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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード

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◇◇◇

それから5日後。今度は、きちんとアポイントを取った上で裕次郎が神宮寺邸を訪れた。遺言状の謎が解けたこと、その答えが何だったのかは、すでに電話で裕次郎には伝達済みだ。

加賀美の案内で応接室にやってきた裕次郎の手には、黒のケース。明るい表情の裕次郎を見て、ソファに腰掛けて紅茶を飲んでいた薫がふと笑い、カップをテーブルに置いた。

「その様子だと、探し物は見つかったようですね」
「ええ。今回は本当にありがとうございました、神宮寺さん」
「いえ、お役に立てて何よりです」

薫の正面にあるソファに腰掛けた裕次郎の前に、久志が持ってきたカップとティーポットを受け取った加賀美が優雅な所作で紅茶をカップに注ぐ。「ありがとうございます」と一言礼を言ったあと、裕次郎は改めて薫に向き直った。

「まさか、あんな暗号みたいなメッセージを父が考えたとは想像がつきませんでしたが……。本をよく読む人でしたから、ミステリー小説か何かからヒントを得たのかもしれませんね」

そう言って頭を掻きながら苦笑した裕次郎は、「それで」と話を継いだ。

「あの手紙に隠された『たんすの裏』にあったものなんですが──」

裕次郎はそう言うと、ソファの裏に立てかけてあった一枚の絵画をローテーブルの上に置いた。

「これは……」

そこに描かれていたのは、2人の武将の男の姿が対峙している場面。絵の中には「一ノ谷」とも描かれていた。

「源平合戦の中でも有名な『一ノ谷の戦い』の場面ですか……」

薫の言葉に「ええ、おっしゃる通りです」と裕次郎が返す。「源平合戦」といえば、社会の授業で久志も学んだ覚えがあった。確か、「一ノ谷の戦い」が行われたのは神戸の須磨の方で、若くして命を落とした貴公子、平敦盛の話は有名である。

「描かれているのは、平敦盛と熊谷直実です。須磨の一ノ谷で『平家物語』に登場する『敦盛最期』の一幕で、敦盛を見つけた直実が兜を取ると相手が年若い少年だったことに躊躇して、刀を振り下ろすのを思いとどまっているところですね」
「それって自分の名前を名乗った直実に対して、敦盛が私はお前にとって良い敵だって言って、名前を名乗らず命乞いもせずに、直実の刃を受けたみたいな感じの話でしたよね?」

久志が問うと、「よくご存知で」と裕次郎はにっこりと笑った。

「友達が神戸のこと詳しくて……。いつだったか、須磨の公園に花見に行ったときに酒飲みながら熱弁されたんで覚えてたんです」

あはは、と笑う久志。もちろん、その酔っぱらいとは言わずもがな、真司のことである。

「そんな有名な場面が描かれた絵だったら、その……相当価値の高いものだったんじゃないですか?」

こんなことを聞くのは失礼だと思いつつも、久志がそろりと尋ねてみると裕次郎は「だと思うでしょう?」と、小さく笑った。

「え、違うんですか……?」
「謎解きまでさせて隠しておいた相続の品ですが、実はこの絵はただの模写で、美術的価値はないそうなんだ。……兄や姉もやっぱり、この遺言状は父の嫌がらせだって話してたんだけど」

ぽつりと呟いた裕次郎の言葉に、薫は「これは僕の想像の域でしかありませんが」と切り出して、ティーカップをテーブルの上に置いた。
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