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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード

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◇◇◇

「陽が降りそそぐ窓辺で眠り 燃えるグロリオサを愛おしむ
季節は巡り やがて稲穂が色づく頃
孤独に沼地で生を終える
最後に祝杯をあげる我に 神よ祝福を……」

澄んだ声が室内に響く。薫は先ほどから何度も、この文章を読み上げているが、答えは分からぬまま。何かヒントになるようなものがあればいいのだが、手紙にはただこの文章が書かれているだけで、光に透かしてみても別の文字が浮かび上がってくることもない。

「う~ん……何か引っ掛かっているんだが、それが何か分からない」

またもや手紙をテーブルに置いた薫は、一口紅茶を口にしたあと、またソファに寝転がった。

「行儀悪いですよ、薫様」
「とうぶん……」
「まったく……」

呪文のように「糖分」と呟く主人に呆れつつ、加賀美は「本日届いた手紙です」と、日課の一つであるポストの中身に入った手紙の宛名を見せた。

「ん。開けておいてくれ」
「承知しました」

加賀美はチェストから薔薇の装飾が施されたレターオープナーを取り出し、大量の手紙を一つずつ開封していく中、薫はローテーブルの上に置いていた本を手に取り、読書を始める。読書といっても、その手に握られているのは神戸のスイーツ特集が組まれたムック本。つい昨日発売されたばかりの新刊だ。

「それはそうと、久志の様子はどうだ?」
「厨房に入ると目を輝かせていましたよ。最新の設備が整っていて、お菓子作りには最高の場だとか。スイーツ作りがよほど好きなのでしょうね」

加賀美の言葉に、薫はムック本から視線を外した。

「何を作っているんだ?」

主人の質問に、加賀美は人差し指を口元に添え「秘密です」と言ってにこりと微笑んだ。自由奔放な主への、ちょっとした反抗なのだろう。その回答に眉間にシワを寄せた薫だったが、「まあいい」とまたムック本へと視線を戻す。

「何が食べられるのか楽しみに待つとしよう」
「……それより遺言状の謎解きを進められては?」
「それは糖分補給が終わってから」

相変わらずに主人の様子に「本当にお好きですね、スイーツが」とため息を吐きつつ、黙って作業に没頭することに。

「神宮寺さーん!」

それからしばらくしてから、厨房にこもってスイーツ作りに専念していた久志が戻ってきた。

二人が同時に扉の方へと顔を向けると、嬉々とした表情を浮かべた久志が銀のワゴンを押して入ってくるところだった。ワゴンの上には、薫がご所望したスイーツが載っている。

「おお!プリン・ア・ラ・モード!」

スイーツ好きの主は目を輝かせながら、すぐにワゴンの方へと駆け寄ってきた。ガラスの器にはカラメルソースがたっぷりとかかったプリンと、その周りを囲むようにカットされた苺、キウイフルーツ、黄桃、ホイップクリームがトッピングされている。

「最初はプリンだけと思ってたんですが、生クリームの材料とフルーツがあったので、ちょっと豪華めにしてみました!ただ──」

久志は、そこで言葉を区切ると、そっと薫の表情を伺うように覗きみる。久志の視線に気づいた薫が、薄茶色の澄んだ瞳をむけた。次の瞬間──。

「さくらんぼがない」
「さくらんぼがなくて」

と、言った二人の声はほぼ同時だった。

「す、すみません……。やっぱり気になりますよね。さくらんぼだけなくて、ちょっと物足りない感じになっちゃいましたけど……」
「さくらんぼがないだけで、こうも違和感を覚えるとは……!」

真面目な顔をして、ううんと唸る二人を前に加賀美は、呆れた表情を浮かべていた。

「さくらんぼ一つくらい、いいじゃないですか」

そんな何気ない一言に「よくない(です)‼︎」という二人の声がまたハモる。

「『あるものがない』ことがどれだけのことか、分かってないなお前は!苺のショートケーキに苺が乗っていなかったら、それはもう苺のショートケーキとは言わないだろう⁈」
「……それは苺のショートケーキだからでしょう?さくらんぼが乗っていないプリン・ア・ラ・モードもあるのでは」
「いやいや、プリン・ア・ラ・モードは、やっぱりさくらんぼあってこそのプリン・ア・ラ・モードですよ‼︎」

プリン・ア・ラ・モードを囲んで言い争う3人。その中で、加賀美だけが「マジでどうでもいい」という顔をしていた。と、そのとき「待てよ」と何かを思いついたのか、ハッとした表情を浮かべた薫が「『あるものがない』……」と呟きながら顎に手を当てる。

「どうかされましたか?」

思案顔の薫を見て、加賀美と久志は首を傾げた。そんな2人をよそに、薫は机の上に置いたままだった冨山からの手紙を手に取って、じっとそれを見つめる。それから、しばらくしたあと──。
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