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何も知らない聖女

聖女の能力

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 部屋に戻ったクララ達は、朝食にも使ったテーブルに集まって座っていた。

「じゃあ、話をするわよ。覚悟はいい?」

 カタリナの言葉に、クララはこくりと頷く。

「まずは、クララちゃんの聖女の能力の話よ。私の予想だけど、条件にある邪なものっていうのは、クララちゃんの認識によるものだと思うわ」
「私の認識……ですか? じゃあ、この力は、魔族に特化した能力ではないって事ですか?」
「ええ、本当に私の予想だけどね。クララちゃんは、心根では、魔族を完全な悪だと思っていなかった。だから、魔族への効果が薄いのよ」

 カタリナの考えは、クララの中にスッと入ってきた。この考えは、色々な面で説明が付くからだ。

「じゃあ、勇者達への効果も薄かったのは、私が、あの人達を悪と思っていたからって事ですか?」
「そうね。攻撃系の能力は、魔族への効能が薄く、回復系の能力は、勇者達への効能が薄い。もしかしたら、逆にすれば聖女としての本領を発揮できるんじゃないかしら」

この考えでは、カルロス達への回復の効果が薄かった事にも説明が付く。

「試してみますか」
「え、でも、どうやって?」

 クララがそう訊くと、リリンが果物ナイフを手に取り、自分の手に突き刺して、抜いた。

「リリンさん!?」

 突然の自傷に、クララは驚いて、リリンに飛びついた。そして、ナイフを突き刺したリリンの手に、自分の手で覆う。

「『神の雫よ・彼の者の傷を癒やせ』【治癒】」

 血が滴るリリンの手を緑色の光が覆う。

(治って……治って……治って……!)

 クララは、涙目になりながら、そう祈っていた。自分の力に自信がないということもあるが、他にも自分が知っている薬では、リリンが自分で付けた傷は綺麗に治せないと知っているからだ。
 クララの心配をよそに、リリンの傷はどんどんと塞がっていった。緑色の光が収まると、そこには、ナイフを刺した跡すらない綺麗な肌が姿を現した。

「はぁ……良かった」
「跡一つありませんね。聖女の力そのものだと思われます。効果も、私を蝕むということもなく、癒やしたのみです」

 リリンは、自分の手を確認してから、汚してしまった床を掃除する。

「一応、予想通りにはなったわね。リリンを信用してくれているという感じかしらね」
「なんで、そんなに冷静なんですか!?」

 クララは、少し怒っていた。いとも容易く自分の身体を傷つけたことに対してだ。

「もっと身体を大事にしてください!」
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 自分の血の処理を終えたリリンは、クララの頭を撫でつつ謝る。それでも、クララの涙目が治らなかったので、クララを一度持ち上げて、椅子に座り、膝の上にクララを乗せて後ろから抱きしめた。
 それで、機嫌が一変するというわけではないが、少しだけ良くはなっていた。

(この子……こう言ってはなんだけど、結構、甘えん坊よね。十一歳で親から離されたからかしら? それとも、リリンの母性が高いとか? どちらにせよ、クララちゃんの機嫌がちょっとマシになって良かったわ)

 カタリナは、微笑みながらそんな風に考えていた。クララの機嫌が戻ってきたところで、話を続けていく。

「今の検証で、予測は正しいと証明できたわね。クララちゃんの能力は、クララちゃんの認識によって、その効果を変える事になるわ。過去にいた聖女は、魔族を憎んでいて、それが魔族特効の効果に現れたと考えられるわね」
「じゃあ、代が変わっていく毎に、聖女の能力が落ちていったのは、聖女本人に魔族を憎む心みたいなのがなかったからという事ですか?」
「そういうことね。これで、謎が解けたわ」

 カタリナ達が知りたかった聖女の力について判明した。聖女本人の心根にある種族、あるいはその人への考え、思いが能力の効果に影響する。仮に、今のクララがカルロス達に攻撃系の能力を使えば、大ダメージを与えられるだろう。
 これらは、クララにとっても衝撃的な事実だった。自分の心が、この力に影響するなど、考えた事もなかったからだ。

「じゃあ、約束通りに杖を返してあげるわね。後で、届けさせるわ」
「ありがとうございます」

 クララが正直に答えた事で、クララの杖が返ってくるようだ。クララは、本当に嬉しそうにしていた。

「それと、もう一つだけ、訊いてもいいかしら?」
「はい。構いませんけど」

 クララは、自分の能力以外に何が訊きたいのだろうと、首を傾げる。

「勇者の次の目的地とか分かる?」
「目的地ですか? ええっと……ごめんなさい。目的地とかは、教えてもらっていなかったので、分からないです」
「そうなの……相手の目的が分かれば、先回りできると思ったのだけど」
「一応、ここを目指しているはずですよ? いつも魔王を倒してやるって騒いでいましたから」

 カルロス達の旅は、一向に前に進まなかったが、常に魔王を倒すと豪語していた。そのため、最終的な目的地は、クララ達がいるこことなるはずなのだ。

「勇者達が、私達の暮らしを知ったらどうなるかしらね?」
「特に変わらないと思います。あの人達は、人族のためという建前の元、魔族を殺したいだけだったと思うので」

 クララは、自分達が行ってきた蛮行を思い出して、暗い顔をする。そんなクララをリリンが優しく抱きしめて頭を撫でる。

「確かに、私達は、クララちゃんが行ってきた事を、そう簡単に許すことは出来ないわ」

 カタリナの言葉に、クララはビクッと震える。

「それは、リリンからも聞いている事だと思う。ただ、それとは別に、もう一つ聞いているでしょ? 私達は、あなたの中にある優しさを知っている。そして、それを今も見たわ。自分のしたことを反省して、自責の念を感じている。そこらの人族に出来るような事ではないわ」

