同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ

文字の大きさ
上 下
37 / 40

夜は続く(3)

しおりを挟む
「…あのさ、そろそろ起きない?」
「だめ、あと少し」
「えぇー……」

 もぞもぞと布団から出ようとすると、中から伸びてきた腕に引っ張られて、私の体はまたベッドへと沈む。もう何回目のやりとりだろう。

 特に何をするというわけでもなく、髪を撫でられたり、たまに毛先を指に巻き付けてはくるくると解いてみたり。そうされているうちに私もウトウトとしてまた目を開けて、というようなことをさっきから繰り返している。

「そろそろ起きて、いったん帰りたいんだけどなぁ」
「何で?」
「だって着替えとか、持ってないし…」

 あぁそっか、と今やっと思い出したみたいな顔をするけれど、状況が変わる気配はない。私は仕方なく、体勢を変えながら落ち着きの良い居場所を探す。

 私の動きが寒さからくると思ったのか、姫が布団を手繰り寄せて背中からふわりと掛けてくれる。
 私は、ちょうど掛けられた布団を自分側に抱き込むようにして掴んだ。あぁ、これが一番落ち着くかも。

「…ゆきのってさ、クッションとか抱き枕がないと寝られないタイプ?」
「え、何で分かったの?」

 確かに小さい頃からベッドの周りにはぬいぐるみを置いて、毎晩お気に入りの子を抱きしめながらじゃないと寝られなかった。今はもうぬいぐるみではないけれど、大きめのクッションを抱き枕がわりにして寝ている。とにかく何かを掴んでいないと落ち着かないのだ。

「夜中寝てるときずっと抱き着いたまま離れないから、もしかしてそうかなと思って」
「……うそ、一晩中?」

 何それ、そんなの知らない。
 動揺して固まった私を見て、姫の口元がおかしそうに微笑む。言葉は出さずともこれは肯定だ。

 そうなると、今もたまに触れる素肌の感触だとかいろいろ再認識させられて、とりあえず私は顔を見られたくなくて布団を頭から被って潜り込んだ。

「いつまでそうしてんの?」

 長いか短いか分からない程度の間そうしていると、上から宥めるようにぽんぽんと叩かれる。

「……子どもっぽいって思った?」

 抱き枕がないと寝られないことも、こんなふうに隠れることも。

「いや?可愛い思うけど」

 あぁそうだ、朝の姫は心臓に悪かったんだった。
 事も無げに言われると、何だか意地を張って隠れているのもばかばかしくなってきて、のそのそと布団から顔だけ覗かせると、姫は穏やかに微笑んでいる。

「出てくる気になった?」
「……このまま起きるなら、出る」

 閉じたカーテンの隙間から覗く太陽は、最初に目が覚めたときより随分高い位置にある。こうやってごろごろしているのは好きだけれど、本当にそれだけで終わってしまいそうだ。

「分かった、じゃあ起きるか」

 交換条件成立。
 そうして私たちはようやくベッドから抜け出した。

◇◇◇◇

「もうこんな時間だったのか」

 先にベッドを出た姫の言葉にふと時計を見ると、もう10時半を軽く回ってもうすぐ11時になろうとしている。普段の休日でもここまで寝坊することはあまりない。
 目が覚めてから、いったいどれぐらいの間まどろんでいたんだろうかとおかしくなった。

