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魔法薬師と弟子

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◇元大魔女と可愛い弟子(と魔王)のすけべじゃない短い話です◇



「あっ」

 すっかり忘れていたが、私は自分の年齢がわかるという魔法を教わっていた。
 応用してシィの正しい歳がわからないだろうか。
 わからなくても困ってはいないが。

「師匠、どうかしましたか?」
「なんでもないよ~お守りありがとうね。じゃあ行ってきます」
「はい、気をつけて行ってらっしゃい」

 月に三度の、王都の薬局への薬の納品。
 日の出とともに家を出て、用事を済ませ、帰宅するのは夕暮れ時。
 森を出てしばらく草地を歩くと集落があり、そこから街まで続く小道を通っていく。
 なるべくノヴァと同じ生活をしたいので、転移魔法は使わない。
 シィが私の誕生祝いにと数年前にくれた、彼の瞳の色をした鉱石に革紐を巻いて作った道中の安全を祈る守り。
 家を出るときには彼に見てもらいながら身につけている。

 現在、魔法薬の調剤は安定した収入源になっているが、未来はどうなるだろう。
 魔法を使わずに火をつける器具が王都では普及しているように、魔法薬も何かに替わられる時代が来るのかもしれない。

 ―――ノヴァだったら、どう考えるだろう。


・・・


「ただいま、シィ」
「おかえりなさい! 師匠!」

 出迎えてくれるシィの輝く可愛い笑顔に、疲れなんて一撃崩壊してしまう。
 私は、鞄の中から数冊の本を取り出した。

「師匠、それは?」
「薬局のお嬢さんが貸してくれたんだけど、読む?」
「はい! あ、ご飯できてます」
「ありがとうシィ、助かる~」


・・・・・


 翌日。
 シィは明るい窓際で椅子に腰かけ、本を読んでいる。この国の歴史書だ。
 私はそれを眺めながら、昨日街で買った花の茶を楽しむ。

 大きな森で隔てられたふたつの国。
 隣国出身のシィは、今いるこの国の歴史はあまり知らないと言っていた。
 ノヴァの記憶にあるものも大雑把なので、生活していく上でそれ程必要ではないのかもしれない。

 目を伏せた真剣な顔が可愛いくてお茶が美味しい…と目を細めていると気配が変わった。
 即座に結界を展開する。

「これ、嘘じゃねえか」
「んん、そうなの?」
「勇者って誰だよ? 俺はやられてねえ…その前に自分で死んだ」
「え、そう…うーん…まあ、そういうのも必要?なんじゃないの?」
「お前のことも書いてねえじゃねえか」
「いや、それはいいよ…」
「お前は俺を一度は倒したんだぞ自信持てよ」
「歴史に名を残したいとかないし…」

 結界を張っているので、シィを乗っ取った奴は椅子に腰かけたまま。

「魔王、この世界の文字が読めるんだ」
「あ? こいつが読めるから俺も読める、おい」
「なに?」
「今度は魔導書を持ってこい呪いと封印がいい」
「悪用するとしか思えないんだけど!?」

 魔王は立ち上がり、私に近づいてきた。

「これ、」

 結界に掌を当てる。その瞬間、電が落ちたような音と共に青白い火花が散る。

「触れるとどうなるんですか?」
「どうにもならないよ~音も光も見せかけ。でもかっこいいでしょ」
「はい、かっこよかったです。さすが師匠です!」
「いかにも危険そうに、時々静電気で音を出してるの」

 シィは瞳を煌めかせて私を見ている。ふふ。

「叩いても水みたいになって壊せないし、私よりも強い魔力で崩すしかないかな」

 魔王、シィの中で聞いてるー? ふふん。

「…師匠は魔法もすごいんですね」
「う、うーん…使いようのない魔法しか知らないけどね」

 眩しい。尊敬されているのが伝わって照れてしまう。
 返す言葉は照れ隠しでも謙遜でもなくてどうにも情けない現実だ。

「あっでも褒めてくれてありがとう、シィが恥ずかしくない師匠になりたいな」
「師匠は…師匠は、色々なことを根気強く教えてくれて、僕にはもったいないくらいです
…記憶のない僕を助けてくれて、許してくれて、受け入れてくれて…優しくて大好きなお師匠様です」
 
 ああ~~~
 私は両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。



 シィが言うには、奴が表に出てくるには時間をかけてシィの中で魔力を溜める必要がある…らしい。
 まさか、あれだけを言うために出てきた?
 奴はよくわからない。シィと触れ合っているときに出て来られると面倒だからよかったのだけれど。

