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言葉と態度の裏のウラ1
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翌日の金曜日。
人事総務のミーティングにオブザーバーとして呼ばれた洸は、あくびを噛み殺しながら腕時計を見た。
もうすぐ昼だなと思ってから何度か確認しているが、なかなか時間が進まない。
ノートパソコンで資料を見るふりをしながらメールをチェックしていると、プロジェクターを表示するために消されていた明かりが付いた。途端に会議室内が一気に明るくなって、暗がりに慣れた目を押さえる。
午前最後の会議を終えて、洸は一番に会議室を出た。
エレベーターまで追ってきた総務部長の話を適当にかわしながら、頭では午後からのタスクを整理する。
経営企画課へ戻り溜まったメールを返してから、軽く昼食を買う。会議前に唯崎に頼んでおいた修正はもう上がってきているだろうから、食べながら目を通して、それから――。
「部長お疲れ様でーす」
経営企画課のドアの前で、手にコンビニ袋を持った舞原と遭遇した。
洸もお疲れ、と返してから中へ入る。ちょうど昼の時間だからか、課内には誰もいなかった。舞原は席に戻ると、デスクにあったファイルを洸へと渡す。
「これ、唯崎さんから預かり物っす」
ファイルを開くと、予想した通り頼んでいた修正は終わっていた。手早く気になる箇所を確認する。ファイルの中にはもう1部資料が挟まっていた。
「あーそっちはですね、唯崎さんが法務からゲットしたスタートアップ企業のリストだそうです」
「は?スタートアップ?一昨年買ったばっかりだろ」
しかも事業推進がプランニングしていたより回収ペースが鈍く、当初の予定通りにペイできる目途が立ったとはいえない状況だ。
声のトーンで苛立ちを感じ取った舞原は「俺に言わないでくださいよー」と苦笑した。
舞原がサラダのパッケージをバリッと音を立てて剥がすのを見ながら、またタスクが一つ追加されたことにげんなりする。
「で、唯崎は?」
「まだ財務との打ち合わせから戻ってないです。長引いてるみたいっすね、いただきまーす」
舞原がコンビニ袋から出したのは、サラダと野菜ジュースのみ。どちらかというと大食いの舞原にしては少なすぎる気がする。
「昼、それだけで足りんのか?」
「ちょっと昨日は暴飲暴食しちゃったんで」
野菜ジュースにストローを刺しながら笑う舞原を見て、昨日は清流の歓迎会だったと思い出す。洸は日帰り出張で不参加だったが、昨夜マンションに着いたとき清流はまだ帰っていなかった。
珍しく清流から連絡があり『皆さんと二次会に行ってきますね』とのメッセージに『遅くなるならタクシーで帰れよ』と返したのが22時になる少し前。
清流とのメッセージのやりとりには、彼女が意図的にそうしているのだろうが業務連絡の延長のようで、常に一定の距離がある。それが昨日は、ほどなくしてポンっと猫が敬礼をするポーズのスタンプが返ってきた。
それを見て、清流が明らかに酔っているだろうことが分かった。
垣間見えた素の彼女に、呆れると同時に少し笑いがこみ上げたのを洸は覚えている。
「どうしたんすか?」
「別に」
洸の口角がわずかに上がったことに舞原は気づいたが、洸の空返事を聞いて肩をすくめると、昨日の居酒屋はよかったですよ、とあっさりと話題を切り替えた。
「しかしほんと姐さん酒強すぎですよね。あれだけ飲んで今朝ケロッとしてるの、マジで信じられないんですけど」
「榊木と張り合うのだけはやめておけ、寿命縮めるぞ」
清流が帰宅したのが日付が0時を回った頃。
このメンバーでおかしなところへは行かないだろうと分かりながらも、さすがに深夜帰りは気に掛かる。
出張の疲れもあるし先に寝てしまおうとして、結局帰ってくるまでは気になって自室で起きていたことを清流は知らない。
「飲むのはいいが、あんまり遅くまで連れ回すなよ」
「あれ、清流ちゃんが二次会行ったこと知ってるんですね?」
目敏い視線に、洸は今のが失言だったと悟る。
「お前らの飲み会で終電で解散になったことないだろ」
都合よく鈍感を装って舞原の視線を受け流す。
そのことに気づいているか否か、舞原は「それ唯崎さんにも言われました」と野菜ジュースをズズっと飲み干しながら返した。
「舞原から見て、工藤はどうだ?」
「うーん、初めはこの仕事量に目を回してましたし、業界特有の専門用語にも苦戦してるみたいですけど、飲み込みは早いし他部署とのネゴも上手くやってますよ。午前中もマーケティング部から期初のデータ貰ってきてましたし」
「それなりに馴染めてはいるんだな」
「え?そうっすね、昨日の歓迎会も楽しそうにしてましたし。今日も姐さんと昼は外に食べに行くって言ってましたよ」
洸が思っている以上に、清流は経営企画課に溶け込んでいるようだ。
経営企画課が来ると分かると、いまだに敬遠する部署も多いのだが、意外とコミュニケーション能力も高いのかもしれないなと思う。
「結構気にかけてるんですね、清流ちゃんのこと」
「そういえば昨日上げてきたお前の報告資料、サンプルが少なすぎて使えない。海外戦略部かマーケティング部から資料追加で貰ってから作り直しだ」
「げえー、マジっすか!?」
