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経営企画課の面々4
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しばらくして舞原がタバコ、未知夏が仕事の電話のために離席をして、個室には清流と唯崎だけが残った。
清流は、こうして唯崎と二人になるのは配属されてから初めてだと気づいて、黙々と箸を動かしている唯崎を正面から見る。
相変わらず表情は乏しいけれど、よく見ると目が丸くて、眼鏡を外すと意外と幼いかもしれない。そのせいか、洸や未知夏と同年代なのだろうが、少し年齢不詳な雰囲気があった。
「あの…唯崎さんは今年で何年目なんですか?」
「入社したのは5年前ですが、僕は榊木さんたちと違ってプロパー社員ではありません。前職を辞めた後に部長に拾われて入ったようなものです。初めは法務部でしたが、榊木さんと同じタイミングで異動になりました」
唯崎の回答は簡潔明瞭で、この後いくつか用意していた質問もすべて答えられてしまった。
会話が途切れて、また沈黙が流れる。
未知夏たちがいるときは、その場の雰囲気で自分も会話に入れているような気になっていたけれど、実際に二人になると何を話せばいいのか分からない。
さっきのお礼を言った方がいいのかなと思いつつ、どう切り出したらいいのか迷っていると、沈黙を破ったのは唯崎の方だった。
「工藤さん、僕は工藤さんの入社の経緯や加賀城部長との関係などおおよその事情については把握しています。なので、僕の前ではあまり気を使わなくても大丈夫です」
「えっ……?」
驚いて顔を上げると、日本酒を口につける唯崎と目が合った。
「工藤さんはそれらについて伏せたがっているが、おそらくボロが出るだろうからフォローするよう部長から頼まれました。工藤さんのプライベートなことは一切伺っていませんし、このことを口外することもありませんので安心してください」
「えっと、それって…やっぱりさっきのも…?」
「はい、工藤さんの顔が明らかに『やってしまった』という表情をされていたので。見当違いでしたらすみません」
「いえ、助かりました…」
「それならよかったです」
やっぱりあれは唯崎の機転だったのだ。
「あの、すみません、唯崎さんも巻き込んでしまってるみたいで」
「いいえ、僕自身には特に何も影響はありませんので気にしないでください。ときどき話を聞かされるくらいですから」
「は、話って、例えばどんな…?」
「まぁいろいろと…工藤さん料理がお上手なんですよね、オムライスの話は少し引くくらい嬉しそうにしてましたよ」
洸の優しさはいつもずるい。唯崎の話を聞いて、清流は嫌でもこの場にいない洸のことを考えずにはいられなくなる。
でもそれと同時に、勘違いをしてはいけないと気持ちにブレーキが掛かる。
「工藤さん、一つ伺ってもよろしいですか?」
「?は、はい」
「結婚されるんですか?部長と」
「けっ、!?しないです!しませんから!」
咄嗟にそう返すと、今度は唯崎の方が驚いた顔をした。
「なぜですか?仕事に関しては高圧的で何かと無理難題を押しつけてきますが、それを除けばかなりの優良物件だと思いますが」
唯崎の言葉に清流はかぶりを振る。
「……今はお互いの利害が一致して一緒にいるだけなので。それに半年後には全部解消になりますし」
今日の話で、今まで掴めていなかった洸という人が少し分かった気がした。
そして、ずっと清流の中にあった『どうして自分なのか?』という疑問も解けたように思う。
清流が最初に抱いた印象通り、洸は『良い人』なのだ。
イタリアで困っていた清流を助けたのも、めちゃくちゃな条件で強引に清流を引き入れたのも、唯崎にフォローを頼んだのも。
前の部署で燻っていた舞原を引き抜いたり、唯崎を引き入れたりしたのと同じように、そういうことを見過ごせない性格で、それが清流ではなく他の女性でもきっと同じようにしたはずだ。
だから、勘違いしては駄目だと思う。
(自分だけ特別にされていると、自惚れないようにしないと)
そうでないと、取り返しのつかないことになる気がした。
唯崎は何か言おうと口を開きかけるも、それを止めて盛りこぼしで提供された日本酒を口に含んだ。
「未知夏さんたちそろそろ戻ってきますかね?」