 カタリナは、微笑みながらそう言う。

「でも、誰もが、クララちゃんを許すとは思わないで。勇者に家族、友人を殺されたって人は、少なからずいるわ。だから、いつか非難されるという事は覚悟しておいて」
「は、はい……」
「まぁ、クララちゃんの事情を知ったら、少しは同情してくれるかもしれないけどね」

 クララのこれまでの人生は、基本的にセクハラと蔑みなど、マイナス要素ばかり詰め込まれたものだった。まだ、子供だったという事もあり、いいように使われた事もしばしばある。同情する余地はあるだろう。

「取りあえず、今後の身の振り方を考えておいてね。その間は、リリンや私の許可無しにこの部屋を出ないこと。それを破ると、クララちゃんがどうなるか分からないわ。この城には、クララちゃんみたいな小さな子に対して興奮する変態もいるから」
「あっ、あの時の……」
「もしかして、もうベルフェゴールと会っている感じ?」
「突撃してきました。撃退して、地下に入れています」

 あの時、部屋に突撃してきた執事風の老人は、ベルフェゴールという名前のようだ。ちなみに、今も反省房から出してもらっていない。クララの安全上、仕方のないこととされている。

「あの変態は……はぁ、ごめんなさいね、クララちゃん。かなり優秀ではあるのだけど、本当にクソみたいな変態なのよ。多分だけど、手は出してこないと思うから、そこの心配はしなくて良いと思うわ……多分」
「そ、そうですか。なら、安心(?)ですね」

 これには、クララも苦笑いになってしまう。身内からもそんな風に思われているとは、ベルフェゴールは、どこまで変態なのだろうか。クララは、ほんの少し、興味がそそられた。

「じゃあ、私は、これで失礼するわ。また、遊びに来るわね」
「は、はい。その、ありがとうございました」
「ふふ、お礼を言うのはこっちの方よ。じゃあ、またね」

 カタリナは、クララの頭を撫でて、軽く手を振ると部屋を出て行った。残されたクララは、リリンに抱きしめられたままだった。

「これから如何しますか? 何か娯楽的なものが欲しいのでしたら、適当に持ってきますが」
「えっと……じゃあ、お願いします」
「分かりました。では、少々お待ちください」

 リリンは、クララを椅子に預けると、部屋を出て行った。再び一人で自由に動ける時間が出来たが、クララは、大人しく椅子の上で待っていた。そのため、娯楽道具の一式を持ってきたリリンも驚いていた。

「今回は、大人しくお待ち頂けたみたいですね」
「ここで動き回っても意味がないですから。私だって、学ぶことくらいあるんですよ」

 クララは胸を張ってそう答えた。若干どや顔ですらある。リリンは、その姿がとても可愛いと感じ、無言で頭を撫でた。クララは、どうして頭を撫でるのかと不思議そうにしていた。

「では、色々なもので遊んでみましょう。魔族領ならではの娯楽もあると思いますので、ご興味をお持ちいただいたものからやっていきましょう」
「はい。えっと……」

 この後、クララは、何種類かの娯楽を楽しんだ。クララの勝率は、大体六割程度だった。これは、クララが強かったわけではなく、リリンが、幾度か忖度してくれたからだった。ちなみに、クララは、この忖度に気が付いていない。
 最初の方は、リリンも真面目にやっていたのだが、リリンが負けると少しだけ涙目になっていたところを見て、これは忖度してあげた方が良いと判断し、時折、手を抜いてあげていたのだった。
 そして、クララ達が遊んでいると、執事の一人がクララの杖を持ってきた。

「私の杖……」

 クララは、返して貰った杖を大事そうに抱える。

「確か、クララさんのお金で初めて買った杖でしたね」
「はい。とはいっても、そこまで高いものではなくて、武器屋の樽にたくさん入っていたやつなんですけどね」

 クララの杖は、武器屋にあった大特価セールのものから選んで買ったものだ。だが、自分で買ったため、愛着がある。だから、返して欲しいと強く願ったのだ。

「ですが、その杖は、かなりの上物ですよ?」
「え? そういえば、カタリナさんも良いものだって言っていました」

 クララは、自分が買った安物の杖が、実は良いものと言われて驚いていた。改めて、自分の杖を見てみるが、それが上物なのかどうかも分からない。

「見た目は、そこらの木から削り取ったように見えますが、この杖は聖別されています。ここまでの神聖さを持った武器は、珍しいですよ」
「聖別? 最初からされていたんですか?」
「どうでしょうか。そこまでは、私には分かりかねますが、クララさんの力で聖別された可能性は高いですね」

 武器屋の目が腐っていたのか、それともクララの聖女としての能力がそうさせたのか分からないが、クララの杖は神聖化されていた。普段から使っているクララには、何が変わっているのか分からなかったが、カタリナやリリンが上物というわけが、これで分かった。

「へぇ~、そうなんですね」

 あまり興味のないような口ぶりではあるが、クララの口元は緩んでいた。自分の杖が褒められて、少し嬉しいのだ。

「さて、今日は、もう遅い時間になりましたね。そろそろお休みください。また、明日来ますね」
「はい。えっと……おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」

 夜も遅くなってしまったので、リリンは部屋を出て行った。鍵を閉めた音が、部屋に響く。一人になったクララは、杖をベッドの横に立てかけて、ベッドの中に入る。

(今後の身の振り方か……私は、帰るべきなのかな? それとも……)

 クララは、今後の事を考えているうちに、瞼が降りてきて眠りについた。
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