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何も知らない聖女

演習見学(4)

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 クララは、観客席でリリンの肩に寄りかかりながら、演習を見ていた。気分自体は良くなり始めていたのだが、まだ元通りとはいかなかった。

「気分が悪化したら、すぐに知らせてください」
「分かりました」

 リリンは、クララの様子に気を回しながら、演習を見ていた。

 演習は、魔法の乱打から始まった。二つのチームに分かれた魔王軍のメンバーの中で、魔法を中心に戦うもの達が、それぞれ撃っているのだ。魔法の種類は、一種類だけではないが、どれも威力は低いものだった。
 これは演習なので、このように弱い魔法しか使わないが、本来の戦場であれば、もっと強力な魔法が飛び交うことになる。魔王軍もそれを承知しているので、この魔法に一発でも当たれば、戦死判定となる。
 当然、防御魔法も使用される。そのため、多くの魔法が飛び交うが、まだ戦死判定を受けた者はいない。
 各チーム、防御魔法で防ぎつつ、少しずつ接近していく。そして、近接戦の間合いになるやいなや、木刀での戦闘になっていく。
 その様子を、クララは興味深そうに見ていた。

「魔王軍は、ああやって戦うんですね」
「魔法での牽制、先制攻撃の後に、近接戦闘へと移行するのは、戦闘の基本だと思いますが?」
「そうなんですか? さすがに、戦闘の基礎などは、教会でも習わなかったですね」

 クララが、教会で学んだ事の中に、戦闘の基礎といったものは存在しない。聖女の仕事は、魔族の弱体化ないしは、消滅と味方の回復だからだ。
それなら、カルロス達と行動を共にしていた時に、先制攻撃としてやっていると思うかもしれないが、魔族に決定的なダメージを与えられないため、後ろに引っ込めさせられていたので、そんな事はしていなかった。

「そういえば、勇者が真っ先に突撃したのを、他の仲間で支えるのが、基本的な戦法でしたね。クララさんが存じてなくても、仕方ないかもしれません」
「そう……ですね……」

 やはり、人族領にいた時の記憶……特に、戦闘での記憶はクララにとって良い思い出ではないようだ。リリンの話を受けても、歯切れの返事しか出来なかった。
 それに気が付いたリリンは、少しやってしまったと考え、申し訳なさそうな表情になった。

「すみません。配慮が足りませんでした」
「い、いえ! リリンさんが悪いわけじゃありません!」

 クララは、リリンの眼を見てそう言う。

「そう言って貰えるのは、有り難いです。取りあえず、演習を観ましょう。色々な発見があるかもしれませんよ」
「そうですね」

 クララは、改めて演習を観る。
 魔王軍は統率の取れた動きで、演習を続ける。近接戦へと移行しても、どちらかのチームが瓦解するという事はなく、一進一退の攻防が続いている。

「これが、魔王軍……」

 先程から興味深そうに演習を観ていたクララだったが、段々と分かってくるその練度の高さに、戦慄していた。自分達が戦っていた魔族達は、本当に弱い分類だったのだと思い知ったのだった。それと同時に、もう戦わなくてもいい事に、安堵もしていた。

「他にも四天王と呼ばれる者達の軍も同じような練度をしています。人族領との境界線にいる魔族は、そこまでの訓練も積めていないものも多いですので、驚くのも無理はありません」
「人族の軍隊は、こんな感じなんでしょうか? 私は見たことがないんですが、リリンさんは、何か知りませんか?」

 クララが、リリンにこう訊いた理由は、リリンが人族領に間者として入っていたからだ。聖女であるクララの監視を担当していたとはいえ、そう言う部分にも詳しい可能性は残っている。

「さすがに、私も人族の軍隊の訓練は見たことがないですね。ですが、今の人族なら、ここまでの練度はないかと。昔……それこそ戦争をしていた時代であれば、この程度は出来たかもしれませんが」

 戦争をしていたのは、もう数百年前のことだ。その時に、魔王達に対抗出来る存在として、勇者と聖女が現れた。今のクララと違い、この時は、聖女も魔族を憎む心が強かったので、魔族に対して特効の能力を使えていた。
 だが、現状では、聖女の力は使えず、魔族よりも人族の練度は低くなっている。

(これだと、人族に勝ち目はないんじゃ……)

 クララは心の中で、少し不安になっていた。だが、すぐにある事に気が付く。

(いやいや、私は、もう人族の味方じゃないんだから、こういう考えはやめないと……)