そう尋ねる清流に唯崎は時計を見る。10分ほど経っているので、そろそろ戻ってくる頃だろうか。
「ところで、唯崎さんから見てメンバーの皆さんはどうですか?」
清流は空になった飲み物を頼むためにメニューを開きながら聞く。
「そうですね、榊木さんは見ての通りの姉御肌、そして社内でもトップクラスの酒豪です。泡盛に手を出したら早めに逃げたほうが賢明です」
「……唯崎さんも十分強そうですけど」
乾杯からすでに4杯目になる日本酒を飲む唯崎を見る視線に、僕なんか勝負になりませんと首を振る。
「舞原さんは……ムードメーカータイプでおちゃらけて見えますが頭の回転は早いです。それから意外と鋭いところがあるので、そういう意味では要注意人物かもしれません」
「な、なるほど…」
清流が頷きかけると個室のドアが開いて、舞原が戻ってきた。
「あれー珍しい、唯崎さんとめちゃ盛り上がってるじゃないですか!」
「別に普通です。工藤さん、注文は決まりましたか?」
「はい、じゃあグレープフルーツサワーを」
「それ俺も同じやつ!」
「僕は惣邑を1合冷酒で。舞原さんお願いします」
「俺が頼むんですか!?」
舞原はぶつぶつ言いながらも、卓上ベルで呼んだ店員に手早く注文する。
「でも今日は唯崎さんも参加なんて珍しいっすね。いっつも俺らとの飲み会より猫優先だったじゃないですか」
お酒が来るまで手持ち無沙汰なのか、水の入ったコップを手でくるくると回しながら舞原が言う。
「貴方たちと飲むと終電過ぎても終わらないじゃないですか。日付が変わるまで留守番をさせられません」
「唯崎さん猫飼われてるんですね。今日は大丈夫なんですか?」
「はい、預け先が見つかりましたので」
清流が心配になって尋ねると、正面に座る唯崎がほんの少し頬を緩める。
彼が微笑むところを、清流は今初めて見た気がした。その飼い猫のことを思い出しているのか、涼しげな眼鏡の奥の眼差しも幾分か優しい。
一見クールな人が、家では猫を可愛がっているのかと思うと微笑ましかった。
「そういえばさっき要注意人物、とか聞こえたんですけど、それって誰のことですか?」
「……加えて地獄耳です。気をつけてください」
「はい、気をつけます」
このメンバーの前では墓穴を掘らないように気をつけようと心に留めて、清流はテーブルに届いたグレープフルーツサワーを受け取った。
清流は、こうして唯崎と二人になるのは配属されてから初めてだと気づいて、黙々と箸を動かしている唯崎を正面から見る。
相変わらず表情は乏しいけれど、よく見ると目が丸くて、眼鏡を外すと意外と幼いかもしれない。そのせいか、洸や未知夏と同年代なのだろうが、少し年齢不詳な雰囲気があった。
「あの…唯崎さんは今年で何年目なんですか?」
「入社したのは5年前ですが、僕は榊木さんたちと違ってプロパー社員ではありません。前職を辞めた後に部長に拾われて入ったようなものです。初めは法務部でしたが、榊木さんと同じタイミングで異動になりました」
唯崎の回答は簡潔明瞭で、この後いくつか用意していた質問もすべて答えられてしまった。
会話が途切れて、また沈黙が流れる。
未知夏たちがいるときは、その場の雰囲気で自分も会話に入れているような気になっていたけれど、実際に二人になると何を話せばいいのか分からない。
さっきのお礼を言った方がいいのかなと思いつつ、どう切り出したらいいのか迷っていると、沈黙を破ったのは唯崎の方だった。
「工藤さん、僕は工藤さんの入社の経緯や加賀城部長との関係などおおよその事情については把握しています。なので、僕の前ではあまり気を使わなくても大丈夫です」
「えっ……?」
驚いて顔を上げると、日本酒を口につける唯崎と目が合った。
「工藤さんはそれらについて伏せたがっているが、おそらくボロが出るだろうからフォローするよう部長から頼まれました。工藤さんのプライベートなことは一切伺っていませんし、このことを口外することもありませんので安心してください」
「えっと、それって…やっぱりさっきのも…?」
「はい、工藤さんの顔が明らかに『やってしまった』という表情をされていたので。見当違いでしたらすみません」
「いえ、助かりました…」
「それならよかったです」
やっぱりあれは唯崎の機転だったのだ。
「あの、すみません、唯崎さんも巻き込んでしまってるみたいで」
「いいえ、僕自身には特に何も影響はありませんので気にしないでください。ときどき話を聞かされるくらいですから」
