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1章 出会いのクッキー

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「じゃ、邪魔で悪かったですね……!」

失礼な物言いに、久志がむっとしながら返すと、今度はクスクスと笑われる。どうやら相手も久志のことを覚えていたらしい。

今日は深い蒼色のスリーピーススーツ姿の金髪イケメン。細身のスラックスもさらりと着こなしているスタイルの良さには、同じ男としてただただ羨ましい限りである。勝手に男として敗北感を味わっていると、またクスクスと笑われた。グーの手で口元を抑えながら笑う姿すら品がいい。

「ふふっ」
「……なんですか」
「いや、喜怒哀楽が分かりやすくて面白いなと思って」

金髪イケメンはまだ笑い足りないのか、口元を抑えて笑っている。ショーケース越しに、その様子を店員が微笑ましそうに見守っており、なんだか恥ずかしくなった久志は、そのまま店を出ようと金髪イケメンに背を向けた。

(変な人とは、関わらない関わらない……)

そう思っていたら、「待て、青年」と後ろから久志を呼び止める声が聞こえてきた。無愛想な顔のまま振り返ってみれば、「笑ったりして悪かったよ。お詫びに好きなケーキをご馳走するから、許してくれ」だなんて魅力的な提案をしてくるではないか。思わず、久志の表情は明るくなった。が、はっとして手を止める。

(いやいや、知らない人にものをもらわないって言うし……)

好物をぶらさげられ、危うくふらりと近寄ってしまいそうになり、いかんいかんと頭を振る。だが、ちらりとショーケースを見ると、そこには久志が買おうかと悩んでいたケーキがスポットライトを浴びたかのような光を放って並んでいた。アルバイト代のほとんどがスイーツ代に消えている久志にとって、たかがケーキ一個、されどケーキ一個である。

「もう一個追加しても構わないが?」

にこりと微笑む金髪イケメンが、このときは天使に見えた。うぐぅと何かを堪えるような声を漏らした久志の頭の中では、瞬時に脳内会議が開かれた。

あんな豪邸に住んでいるところ、先ほどショーケースの端から端までのケーキを大人買いしていたところを見るに、きっとこの男は金持ちなのだろう。

(金持ちは太っ腹で、見返りも求めずに、隣のテーブルの食事代もさらっと支払いしたりするって、富豪をテーマにしたマネー本にも書いていたような……)

頭の中の住人の一人が、「そうだ、そうだ!」と久志の考えを後押しする。「危ないんじゃないですか⁈」と、うろたえるもう一人の脳内住人もいたのだが、人とは得手して自分の都合のよい情報しか仕入れない生き物である。

「好意は素直に受け取っておくもの」という祖母の言葉も思い出した久志は、自分の考えに納得したのか大きく頷いた。もう一度、チラリとケーキを覗きみれば、店で人気の苺のタルトがキラキラと輝かせながら、自分のことを見つめている。

(まあ、別にケーキくらい……)

「ここは好意を素直に受け取って、ケーキをご馳走してもらうことにする」と結論づけた久志は、「そういうことならお言葉に甘えて」と、金髪イケメンに食べたいケーキを指差した。
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