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第24話 正体

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 リアナとエリオットが、広間の中央に鎮座する水晶球を見つめていると、その中からまた新たな映像が浮かび上がった。そこにはソレーネの姿が映っていたが、今回はただの幻影ではなかった。彼女がエルドラシアの王城で過ごしていた頃、そして運命に立ち向かう決意をする瞬間の記憶そのものが流れ込んできたのだ。

 突然、リアナの体を強い光が包み込み、彼女の視界が一瞬にして変わった。気がつくと彼女は、かつてのエルドラシアの王宮に立っていた。周囲には、宮殿を取り囲むように並ぶ華やかな壁画や装飾品があり、煌めくシャンデリアが天井から吊り下がっていた。しかし、それらの輝きとは対照的に、目の前には若き日のソレーネが一人、悲しげに窓の外を見つめていた。

 リアナは驚きと困惑に包まれながらも、その光景をただ見守ることしかできなかった。ソレーネは誰にも知られぬ苦悩を抱えているように見え、王宮の華やかさに似つかわしくない孤独な表情を浮かべている。

「私は……国民を守るために、全てを犠牲にしなければならないのね……」

 彼女のつぶやきは静かに、しかし確かな決意を帯びていた。そしてその声は、リアナの胸に深く刺さった。リアナはその場に引き寄せられるように前へ進み、ソレーネに手を伸ばそうとしたが、彼女の手は虚空を切った。リアナの手が触れることのできる存在ではなく、彼女の記憶の断片だったのだ。

 その時、リアナの視界が揺れ、ソレーネの記憶は一転、戦場の光景に変わった。闇の顧問と対峙するソレーネの姿がそこにはあった。激しい魔力がぶつかり合い、炎と闇の波動が王宮を焼き尽くそうとしている中、ソレーネは一人、傷つきながらも必死に戦い続けていた。

「私の娘が……この闇に飲み込まれることは許さない!」

 その叫び声がリアナの耳に届いた瞬間、彼女の心臓が凍りついたように感じた。「娘」という言葉が、現実のように重く彼女の意識に響き渡った。ソレーネが放った魔法の閃光が、闇を一瞬だけ切り裂く。その光の中、ソレーネの目には強い愛情と、絶対に譲れない決意が宿っていた。

「……リアナ、私が守らなければならないのはあなた……そして、あなたの未来なの」

 その声が、リアナの胸を深くえぐるように響いた。ソレーネは全てを賭けてリアナを守ろうとしていた――母親として。リアナは自分の目の前で展開される記憶に涙がこみ上げ、声にならない叫びを上げた。

「お母さん……どうして……どうして私を置いていったの?」

 その問いかけは虚空に溶け込むように響いたが、ソレーネはそれに応えるように一瞬だけリアナの方を振り向いた。リアナの目に映ったのは、どこまでも深い愛情と、娘を守りたいと願う母の眼差しだった。

 しかし、その直後、ソレーネの身体は闇の波動に飲み込まれ、リアナの目の前で崩れ落ちるように消えていった。リアナは手を伸ばしたが、届かない。

 彼女の視界がぼやけ、再び現実に引き戻されると、エリオットがすぐそばに立っていた。リアナは涙を流しながらエリオットに向き直る。

「エリオット……私の母は、私を守るために……闇と戦っていたの……」

 その言葉にエリオットは驚きを隠せなかったが、リアナの涙の意味を理解し、静かに彼女の肩に手を置いた。

「リアナ……その思いを無駄にしないためにも、俺たちがやるべきことがある」

 リアナは深く息を吸い込み、エリオットの言葉に頷いた。母ソレーネが命を懸けて託した希望を、そしてエルドラシアの未来を守るため、彼女の中に新たな決意が生まれていた。

「お母さん……私はあなたの意思を継いで、エルドラシアを必ず取り戻すわ」

 そう誓いながら、リアナとエリオットは再び水晶球に目を向けた。その先には、彼らの新たな戦いの舞台が待ち受けているのだと確信しながら。
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