それらすべてが愛になる

青砥アヲ

文字の大きさ
上 下
10 / 59

試用期間の始まり3

しおりを挟む
 部屋の片付けがひと段落して時計を確認すると、もう午後6時を少し過ぎていた。

 送る荷物は厳選したつもりだったけれど、一箱ずつ片付けていくとかなりの量で、思ったよりも時間がかかってしまった。

 部屋を出てみると、仕事部屋の明かりが付いているのがドア下の隙間から分かった。
 夕方には終わると言っていたものの、あれから洸が部屋から出てくる様子はまだなさそうだ。


(もうそろそろ夕飯の時間だよね、どうしよう)

 家にいるときの習慣で献立を考えようと頭を巡らせる。
 何か作ろうか?でも人の家のキッチンを勝手に触るのはと考えるも、今日から自分が住む家でもあるのかと思い返して不思議な気持ちになる。

「とりあえず、何か作れる材料があるかだけでも確かめてみよ」

 失礼しまーすと小声で言ってから、ステンレスの冷蔵庫を開ける。

「うわぁ、…シンプル」

 アメリカの家にあるような大型冷蔵庫の中は、その大きさに反してほとんど何もない。ミネラルウォーターと牛乳、醤油や味噌などの調味料類が少し。食材といえそうなのは卵とウィンナーくらいだ。

(使いかけのケチャップがある。賞味期限は…大丈夫そう。野菜室に玉ねぎがあるし、オムライスとかなら作れそうかな)

 チキンライスではないけれどそこは我慢してもらうとして、オムライスなら仕事が長引いてもレンジで温め直してもらえるし、ちょうどいい気がする。

 パントリーを覗くと、お米と食パン、パスタといった主食系が常備されていた。お米を1合取ってから軽く研いで、炊飯器をセットする。

(さてと、包丁とフライパンはどこかなー?)

 作るものが決まったからかこの広いキッチンを使えるからか、清流は少しうきうきしながら、戸棚の扉を開けて必要な物を探していった。

 あちこちの戸棚を開けて見つけたまな板と包丁で、玉ねぎとウィンナーを切ってから、フライパンで炒める。

(下味をつけたらお皿に移して、ごはんが炊けるまで冷ましておいてっと)

 ごはんが炊けたら具材とともにフライパンへ投入。ケチャップを入れて水分を飛ばしながら炒め合わせる。

(そういえばオムライスはどっちで作ろう?巻いた方がいい?オムレツを乗せるふわとろ系?)

 洸の好みなどまったく分からない。
 というより、そもそもオムライスが好きなのかも分からないのだけれども。

 とりあえず一つずつ両方作っておいて、一緒のタイミングで食べられればそのときに好きな方を選んでもらうことにする。

 そう決めて、ボウルに卵と牛乳を入れてかき混ぜてから、もう一つのフライパンでバターを溶かすと卵液を半分流し込む。半熟になったらケチャップライスを入れて火を止めて、卵を包んでいく。
 どれだけ探してもフライ返しが見つからず、仕方なく菜箸で格闘しながら一つ目が完成する。

 そのとき、ガチャ、とリビングドアが開く音がして、仕事を終えた洸が入ってきた。

「あ、お疲れ様です。お仕事終わりですか?」

 キッチンに立つ清流を見て、洸は少し驚いている。

「あぁ、今終わった。何、もしかして夕飯作ってくれてんの?」
「すみません、勝手にキッチンお借りしちゃって」
「いや、それは全然いいけど」

 そう言いながら、コンロの前に立つ清流の隣りに並ぶと手元を覗き込む。

「何作ってんの?」
「オムライスです。冷蔵庫の中身で作れそうなのがこれくらいしか思いつかなかったので…あ、でもちょうどよかったです。加賀城さんどっち派ですか?」
「どっち派?」
「ごはんを卵で包むタイプか、ふわとろタイプかです」
「……ふわとろ」
「了解です」

 コンロの火をつけて、先ほどと同じようにバター、残りの卵液を入れて半熟になるまでかき混ぜる。フライパンの奥側に向かって卵を包んでひっくり返して、中に火が通り切る前に形を手早く調整していく。

「…上手いな」
「慣れれば簡単ですよ、ごはんが入らない分やりやすいですし。でもフライ返しが見当たらなかったので、少し形がいびつですけど」
「フライ返し?」
「フライパンで炒めたり裏返したりするときに使うやつです」
「あぁ、お好み焼きで使うやつか?前に部署のメンバーに連れて行かれて使ったことがあるけど、家にはないな」
「それはたぶんヘラですね」

 何が違うんだと言いたげな洸をよそに、清流はあまり火が入りすぎないタイミングでフライパンを下ろすとケチャップライスの上に乗せる。

 包丁で真ん中から切れ目を入れると、半熟卵がとろりと広がった。

「すごいな、店で出せるんじゃないか?」
「おっしゃる通り、出してたんですけど」

 カフェのバイト時代に数えきれないくらい作ったので、清流にとってはあまり難しい料理ではない。ただいつも洸には驚かさせてばかりなので、逆に驚いた顔を見るのは新鮮で、思わず笑いが込み上げた。

 先に作っておいたもう一皿を一緒にダイニングへと運ぶ。
 その間に洸がお茶を用意してくれて、二人同時に向かい合わせで座るといただきます、と手を合わせた。
 洸がスプーンを口に運ぶのを、清流はさりげなく見守る。味は大丈夫だろうか。

「うん、すげえ美味い」
「本当ですか?よかったです」

 美味いという感想にほっとする。
 バイト時代は、こうやってお客さんの反応を見るのが好きだったなと思い出す。

 自分が作ったものの感想や反応が返ってくるとやっぱり嬉しい。

「あんなに短時間で作れるものなんだな」
「そうですね、オムライスはカフェでも人気メニューで頻繁にオーダーが入ってたので、自然と作れるようになってました」
「へぇ、、この卵の感じも好き」

 不意に飛び出した好き、という言葉にドキリとする。
 それがオムライスのことを言っているのだと分かっていても何だか心臓に悪くて、どういう顔をすればいいのか困ってしまう。

「ん、何?」
「いえ何でも…加賀城さんは自炊とかしないんですか?」

 少し熱を持った顔を悟られないように、さりげなく話題を変える。

「自炊か。前に火災報知器鳴らしてから、ほぼしてないな」
「えっ、何か焦がしたんですか?」
「普通にカレーを作ろうとしてただけだけど」

 どうすればそんなことになるのだろう。

 そのときはマンションでちょっとした騒ぎになったらしく、それ以来外食で済ませてしまうことが増えたらしい。どおりでキッチンが綺麗なはずだと納得する。

「あ、でも一昨日は卵を茹でた。でも何でか中の黄身が全部外に飛び出てたんだよな」
「……そうですか」

 ここまで聞いた話だと、洸と料理の相性は壊滅的に悪そうだなと思う。
 首をひねる洸が心配になりつつ、清流はスプーンをもくもくと動かした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

恋は秘密のその先に

葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長 仕方なく穴埋めを命じられ 副社長の秘書につくことになった 入社3年目の人事部のOL やがて互いの秘密を知り ますます相手と距離を置く 果たして秘密の真相は? 互いのピンチを救えるのか? そして行き着く二人の関係は…?

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...