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何も知らない聖女

攫われた聖女

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 人々を恐怖に陥れる存在、魔族を束ねる王と呼ばれている魔王。そんな魔王に対抗できる力を持つ者を勇者と呼ぶ。
 そんな勇者を支える存在の一人として、聖女と呼ばれる者がいた。聖女は、邪な存在を浄化するという特性を持ち、勇者と共に魔王を打ち破ったとさえ、言われている。
 新たな魔王が誕生する度に、人族の中から見いだされた勇者と聖女は、魔王討伐のために旅に出る事になっている。
 今代も勇者と聖女が見いだされ、魔王討伐のための旅に出された。

 だが、これには、一つの問題が発生していた。代が変わっていく毎に、段々と聖女の技が魔族に効きにくくなっていたのだ……

 ────────────────────────

 大衆酒場の隅。喧騒の中にある唯一の静かな場所で、勇者とその一行は食事をしていた。それだけなら、これまで通りの変わらない光景だった。
だが、今日の勇者達は、いつもと違う雰囲気だった。そのことに気が付いていないのは、聖女である金髪碧眼のクララ・フリーゲルだけだった。
 クララは、美味しそうに肉を食べていく。クララが、一口一口、丁寧に味わっている中、勇者であるカルロス・ハイルが口を開く。

「クララ。お前は、パーティーから出ていけ」

 この言葉に、クララは驚いて、食事の手を止めた。

「へ? で、ですが、聖女は、勇者様に付いていかないと……」
「お前が、俺達に付いてきて何になる。お前の魔法は、魔族には効かない。それに、俺達への回復効果も、ほぼないに等しいじゃないか。それに、勇者である俺に身体を許しもしない。パーティーにいる意味がないだろう。正直、目障りだ。まぁ、今までの礼として、ここのお代だけは、払っておいてやるよ。おい、行くぞ」

 カルロスはそう言って、仲間の戦士と魔法使いを連れて、酒場を出て行った。そのどちらも女性だった。

「…………」

 取り残されたクララは、しばらく唖然としていたが、我に返って食事を続けた。このまま帰ってしまったら、皆で頼んだ食事が勿体ないからだった。

(これから、どうしよう……)

 クララは、テーブルに並んでいる食べ物を平らげながら、今後の事を考えていた。

(教会に帰るしかないかな。でも、勇者様に捨てられたって訊いたら、神官の方々は怒るんだろうなぁ)

 自分が怒られる未来を予測して、クララは憂鬱な気分になる。

(そもそも私は、教会の人間じゃなかったんだし、態々教会に戻る必要もないかな。正直、戻りたくないし)

 クララは、教会で育ったわけでも信心深いわけでもない。ただただ、聖女としての能力を得てしまっただけの一般人だ。

(全く……回復魔法が効かないからって……私だって、その事は自覚していたから、ちゃんとよく効く薬を作っていたじゃない! まぁ、役に立ってないのは、事実だったけど……それに、何が身体を許さないからよ。許すわけないでしょ! 何が悲しくて、あんなくそみたいな男に、純情を捧げないといけないの!? 気持ち悪い!!)

 クララは、カルロスへの嫌悪感で、一瞬吐きそうになってしまうが、何とか堪えて、並んでいた食べ物を全て平らげた。

「ご馳走様でした」

 クララはそう言うと、荷物を持って席を立ち、酒場を出て行く。

「宿……別の場所を探そうかな」

 クララ達は、元々、同じ宿に泊まる予定だった。そのために、場所の確認とかをしておいたのだが、その宿に泊まると色々と面倒くさい事になるだろう。クララは、そう考えて、別の宿を探しに街を歩き出す。

「あなた、聖女のクララ・フリーゲルさん?」

 クララは、突然背後から話しかけられたので、警戒しつつ振り向く。すると、そこには、メイド服を着た黒髪の女性が立っていた。見た感じでは、服装以外に怪しさを感じるようなものはない。そう思ったクララは、警戒は継続したまま、返事をすることを決めた。

「そうですが……あなたは、誰ですか?」
「……」

 メイド服を着た女性は、クララの質問に答えず、優しく微笑むだけだった。その微笑みに全く敵意は感じない。だからこそ、クララは、その事を疑問に思う。

「?」

 その疑問からクララが身構える前に、女性がクララの目の前まで接近した。これに、クララは、一切反応出来なかった。女性は、手のひらで、クララの顔を優しく包み込む。そこでようやく、クララが反応を見せる。

「何を……むぐっ!?」

 相手の意図が分からず、問いかけようとしたクララの言葉は、途切れることになった。それは、相手の女性に口を塞がれたからだ。それも何故か相手の口によって。

(ふぇ!? なんで、いきなりキスされてるの!?)

 クララが混乱していると、何かしらの液体を流し込まれる。キスによって、口を塞がれているクララは、液体を飲み込まないようにしようしていたのだが、ずっと塞がれ続けているので、飲み込んでしまう。

「んぐっ……!?」

 クララは、段々と眠気に襲われていき、そこで意識が途切れてしまった。

 ────────────────────────

「う……」

 次に、クララが目を覚ますと、そこは、さっきまでの街ではなかった。それどころか外ですら無く、どこかの屋内のようだった。

「ここは……?」

 意識が完全に回復すると、自分が椅子に座っている事が分かった。だが、縛られているわけではない。どこかの食卓のような場所にいるようだ。
そして、クララの正面に、二人の知らない人が座っていた。一人は、黄土色の髪と赤い眼、浅黒い肌、額から生えた角が特徴の男性で、もう一人は、白い髪と赤い眼、そして側頭部から生えた枝分かれした角が特徴的な女性だ。
 二人とも、どこをどう見ても人族ではない。敵対関係にある魔族の容姿だった。

「起きたようだな」
「……」

 クララは、目の前に魔族がいる事で警戒した。いつも使っている触媒となる杖を握ろうとする。しかし、その行為は、空振りに終わった。いつも傍に置いているはずの杖が、どこにもないのだ。

「あれ? 私の杖は……」
「これの事かしら?」

 クララが、声の方を向くと、白い髪の女性がクララの杖を持っていた。

「かなり良い杖ね。教会のものかしら?」
「返して!」

 クララは、叶わないと思いつつも、そう声に出した。それだけ大事なものなのだ。

「良いわよ。でも、こっちの話を聞いてくれたら返してあげる」
「話?」
「そうだ。あの中で、話が分かるのは、お前だけだと判断した。お前を連れてくるために、間者に指示をして、タイミングを見て、攫ってくるように命令していたんだ」

 クララを攫ったメイド服の女性が、男性が言っている間者という事だろう。だが、クララは、その事よりも話が分かると言われた事を疑問に思っていた。

「陛下。もう少し丁寧にお話した方が良いかと」
「う、うむ。そうだな」

 この会話で、クララはある事に気が付いた。それは、女性が発した言葉から、連想された事だった。

「陛下……? って、まさか、魔王!?」

 クララの顔が青ざめる。目の前にいる男が、魔族の王である魔王の可能性が出て来たからだ。

「ああ、そうだ」

 男性の魔族が頷いた。本人が認めたことで確定した。目の前に、旅の目的であった魔王がいる。クララは、その事に心を奮い立てる……といった事もなく、殺されるのではという恐怖で、再び意識を手放した。
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