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幕間2. 姫元樹の推察
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洸からの呼び出しはいつも唐突だ。
姫元樹は、待ち合わせ相手の姿を見つけて嘆息した。案内してくれた店員にアイスコーヒーを注文して席に座る。
「なんで男二人でカフェのオープンテラスなんですか…」
「俺は飲みに誘ったのに断るからだろ。テラス席になったのは店内が満席だったからで俺のせいじゃない」
洸は樹の兄である上総悟の同級生で、中学3年時に生徒会役員で一緒になったときからの友人関係でもある。
その当時、樹自身は両親の離婚が元で母親について海外にいたため、洸と初めて顔を合わせたのは日本に帰国した後の大学生のとき。洸はすでに社会人だった。
それ以来、兄の悟を抜きで連絡を取るようになり、こうして気まぐれに呼び出されたりするようになった。
「夜は予定があるので」
「もしかして彼女?あの、悟の結婚式に一緒に来てた?」
「そうですけど」
兄の悟は、レストランやホテル事業を展開する上総ホールディングスの取締役だ。
昨秋に行われた、会社関係とは別の内輪だけのガーデンパーティーに洸も招待されていて、そのとき少しだけ樹の彼女である早瀬ゆきのと顔を合わせていた。
洸は少し意外そうに眉を上げる。
「けっこう本気で結婚とか考えてるわけ?」
「考えてますよ」
「へぇ…人って変わるもんだな」
昔は2ヶ月ともたなかっただろ、と自分のことは棚に上げて大学時代の話を持ち出してくる。樹は苦い顔をして少しだけ洸を睨め付けた。
「俺のことより、加賀城さんの方こそどうなんですか?」
洸は維城商事の御曹司であり、樹より四つ年上でまさに結婚適齢期だ。
自分の兄が結婚したことを思えば、そういう話が上がっていてもおかしくない。
「まぁ、一応婚約者はいる」
「え…本当に?」
大抵この手の話を振ると、おそらく周囲からあれこれ言われて過ぎているせいだろうが、嫌な顔をして話題を変えるのが常だった。
自分ほどではないにしろ、洸もあまり一人の女性と長続きしていた印象がない。少し詳細が気になって日取りなどが決まっているのかと聞いてみると、おかしそうに首を振る。
「いや何も決まってない。そもそも結婚を拒否されてる」
そう言って洸はふっと笑う。
それは婚約者とはいわないのでは、と樹は口を挟みそうになってやめた。
どういう事情なのかは分からないが、洸の表情に深刻さはなくむしろ楽しげに見えたからだ。
「樹はまだ前の会社で働いてんの?」
「変わってないですけど」
「実家の会社に行く気はないわけ?」
「俺が?まさか、ないですよ」
上総ホールディングスの事業は、お客様ありきのサービス業だといえる。
兄の悟はより多くの人が満足する選択ができるが、自分はたくさんの人を笑顔や幸せにしたいとは思わないし、そもそも他人に興味がない。自分の性格上、サービス業の適性が備わっていないのだ。
自分の身近の人が幸せであればそれでいい。
サービス業を経営する人間のマインドとしては致命的だという自覚がある。
「…ほんとお前って、視野は広いのに盲目的だよな」
「自覚してます。そういえば兄貴と連絡取ってます?この前メール無視されたって寂しがってましたよ」
「やだよ、あいつと会うとすぐ値切ってくるから。正式なアポなら秘書通せって言っとけ」
洸は、悟と直接顔を合わせるのを極力嫌う。
以前理由を聞いたことがあるが、会えば話が仕事以外にあちこちに飛んで話が進まない。しかしいざ仕事の話となるとすぐ値切ってくるから、と言っていた。
昨年でいえば、上総ホールディングスが開業した高級旅館の従業員の制服を維城商事へと発注した件。
悟のこだわりでオリジナル要素をふんだんに盛り込んだそれは、旧知のよしみで通常金額の7掛けまで値切り倒したらしい。高級感と金額の折り合いをつけるのに苦労したことを、のちに洸から散々愚痴を聞かされた。
「けど、何か折り入って話したいことがあるみたいでしたよ。まぁ、兄貴と会うのが面倒なのは俺も認めますけど」
樹は時おりこうして二人の橋渡し役をやっている。
合う合わないは誰にでもあるものだが、もう少し何とかならないのかと思わないでもない。樹がそう言うと、洸は少し目を見開いてこちらをまじまじと見た。
「どうかしました?」
「いや、つい最近も似たようなこと言われたなと思って。『人を好き嫌いだけで判断するな』ってさ」
誰に?とは樹は聞かなかった。
聞かなくても、その顔を見れば何となく察する。
「分かった、今度こっちから連絡しておく」
「お願いします」
(…加賀城さんの方こそ、人のことを言えないほど入れ込んでいるように見えるけど)
それも口には出さずに、グラスに挿さったストローをくるりと回す。
「で、今日は何の用なんです?」
到着してから雑談ばかりで、自分が何の用件でわざわざ休日に呼び出されたのか、樹にはまるで見当がついていなかった。
洸は、やや人を食ったような笑みを浮かべながら肩を竦める。
「あのさ、樹って料理できたよな」
「?まぁ人並みには…」
「カニクリームコロッケってどう作る?」
