上 下
2 / 122
何も知らない聖女

魔王妃との話

しおりを挟む
 気絶したクララが目を覚ますと、そこは先程までの椅子の上では無く、ふかふかのベッドの上だった。

「あれ……? あれは、夢だったのかな……」

 ぼーっとしながら周りを見ると、ベッドの傍に先程いた白い髪の女性魔族が座っていた。

「起きたわね。大丈夫? まだ、あれの効果が残っていたのかしらね」

 クララは、ばっと飛び起きると、女性から離れた。

「警戒しなくて大丈夫よ。先にきちんとそう言っておくべきだったわね。あなたを殺すだけなら、いつでも殺せたわ。目的は別にあるのよ」
「……そういえば……話をするって」
「そうよ。あの人がいると、怖がらせちゃうから、私が話すわね。その前に、自己紹介しましょうか。私は、魔王妃のカタリナ・ヴァフニール。さっき一緒にいたのは、今代の魔王のガーランド・ガイラルシアよ」
「クララ・フリーゲル」

 互いの自己紹介が終わる。ただ、クララに関しては、向こうもとっくに知っているはずだった。そもそも攫ってきた間者のメイドが、クララの名前を知っていたからだ。

「それで、話っていうのは、あなたの力の事よ」
「私の力……それは聖女の?」
「そう。あなたの聖女の力が、私達、魔族に効きにくくなっているって報告が、多数寄せられているわ。それは、あなた自身も感じている事?」

 そう訊かれて、クララは、一瞬だけ本当の事を言うかどうかを迷った。それは、人族にとって、重要な情報だと思われるからだ。しかし、相手も知っている事なら、特に黙っている必要もないと判断した。

「確かに、私の聖女としての力が弱まっている事は、自分でも感じている。魔族への効き目も人族への効き目も薄い……いや、個体差があったかな……」
「それは、どっちの種族に対しても?」
「ええ。そうだけど……魔族には、ほとんどの変化はなかった気がする」

 クララがそう返事をすると、カタリナは少しだけ考え込み始めた。生まれた空白の時間に、クララは周囲の状況を確認する。

(ただの部屋っぽい。扉に鍵は見当たらない。こっちからの開け閉めは、出来ない仕様? 魔族の暮らしについては知らないけど、人族の暮らしに似ている……いや、そんな事考えている場合じゃない。脱出口は……)

 クララが扉の周辺を見ていると、いきなり扉が開いた。最初から鍵など掛かっていなかったのだ。それもそうだろう。外側からしか鍵を弄れないのなら、カタリナごと閉じ込めることになってしまうのだから。

「お目覚めになったようですね」
「あっ!」

 部屋の中に入ってきたのは、クララを、ここまで連れてきた張本人であるメイドだった。クララは、思わず手で口を覆う。

「ふふふ、そんな口を塞がなくても、キスはしないと思うわよ」

 カタリナは、クララのその反応が面白く感じしてしまい、笑いを抑えきれていなかった。その言葉に、クララは安堵したが、すぐにメイドが

「ですが、私は、キス魔ですので、何もなくてもキスをするかもしれませんよ?」

 と言ったので、クララは再び口を塞ぐ。その姿が面白く、カタリナとメイドが同時に笑った。ひとしきり笑ったところで、カタリナがメイドを紹介する。

「彼女は、サキュバスのリリン。間者の一人だったけど、あなたの世話のために呼び戻したの」

 クララの世話というのは、本当の事のようで、リリンは、扉の向こうから飲み物などが乗ったカートを押してきた。

「何か飲みたかったり、食べたかったりしたら、リリンに言って」
「う、うん。分か……りました」
「あら、急に丁寧になったわね。少しは信じて貰えたということかしら?」
「これだけ至れり尽くせりなら、少なくとも、本当に敵意はないって分かります」

 クララは、相手に敵意がないのが確実なので、下手に反抗的な態度を取るよりも控えめでいた方が安全だと判断した。

「それで、また一つ質問があるのだけど、聖女の力が効果を発揮する相手について教えてくれる? そっちの知っている範囲で良いわ」
「邪な存在です。教会では、それが怪我や病、魔族と言っていました。ただ、それに対応するなら、最初から邪な存在とは言わないと思いました」

 クララは、自分が感じた事も含めてカタリナに話した。怪我や病、魔族に作用するのなら、教会もそう説明するだろう。しかし、教会は先に邪な存在に作用するという説明をした。つまり、それらは、邪な存在の一例に過ぎないという事だ。
すると、カタリナは腑に落ちたという風に頷いた。

「なるほどね。あなたの聖女の技が、私達魔族に効かない理由が、なんとなく分かったわ」
「え?」

 クララは、驚いて声を挙げる。この問題に関しては、教会が何年も掛けて原因究明しようとしているが、未だに謎のままなのだ。それを、カタリナは、クララの話を聞いただけで、解明したと言う。

