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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード

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◇◇◇

「ほら、しっかりしてください。今日はいつも以上にスイーツをお召し上がりになったんですから、食後の運動も倍以上こなしてもらいますよ」

冨山裕次郎が持ってきた遺言状の一件が片付いた日の夜のこと、神宮寺邸では、薫が息も絶え絶えに筋力トレーニングに勤しんでいた。あのあと、裕次郎がお礼の品にとクッキーやらフィナンシェやら焼き菓子の詰め合わせをプレゼントにくれたものだから、薫は久志とともにそれをたっぷり堪能したのである。

「この鬼めっ……」
「何とでもおっしゃってください。私はあなたの体型と健康維持のためなら、鬼にだってなる覚悟です」

涼しげな表情を浮かべた執事は、そう言って苦しげな声をあげる主を見下ろした。

「そんな覚悟なんていらん……っ」
「ペースが落ちていますよ、薫様」

恨みがましい抗議の声も無視して、涼しい顔を崩さない加賀美。ちらりと手元の懐中時計を見つめながら、「はい、あと1分」とカウントを続ける。薫は荒い息を吐きながら、両手を胸の前でクロスさせた状態で腹筋をしていた。

「くそ……っ!食べていたときは、あんなに幸福感に包まれていたのに……っ!」
「食べすぎるからこうなるんです。少しは節制できませんか?」
「無理に決まってるだろ……っ!目の前に美味しそうなスイーツがあれば食べる……っ!人間としての本能だっ!」

どこまでもスイーツ脳な主人に、加賀美は「だったら、きちんとカロリー消費してください」と継いだ。

「はい、終了です」
「はぁ~……っ。疲れたぁ~……」

そのままバタンと床に倒れ込んだ薫に、ミネラルウォーターを差し出した加賀美。スイーツ好きの薫がこの体型を維持できているのは、まぎれもなく優秀な執事の存在が大きかった。おかげで薫は好きなスイーツを存分に楽しむことができているのだが、トレーニング中の加賀美はいささかスパルタなのだ。

「……加賀美、お前いつもに増して手厳しくなってないか?」

加賀美は薫にタオルを渡しながら、にこりと微笑んで「薫様の気のせいでは」ととぼけてみせた。そんなやり取りをしながら過ごす金曜日の夜。窓の外には大きな満月が浮かび上がり、ひっそりと佇む美麗な屋敷を煌々と照らし続けていた。

《2章 完》

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