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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード

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ワゴンの上には、ティーポットと2人分のティーカップに加え、生クリームと苺がトッピングされたケーキが一つ。そのケーキに見覚えがあった久志は、「えっ⁈」と思わず大きな声を出してしまった。その目には喜色が浮かんでいる。

「これって、もしかして……!」
「旧ムーア邸の苺のミルフィーユです。お茶のお供にどうぞ」

にこやかな笑みを浮かべた加賀美は、急に目の色を輝かせ始めた久志を見てふと笑った。

ナパージュされた艶のある苺に、たっぷりとトッピングされた生クリーム、中はカスタードクリームとカットされた苺が、サクサクのパイ生地でサンドされているミルフィーユ。

「旧ムーア邸って、あのいっつも行列ができてる店じゃないですか!ここのミルフィーユがめっちゃうまいって話題になってたけど、いつ行っても女の子が多いから、なかなか行く勇気なくて……。うわ、この断面もめっちゃいいな。つやつやの苺もめっちゃ美味しそう……」

はしゃぐ久志の姿に、笑みを深くさせた加賀美は、お皿に乗ったミルフィーユをテーブルに並べた。味もさることながら、スライスアーモンドで覆われた表面、パイとクリーム、イチゴが層になった断面が美しいビジュアルも人気の由縁だろう。念願のケーキを前に、久志は「うわぁ」と声を漏らす。

旧ムーア邸とは、「白亜の洋館」と呼ばれている異人館をリノベーションした北野のカフェ。明治31年に建てられた洋館で、館内には明治期の青のタイル張りの暖炉や、明治から大正時代に作られた大正硝子を使用した窓などが残っている。

カフェになる前は、100年以上にわたりムーア家が代々住んできたのだが、このたびカフェとして活用されることになり、オープンするや否や、連日行列ができる人気店に。いまでは雑誌や観光ブックなどでも取り上げられている超有名店なのだ。

そして、この苺のミルフィーユは老舗フランス料理店「銀座マキシム・ド・パリ」で50年にもわたって愛され続けてきたミルフィーユを完全再現したケーキ。盛り付けまで当時のままという、こだわりの一品である。

「私もよく前を通りますが、とても人気のお店のようですね。テイクアウトの販売も行っているとお聞きしたので、ちょうど先ほど注文の品を取りに行ったところで」
「えー、そうだったんですか!わ、このパイ生地のサクサク具合も最高ですね。どうやったら、こんなうまく焼けるんだろう」

お茶の準備をしながらそう話す加賀美に、スイーツ好きの久志の口が止まらない。思いがけず、食べたかったケーキを食べる機会を得られたことにテンションは急上昇。だが、対面のソファに脚を組んで座る屋敷の主はなんだか不機嫌な様子。

「……僕のケーキは」
「さっき食後のデザートにシュークリームを食べたばかりでしょう?これは間宮様の分です」

つんとすまし顔で主人を諌める加賀美に、ぶすっと不貞腐れる薫。それがまるで小さな子どものようで、久志は思わずふと笑ってしまった。
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