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何も知らない聖女

クララの選択

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 翌日の朝、鍵が開く音の後、リリンが部屋の中に入った。クララは、まだ眠ったままである。
 リリンは、昨日と同様に、部屋のカーテンを開けて陽光を差し込ませる。ベッドまで陽光が伸びているので、クララの顔にも差し込んでくる。

「うぅん……」

 クララは、掛け布団で顔を覆って光をやり過ごす。クララが素直に起きないことは、昨日の時点で分かっているため、リリンは強硬手段に出る。

「クララさん、朝ですよ!」

 クララが掴んでいる掛け布団を一気に取り除く。非力なクララでは、抵抗する事は出来ず、簡単に奪われてしまった。

「寒い……」
「起きたら気にならなくなります。さぁ、起きてください」
「はい……」
「先に顔を洗ってしまいましょう。洗面所に行きますよ」
「はい……」

 リリンの言葉に返事をしているクララだが、まだ寝ぼけているのか、ベッドから降りてから、ふらふらと洗面所へ向かおうとしている。さすがに、転んでしまうのではないかと心配になり、クララの手を取って洗面所まで連れて行った。
 おぼつかない手つきで顔を洗うクララを見守ったリリンは、タオルを手に取ってクララの顔を拭いていく。

「目が覚めましたか?」
「覚めました……」
「では、朝食にしましょう」
「はい……」

 リリンは、目を覚ましたクララをテーブルに着かせて、朝食を並べていく。今日の朝食は、スクランブルエッグとベーコン、サラダ、パンだった。クララはゆっくりと朝食を食べていく。

「クララさんは、朝が弱いみたいですね」
「うっ……旅をしていたときは、大丈夫だったんですけど……」
「やはり、寝具の差は大きいようですね。慣れてくれば、変わるかもしれませんね」
「そうだと良いんですけど……お手を煩わせてすみません」

 勇者パーティーにいたときも宿屋で寝ることが多かったクララだが、時には地面や椅子で寝ることもあった。部屋が一つしか取れなかった時に、ベッドをカルロス達に占領されてしまった場合などで、そのような事になっていた。
 そのため、旅をしている間は、まともに睡眠を取れたことの方が少ないくらいだった。結果、朝も眠りすぎるということは無かったのだ。ただ、ちょくちょく夜中に目が覚めることも多かったが。

「しっかりと眠れているのなら、良かったです。これからも私が起こしにきますので、安心してお休みください。ただ、あまりに起きないようでしたら、昨日のように起こしますので」
「昨日……」

 クララは、昨日の朝の出来事を思い出し、顔を真っ赤にする。

「もし、キスして欲しかったら、そのまま寝たふりをしていただければして差し上げますよ?」
「きちんと起きるので大丈夫です!」
「あら、それは残念です」

 顔を真っ赤にしているクララに対して、リリンは余裕のある微笑みで返す。なんとなく負けた気になるクララであった。若干不機嫌になりながらも、クララは朝食を食べ進めていく。

「それで、今後は、どうするのかお決めになりましたか?」

 若干不機嫌なクララに苦笑いしつつ、リリンが、クララに訊く。

「……一応ですけど」

クララは、ちょっとだけ声を小さめにそう言った。きちんと自分の意志で決めたことではあるが、その判断が正しいものなのかどうか自信がないのだ。

「では、カタリナ様をお呼びしますか?」
「えっと、じゃあ、お願いします」
「では、食事が終わったら、お呼びしましょう。おかわりはどうしますか?」
「……いただきます」

 クララは、もう一食おかわりして朝食を終えた。リリンは、食べ終わった食器を片付けてから、カタリナを呼びに向かった。その間、クララは椅子に腰を掛けていた。五分程で、リリンがカタリナを連れてきた。

「おはよう、クララちゃん。こんなに早く答えが出るとは思っていなかったわ」
「おはようございます、カタリナさん」
「しっかりと考えた結果なのよね?」

 カタリナは、真剣な顔でクララに訊く。クララの今後に関する重要な事なので、生半可な考えで答えを出されるのは困るからだった。カタリナ自身に、クララへの愛着がわいている事が、この面からも分かる。

