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1章 出会いのクッキー
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バイト先から帰ってきた久志は玄関の棚に鍵を置き、リュックを置いてベッドに倒れ込んだ。
「疲れた~……」
大きなため息とともに漏れた声。ごろりと向きを変えて仰向けになり、天井を見つめる。そのとき、スマホが振動するのが分かり、ポケットから取り出す。ロックを解除して届いたメッセージに目を通したあと、そのままスマホをローテーブルの上に置いた。
「……ホント、なんでこんなことになってんだろ、俺」
ぽつりと呟いた声が、しんと静まり返った部屋に響いた。テーブルの上には、今朝せっせと作ったクッキーがある。久志はそれを一つ手に取ってぱくりと食べると、小さくため息をついた。と、そのとき──。
カタン、と玄関のドアの郵便受けに何かが落ちたような音。
わずかに聞こえてきた、その音に久志の体が一瞬強張る。
そのまま、ぐっと両手を握りしめて玄関へと駆け寄った。扉の外に人の気配を感じる。そのまま力任せにドアを開いたが、やはりそこには誰もいなかった。だが──。
「そこまでだ」
突如聞こえてきた澄んだ声。声の方を見遣ると、そこには腕を組んで佇む一人の男と、燕尾服を身に纏った男。
そして、もう一人。郵便局員の格好をして、突然の出来事に驚き、地面に座り込んでいた久志のバイト仲間である主婦の鈴木の姿があった。
「……鈴木さん、どういうことか説明してもらえますか」
薫や加賀美とともに家の前から少し離れたところにやってきた久志は、目の前で体を小さくしている鈴木にそう問いかけた。うつむいていて、久志から鈴木の顔は見えない。念のため、久志の前には加賀美がSPのように立っており、久志は加賀美の肩越しに鈴木のことを見つめていた。
「どんな言い訳を考えようが、あなたの行動は僕たちがすべて見ていたということをお忘れなく」
空気が凍るような冷たい声色。久志の隣にいる薫は、無表情のまま鈴木のことを見つめ、淡々とそう告げた。
すると、そっと顔を上げた鈴木。その顔はすっかり青ざめており、目には涙が浮かんでいた。
「ほ、本当にすみませんでした!……一緒に働いているうちに、久志くんのこと好きになっちゃって……っ。私は結婚してるし、こんな年下の男にって思ったんですけど、止められなくて……っ。ストーカー被害に遭ってる間は、久志くんが頼ってくれてたから、つい……」
鈴木は久志よりも一回り以上離れているパートスタッフだ。久志が働き始めた頃はシフトの時間帯がずれていたので会う機会はなかったが、夫の勤め先の部署が変わり、帰りが遅くなることになったのでと、鈴木も働く時間を変えることになったのが、シフト変更の理由。それから久志と同じ時間帯に働くようになり、親交が深くなったスタッフの一人だった。
一緒の時間帯のバイト仲間ということもあり、確かに仲が良かった感はある。けれど、まさか好意を持たれているとは思っていなかった久志は、ストーカー犯が鈴木だったことに内心ショックを受けていた。
「好意の裏返しとはいえ、行動を監視していると思わせるような事項を告げるなどといった、相手が嫌がる行為を行った者に対するストーカー規制法の存在はご存じでしょう?これは立派な犯罪ですよ」
「わ、分かっています!本当にすみませんでした……!金輪際、このようなことは絶対しないと誓いますから許してください!夫にバレたら、私──」
「それはあなたの都合でしょう?好きだからとストーカーをして、バレたから謝って許してもらおうだなんて甚だしいにも程がある」
泣きながら訴える鈴木にも、薫はたたみかけるように容赦のない言葉を投げかけた。何というか、これが修羅場というやつだろうか。
いまだに目の前で起きている出来事が信じられないのは、久志が心のどこかで嘘であってほしいと願っているからかもしれない。
「あなたは、彼が受けた精神的苦痛を考えたことはありますか」
「本当に、すみませんでした……っ」
けれど、目の前の出来事は現実で夢ではないのだ。バイト仲間の鈴木が、久志のストーカーだった。だだ、それだけなのだが──。
