上 下
31 / 122
何も知らない聖女

魔王城に帰ってきた

しおりを挟む
 クララ達は、また一日掛けて魔王城へと戻ってきた。結局、この移動の間、クララは一睡もしていなかった。ずっと、リリンやサーファと話して過ごしていたので、あまり眠いといった感覚もなかったのだ。

「じゃあ、私はここで失礼するね」

 馬車を降りるなり、サーファがそう言って手を振った。宿舎に行くサーファと魔王城に行くクララ達とでは、道が異なるからだ。

「はい。助けに来てくれてありがとうございました」
「ううん。リリンさんが、教えてくれなかったら、私が来る事なんて出来なかったから。お礼を言うなら、リリンさんだよ」

 サーファは、クララの頭を撫でながらそう言った。

「すぐに行動に移してくれたのは、サーファです。サーファへの感謝もおかしくはありませんよ」
「だそうです。なので、ありがとうございました」

 クララはそう言って、サーファに抱きつく。クララの方から自発的に抱きつくのは、初めての事だった。いつもは、何もしなくてもサーファの方から抱きついてくるからだ。これは、クララなりの感謝の印だった。

「どういたしまして」

 サーファは、クララを力一杯抱きしめると、宿舎の方に向かって行った。時折、クララ達の方を振り返ると、大きく手を振っていた。それに対して、クララも大きく手を振って応えていた。
 サーファの姿が見えなくなったところで、クララは、リリンの事を見る。

「では、私達も行きましょう」
「はい」

 クララは、リリンに手を引かれて、魔王城の中へと入っていく。そして、向かった先は、自室では無く浴場の方だった。

「部屋に戻らないんですか?」
「一応、濡れタオルで拭ってあるとはいえ、治療の際に血などで汚れていますから。服も洗濯しないといけませんしね」

 クララは、そう言われて、自分の身体を見下ろす。肌などに付いた血は、ちゃんと拭ってあるものの、服に染みこんだ血は、ちゃんと抜くことは、出来ていなかった。
 クララが着ている服を確認していたリリンは、少しだけ眉を寄せる。

「この分だと、完全に抜くことは難しいかもしれないですね」
「え!? そういえば、この服って、確かカタリナさんの娘さんの服だったんじゃ……」

 クララは、一気に青い顔になる。

「大丈夫です。事情が事情ですので、カタリナ様も怒リはしないでしょう」

 リリンは、安心させるようにクララの頭を撫でる。

「取りあえず、お洋服を用意して参ります。一人でも入る事は出来ますか?」

 リリンがクララに訊くと、クララは途端に不安そうな顔付きになる。こっちに来てから、毎日入っているが、常にリリンが一緒に入っていたので、一人で入った事は一度もない。ましてや、自分で身体を洗った事もなかった。頑張れば、自分で身体を洗うことは出来るだろうが、湯船に入ることは厳しいだろう。

「では、少し待っていてください」

 リリンは、クララの微笑みかけながらクララの頬を撫でると、脱衣所を出て、服を取りに向かった。その間、クララは、着ている服を脱いで、杖を片手にどうにか血を取り除けないかと試行錯誤していた。
 それを傍から見ると、杖を片手にした少女が、半裸の状態で、汚れた服を前に力んでいるという状態だった。
 当然、その姿を見たリリンは怪訝な顔になる。

「どうされたのですか?」

 リリンがそう訊いて、ようやくリリンが帰ってきた事に気が付いたクララは、ちょっと恥ずかしそうにする。

「えっと……聖女の力で、汚れをどうにか出来ないかと……」
「出来ましたか?」

 リリンは、興味本位に訊いていた。汚れすらも浄化出来るとなれば、聖女の力が及ぶ範囲が分かってくるかもしれないからだ。

「見ての通りです」

 リリンの視線が、服の方に向く。クララの力が入った服は、汚れはそのままに神聖な雰囲気を漂わせていた。それは、クララの杖と同じ雰囲気だった。

「本気で力を振り絞ったら、聖別しちゃいました」
「な、なるほど……」

 これには、リリンも唖然としていた。服を取って帰ってきたら、汚れた服が神聖化されているのだから、当然だ。

「これが、聖女の本気というところですか……どちらかと言うと、別の現場で見たいものですね」
「私も、こんな風になるなんて思っていなかったので、驚きです。私って、こんな事が出来るんですね」
「聖女の力について、もっと調べて見た方が良いかもしれませんね」

 リリンはそんな事を言いつつ、クララの他の服を脱がしていった。自分も服を脱いで、ハンドタオルを片手にクララと浴場に入ろうとすると、クララが杖を握りっぱなしな事に気が付く。