「はい……多分……考えていたら、寝てしまったんですけど……でも、それまではしっかりと考えていました」

 クララが真剣な顔でそう言うと、カタリナはニコッと微笑んだ。

「じゃあ、聞かせて貰える? クララちゃんは、これからどうしたい?」
「えっと……ご迷惑かと思いますが、ここに置いてくれませんか?」

 クララは、緊張しながらそう言った。この前は、ここにいても良いと言っていたが、あれが冗談だったという可能性もある。こうして、お願いして、本当に受け入れてくれるかどうかが不安になっていた。

「分かったわ。じゃあ、この部屋を使うと良いわ。この前も言ったとおり、リリンと一緒にいること。あの人にも伝えておくわ。その内、魔王城内でも広まるから、それまでは、自由行動とかは待っていてね。ちゃんと安全を確保しておきたいから」
「は、はい」

 不安になっていたクララだったが、すんなりと受け入れられて驚いていた。

「私達が、冗談で、ここにいて良いって言ったと思った?」
「はい。ちょっとだけ、そう思っていました」
「まぁ、そう思うのも仕方ないわね。でも、事実よ。クララちゃんが、ここに残りたいと言うのなら、私達は歓迎するわ」

 カタリナはそう言って、クララの頭を優しく撫でる。クララは、少し嬉しくなり自然と笑みが溢れる。

「後は、何かやりたいことはある? こっちにいる事にしたにしても、何かやることがあった方がいいでしょ?」

 カタリナにそう訊かれて、クララは少し戸惑う。そして、自分がやりたい事が何かを考えた。

「えっと……えっと……じゃあ、薬作りをしたいです」
「薬? ああ、そういえば、お母様から教えてもらっていたんだったわね」

 リリンからクララの過去を聞いていたカタリナは、すぐに納得した。

「そういえば、クララちゃんの荷持にも、乳鉢とかがあったわね」
「はい。それだけだと初歩的な薬しか作れないですが、効能は高いです! お母さんのレシピですから!」

 クララは、これまでにないくらい力強くそう言った。その気迫に、少しだけ面食らうカタリナだったが、すぐに優しい微笑みになる。

「そう。分かったわ。取りあえず、クララちゃんの荷物検査も済んだから、荷物は返すわね。それとは別に、薬を作る施設と材料も用意しないといけないわね。確か、隣の部屋は空いているはずよね?」
「そうですね。使われていない部屋になっています」
「あの人とも相談してみるわ。明日明後日では無理だと思うけど、近い内に用意できるようにするわ」
「えっと……良いんですか? この城にいても?」

 クララが言ったここにいたいというのは、魔族領の事だった。つまり、魔族領内で暮らさせてくれれば良いと考えていたのだ。しかし、今までの話から、今いる魔王城に住むという事になっていると気付いたのだ。

「ええ、さすがに、クララちゃんを、すんなりと外に出すことは出来ないわ。ここの民達にも聖女を攫い、話を聞くことにしたという触れしか出されていないもの。クララちゃんが、味方になってくれていると考えてくれているかどうかは分からないわ。だから、魔王城に居てくれた方が良いのよ」
「な、なるほど」

 カタリナ達としてもクララを自由にさせてあげたいとは思っているが、すぐに城下へと出す程お気楽では無い。カタリナ達が話していたように、魔族も一枚岩とはいかないので、聖女を敵として認識している者がいてもおかしくないのだ。
 それらの問題がある程度片付いていなければ、クララを城下などに送り出せないのだった。

「しっかりとした下地が出来るまでは待っていてね。それまでは、前も言ったとおり、リリンの傍を離れないこと。じゃあ、私は、色々な報告をしに行くわ。リリン、後はよろしく」
「かしこまりました」

 カタリナは、クララに手を振って部屋から出て行く。

「では、改めて、よろしくお願いします、クララさん」
「は、はい! よろしくお願いします!」

 こうして、クララは人族領から離れて、魔族領で暮らすことになった。それが幸せに繋がるかは、クララ次第だろう。
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