「は、話って、例えばどんな…?」
「まぁいろいろと…工藤さん料理がお上手なんですよね、オムライスの話は少し引くくらい嬉しそうにしてましたよ」
洸の優しさはいつもずるい。唯崎の話を聞いて、清流は嫌でもこの場にいない洸のことを考えずにはいられなくなる。
でもそれと同時に、勘違いをしてはいけないと気持ちにブレーキが掛かる。
「工藤さん、一つ伺ってもよろしいですか?」
「?は、はい」
「結婚されるんですか?部長と」
「けっ、!?しないです!しませんから!」
咄嗟にそう返すと、今度は唯崎の方が驚いた顔をした。
「なぜですか?仕事に関しては高圧的で何かと無理難題を押しつけてきますが、それを除けばかなりの優良物件だと思いますが」
唯崎の言葉に清流はかぶりを振る。
「……今はお互いの利害が一致して一緒にいるだけなので。それに半年後には全部解消になりますし」
今日の話で、今まで掴めていなかった洸という人が少し分かった気がした。
そして、ずっと清流の中にあった『どうして自分なのか?』という疑問も解けたように思う。
清流が最初に抱いた印象通り、洸は『良い人』なのだ。
イタリアで困っていた清流を助けたのも、めちゃくちゃな条件で強引に清流を引き入れたのも、唯崎にフォローを頼んだのも。
前の部署で燻っていた舞原を引き抜いたり、唯崎を引き入れたりしたのと同じように、そういうことを見過ごせない性格で、それが清流ではなく他の女性でもきっと同じようにしたはずだ。
だから、勘違いしては駄目だと思う。
(自分だけ特別にされていると、自惚れないようにしないと)
そうでないと、取り返しのつかないことになる気がした。
唯崎は何か言おうと口を開きかけるも、それを止めて盛りこぼしで提供された日本酒を口に含んだ。
「未知夏さんたちそろそろ戻ってきますかね?」
そう尋ねる清流に唯崎は時計を見る。10分ほど経っているので、そろそろ戻ってくる頃だろうか。
「ところで、唯崎さんから見てメンバーの皆さんはどうですか?」
清流は空になった飲み物を頼むためにメニューを開きながら聞く。
「そうですね、榊木さんは見ての通りの姉御肌、そして社内でもトップクラスの酒豪です。泡盛に手を出したら早めに逃げたほうが賢明です」
「……唯崎さんも十分強そうですけど」
乾杯からすでに4杯目になる日本酒を飲む唯崎を見る視線に、僕なんか勝負になりませんと首を振る。
「舞原さんは……ムードメーカータイプでおちゃらけて見えますが頭の回転は早いです。それから意外と鋭いところがあるので、そういう意味では要注意人物かもしれません」
「な、なるほど…」
清流が頷きかけると個室のドアが開いて、舞原が戻ってきた。
「あれー珍しい、唯崎さんとめちゃ盛り上がってるじゃないですか!」
「別に普通です。工藤さん、注文は決まりましたか?」
「はい、じゃあグレープフルーツサワーを」
「それ俺も同じやつ!」
「僕は惣邑を1合冷酒で。舞原さんお願いします」
「俺が頼むんですか!?」
舞原はぶつぶつ言いながらも、卓上ベルで呼んだ店員に手早く注文する。
「でも今日は唯崎さんも参加なんて珍しいっすね。いっつも俺らとの飲み会より猫優先だったじゃないですか」
お酒が来るまで手持ち無沙汰なのか、水の入ったコップを手でくるくると回しながら舞原が言う。
「貴方たちと飲むと終電過ぎても終わらないじゃないですか。日付が変わるまで留守番をさせられません」
「唯崎さん猫飼われてるんですね。今日は大丈夫なんですか?」
「はい、預け先が見つかりましたので」
清流が心配になって尋ねると、正面に座る唯崎がほんの少し頬を緩める。
彼が微笑むところを、清流は今初めて見た気がした。その飼い猫のことを思い出しているのか、涼しげな眼鏡の奥の眼差しも幾分か優しい。
一見クールな人が、家では猫を可愛がっているのかと思うと微笑ましかった。
「そういえばさっき要注意人物、とか聞こえたんですけど、それって誰のことですか?」
「……加えて地獄耳です。気をつけてください」
「はい、気をつけます」
このメンバーの前では墓穴を掘らないように気をつけようと心に留めて、清流はテーブルに届いたグレープフルーツサワーを受け取った。
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