「杖も持っていくのですか?」
「へ? あっ!? 忘れてました!」

 クララは、杖を壁に立てかけて、リリンの元に戻る。そして、いつも通りに、リリンがクララの身体を洗い、リリン自身が洗い終わるまで、クララは湯船の縁に腰掛けて脚をお風呂に浸けていた。
 そして、リリンが身体を洗い終えると、クララを抱きかかえて一緒に湯船に入っていった。野戦病院での活動で疲れていたクララは、お風呂の温かさで、少し癒やされていた。
 身を綺麗にしたクララは、ようやく魔王城に用意されている自分の部屋に戻る事が出来た。
 戻ってきたクララは、部屋に備え付けられている椅子に座る。その途端、クララの眼から涙が零れてきた。
 クララが攫われた時のまま乱れていたベッドを、軽くメイキングしていたリリンは驚いて、クララの元に向かう。
 そして、クララの傍に膝を付いて目線を合わせると、クララの涙を拭う。

「どうしたのですか? どこか痛むのですか?」

 リリンは、安心させるような優しい口調でクララに訊く。

「何だか、部屋に戻ってきたら、ずっと張り詰めていた心が、一気に緩んだみたいです」

 リリンは、クララにそう言われて思い当たる点がいくつかある事に気が付く。それは、馬車の中と浴場で窺えた。まずは、馬車でずっと起きていた事だ。そもそも連れ去られているときも眠れていないのに、さらに治療で疲れていたにも関わらず、帰りの馬車では、ずっと起きていた。これも、戦場にいたという緊張感によるものだと考えれば、少し納得がいく。
 そして、浴場で、リリンに指摘されるまで杖を握ったままだった事もこれに起因していると考えられる。心の中の不安から、自分を守るために杖を頼っていたのだ。

「さすがに、ちょっと怖かったので……」
「……!!」

 ここで、リリンは自分が少しだけ考え違いを起こしていた事に気が付いた。

(戦場という環境の緊張感もそうだと思いますが、それ以上に、本当の意味で悪意と害意に満ちた環境にいた事で、恐怖を感じていたんですね。聖女という立場にいさせられたとはいえ、まだ子供と大人の狭間の年齢。恐怖を感じないわけがない)

 クララが、恐怖を感じつつもああやって動けていたのは、勇者パーティーと教会での諸々があったからだ。あれによって、恐怖などに対する耐性が、少し高かったのだ。それでも、恐怖を感じていないわけでは無い。
 クララは、ずっと心を張り詰めさせることで耐えていたのだ。
 リリンは、クララを抱き寄せて、少し持ち上げる。クララの座っていた席に自分で座って膝の上にクララを乗せた。その上で、安心させるように優しく抱きしめる。

(ここが、クララさんにとって、安心出来る場所になったのは、嬉しい事ですね)

 リリンは、こうしてクララが魔族領にいても安心出来る場所が出来た事を、少し嬉しく思っていた。そもそも人族領にすら、クララが真の意味で安心出来る場所などないのだ。魔王城が、クララの故郷と同じような場所になりつつあった。
 リリンの膝の上に乗せられたクララは、さらに安心感を得ていき、段々と瞼が重くなっていった。そして、リリンに寄りかかりながら、静かに寝息を立て始めた。

「眠ってしまいましたか」

 リリンは、クララをベッドに連れて行こうと椅子から立ち上がる。すると、ある事に気が付いた。
 クララが、リリンの服をがっしりと掴んでいるのだ。本当にしっかりと掴んでいるので、解くことは出来ない。
 リリンは困ったように微笑み、クララをベッドへと連れて行った。

(これは……仕方ないですね)

 リリンは、クララと一緒にベッドに入った。二人は、一緒のベッドで眠りにつく。リリンは、クララを起こさない程度に、抱きしめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【お天気】スキルを馬鹿にされ追放された公爵令嬢。砂漠に雨を降らし美少女メイドと甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い

月城 友麻
ファンタジー
公爵令嬢に転生したオディールが得たのは【お天気】スキル。それは天候を操れるチートスキルだったが、王族にはふさわしくないと馬鹿にされ、王子から婚約破棄されて追放される。 元々サラリーマンだったオディールは、窮屈な貴族社会にウンザリしていたので、これ幸いと美少女メイドと共に旅に出た。 倒したドラゴンを従えて、広大な砂漠を越えていくオディールだったが、ここに自分たちの街を作ろうとひらめく。 砂漠に【お天気】スキルで雨を降らし、メイドの土魔法で建物を建て、畑を耕し、砂漠は素敵な村へと変わっていく。 うわさを聞き付けた移民者が次々とやってきて、村はやがて花咲き乱れる砂漠の街へと育っていった。 その頃追放した王国では日照りが続き、オディールに頼るべきだとの声が上がる。だが、追放した小娘になど頼れない王子は悪どい手段でオディールに魔の手を伸ばしていく……。 女神に愛された転生令嬢とメイドのスローライフ? お楽しみください。

白花の咲く頃に

夕立
ファンタジー
命を狙われ、七歳で国を出奔した《シレジア》の王子ゼフィール。通りすがりの商隊に拾われ、平民の子として育てられた彼だが、成長するにしたがって一つの願いに駆られるようになった。 《シレジア》に帰りたい、と。 一七になった彼は帰郷を決意し商隊に別れを告げた。そして、《シレジア》へ入国しようと関所を訪れたのだが、入国を断られてしまう。 これは、そんな彼の旅と成長の物語。 ※小説になろうでも公開しています(完結済)。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

処理中です...