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すれ違う気持ち(4)
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エレベーターホールに着くと、姫は下の階行きのボタンを押したので、あれ?と疑問に思う。開発部があるフロアは9階だからだ。
「下に行くの?」
「ああ、コンビニ。早瀬は上?」
「ううん、私もコンビニ行く。甘いもの買おうと思って」
「好きだな、コンビニスイーツ」
エレベーターのランプが鳴って、下の階行きのエレベーターがやってきた。
中には誰も乗っていない。
私は姫の後に続いて乗り込んで1階のボタンを押した。扉が閉まる。
静まり返るエレベーター内。
普段だったらあまり気にならないのに、なぜか今日はこの沈黙が居心地悪い。何か話題を、と頭の中でフル回転させる。
「あ、そうだ。来月のS製薬プロジェクトのキックオフ飲み会、参加する?まだ出欠表が空欄だったけど」
ちょうどいい話題を見つけて、私は話しかける。後でメールで聞いてもいいんだけれど、そろそろ人数を確定したいのでちょうどよかった。
「…忘れてた。あれって早瀬が幹事だったっけ?」
「ううん、本当は営業の獅堂さんなんだけど、今忙しいみたいで代わりにって頼まれたの」
「どうだか。あの人忙しいフリするのだけは上手いから」
「それは、、私はノーコメントで」
と言いつつ、姫の指摘を強く否定することもできない。
獅堂さんは私たちより2つ上の6年目なのだけれど、ザ・営業マンという感じの軽いノリと調子の良さが目立つのも事実だからだ。
「私は出欠確認と会費集め、あとは確定人数をコンサルの宇多川さんに連絡するだけなんだ。お店を決めてくれてるのも宇多川さんなの。いろいろお店も詳しいみたい。で、姫はどうする?」
「……じゃあ、参加で」
「参加ね!当日はなるべく遅れないようによろしくね、いろいろ忙しいとは思うけど」
「了解」
その時ちょうどエレベーターが1階に着き、ドアが開く。
1階のロビーは多くの人が行き交っていて、エレベーター内の静かさと打って変わってざわめきが少し騒々しい。
「姫はコンビニで何買うの?」
「眠気覚ましになりそうなもの。ちょうどタブレット切らした」
(眠気覚ましか、、それならガムとかチョコレート…)
そんなことを考えながら歩いてた時――――
「あ、早瀬さん!」
オフィスビルのエントランスを歩いていると、突然呼び止められる声が聞こえた。
咄嗟に声の主を探そうとするも、エントランスは多くの人が行き来していて、なかなか見つけることができない。
「早瀬さん、こっちです」
「宇多川さん!?」
後ろから肩をポンっと叩かれて振り向くと、そこに立っていたのは取引先の宇多川修平さんだった。
宇多川さんはITコンサルティング会社の営業で、来月から本格的に始まるS製薬案件で、うちの会社とS製薬の橋渡しをしてくれた人でもある。今まさにエレベーターでS製薬案件の話をしていたところだったので、その本人と出くわして驚いてしまう。
「姫元さんも、お久しぶりです。先週のお打ち合わせ以来ですね」
「どうも」
姫は一瞬驚いた表情をするも、すぐにいつもの無表情に戻って軽く会釈をする。宇多川さんはそんな姫の態度に機嫌を損ねる様子もなく、人の良さそうな笑顔を崩さない。
「恵比寿周辺はたまに来るんですけど、こちらのオフィスビルを訪問するのは初めてで。こんなに大きなビルだったんですね、いやぁ我が社とは大違いで迷子になるかと思いました」
「確かに大きいですよね。とは言っても、うちのオフィスが入っているのは6階から10階までですけど。あの宇多川さん、今日はどうされたんですか?」
私が知る限りでは打ち合わせなどの予定はなかったはずだ。それともまた別の案件で予定が入っているのだろうか?
「すみません、肝心なことを忘れるところでした。これなんですけど、早瀬さんのものですよね?」
そう言って宇多川さんが手に持っていた鞄から取り出したのは、見覚えのあるベージュのパスケースだった。
(失くしたと思っていたパスケース…!)
「はい、そうです私のです!先週失くしてしまって、、」
あの後、タクシー会社やランチを食べた定食屋さんに連絡をしたり、念のために会社近くの交番に聞きに行ってみたものの、結局見つかることはなかった。
定期券は最悪買い直せばいいと思っていたけれど、このパスケースは就職祝いに母がプレゼントしてくれたものだったので、どうしても諦められなかったのだ。それが見つかった…!
