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3章 思い出のタルト・タタン
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「はい、これにて終了だ!」
あれから、あちこちを採寸され、生地を選び、ボタンや裏地など細かなところまで決めたところで、ようやく久志は解放された。
「オーダーメイドのスーツって、作るのなかなか大変なんですね……」
初めての体験に、なんだかぐっと疲れが出た久志。その理由のひとつに、朔夜のテンションの高さがあるのかもしれないが。
「自分の体にフィットするスーツは、一度着るともう他は着れなくなるほど着心地がいいものだよ!君の初めてのオーダーメイドスーツを、僕に作らせてもらえるなんてこの上ない幸せだ!」
無駄にキラキラとさせながら熱弁を振るう朔夜に、「そ、そうですか」と圧倒され気味の久志。だが、そのテンションはともかく、熱心に採寸やパターン選びをする朔夜の眼差しは、この仕事に誇りを持っているプロフェッショナルの目をしていた。きっと、この仕事が好きなのだろうと、初対面の久志でも分かるほどに。
「……白鳥さんは、どうしてテーラーをやっているんですか」
雑談のひとつとして、何気なく投げかけた問い。久志の言葉に朔夜は目をぱちくりとさせた後、ふと口元を緩めた。
「そんなの決まってるだろう?……この仕事が好きだからさ」
気持ちいいくらい清々しいその言葉が、久志の心にすっと、真っ直ぐに入ってくる。朔夜は手に持っていたメジャーを首にかけながら、久志に昔話をしてくれた。
「僕はもともとものづくりが好きでね。特に、手芸が好きだったんだが、子どもの頃は『男の子が手芸なんて』と随分周りからからかわれたよ。……手芸は女の子がやるものって認識が普通だったから、そんな女の子みたいなことはやめなさいって父親にも先生にも言われたくらいだ」
「それは……」と表情を暗くする久志に、朔夜は「昔の話だよ」と笑う。
「でも、一人だけそれを否定しなかった人がいた。……僕の母親だ。母は、手芸をやりたいと言った僕に生地やボタンといった素材をたくさん買い与えてくれて、『好きなことを好きなだけやりなさい』と言ってくれた。だから、僕は子どもの頃から巾着やナップサックはもちろん、自分の服も自分で作るような少し変わった子どもだったんだ。まあ、でもそんな母のおかげで、僕は今こうして好きな仕事をできているんだがね」
朔夜は昔を懐かしむように、そう話した。
「テーラーになったのは、自分が作る服で誰かを幸せにしたいと思ったからだよ。いまは大量生産の服が巷に溢れ返っているが、僕はたった一人のために心を込めた服を作りたかった……。それで辿り着いたのが、オーダーメイドのスーツを仕立てるテーラーだったというわけさ」
朔夜はそう言って、久志にバチッとウインクをした。変わった人だなとは思っていたが、こうしてじっくり話してみると、とてもいい人だということが分かる。久志は高級そうなスーツがずらりと並ぶ店内を見渡して、「いいですね」と呟いた。
「……『自分が作ったスーツで、人を幸せに』か」
それは自分がパティシエを目指したときと、同じ想いなのかもしれないと思った。
「おい、まだか」
と、そこへ別室でいくつかのスーツを試着をしていた薫が加賀美を伴ってやってきた。グレーにストライプ柄のスーツに、黒のシャツとなかなかシックな装いだ。
「おお、さすがだ!やはり君は、僕が作ったスーツがよく似合う!僕の創作のミューズは君しかいない!」
「やめろ、変人!」
がばりと薫に抱きつこうとした朔夜との間ににこやかな笑みを浮かべた加賀美が入って、それを阻止する。なんだか、また騒がしくなった空間で、久志は「やっぱり変わった人だな……」と乾いた笑みを浮かべたのだった。
あれから、あちこちを採寸され、生地を選び、ボタンや裏地など細かなところまで決めたところで、ようやく久志は解放された。
「オーダーメイドのスーツって、作るのなかなか大変なんですね……」
初めての体験に、なんだかぐっと疲れが出た久志。その理由のひとつに、朔夜のテンションの高さがあるのかもしれないが。
「自分の体にフィットするスーツは、一度着るともう他は着れなくなるほど着心地がいいものだよ!君の初めてのオーダーメイドスーツを、僕に作らせてもらえるなんてこの上ない幸せだ!」
無駄にキラキラとさせながら熱弁を振るう朔夜に、「そ、そうですか」と圧倒され気味の久志。だが、そのテンションはともかく、熱心に採寸やパターン選びをする朔夜の眼差しは、この仕事に誇りを持っているプロフェッショナルの目をしていた。きっと、この仕事が好きなのだろうと、初対面の久志でも分かるほどに。
「……白鳥さんは、どうしてテーラーをやっているんですか」
雑談のひとつとして、何気なく投げかけた問い。久志の言葉に朔夜は目をぱちくりとさせた後、ふと口元を緩めた。
「そんなの決まってるだろう?……この仕事が好きだからさ」
気持ちいいくらい清々しいその言葉が、久志の心にすっと、真っ直ぐに入ってくる。朔夜は手に持っていたメジャーを首にかけながら、久志に昔話をしてくれた。
「僕はもともとものづくりが好きでね。特に、手芸が好きだったんだが、子どもの頃は『男の子が手芸なんて』と随分周りからからかわれたよ。……手芸は女の子がやるものって認識が普通だったから、そんな女の子みたいなことはやめなさいって父親にも先生にも言われたくらいだ」
「それは……」と表情を暗くする久志に、朔夜は「昔の話だよ」と笑う。
「でも、一人だけそれを否定しなかった人がいた。……僕の母親だ。母は、手芸をやりたいと言った僕に生地やボタンといった素材をたくさん買い与えてくれて、『好きなことを好きなだけやりなさい』と言ってくれた。だから、僕は子どもの頃から巾着やナップサックはもちろん、自分の服も自分で作るような少し変わった子どもだったんだ。まあ、でもそんな母のおかげで、僕は今こうして好きな仕事をできているんだがね」
朔夜は昔を懐かしむように、そう話した。
「テーラーになったのは、自分が作る服で誰かを幸せにしたいと思ったからだよ。いまは大量生産の服が巷に溢れ返っているが、僕はたった一人のために心を込めた服を作りたかった……。それで辿り着いたのが、オーダーメイドのスーツを仕立てるテーラーだったというわけさ」
朔夜はそう言って、久志にバチッとウインクをした。変わった人だなとは思っていたが、こうしてじっくり話してみると、とてもいい人だということが分かる。久志は高級そうなスーツがずらりと並ぶ店内を見渡して、「いいですね」と呟いた。
「……『自分が作ったスーツで、人を幸せに』か」
それは自分がパティシエを目指したときと、同じ想いなのかもしれないと思った。
「おい、まだか」
と、そこへ別室でいくつかのスーツを試着をしていた薫が加賀美を伴ってやってきた。グレーにストライプ柄のスーツに、黒のシャツとなかなかシックな装いだ。
「おお、さすがだ!やはり君は、僕が作ったスーツがよく似合う!僕の創作のミューズは君しかいない!」
「やめろ、変人!」
がばりと薫に抱きつこうとした朔夜との間ににこやかな笑みを浮かべた加賀美が入って、それを阻止する。なんだか、また騒がしくなった空間で、久志は「やっぱり変わった人だな……」と乾いた笑みを浮かべたのだった。
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