれないので、クララは小さく喜んだ。

(マリンウッドに行く大きな目的は、魔族領に来た挨拶ですから、本当に観光のための外出がどこまで許されるようになるか知っておく必要がりますね。帰ったら、カタリナ様に確認しておきましょう)

 リリンは、今回の旅を経る事で、どこまで遠出が許されるようになるのかを確認する事を脳内のやることリストに入れておいた。これの程度によっては、これから沢山遠出する事になるかもしれないからだ。

「では、講義に戻りますと言いたいところですが、教材無しでは、ここら辺が限界ですね」
「じゃあ、講義は終わりですね。思ったよりも簡単な内容で良かったです」
「クララさんに教えるのに、そこまで難しくするわけがないでしょう」

 これにて講義も終わりという空気になった時、クララが手を上げる。

「もっと講義して欲しいです。私、教会にいた時は、聖女の技についてくらいしか学べなかったので、色々知りたいです!」

 地理についての話を聞いて、クララの中の知識欲に火が点いた。リリンの中に、その意欲を無下にしてはいけないという思いが湧き出てくる。

「では、教材がないので、分かりにくいですが、デズモニアの周辺地理を勉強しますか。サーファにも問題を出すので、覚悟しておいてください」
「あ、はい……」

 サーファは、すぅーっと目を逸らしながら頷いた。それから昼食休憩や街での睡眠なども挟み、授業をしながら、船に乗る街まで着いた。その頃には、クララもデズモニア周辺の地理にある程度詳しくなっていた。
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