洸は追及から逃れるようにタスクだけ投げつけると、部長席へと戻って行った。
人事総務のミーティングにオブザーバーとして呼ばれた洸は、あくびを噛み殺しながら腕時計を見た。
もうすぐ昼だなと思ってから何度か確認しているが、なかなか時間が進まない。
ノートパソコンで資料を見るふりをしながらメールをチェックしていると、プロジェクターを表示するために消されていた明かりが付いた。途端に会議室内が一気に明るくなって、暗がりに慣れた目を押さえる。
午前最後の会議を終えて、洸は一番に会議室を出た。
エレベーターまで追ってきた総務部長の話を適当にかわしながら、頭では午後からのタスクを整理する。
経営企画課へ戻り溜まったメールを返してから、軽く昼食を買う。会議前に唯崎に頼んでおいた修正はもう上がってきているだろうから、食べながら目を通して、それから――。
「部長お疲れ様でーす」
経営企画課のドアの前で、手にコンビニ袋を持った舞原と遭遇した。
洸もお疲れ、と返してから中へ入る。ちょうど昼の時間だからか、課内には誰もいなかった。舞原は席に戻ると、デスクにあったファイルを洸へと渡す。
「これ、唯崎さんから預かり物っす」
ファイルを開くと、予想した通り頼んでいた修正は終わっていた。手早く気になる箇所を確認する。ファイルの中にはもう1部資料が挟まっていた。
「あーそっちはですね、唯崎さんが法務からゲットしたスタートアップ企業のリストだそうです」
「は?スタートアップ?一昨年買ったばっかりだろ」
しかも事業推進がプランニングしていたより回収ペースが鈍く、当初の予定通りにペイできる目途が立ったとはいえない状況だ。
声のトーンで苛立ちを感じ取った舞原は「俺に言わないでくださいよー」と苦笑した。
舞原がサラダのパッケージをバリッと音を立てて剥がすのを見ながら、またタスクが一つ追加されたことにげんなりする。
「で、唯崎は?」
「まだ財務との打ち合わせから戻ってないです。長引いてるみたいっすね、いただきまーす」
舞原がコンビニ袋から出したのは、サラダと野菜ジュースのみ。どちらかというと大食いの舞原にしては少なすぎる気がする。
「昼、それだけで足りんのか?」
「ちょっと昨日は暴飲暴食しちゃったんで」
野菜ジュースにストローを刺しながら笑う舞原を見て、昨日は清流の歓迎会だったと思い出す。洸は日帰り出張で不参加だったが、昨夜マンションに着いたとき清流はまだ帰っていなかった。
珍しく清流から連絡があり『皆さんと二次会に行ってきますね』とのメッセージに『遅くなるならタクシーで帰れよ』と返したのが22時になる少し前。
清流とのメッセージのやりとりには、彼女が意図的にそうしているのだろうが業務連絡の延長のようで、常に一定の距離がある。それが昨日は、ほどなくしてポンっと猫が敬礼をするポーズのスタンプが返ってきた。
それを見て、清流が明らかに酔っているだろうことが分かった。
垣間見えた素の彼女に、呆れると同時に少し笑いがこみ上げたのを洸は覚えている。
「どうしたんすか?」
「別に」
洸の口角がわずかに上がったことに舞原は気づいたが、洸の空返事を聞いて肩をすくめると、昨日の居酒屋はよかったですよ、とあっさりと話題を切り替えた。
「しかしほんと姐さん酒強すぎですよね。あれだけ飲んで今朝ケロッとしてるの、マジで信じられないんですけど」
「榊木と張り合うのだけはやめておけ、寿命縮めるぞ」
清流が帰宅したのが日付が0時を回った頃。
このメンバーでおかしなところへは行かないだろうと分かりながらも、さすがに深夜帰りは気に掛かる。
出張の疲れもあるし先に寝てしまおうとして、結局帰ってくるまでは気になって自室で起きていたことを清流は知らない。
「飲むのはいいが、あんまり遅くまで連れ回すなよ」
「あれ、清流ちゃんが二次会行ったこと知ってるんですね?」
目敏い視線に、洸は今のが失言だったと悟る。
「お前らの飲み会で終電で解散になったことないだろ」
都合よく鈍感を装って舞原の視線を受け流す。
そのことに気づいているか否か、舞原は「それ唯崎さんにも言われました」と野菜ジュースをズズっと飲み干しながら返した。
「舞原から見て、工藤はどうだ?」
「うーん、初めはこの仕事量に目を回してましたし、業界特有の専門用語にも苦戦してるみたいですけど、飲み込みは早いし他部署とのネゴも上手くやってますよ。午前中もマーケティング部から期初のデータ貰ってきてましたし」
「それなりに馴染めてはいるんだな」
「え?そうっすね、昨日の歓迎会も楽しそうにしてましたし。今日も姐さんと昼は外に食べに行くって言ってましたよ」
洸が思っている以上に、清流は経営企画課に溶け込んでいるようだ。
経営企画課が来ると分かると、いまだに敬遠する部署も多いのだが、意外とコミュニケーション能力も高いのかもしれないなと思う。
「結構気にかけてるんですね、清流ちゃんのこと」
「そういえば昨日上げてきたお前の報告資料、サンプルが少なすぎて使えない。海外戦略部かマーケティング部から資料追加で貰ってから作り直しだ」
「げえー、マジっすか!?」
洸は追及から逃れるようにタスクだけ投げつけると、部長席へと戻って行った。
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