「あなた、私達魔族を完全に悪とは考えてないんじゃない?」
「そんな事……」

 カタリナに問われて、すぐに否定しようとしたクララだったが、途中で言い淀む。

(確かに……私は、魔族の事を敵とは思っていても悪とは考えていなかったと思う。それは、実際に魔族が悪さを働いたところを見ていないから。私達がやっていたのは、その場に現れた魔族や境界線の近くにいる魔族を倒す事……それって、ただの虐殺だったんじゃ……)

 クララの頭に、今まで殺してきた魔族達の姿が蘇ってくる。その人達は、いつも絶望した顔をしていた。それは、恐怖に歪んだ顔。どう思い返しても、悪人の顔では無い。寧ろ、それを嬉々として殺していた勇者達の顔の方が、悪人であった。

「うぷっ……」

 気が付きたくなかった事実に気が付いたクララは、猛烈な吐き気に襲われる。すぐにそれに気付いたリリンが、果物が入っていた底の深い入れ物を持ってくる。その際に、中の果物が床に落ちていくが、カタリナもリリンも全く気にしない。

「うえええええ……」

 クララは、リリンが持っている入れ物に吐き出してしまう。リリンは、その入れ物を支えつつ背中を摩る。クララが全部を吐き出すまで、二人とも何も言わずに待っていてくれていた。

「す、すみません……」

 一気にげっそりとしてしまったクララに、カタリナは優しく微笑みながら、手に持ったタオルで、クララの口元を拭う。そこに、リリンが水を注いだコップを持ってくる。

「ありがとうございます……」

 クララはお礼を言ってから、水を口に含む。最初に口に含んだ水は、リリンが持っている入れ物に吐き出して、口を濯ぐ。その後は、ゆっくり水を飲んで、身体と精神を落ち着かせていく。

「今日は、もうやめにしておきましょうか。クララちゃんも落ち着く必要があると思うから」
「……明日には、ここからいなくなっているかもしれませんよ?」

 クララがそう言うと、カタリナは優しくクララの頭を撫でた。

「そのために、リリンがいるのよ。それに、頼れる宛もないのに、そんな無謀なことをする程馬鹿でもないでしょ?」
「……」

 図星だったため、クララは黙り込む。

「また来るわね。さっきの続きは、その時にするわ」

 カタリナは、そう言い残して部屋を出た。

「では、私もこれらを片付けてきます。クララさんは、ここでお休み下さい」
「……分かりました」

 リリンもクララの吐瀉物を持って、部屋を出て行く。残ったのは、クララ一人だけとなった。

「今の内に、この部屋を探っておこう」

 先程は、図星を突かれたクララだったが、脱出を諦めていたわけではない。先程の気分の悪さは、まだ残っているが、足りない情報を探るために動き出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

赤毛のアンナ 〜極光の巫女〜

桐乃 藍
ファンタジー
幼馴染の神代アンナと共に異世界に飛ばされた成瀬ユウキ。 彼が命の危機に陥る度に発動する[先読みの力]。 それは、終焉の巫女にしか使えないと伝えられる世界最強の力の一つだった。 世界の終わりとされる約束の日までに世界を救うため、ユウキとアンナの冒険が今、始まる! ※2020年8月17日に完結しました(*´꒳`*) 良かったら、お気に入り登録や感想を下さいませ^ ^ ------------------------------------------------------ ※各章毎に1枚以上挿絵を用意しています(★マーク)。 表紙も含めたイラストは全てinstagramで知り合ったyuki.yukineko様に依頼し、描いて頂いています。 (私のプロフィール欄のURLより、yuki.yukineko 様のインスタに飛べます。綺麗で素敵なイラストが沢山あるので、そちらの方もご覧になって下さい)

モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」 「……どこにでもいる、冴えない男?」 (※本編より抜粋) 主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。 毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。 紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。 名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは? 途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

贖罪のセツナ~このままだと地獄行きなので、異世界で善行積みます~

鐘雪アスマ
ファンタジー
海道刹那はごく普通の女子高生。 だったのだが、どういうわけか異世界に来てしまい、 そこでヒョウム国の皇帝にカルマを移されてしまう。 そして死後、このままでは他人の犯した罪で地獄に落ちるため、 一度生き返り、カルマを消すために善行を積むよう地獄の神アビスに提案される。 そこで生き返ったはいいものの、どういうわけか最強魔力とチートスキルを手に入れてしまい、 災厄級の存在となってしまう。 この小説はフィクションであり、実在の人物または団体とは関係ありません。 著作権は作者である私にあります。 恋愛要素はありません。 笑いあり涙ありのファンタジーです。 毎週日曜日が更新日です。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...