それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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対峙するとき3

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 ◇◇◇◇

 振り返れば、ずっとずっと思い通りにならないことばかりだった。

 あるとき気がついた。
 こんなの私の人生じゃない。

 早く私の人生を、取り戻さなくてはいけないと。


 地方ではそれなりの名士の家柄で、それ故にこうあるべきという自分たちが考える理想が厳格な両親に育てられた。
 習い事はお茶とお花とピアノ、進学はすべて地元、女子わざわざ4年制大学に進む必要はなく、早くにいい人と結婚するのが何よりの幸せ。

 姉の早希子は、事あるごとに両親の方針に反発しては衝突していた。
 二人が進める習い事は一つもせず、部活は運動部に入って日焼けで真っ黒、大学は両親の反対を押し切って東京の大学へ進学して家を出た。いずれ泣き言をいって戻ってくるという両親の見立ては外れて、早希子はバイトと学業を両立させ、卒業後は発展途上国の支援をしたいと海外に飛んだ。

『お父さんたちの言いなりになる必要なんかないんだよ。佐和子も自分でやりたいことあるんじゃないの?』

 確かにあった。
 やりたいこと、なりたい夢。

 でも親の敷いたレールの上を歩いてきた自分にそんな勇気はなかったし、外に出て自分の道を切り開くことなど、その後の反発を想像すると恐ろしくてできなかった。

『早希子はだめだわ。だからあなただけが頼りなのよ』

 そんな自分にとって、両親の言葉はよりどころだった。
 姉よりも頼られている自分は、家での立場が逆転したようで高揚したのを覚えている。

 佐和子は聞き分けのいい娘として、両親の希望通りの道を進み、短大を卒業してすぐに、地元でそこそこ良家の縁談を受け、早乙女家の次男の久志と結婚した。

 そのときまでは、佐和子はそれなりに充実した日々を過ごしていた。
 風向きが変わったのは、早希子が海外先で出会った男性、工藤哲人くどうてつとを連れて帰国し、結婚してからだ。

 二人は現地で同じ従事していており、帰国してから哲人は途上国の環境問題に役立つ事業がしたいと、東京で会社を立ち上げた。会社の事業が軌道に乗りしばらくして一人娘の清流が生まれると、あれだけ早希子たちを非難し距離を置いていた両親の態度がすっかり変わった。

『あの子は都会に出たほうが成功する子だと思っていたの』
『初孫が生まれたのよ!本当に親孝行な娘で』

 その頃から、佐和子は少しずつ買い物で散財するようになる。
 買い物をしているときは、一時的に嫌なことが忘れられた。ただ地元ではあまり派手に買い物をしていると目につくので、次第に通販やネットショッピングにのめり込み、それが手元に届くと佐和子の中の満たされない何かを満たしていった。

 そして今から10年前。
 早希子の夫・哲人が事故で亡くなり、直後に早希子も病に伏せた。

 度重なる不幸にショック受けながらも、佐和子は内心安堵のようなものを感じていた。

 ―――ああ、やっぱり私の人生の方が正しかった。

 やはり帳尻はどこかで合うもので、身の丈に合わないことをすれば無理がたたり、どこかで狂いが生じるのだと。

「……こんなことになって、可哀そうな姉さん」

 地元に残っていれば。
 海外で哲人さんと出会わなければ。
 哲人さんと結婚しなければ。

 こんな不幸なことにはならなかったかもしれないのに。

 病室で横たわる早希子が、一瞬驚いた顔をした。

「あのね佐和子、私は一つも後悔してないの。これまで十分幸せだったし、もしもう一度どこかからやり直せるとしても、私は同じ人生を選ぶと思う」

 そう言って穏やかに微笑む早希子に、打ちのめされた。

「でも、ただ一つ心残りがあるとしたら…清流ね」

 ―――清流が?

「だから、もし私に何かあったら、清流のことをお願いできる?」

 その2ヶ月後、早希子は息を引き取った。

 身寄りのなくなった清流は、佐和子たち夫婦のもとで暮らすことが決まった。そして、東京に残された会社をどうするか?となったとき、佐和子の中でずっと燻っていた思いが一気にわき上がった。

 自分にあったかもしれない、もう一つの人生。
 もしかしたらそれを取り戻せるのでは?

