それらすべてが愛になる

青砥アヲ

文字の大きさ
上 下
34 / 59

想い想われ1

しおりを挟む
「リストにあるのは全部入れたか?忘れ物するなよ」
「分かってますって、大丈夫ですよ」

 清流は持ち物の最終確認をしてからスーツケースを閉める。

 清流は今日から1週間、会社の宿泊研修に行く。
 社内で1年目から4年目の若手社員から十数名が選ばれる中で、清流も選ばれて参加することに決まったのだ。

 同じグループ系列の会社からも参加者がいるらしく、講師を呼んでの座学以外にもワークショップやロールプレイングを取り入れた内容も組まれているらしい。
 普段は経営企画課に籠って仕事をすることが多い清流にとって、他の同年代の社員と親睦を深めるチャンスだと、参加が決まってからはかなり楽しみにしていた。

「あとシンクライアントのバッテリーに、スマホの充電器もな。寝る前でもいいから1日1回は連絡しろよ」
「意外と心配性ですね」
「1週間も行くんだから当たり前だろ。ちゃんと連絡しろよ」
「そうはいっても、同じ都内ですよ?」

 そう言いながらも、分かりましたと苦笑しながら返事をする。

「加賀城さんこそちゃんとごはん食べてくださいね、あとソファーで寝ちゃダメですよ」
「分かってる」
「あとミントの水やりもお願いします」
「分かってるって、そろそろ出ないと遅れるぞ」

 時計を見ると7時半。
 8時半にターミナル駅に集合なので、余裕を見て早めに出ておこうと思っていた。

「じゃあ先に出ますね」
「あぁ、経営企画を代表していってこい」
「ちょっとそれは重いんですけど」

 行ってきます、と笑顔で出ていく清流を洸も軽く手を上げて見送った。

 ◇◇◇◇

 昼前の会議室に、経理部マネージャーの声が滔々と響いている。

 洸は回覧されてきた『削減目標』と書かれた資料をめくり目を通すと、隣りの営業部部長に回した。それを見て顔をしかめる様子に、洸は同情の視線を送る。

 経費削減の鬼と称されるこのマネージャーは、販促費、広告費、出張費などを何かと減らそうと画策してくる。
 もちろん無駄は減らすべきだが、そのほとんどは営業が戦略として先手で仕掛けているものだ。
 ただ、すぐに利益に結びつくものばかりではないため、営業部が槍玉に上げられる傾向が強い。

 さっそく営業部の部長が手を挙げて反論するのを見て、これは荒れそうだなと心の中で呟く。

 朝から会議続きで、自分のタスクは何も進んでいない。

 内職しても咎める人間などいないが『他の作業してるのって意外とバレますから気を付けた方がいいですよ』と、頭の中で以前言われた忠告が聞こえてくる。

(本当にあいつ、言うようになったよな)

 予定表の確認ぐらいいいだろう、とタッチパッドの上で指を滑らせる。
 この後は14時半に外出の予定が入っている。このアポも清流が取ったものだ。

『お前な、夏の14時台って一番暑い時間帯だぞ』
『その時間しか空いてなかったんだから仕方ないじゃないですかっ』

 加賀城さんが忙しすぎるのがいけないんです、と清流としたやり取りを思い出して思わずふっと笑いが漏れた。

 最近の洸の思考には、こうしてときどき清流が登場する。
 清流が宿泊研修へ行ってからはそれがより顕著になった気がしていた。

 清流が参加している研修は洸も若手社員だった頃に参加した。
 今もカリキュラムが同じかは分からないが、チーム競争型で順位付けも行われるため、最終日に向けてやや殺伐とした雰囲気だった記憶がある。

 清流の性格だとグループワークではチーム内の調整役に回りそうだな、と上手くやれているか気になりつつ、意外とどこでも逞しくやれるタイプだろうという謎の信頼感もあった。

 今日で3日目。
 帰ってくるのは土曜の夜、まだ先だ。


 昼休みにコンビニで弁当を買い、フロアの休憩スペースの前を通ると、待ち構えていたかのように未知夏が手招きをした。
 未知夏は周囲に人がいないことを確認して、隣りに並ぶ。

「加賀城くん、婚約したってほんと?」

 急に話を振られて、洸は一瞬沈黙した。

「どこで聞いた?」
「秘書課の子から尋問されたわよ、相手が誰か知ってるんじゃないかって。何度知らないって言っても信じてもらえなくて、大変だったんだから」

 よっぽど問い詰められたのか、今ならあの子たち刑事になれるわと疲れたように言う。

「で、どうなの?」
「まぁ…本当」
「へぇ、あんなに逃げ回ってたのに意外。ついに年貢の納め時ってわけね」

 役員とその秘書の口に戸は立てられない。未知夏は以前秘書課にいたこともあり、そういう話が耳に入る機会も多く、普通の同期以上に事情はよく知られていた。

「その顔は、乗り気じゃない感じ?」
「……いや、そうでもない」

 それは洸の本心だった。
 自分としては初めからそのつもりで声を掛けたが、一緒に暮らすようになってもほとんど気を使うこともない。
 何なら清流がいる生活が普通になってきている今、この生活の延長に結婚があるのなら構わないと思っている。

 けれど、清流の方はどうだろう。
 まだ初めの頃のように絶対に嫌だと思っているのだろうか。

『出ていかないです』

 あのときはそう言っていたが、今すぐ出ていくつもりはないというだけであって、ずっといるという意味ではないのかもしれない。
 もしくは、このまま同居は続けてもいいが結婚は嫌だ、という可能性もある。

 あの言葉がどういう意味なのか、今どう考えているのか深くは聞けていないままだ。もし聞いて断られたら―――

(断られたら……?)

「でもいいの?」
「……何が」
「清流ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

 未知夏は清流が当事者だとは知らない。
 だから、清流ではない誰かと結婚してもいいのかと聞いているのだと理解できる。
 だが、どうしてそういう結論に達したのか洸には分からなかった。

「……俺が、工藤を?」
「はぁ…あれだけ態度に出しておいて自覚なしなわけ?これだから言い寄られるだけの人生で、恋愛偏差値が底辺の男は始末に負えないのよね」

 散々な言い草だなと思いつつ、前半はあながち的外れでもないから癪に障る。

「あいかわらず性格悪いな」

 あら心外だわと嘯くが、浮かべている表情は言葉とちぐはぐなのがまた腹立たしい。
 彼女に言わせれば、清流にかける言葉や態度、気の使い方などを見れば一目瞭然だという。
 おそらく加賀城洸という人間は、ひたむきさや努力といったものだけで他人を認める性格ではない、と言いたいのだろう。

「勘ぐりすぎだろ」

 言うなれば単なる同情と、少しばかりの好奇心。
 それ以外に何がある?

「あっそ。自覚してないならそれでもいいわ。でも、気持ちは言えるときに言わないと後悔するわよ」

 未知夏は紙コップをゴミ箱に投げ入れると、じゃあねと言って休憩スペースを出ていった。

 ―――言えるときに言わないと後悔する。

 その言葉の意味を、のちに身をもって思い知ることになるが、そのときにはもう何もかもが遅かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ソロキャンプと男と女と

狭山雪菜
恋愛
篠原匠は、ソロキャンプのTV特集を見てキャンプをしたくなり、初心者歓迎の有名なキャンプ場での平日限定のツアーに応募した。 しかし、当時相部屋となったのは男の人で、よく見たら自分の性別が男としてツアーに応募している事に気がついた。 とりあえず黙っていようと、思っていたのだが…? こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...