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1章 出会いのクッキー
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◇◇◇
「マジで、なんなんだろうなぁ……」
二人を見送った久志は、部屋のベッドにごろんと寝転がってそう呟いた。
頻繁ではないものの、時折ポストに入っている差出人不明の手紙。ストーカーといっても被害はそれくらいで、歩いていて誰かにつけられているだとか、身の危険を感じたことは一度もない。
けれど、そこ知れぬ不気味さがあり、気持ち悪いことには変わりない。できることなら、あの洋館の主にこの事件を解決してもらいたいものである。
「それにしても、『報酬はスイーツで』ね……」
薫に今回の犯人探しを依頼したとき、報酬に提示されたのはなんとスイーツだった。さすがは、パティスリーでショーケースに並ぶケーキを大人買いする大のスイーツ好きの坊ちゃん。
アルバイトをしている身だし、きちんと依頼するからにはお金もきちんと支払うつもりでいた久志だったが、予想外の提案に驚いた。
「まあ、神宮寺さんちなら、あり余るほどのお金がありそうだもんな……」
久志はよっと掛け声をあげながら起き上がると、本棚の前に立った。教科書やマンガ、小説、写真集などが並ぶ雑多に並ぶ中、久志は一冊の本を取り出した。
使い古されたスイーツのレシピ本。
その背表紙をさらりと撫で、ゆっくりとページをめくる。
「……報酬のスイーツ、何つくろっかなぁ」
と考えながら、あるページでふと手が止まった。白くホロホロとしたクッキーのレシピページだ。
「……これにするか」
高級そうなものや珍しいスイーツは、いろいろ食べてきていそうな人だし、となんとなくピンときたクッキーを作ることにした。ちょうどこれくらいの材料なら家に常備してある。
練習がてら作ってみようと、久志は早速キッチンに立ってお菓子作りを始めることにした。
今回作ることにしたのは、ホロホロ食感のクッキー。スペイン、アンダルシア地方の郷土菓子で「ポルボロン」の名で親しまれている「幸せを呼ぶお菓子」だ。
材料はバターと、アーモンドパウダー、強力粉、グラニュー糖、塩、粉糖とシンプル。
「よしっ」
気合いを入れて、イスにかけてあった黒のエプロンを身につけると久志はクッキー作りを始めることにした。
「まずは、先に粉系をふるいにかけておくか」
棚からボウルや粉ふるいを取り出して、アーモンドパウダー、強力粉、粉糖をそれぞれふるいにかける。地味で結構手間な作業だが、こうやって粉の粒子を均一にすることによって生地へのなじみもよくなるのだ。
さて、すべての粉ふるいが終わったあとは、バターを大きめのボウルに入れて泡立て器で混ぜていく。ここでも、やはり均一な柔らかさになるよう混ぜるのがコツ。
次に、グラニュー糖と、塩をひとつまみ入れて今度はボウルを回しながら、ボウルの底をこするようにして混ぜ込む久志。そのあとは、アーモンドパウダーは加えて混ぜ、強力粉を加えて混ぜ……と、混ぜ工程が続く。
「強力粉は切るように混ぜるっと」
一人ぶつぶつ工程を確認しながらの作業だったが、その表情は楽しげ。粉っぽさがなくなってきたところで、ラップを取り出して生地をその上に置く。包んだラップの上から綿棒で空気を抜きながら、形を整え、ひとまとまりになった生地を四角形にしていった。
生地は触りすぎると固くなってしまうので、ここではさらっとまとめるのがポイント。成形した生地はアルミトレーの上にのせて、冷蔵庫で2時間冷やす。
その間、シャワーを浴びたり、読書をしたりして時間を潰し、2時間ほど経ったところでクッキー作りを再開。生地を包丁で均一になるようカットして、それぞれ丸い形にする。
「あとは予熱しておいたオーブンで焼くだけっと」
20分ほどすれば、いい感じの色合いに焼き上がったクッキーがお目見え。
「……形も崩れてないし、うまくできた」
天板をオーブンから取り出して粗熱を取ってから、温かいまま粉糖入りのボウルにクッキーを放り込んで、粉糖をまぶせば完成だ。
久志はボウルから一つクッキーを取り出して、ぱくりと食べる。ほろっとした口どけの良さと、じんわりと広がっていく甘みにふと口元が緩む。このレシピで、このクッキーを作ったのは随分と久しぶりのことだった。
昔、このクッキーを食べて「すごくおいしい」と喜んでくれた人がいる。嬉しそうな笑顔を浮かべて、食べてくれたその人の表情を、久志はときどき思い出す。
「……だからきっと、俺はまだお菓子作りが好きでいられるんだろうな」
けれど、同時に浮かんだ苦い思い出に、次第に心は鬱々とした気持ちに襲われる。
「ああ、やめやめ!」
久志は無理やり気持ちを切り替えるように作業に戻り、出来がったクッキーをタッパーに詰めていく。その横顔はどこか寂しげで、何かに悩んでいるようにも見えた。