「家って吉祥寺だよな。着替えに帰ってから、昼どこかで食べる?」
「うん、そうしよっか?」

 私は散らばった服を手繰り寄せて手早く着ると、ベッドから立ち上がる。

「あとどこか行きたいところある?」
「行きたいところ…あ、昨日姫が言ってたドライヤー見に行くのは?」
「俺はいいけど、そんなのでいいの?」

 私の提案が予想外だったのか、姫も服を着ながら少し驚いた顔で振り返った。

「うん、私家電見るの好きなんだ。パンフレットを持ち帰って見比べるのも好きだよ」
「初耳、知らなかった」

 そう言われると、今まで誰にも言ったことはなかったかもしれない。駅の近くに大きい量販店があるからそこに見に行っていいかと尋ねると、ゆきのにまかせると返ってきた。

「結構何でも揃ってるんだな」
「姫は大学もこっちの方だからあんまり行くことないよね。あ、じゃあ姫がどこか行きたいところとかある?案内するよ」

 私は実家にいたころから、友達と遊ぶのも買い物するのもまずは吉祥寺だったから、大体の地理は把握しているしお店にも詳しい方だと思う。
 私の言葉にしばらく悩む素振りのあと、姫は思いついたように

「じゃあ、ゆきのの部屋に行きたい」

 と言った。

「わ、私の部屋?」

 もっと有名な観光スポットや欲しいものが買えるお店のようなところを想像していたから、今度は私が面食らう番になった。

「だめ?」

 表情は変わらないけれど、声に少し不安げな色がするものだから私はを振る。

「ううん、だめじゃないんだけど…そんなに広くないよ?ソファーもないし」
「そんなの全然いい、一人暮らしの部屋って大体そういうものだし」
「うん、姫がいいなら来る?」

 嬉しそうに、ちょっとほっとしたように笑うのが可愛いと思ってしまった。

「でも何でかベランダは広めなんだよね。あと、マンションの前の街路樹が桜並木だから春は綺麗だよ。ベランダに出てちょっとお花見ができるの」

 自分の部屋は3階で道路に面しているから素晴らしい眺望ではないけれど、その桜並木が部屋を借りた決め手だと言ってもいいくらい気に入っている。

「いいなそれ。この辺りも川沿いに桜並木あるけど人が多すぎるから」
「じゃあ、来年の春はうちでお花見しよう?あ、今年はベランダの窓締め忘れてて、風が吹いた途端花びらがぶわーって部屋に入ってきちゃってもう後の掃除が大変だっ…た!?」

 突然腕を引っ張られる。
 それと同時に抱き寄せられていて、目の前には姫の服といい匂いに包まれた。え、どうしてこんなことになっているの?

「えっ?ちょ、何でっ……?」

 訳が分からなくて私は目をまばたいた。

「いや……そんな当たり前に、先の約束までするんだなと思って」

 そう指摘されて、私ははっとして言葉を失う。自分だけものすごくはしゃいでいたみたいで恥ずかしくなって、しゅんとしおらしくしていると、頭を抱き寄せていた手が背中を撫で始めた。

「……なぁ、やっぱり出かけるの、午後からにしない?」
「………え、?」

 着たばっかりのシャツの裾から、手が入った。
 遠慮がなくなった触れ方に身の危険を感じて抵抗するものの、姫はお構いなしに髪を梳き耳を甘噛みされる。

 さっき可愛いな、なんて侮った自分に全力で忠告しにいきたいーーー

 そう思ったときにはすでに遅くて、覗き込む視線に搦めとられたら力なく睨み返すことしかできない。悔しくて、私も姫の背中に手を回したついでに小さくつねってみた。

「…罰ゲームだと思って受け取るよ。この程度じゃまだおつりがくるくらい」

 くすくすと嬉しそうに言われて、何とも気が抜けてしまう。
 どうやら解放してもらえそうにないと悟った私は諦めて、それでも一矢報いようと交換条件を出すことにした。

「じゃあ、今日のお昼は姫にご馳走してもらう。おつりなんて許さないんだから…っ」

 姫が頭上でひとこと、了解と言ってから唇が重なる。

 私は照れ隠しでぎゅっと姫の体にしがみついて、まだもうしばらく太陽から隠れるように、再びシーツの海に飛び込んだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。 しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。 それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!? 「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」 「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」 小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。 ※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 表紙絵/灰田様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

普通のOLは猛獣使いにはなれない

ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。 あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。 普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 ★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★ ☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆ ※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。  お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...