 既に、クララは人族と袂を分かっている。もう人族の元に帰る気が無い以上、人族側に立った考え方は卒業しないといけない。クララは、改めて、自身の意識を切り替えていこうと決心する。
 クララがそんな風に考えていると、演習をしている魔族達の動きが変化した。犬耳が生えた女性魔族が、魔法の直撃と木刀の攻撃で、右腕と頭に浅くない怪我を負ってしまったのだ。怪我人が出たため、演習は一時中断となっている。

「!!」

 それを目撃したクララは、観客席から飛び降りて、怪我をした魔族の元に向かった。リリンも一足遅れて、後を追う。

「揺すらないで!」

 クララは、走りながらそう叫んだ。怪我を負った魔族は、気絶してしまっている。そのため、他の魔族が肩を揺すって起こそうとしていた。クララは、それをやめさせるために叫んだのだ。頭の怪我は変に動かさない方が良いからだ。骨折などしていたら、まずいことになるかもしれない。
 魔族達は、クララの叫びにすぐ反応して、怪我をした女性魔族から離れる。魔族達が道を空けていくので、クララはその真ん中を走って、怪我をした女性魔族の元に着いた。

「大丈夫ですか!? 聞こえますか!?」

 クララが呼び掛けても、女性魔族は返事をしない。完全に意識をなくしてしまっているようだ。クララは、自分のポーチに入れていた消毒薬を傷口に掛ける。まずは、傷口を洗わないと肝心の治療が出来ないからだ。

「『神の雫よ・彼の者の傷を癒やせ』【治癒】」

 緑色の光が女性魔族の傷口を覆い、傷を癒やしていく。女性魔族の傷口が、段々と塞がっていった。魔族達は、傷が塞がっていく速度に驚愕する。通常の回復魔法などでは考えられない速度だからだ。
 そして、もう一つ、聖女の能力が魔族に効いたことにも驚いていた。これには、リリンも驚いていた。これが意味する事は、クララが、完全に魔族を信用しているという事だからだ。
 リリンは、先程まで魔族に対して、少し怯えがあったため、クララがちゃんと打ち解けることが出来るか不安があった。だが、このことで、クララ側に魔族を嫌悪する心がないと証明された。
 つまり、クララが魔族と打ち解けるための問題の一つであるクララ自身の心持ちに不安要素がないことを表している。
 リリンは、それが嬉しく感じ、頬が緩む。
 そうこうしているうちに、女性魔族の外傷への治療が終わった。

「よし……これで、傷は塞がった。後は、頭の中の損傷がないか確認しないと」

 クララは、目を閉じて手のひらで女性魔族の頭を覆う。

「『聖なる導き手・全てを見通す神聖の眼』【診断】」

 手のひらから放出された金色の魔力が女性魔族の頭を覆っていく。これは、聖女特有の能力で、こうして魔力が覆った部分にある怪我などがクララに認識出来るのだ。

「怪我はない……良かった……」

 クララの【診断】の結果、女性魔族の怪我は完全に癒えていた。頭蓋骨の骨折などもしていない。

「まだ気絶はしていますが、怪我はもう大丈夫です。後は、ベッドなどで、安静にして頂ければ、目が覚めると思います」

 クララは、額に浮かんだ汗を拭ってそう言う。魔族達は、一瞬静まりかえり、そして一気に沸いた。

『うおおおおおおおおおおお!!!』

 魔族達の歓声に、クララはビクッと身体を震わせる。そんなクララに、魔族達は思い思いの言葉で賞賛する。

「良くやってくれた!」
「すげぇ! あんな速度で傷を治すなんて!」
「治療の手際も良すぎよ!」
「ここにいてくれて良かったぜ!」
「さすがは聖女だぜ!」

 クララは、突然の賛美にオロオロと戸惑っていた。自分としては、当たり前の事をしただけなので、ここまで褒められるとは思っていなかったのだ。

「クララ。本当に良くやってくれた。下手をすれば、死んでいたかもしれない。深く感謝する」

 アーマルドが、クララに頭を下げて感謝をした。

「い、いえ、私は、自分が出来る事を最大限にやっただけなので……」

 クララがそう言うと、リリンが後ろから軽く抱きしめた。

「この状況で、そのように行動出来るのは、本当にすごい事ですよ。もう少し自信を持って、胸を張ってください」

 リリンは、優しくそう諭す。謙虚も過ぎれば傲慢となってしまう。クララがそうならないように、さりげなく促しているのだ。

「えっと……はい」
「では、ありがとうと感謝されたら、どう言うのが正解でしょう?」
「えっと、お役に立てて光栄です」

 クララがそう言って微笑むと、魔族達の拍手喝采が起こった。クララが魔族に受け入れて貰えるための下地が出来始めた。
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