「……はい?」
いたく真面目な顔で尋ねてくる洸に、今度は樹が目を丸くする番だった。
姫元樹は、待ち合わせ相手の姿を見つけて嘆息した。案内してくれた店員にアイスコーヒーを注文して席に座る。
「なんで男二人でカフェのオープンテラスなんですか…」
「俺は飲みに誘ったのに断るからだろ。テラス席になったのは店内が満席だったからで俺のせいじゃない」
洸は樹の兄である上総悟の同級生で、中学3年時に生徒会役員で一緒になったときからの友人関係でもある。
その当時、樹自身は両親の離婚が元で母親について海外にいたため、洸と初めて顔を合わせたのは日本に帰国した後の大学生のとき。洸はすでに社会人だった。
それ以来、兄の悟を抜きで連絡を取るようになり、こうして気まぐれに呼び出されたりするようになった。
「夜は予定があるので」
「もしかして彼女?あの、悟の結婚式に一緒に来てた?」
「そうですけど」
兄の悟は、レストランやホテル事業を展開する上総ホールディングスの取締役だ。
昨秋に行われた、会社関係とは別の内輪だけのガーデンパーティーに洸も招待されていて、そのとき少しだけ樹の彼女である早瀬ゆきのと顔を合わせていた。
洸は少し意外そうに眉を上げる。
「けっこう本気で結婚とか考えてるわけ?」
「考えてますよ」
「へぇ…人って変わるもんだな」
昔は2ヶ月ともたなかっただろ、と自分のことは棚に上げて大学時代の話を持ち出してくる。樹は苦い顔をして少しだけ洸を睨め付けた。
「俺のことより、加賀城さんの方こそどうなんですか?」
洸は維城商事の御曹司であり、樹より四つ年上でまさに結婚適齢期だ。
自分の兄が結婚したことを思えば、そういう話が上がっていてもおかしくない。
「まぁ、一応婚約者はいる」
「え…本当に?」
大抵この手の話を振ると、おそらく周囲からあれこれ言われて過ぎているせいだろうが、嫌な顔をして話題を変えるのが常だった。
自分ほどではないにしろ、洸もあまり一人の女性と長続きしていた印象がない。少し詳細が気になって日取りなどが決まっているのかと聞いてみると、おかしそうに首を振る。
「いや何も決まってない。そもそも結婚を拒否されてる」
そう言って洸はふっと笑う。
それは婚約者とはいわないのでは、と樹は口を挟みそうになってやめた。
どういう事情なのかは分からないが、洸の表情に深刻さはなくむしろ楽しげに見えたからだ。
「樹はまだ前の会社で働いてんの?」
「変わってないですけど」
「実家の会社に行く気はないわけ?」
「俺が?まさか、ないですよ」
上総ホールディングスの事業は、お客様ありきのサービス業だといえる。
兄の悟はより多くの人が満足する選択ができるが、自分はたくさんの人を笑顔や幸せにしたいとは思わないし、そもそも他人に興味がない。自分の性格上、サービス業の適性が備わっていないのだ。
自分の身近の人が幸せであればそれでいい。
サービス業を経営する人間のマインドとしては致命的だという自覚がある。
「…ほんとお前って、視野は広いのに盲目的だよな」
「自覚してます。そういえば兄貴と連絡取ってます?この前メール無視されたって寂しがってましたよ」
「やだよ、あいつと会うとすぐ値切ってくるから。正式なアポなら秘書通せって言っとけ」
洸は、悟と直接顔を合わせるのを極力嫌う。
以前理由を聞いたことがあるが、会えば話が仕事以外にあちこちに飛んで話が進まない。しかしいざ仕事の話となるとすぐ値切ってくるから、と言っていた。
昨年でいえば、上総ホールディングスが開業した高級旅館の従業員の制服を維城商事へと発注した件。
悟のこだわりでオリジナル要素をふんだんに盛り込んだそれは、旧知のよしみで通常金額の7掛けまで値切り倒したらしい。高級感と金額の折り合いをつけるのに苦労したことを、のちに洸から散々愚痴を聞かされた。
「けど、何か折り入って話したいことがあるみたいでしたよ。まぁ、兄貴と会うのが面倒なのは俺も認めますけど」
樹は時おりこうして二人の橋渡し役をやっている。
合う合わないは誰にでもあるものだが、もう少し何とかならないのかと思わないでもない。樹がそう言うと、洸は少し目を見開いてこちらをまじまじと見た。
「どうかしました?」
「いや、つい最近も似たようなこと言われたなと思って。『人を好き嫌いだけで判断するな』ってさ」
誰に?とは樹は聞かなかった。
聞かなくても、その顔を見れば何となく察する。
「分かった、今度こっちから連絡しておく」
「お願いします」
(…加賀城さんの方こそ、人のことを言えないほど入れ込んでいるように見えるけど)
それも口には出さずに、グラスに挿さったストローをくるりと回す。
「で、今日は何の用なんです?」
到着してから雑談ばかりで、自分が何の用件でわざわざ休日に呼び出されたのか、樹にはまるで見当がついていなかった。
洸は、やや人を食ったような笑みを浮かべながら肩を竦める。
「あのさ、樹って料理できたよな」
「?まぁ人並みには…」
「カニクリームコロッケってどう作る?」
「……はい?」
いたく真面目な顔で尋ねてくる洸に、今度は樹が目を丸くする番だった。
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