それから事態が進展したのは一週間後のこと。スマホ画面に表示された薫からのメッセージに、久志は大きく目を見開いた。
「マジで、なんなんだろうなぁ……」
二人を見送った久志は、部屋のベッドにごろんと寝転がってそう呟いた。
頻繁ではないものの、時折ポストに入っている差出人不明の手紙。ストーカーといっても被害はそれくらいで、歩いていて誰かにつけられているだとか、身の危険を感じたことは一度もない。
けれど、そこ知れぬ不気味さがあり、気持ち悪いことには変わりない。できることなら、あの洋館の主にこの事件を解決してもらいたいものである。
「それにしても、『報酬はスイーツで』ね……」
薫に今回の犯人探しを依頼したとき、報酬に提示されたのはなんとスイーツだった。さすがは、パティスリーでショーケースに並ぶケーキを大人買いする大のスイーツ好きの坊ちゃん。
アルバイトをしている身だし、きちんと依頼するからにはお金もきちんと支払うつもりでいた久志だったが、予想外の提案に驚いた。
「まあ、神宮寺さんちなら、あり余るほどのお金がありそうだもんな……」
久志はよっと掛け声をあげながら起き上がると、本棚の前に立った。教科書やマンガ、小説、写真集などが並ぶ雑多に並ぶ中、久志は一冊の本を取り出した。
使い古されたスイーツのレシピ本。
その背表紙をさらりと撫で、ゆっくりとページをめくる。
「……報酬のスイーツ、何つくろっかなぁ」
と考えながら、あるページでふと手が止まった。白くホロホロとしたクッキーのレシピページだ。
「……これにするか」
高級そうなものや珍しいスイーツは、いろいろ食べてきていそうな人だし、となんとなくピンときたクッキーを作ることにした。ちょうどこれくらいの材料なら家に常備してある。
練習がてら作ってみようと、久志は早速キッチンに立ってお菓子作りを始めることにした。
今回作ることにしたのは、ホロホロ食感のクッキー。スペイン、アンダルシア地方の郷土菓子で「ポルボロン」の名で親しまれている「幸せを呼ぶお菓子」だ。
材料はバターと、アーモンドパウダー、強力粉、グラニュー糖、塩、粉糖とシンプル。
「よしっ」
気合いを入れて、イスにかけてあった黒のエプロンを身につけると久志はクッキー作りを始めることにした。
「まずは、先に粉系をふるいにかけておくか」
棚からボウルや粉ふるいを取り出して、アーモンドパウダー、強力粉、粉糖をそれぞれふるいにかける。地味で結構手間な作業だが、こうやって粉の粒子を均一にすることによって生地へのなじみもよくなるのだ。
さて、すべての粉ふるいが終わったあとは、バターを大きめのボウルに入れて泡立て器で混ぜていく。ここでも、やはり均一な柔らかさになるよう混ぜるのがコツ。
次に、グラニュー糖と、塩をひとつまみ入れて今度はボウルを回しながら、ボウルの底をこするようにして混ぜ込む久志。そのあとは、アーモンドパウダーは加えて混ぜ、強力粉を加えて混ぜ……と、混ぜ工程が続く。
「強力粉は切るように混ぜるっと」
一人ぶつぶつ工程を確認しながらの作業だったが、その表情は楽しげ。粉っぽさがなくなってきたところで、ラップを取り出して生地をその上に置く。包んだラップの上から綿棒で空気を抜きながら、形を整え、ひとまとまりになった生地を四角形にしていった。
生地は触りすぎると固くなってしまうので、ここではさらっとまとめるのがポイント。成形した生地はアルミトレーの上にのせて、冷蔵庫で2時間冷やす。
その間、シャワーを浴びたり、読書をしたりして時間を潰し、2時間ほど経ったところでクッキー作りを再開。生地を包丁で均一になるようカットして、それぞれ丸い形にする。
「あとは予熱しておいたオーブンで焼くだけっと」
20分ほどすれば、いい感じの色合いに焼き上がったクッキーがお目見え。
「……形も崩れてないし、うまくできた」
天板をオーブンから取り出して粗熱を取ってから、温かいまま粉糖入りのボウルにクッキーを放り込んで、粉糖をまぶせば完成だ。
久志はボウルから一つクッキーを取り出して、ぱくりと食べる。ほろっとした口どけの良さと、じんわりと広がっていく甘みにふと口元が緩む。このレシピで、このクッキーを作ったのは随分と久しぶりのことだった。
昔、このクッキーを食べて「すごくおいしい」と喜んでくれた人がいる。嬉しそうな笑顔を浮かべて、食べてくれたその人の表情を、久志はときどき思い出す。
「……だからきっと、俺はまだお菓子作りが好きでいられるんだろうな」
けれど、同時に浮かんだ苦い思い出に、次第に心は鬱々とした気持ちに襲われる。
「ああ、やめやめ!」
久志は無理やり気持ちを切り替えるように作業に戻り、出来がったクッキーをタッパーに詰めていく。その横顔はどこか寂しげで、何かに悩んでいるようにも見えた。
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