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1章 出会いのクッキー

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「そんなことより、誰かの目が気になっているのか」

普通に会話をしていた最中に、ふと投げかけられた言葉に「え」と体の動きが止まる。薫を見れば、彼は前を向いたまま話を続けた。

「さっきから道行く、あちこちの人に視線が向いている。僕は君のことを公務員志望の大学生、だなんて言ったが、実は一般人になりすました捜査官だったのか?」

首を傾げて久志を見る薫の顔には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。「それにしては視線があからさますぎるけど」とも、付け加えて。

「そ、捜査官って、そんなことあるわけないじゃないですか……!」

焦った久志がそう返すと、「だろうな」と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。そんなところまで見られているとは思わなかったので肩に力が入った。

(何者なんだ、この人……)

昨夜のことを思い返してみても、薫は洞察力に優れている人物なのだろうということが簡単に推測できた。本当に人をよく見ている。普通の人が気づかないようなことを見逃さず、観察するような人だ。

(だったら、話してみてもいいかな……)

目の前にいるのは、ほぼ初対面の、赤の他人だ。けれど、久志にはここ最近抱えている悩みについて、誰かに話を聞いてもらいたいと思っていた。

「あ、あの!」

思い切って勇気を振り絞った声は、少しうわずってしまった。だが、ここでひるんではいけない。久志は両手をぎゅっと握りしめて、澄んだ薄茶色の瞳をじっと見つめた。何やら、ただならぬ雰囲気を察知したのか、目の前の美男子は首をやや傾げながら「なんだ」と久志に問うてくる。

「神宮寺さんって、洞察力があるというか、普通の人が気づかないことが分かるというか……そういうことが結構、得意なんですよね?」
「得意……まあ、人より秀でている自覚はある」

何でもないことのようにそう告げた薫の表情を伺うように、久志は下から薫の顔を見上げた。

「だったら、俺の、相談に乗ってもらえませんか……?」

切羽詰まった様子の久志に、「相談?」と眉をひそめる薫。久志は眉をへの字にして「実は」と話を切り出した。

「俺、一人暮らししてるんですけど、最近妙な手紙がよくポストに入ってて──」

久志はそこで一旦言葉を区切ると、おもむろにポケットからスマホを取り出し、画面をタップした。あるところで手が止まると、スマホを薫に手渡す。見ていいのか?と、薫が視線で訴えてくるので、小さく頷いた久志。

画面に表示されていたのは、一枚の手紙を写した写真。手紙には「好きです。ずっと一緒にいたい」と、カクカクした字で書かれていた。不気味な文字のせいで、書かれている言葉がなんだか気味悪く見える。

「……ストーカーか」
「やっぱり……そう、思いますよね」

薫の言葉に久志の顔が曇る。

「警察に相談は?」
「しましたけど、誰がやったという証拠もありませんし……。ひとまず、自宅周辺のパトロールはしてもらえましたけど、あまり状況は変わらずで」
「なるほど」

久志は持っていたショップバッグの紐を握りしめ、自分の足元を見た。

「ほぼ初対面の人にこんなことを頼むのは、失礼極まりないと百も承知なんですけど」

そこで一度大きく吸う。あとは勢いに任せるだけ。

「その……、犯人探しを手伝ってもらえませんか……っ」

そう言って頭を下げる久志を、薫は涼しげな目でじっと見つめた。しばしの沈黙に、久志はぎゅっと手を握り締める。

「……いいだろう」

聞こえてきた返事に、バッと顔を上げた久志。正直なところ、半分はダメ元でのお願いだったので色良い返事がもらえたことに驚いたのだ。

「ほ、本当にいいんですか……?」

薫は手に持っていたスマホを久志に返した。返答を伺うように久志が薫を見つめると、涼しげな瞳に見つめ返される。

「ああ。その依頼、僕が解決してやろう。ただし──」

そこで言葉を区切った薫は、久志に近づくと不敵に笑った。どくりと音を立てる心臓。なんとも言えない緊張感が走り、久志はごくりと息を呑んだ。

「報酬は君のを頂こうか」

指を指されたものを見て、目を見開いた久志。対する薫は逃さないぞと言わんばかりの見えない圧をかけ、久志にその麗しい笑みを向けた。
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