 幸い久志は良家とはいえ次男であり、会社を継ぐためならと東京行きをあっさりと了承したし、清流もそのまま生家で暮らせるとあって反対もしなかった。

 佐和子が社長に、久志が役員におさまる。
 今まで何の肩書も持たなかった自分が『社長』という名前を得たことは大いに満たされたものの、それも長くは続かなかった。多少勉強したものの事業の内容はあまり理解できず、古参の社員が辞めていくにしたがって業績もどんどん悪化していく。

『またよく知りもせず首を突っ込んできたよあの人』
『仕方ないよ、先代と血縁ってだけで社長に収まった人だし』
『先代の頃はよかったよなぁ…清流ちゃんもほんとかわいそうに』

 いったい何が違うの?
 やっぱり私には何度やり直しても、両親がレール敷いた『あちら』の人生しかなかったの?

 すると次第にまた買い物にのめり込んだ佐和子は、支払いが追い付かず借金をするようになっていた。

『将来お父さんの会社を継ぐために、大学で経営学を学びたいんです』

 高校生の清流がそう告げたとき、佐和子は全力で反対した。

 ―――絶対にだめ。

 ただどんなに反対しても、清流の意思は固かった。
 まるで姉の早希子と同じように。

 早希子の唯一の心残りだった清流。
 その清流には、佐和子自身と同じ人生を歩ませなければ気が済まなかった。

 会社なんて継がせない。清流が早希子と同じ人生を歩むことは、『佐和子』の人生を否定でもあったから。

 佐和子の実家や早乙女家との縁をあたると、とある資産家の令息が結婚を切望していることを知った。
 相手は40を過ぎても結婚していない息子を心配していたが縁談も断られ続けており『受けてくれるならそちらの望みの額を包む』という言葉に、佐和子は了承した。

 ちょうどこの頃には、佐和子の買い物の支払いの借金が膨れ上がっていて、どうしてもまとまったお金も必要で、ともに利害が一致したのだった。

『分かるでしょう?今会社が大変で、うちにはお金が必要なの。あなただって、どうしても大学に行きたいんでしょう?難しく考えることはないの。お金は愛で買えるしお金は愛で買えるのよ。あちらはあなたとの結婚をとても望んでいるわ。それは会社を継ぐことなんかよりとても幸せなことなのよ。これは清流のためなの』

 大急ぎで清流との縁談を組み、縁談を受ければ大学進学のお金は出すと納得させ結婚させた。

 相手は佐和子たちの地元の資産家。
 そこから東京の大学に通うのは2時間半近くかかる。

 長距離通学に勉学、さらに結婚生活の両立などできるはずがない。

 遅かれ早かれ清流は大学を辞めることになる。
 あの子は自分にはなんのゆかりもないあの地元で、『◯◯さんの奥さん』として暮らすことになる。かつての佐和子のように。

 けれど、清流は1年の結婚生活の後、離婚して戻ってきた。

『1年で離婚なんて、何を考えてるの!?一度でもバツが付くことがどれだけ、』
『相手と相談してお互いに合意して決めたことです。大学は1年休学していましたがまた復学します』
『…うちからは一切お金は出しませんよ』
『それで構いません。学費は自分でなんとかします。なので…卒業まではこの家に置いてください、お願いします』

 このときも、今回も。
 自分のように決められたレールの上を歩かせ従わせようとしても、ちっとも思い通りにならない。

 自分のやりたいことを押し通す、早希子と同じ目が大嫌いだった。
 それなのに、戻ってから家事のすべてをやらせても、生活の一切の援助をしなくても清流は根を上げない。

 イライラしてまた買い物に依存しても、少しも気が晴れない。
 そしてまた気づけば借金が膨らんで、お金を条件に無理やり縁談を組んで、同じことを繰り返してばかり。どうして。

『ねえ佐和子、清流をよろしくね』

 ―――どうしてこんなに虚しいの。

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