「魔王がまた出てくるまで、時間ができました。あの…」

 何が言いたいかなんて、熱っぽい目でわかる。

「今夜、でいい?」
「…はい!」

 シィは奴の過去というか私との爛れた生活が見えたと言っていたけれど、私が一部で大魔女なんて呼ばれていたことも知ってしまっただろうか。
 だとしたら…うう、恥ずかしい。

 いや、その前に奴に暴かれた恥ずかしい姿を恥ずかしがるべきだろう。シィになら恥ずかしいことをされても許せるし、彼だけになら恥ずかしい姿を見せても構わない。けれど、奴に恥ずかしいことをされているのを見られるのは恥ずかしい。

「師匠…何考えてますか」
「え、は、恥ずかしいこと?」
「え…あの、僕も、です…」

 噛み合わなかった気がするけれど、素直なシィは本当に可愛い。
 シィの恥ずかしい姿も見たい。シィの恥ずかしい姿…とは? でも絶対に可愛い。


・・・


 ―――もう、床の上で恥ずかしいことなんてないと思っていたのに。

 甘い雰囲気にいたたまれない。
 私に覆いかぶさるシィは、私が愛しくてたまらないのだと、瞳を見つめ、頬に手を添え、口づけを降らせる。
 指に指を絡めて、疑いようのない声音で何度も好きだと囁く。

「は、はずかしい、シィ」
「…いやでしたか?」
「い…いやじゃない…けど、慣れないか。ら」
「じゃあ…慣れるようにいつでもしていいですか?」
「い、いつでも…?」
「朝も夜も一日中…だっていつでも好きですから」
「ええと…うん…要所要所で…」
「はい、わかりました」

 可愛い微笑みに見とれていると、唇を求める気配がして、瞳を閉じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ノヴァの記憶を頼りに、発酵茶を作ってみた。
 誰かが持ち込んだらしい茶の木が森で自生していて、それを使う。
 普段飲む茶と言えば、畑でシィが栽培した香草や森で摘んだ野草を器に入れて湯を注いだものだが、ふと興味がわいたので。
 魔法で時間を短縮できるだろうと思ったら、魔力の調整で難儀して存外に苦労した。

 なので今回はノヴァの作り方に忠実に、乾燥を自然に任せることにした。
 ひと段落したところで、近くで他の作業をしていたシィから奴の気配を感じた。
 あーはいはい。

「おい、なんだこれ」
「紅茶だよ」
「コーチャ…ああこの前失敗したあれか、ふーん、へー」
「失敗してないもん…普通に飲めたし…あっだめ、食べないで」

 奴の興味を反らすために、話しかけて気を引く。

「ねえねえ、魔王ってシィのしてることはいつも見てる?の?」
「見てる? ああ…見える時とそうでない時がある」

 なんとなく、シィの昔の話を聞くことにした。

「よく隣国からあの森を渡ってここまで来れたね」
「あ? 俺がこいつを守ってやったって言っただろうが」
「え、そうだったの?」

 シィがものすごく頑張ったとか強運だからだと思っていた。
 そんな重要な話をいつ聞き逃していたのだろうか。

「聞いとけよ…こいつは衰弱してたけどお前の魔力を感じた」
「ごめんごめん…え、森の向こうから?」

 極限状態のときに魔力の精度が上がるみたいなことはあるので、それだろうか。

「木や水を伝って流れてきたからそれを辿った」
「あっ…ああ~~」

 余分な魔力を樹木や地下水に…あれか~~~

 私は結界を解いて、

「ありがとう魔王、シィを守ってくれて」

 感謝を込めて抱きしめた。奴の魔力を感じる。
 …多少不埒なことをされても、不問にしよう。

「もっと感謝しろ。感謝なんて人間の基本のうちだろ」
「っふふ、そうだね」

 抱きしめ返されて、そんなことを言われた。
 ……だけ。だった。

「ありがとうございます、師匠」

 あら、いつの間に可愛い弟子に。

「僕を受け入れてくれて…魔王?も」

 魔王は受け入れてないよ?

「森に入る前からずっとぼんやりしてて、足が勝手に動いてたんですけど…獣に会わなかったり、果物や泉を見つけられたのも…魔王?のおかげだったんですね」

 まあそこは私も素直に感謝している。シィに会えたのは奴のおかげでもある。

「果物かあ…紅茶に干したのを入れてもいいかも。シィ、作ってくれる?」
「はい、お任せください!」
「今度森に取りに行こうね」
「はい、場所は覚えているので案内しますね」

 腕を緩めて話していたけれど、見つめあってまた抱きしめあった。


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