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第2章
【 38 】 慧瑠 視点 ♂
しおりを挟む近くのネカフェかファーストフード、カラオケやファミレスあたりで始発まで待つ。
うん。そうだな。
それが妥当な考えだよな。
これが一番璃海のためなんだと、璃海が安全なんだと、俺が良かれと思ってタクシーで璃海を家まで送り届けたとしても、たぶん璃海は「タクシー代を全額払ってもらってラッキー」とは思わないだろうな。
恩義せがましくしているつもりはなくても、頼んでもいないのに勝手にお金のかかるタクシーにしようと言われて、その高い金額を璃海が一円たりとも負担しなくても、璃海からしたら逆に重荷になるだけだよな……。
タクシーで璃海を家まで送り届けるという案を俺は取り止めることにした。
何だかんだ言って、お金が惜しくなったからじゃない。
お金とは違う。お金を失うことよりも、それ以上にもっと絶対に失いたくはない大切な人がいる。
璃海から「朝まで慧瑠と一緒だね」と言われた時、俺は心のどこかで笑っていたような気がする。このハプニングを喜んでいたような気がするんだ。
俺は本当に終電に乗り遅れたことを不運だと思っているのだろうか?
こうなるようにわざと仕向けたわけではないし、計画表の一部分として用意していたわけでもないけれど、こういう状況になることを全く望んでいなかったわけでもない。少なからず疚しい感情があったことを、俺は完全に否定出来ない。
密かな企みを隠しつつも、声に出して表すのは健全な提案だ。
だけどそれは、下ネタ満載の塚越の発言によっていとも簡単に抹消されることになる。
「ラブホに泊まれば良いじゃん」
「はああぁぁ!?」
この男は、いきなり何を言いだすんだ!?
「三人でラブホに泊まろーぜ。今は三人とも学校の制服じゃなくて私服だし、何とか大丈夫だろ。オレ、今、女に逃げられて寂しいんだよぉ~~。慰めてくれよぉ~~」
「知るかっ!」
俺と塚越の間に突如発生した、さっきまでの険悪した空気を塚越がわざと打ち消しすようにして、俺の尻を厭らしい手つきで触りながら……、というよりも揉みながら絡んでくる。
いや、わざと誤魔化した……のか?
ついさっき俺は、塚越の隠された恐ろしい部分の本音を垣間見たような気がした。
あれが塚越の真の姿だとしたら、にこやかな笑顔の裏で塚越はいつもあんな表情を潜ませているのかと思うと、妙な恐怖心が俺の全身に広がった。
塚越は毒グモなんかじゃない。
人間観察能力に秀でた、冷静に対処出来る現実味のある人間だ。
だからといって、ラブホ行きはどうかと思う。
璃海も反対して、二対一の多数決でラブホ行きが否決になるかと思いきや……。
「ラブホ行きたぁーーい! すっごい興味あるぅーー!」
「璃海!?」
反対二人。賛成一人。
ではなくて、
賛成二人。反対一人。
まさかの可決となってしまった。
「璃海ちゃんはラブホ初めてなんだ? 舘石は?」
「え? 俺?」
「舘石はラブホ、行ったことある?」
「……行ったことは、ない……」
こういう時、俺は無力だと知る。
バイトも恋愛も経験豊富な塚越の説得力は偉大なほど有りすぎるからだ。
俺が土壇場のピンチを切り抜ける対処方法を導いても……、
「舘石もラブホ、興味あるだろ?」
くすぶる誘惑には勝てなくて……、
「……興味、ある……」
反対だった一名も、賛成へとあっさりと移行してしまう。
「だよな。もし興味ないなんて言ってたら、オレは舘石をぶん殴ってた」
「何でだよ!?」
「オレ、男でも女でも、紳士ぶってる奴、清純ぶってる奴が大っ嫌いなんだよね。そういう奴ほど実は危険人物だったりするんだよな」
俺は急に恥ずかしくなった。
塚越の言っていることがあまりにも的を得ていたからだ。
俺の心臓ど真ん中に鋭い槍が突き刺さる。
本心をドンピシャリだ。
俺は璃海のように素直に即答しなかった。
メチャクチャ興味津々のくせして、メチャクチャ反対する嘘つきな俺。
璃海がラブホ行きを反対していたら、俺はきっと、いや絶対に落胆していた。
『心配』を『満悦』にすることで、何でも正義に変えようとする俺は卑怯者だ。
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