「すみません、実は持ち主を確かめるために中身を見てしまいました。そうしたら定期券に早瀬さんのお名前があったので」
申し訳なさそうに話す宇多川さんに、私は思わずかぶりを振る。
「いえ、いいんです。ありがとうございます。もしかしてこれを届けるためにわざわざ?」
「はい、今日はたまたまこの辺りで別件の仕事があったもので、寄るのにちょうどいいかと思ったんです。今度キックオフ飲み会でお会いしますけどまだ先ですし、渡すなら早い方がいいかと思いまして」
「……このパスケースはどこで?」
突然、それまで黙っていた姫が口を開いた。
「下に行くの?」
「ああ、コンビニ。早瀬は上?」
「ううん、私もコンビニ行く。甘いもの買おうと思って」
「好きだな、コンビニスイーツ」
エレベーターのランプが鳴って、下の階行きのエレベーターがやってきた。
中には誰も乗っていない。
私は姫の後に続いて乗り込んで1階のボタンを押した。扉が閉まる。
静まり返るエレベーター内。
普段だったらあまり気にならないのに、なぜか今日はこの沈黙が居心地悪い。何か話題を、と頭の中でフル回転させる。
「あ、そうだ。来月のS製薬プロジェクトのキックオフ飲み会、参加する?まだ出欠表が空欄だったけど」
ちょうどいい話題を見つけて、私は話しかける。後でメールで聞いてもいいんだけれど、そろそろ人数を確定したいのでちょうどよかった。
「…忘れてた。あれって早瀬が幹事だったっけ?」
「ううん、本当は営業の獅堂さんなんだけど、今忙しいみたいで代わりにって頼まれたの」
「どうだか。あの人忙しいフリするのだけは上手いから」
「それは、、私はノーコメントで」
と言いつつ、姫の指摘を強く否定することもできない。
獅堂さんは私たちより2つ上の6年目なのだけれど、ザ・営業マンという感じの軽いノリと調子の良さが目立つのも事実だからだ。
「私は出欠確認と会費集め、あとは確定人数をコンサルの宇多川さんに連絡するだけなんだ。お店を決めてくれてるのも宇多川さんなの。いろいろお店も詳しいみたい。で、姫はどうする?」
「……じゃあ、参加で」
「参加ね!当日はなるべく遅れないようによろしくね、いろいろ忙しいとは思うけど」
「了解」
その時ちょうどエレベーターが1階に着き、ドアが開く。
1階のロビーは多くの人が行き交っていて、エレベーター内の静かさと打って変わってざわめきが少し騒々しい。
「姫はコンビニで何買うの?」
「眠気覚ましになりそうなもの。ちょうどタブレット切らした」
(眠気覚ましか、、それならガムとかチョコレート…)
そんなことを考えながら歩いてた時――――
「あ、早瀬さん!」
オフィスビルのエントランスを歩いていると、突然呼び止められる声が聞こえた。
咄嗟に声の主を探そうとするも、エントランスは多くの人が行き来していて、なかなか見つけることができない。
「早瀬さん、こっちです」
「宇多川さん!?」
後ろから肩をポンっと叩かれて振り向くと、そこに立っていたのは取引先の宇多川修平さんだった。
宇多川さんはITコンサルティング会社の営業で、来月から本格的に始まるS製薬案件で、うちの会社とS製薬の橋渡しをしてくれた人でもある。今まさにエレベーターでS製薬案件の話をしていたところだったので、その本人と出くわして驚いてしまう。
「姫元さんも、お久しぶりです。先週のお打ち合わせ以来ですね」
「どうも」
姫は一瞬驚いた表情をするも、すぐにいつもの無表情に戻って軽く会釈をする。宇多川さんはそんな姫の態度に機嫌を損ねる様子もなく、人の良さそうな笑顔を崩さない。
「恵比寿周辺はたまに来るんですけど、こちらのオフィスビルを訪問するのは初めてで。こんなに大きなビルだったんですね、いやぁ我が社とは大違いで迷子になるかと思いました」
「確かに大きいですよね。とは言っても、うちのオフィスが入っているのは6階から10階までですけど。あの宇多川さん、今日はどうされたんですか?」
私が知る限りでは打ち合わせなどの予定はなかったはずだ。それともまた別の案件で予定が入っているのだろうか?
「すみません、肝心なことを忘れるところでした。これなんですけど、早瀬さんのものですよね?」
そう言って宇多川さんが手に持っていた鞄から取り出したのは、見覚えのあるベージュのパスケースだった。
(失くしたと思っていたパスケース…!)
「はい、そうです私のです!先週失くしてしまって、、」
あの後、タクシー会社やランチを食べた定食屋さんに連絡をしたり、念のために会社近くの交番に聞きに行ってみたものの、結局見つかることはなかった。
定期券は最悪買い直せばいいと思っていたけれど、このパスケースは就職祝いに母がプレゼントしてくれたものだったので、どうしても諦められなかったのだ。それが見つかった…!
「すみません、実は持ち主を確かめるために中身を見てしまいました。そうしたら定期券に早瀬さんのお名前があったので」
申し訳なさそうに話す宇多川さんに、私は思わずかぶりを振る。
「いえ、いいんです。ありがとうございます。もしかしてこれを届けるためにわざわざ?」
「はい、今日はたまたまこの辺りで別件の仕事があったもので、寄るのにちょうどいいかと思ったんです。今度キックオフ飲み会でお会いしますけどまだ先ですし、渡すなら早い方がいいかと思いまして」
「……このパスケースはどこで?」
突然、それまで黙っていた姫が口を開いた。
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