「……神宮寺さん、もういいです」
そんな二人のやりとりに終わりを告げたのは、他の誰でもない久志自身だった。
「疲れた~……」
大きなため息とともに漏れた声。ごろりと向きを変えて仰向けになり、天井を見つめる。そのとき、スマホが振動するのが分かり、ポケットから取り出す。ロックを解除して届いたメッセージに目を通したあと、そのままスマホをローテーブルの上に置いた。
「……ホント、なんでこんなことになってんだろ、俺」
ぽつりと呟いた声が、しんと静まり返った部屋に響いた。テーブルの上には、今朝せっせと作ったクッキーがある。久志はそれを一つ手に取ってぱくりと食べると、小さくため息をついた。と、そのとき──。
カタン、と玄関のドアの郵便受けに何かが落ちたような音。
わずかに聞こえてきた、その音に久志の体が一瞬強張る。
そのまま、ぐっと両手を握りしめて玄関へと駆け寄った。扉の外に人の気配を感じる。そのまま力任せにドアを開いたが、やはりそこには誰もいなかった。だが──。
「そこまでだ」
突如聞こえてきた澄んだ声。声の方を見遣ると、そこには腕を組んで佇む一人の男と、燕尾服を身に纏った男。
そして、もう一人。郵便局員の格好をして、突然の出来事に驚き、地面に座り込んでいた久志のバイト仲間である主婦の鈴木の姿があった。
「……鈴木さん、どういうことか説明してもらえますか」
薫や加賀美とともに家の前から少し離れたところにやってきた久志は、目の前で体を小さくしている鈴木にそう問いかけた。うつむいていて、久志から鈴木の顔は見えない。念のため、久志の前には加賀美がSPのように立っており、久志は加賀美の肩越しに鈴木のことを見つめていた。
「どんな言い訳を考えようが、あなたの行動は僕たちがすべて見ていたということをお忘れなく」
空気が凍るような冷たい声色。久志の隣にいる薫は、無表情のまま鈴木のことを見つめ、淡々とそう告げた。
すると、そっと顔を上げた鈴木。その顔はすっかり青ざめており、目には涙が浮かんでいた。
「ほ、本当にすみませんでした!……一緒に働いているうちに、久志くんのこと好きになっちゃって……っ。私は結婚してるし、こんな年下の男にって思ったんですけど、止められなくて……っ。ストーカー被害に遭ってる間は、久志くんが頼ってくれてたから、つい……」
鈴木は久志よりも一回り以上離れているパートスタッフだ。久志が働き始めた頃はシフトの時間帯がずれていたので会う機会はなかったが、夫の勤め先の部署が変わり、帰りが遅くなることになったのでと、鈴木も働く時間を変えることになったのが、シフト変更の理由。それから久志と同じ時間帯に働くようになり、親交が深くなったスタッフの一人だった。
一緒の時間帯のバイト仲間ということもあり、確かに仲が良かった感はある。けれど、まさか好意を持たれているとは思っていなかった久志は、ストーカー犯が鈴木だったことに内心ショックを受けていた。
「好意の裏返しとはいえ、行動を監視していると思わせるような事項を告げるなどといった、相手が嫌がる行為を行った者に対するストーカー規制法の存在はご存じでしょう?これは立派な犯罪ですよ」
「わ、分かっています!本当にすみませんでした……!金輪際、このようなことは絶対しないと誓いますから許してください!夫にバレたら、私──」
「それはあなたの都合でしょう?好きだからとストーカーをして、バレたから謝って許してもらおうだなんて甚だしいにも程がある」
泣きながら訴える鈴木にも、薫はたたみかけるように容赦のない言葉を投げかけた。何というか、これが修羅場というやつだろうか。
いまだに目の前で起きている出来事が信じられないのは、久志が心のどこかで嘘であってほしいと願っているからかもしれない。
「あなたは、彼が受けた精神的苦痛を考えたことはありますか」
「本当に、すみませんでした……っ」
けれど、目の前の出来事は現実で夢ではないのだ。バイト仲間の鈴木が、久志のストーカーだった。だだ、それだけなのだが──。
「……神宮寺さん、もういいです」
そんな二人のやりとりに終わりを告げたのは、他の誰でもない久志自身だった。
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