それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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暴かれた過去2

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「事実と相違がないか、ご本人に確かめておきたかったんです。あなたの戸籍は一見するとまっさらだ。それは離婚後転籍していて、離婚歴が情報として引き継がれていないから。考えましたね」

 確かに、本籍地は変更していた。
 けれどそれは、離婚して復籍したときに本籍地が父の故郷である新潟県のままだったことに違和感があったからだ。清流自身にはゆかりもなく、自分が今住む東京のほうがしっくりくると思って、そのタイミングで本籍地を変更した。
 そのことで離婚歴が見えなくなることは知らなかったし、意図していたわけではなかった。

 どうしてこの人が、自分の戸籍の中身を知っているのか。
 そもそも、洸と清流の関係をどうして知り得たのだろうか?
 清流の過去を知っているのは、叔母夫婦や元結婚相手、それから以前にお見合いをした相手にも経歴だけは話していたはず。
 洸との関係は、自分たちを除けば槙野とマンション内の人間ぐらいしか思いつかない。

(落ち着いて…この人の目的は何?)

「……どうやって、この情報を取ったんですか?おっしゃるように私は18で結婚してその後離婚しました。確かに一般的には早いですし歳の差もあったかもしれませんが、こんなふうに糾弾されるような覚えはありません」

 確かに、洸には自分の過去を伝えていない。
 でもそれは、初めは清流自身は洸と結婚するつもりはなく、6ヶ月の試用期間が終われば洸との関係は解消するつもりだったからだ。

(でも、今は……)

 清流は、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。

「もちろん問題はないですよ。でも世間の人はどう思うでしょうね?6年前といえば18歳はまだ未成年で、二回りも年上の資産家の男性と結婚して1年あまりで離婚。そしてその離婚歴を隠した上で、数年後には大企業の御曹司の婚約者におさまっている。
 結婚と離婚を繰り返す若き情婦、なんて読者の興味をそそるには十分過ぎると思いませんか?そして、そんな女性を婚約者にしたとなれば、御曹司の評判はどうなるでしょうね?」

「そんな、やめてくださいっ」

 まさか、週刊誌か何かに売り込むつもりなのだろうか。
 自分がどう書かれようがどう思われようが構わない。
 けれど、自分の過去のことで洸に迷惑が掛かるのは、自分のことが好き勝手書かれることより耐えられなかった。

「私の調査方法や多少の誇張表現など大した問題にはなりません。これが編集部でゲラ原稿になったときは、もっとセンセーショナルな見出しと内容になっているはずですから」

 ぐらりと足元が揺らぐ感覚。
 しっかり意識を保っていないとふらついてしまいそうだった。

「……何が目的なんですか?」

 本当に売り込むのが目的なら、すでに雑誌の編集部に持ち込んでいるだろう。
 でもそうはせずに自分に接触してきたのは、何か別の理由があるはずだと清流は思った。やはりお金だろうか。

「実は、僕はある人から工藤さんのことを調べてほしいと依頼されたんです」

(………ある人?)

「あぁ、私はその人から手付金をもらってますから、お金が目的ではありませんよ。あなたが取引に応じてくだされば過去を暴露することはありません。そして取引が成立すれば私はさらに成功報酬を手にすることになっていますから、まさにWIN-WINというわけです」

「……取引?取引ってなんですか?」

「依頼人の要求は実にシンプルです。
 加賀城洸さんとの婚約関係を直ちに解消し、彼の前から姿を消してもらいたい」

 ―――姿を、消す?

「一切の痕跡を残さずに、彼の前から消えてもらいたい。
 それが依頼人からの条件です」

 湿った生ぬるい風が頬を撫ぜていく。

 痕跡を残さずに姿を消す。
 つまり、二度と洸の前に姿を見せないということ。

 二度と会えなくなる。
 頭の中で反芻すると、胸の深いところが音を立てて痛んだ。

「……あの、私たちはまだ正式に婚約したわけではなく、半年間だけの期限付きでした。今の生活もあと1ヶ月と少しで終わります。そうしたら私は出て行きますし会社も辞めます。だから、それまで待ってもらうことはできませんか」

「それは難しいですね、先方の希望は今すぐだそうですから」

 知らず知らずの内に原稿を握る手に力が入って、気がつくと握った部分はぐしゃぐしゃになっていた。

「もし私がすべてそちらの要求通りにしたら、絶対に記事にはしないんですよね?」

 それが守られなければ意味がない。自分の過去に何の関係のない洸を巻き込むことだけは、絶対に避けなければならない。

「それはもちろん。先方も、できることなら望んでいないので。それを私が反故にすれば私も大金を失いますしね」

 確かに、それを望みなら自分にこんな交渉を持ちかけずにさっさと記事にさせるだろう。洸に恨みがあったり貶めたいとは思っていない、むしろそうはさせたくないと考えているように感じた。
 逆に、自分のような後ろ暗い過去があるような人間を、洸から引き離したいと思っている。氏原の『依頼人』が提示する条件から、清流はそう思えた。

 そうだとしたら。
 要求通り自分さえ洸の前から姿を消せば、すべて丸くおさまる。

「…出て行くこと自体は、すぐにできます。
 でも、会社を辞めるとなったら、多少なりともキリの良いところまでは終わらせたいですし、次に引継ぎしやすい状態にしたいんです。なので、1週間猶予をください。1週間後にはすべてそちらの要求通りにします。だからそれまで待ってください」

 今は第二四半期の決算時期。忙しさのピークは来週までだ。来週を乗り越えればいったん仕事は区切りがつく。
 急に辞めるのはそれだけで十分迷惑をかけることになるけれど、せめて最後はちゃんとお世話になったメンバーの役に立ちたい。今手持ちの仕事も終わらせて、合間に引継ぎ資料を作る。1週間あれば何とかなるはずだ。

「分かりました、先方とはそのように交渉しましょう。これで交渉成立ですね」

 交渉成立。
 氏原から差し出された手を、清流は黙って見つめる。

 前にもこんなやり取りがあったなと、洸に結婚の話を持ちかけられたときのことを思い出した。
 あのときはこれからどうなるのかという不安と、行き場のなかった自分にはひとかけらの希望にも思えて、あの手を取った。

 今はただ、心は鉛を呑んだかのように重苦しい。
 氏原はいつまで経っても取られない手を引っ込めると、軽く肩をすくめる。

「1週間後すべてを終えたら、その名刺の宛先に連絡ください。よろしくお願いしますね」
「……分かりました」


 それから、どうやってマンションまで帰ったのかはっきりとしない。
 いつもだったら必ずコンシェルジュの人にも挨拶をするのに、今日は誰がいたのか、声を掛けられたのかも覚えていない。

 今日、洸がまだ帰国していなくてよかった。
 今だったらとても平静を装って顔を合わせられなかっただろう。

 そのままベッドへと体を投げ出して、ぎゅっと自分で抱え込むように丸める。

 ◇◇◇◇

 いつからか、毎朝目覚めるたびに願うようになっていた。

 どうか今日も1日を無事に過ごせますように、と。


 でも本当にすべきは願うことでなく、平穏な日々に感謝することだったのかもしれない。

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