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試用期間の始まり2
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「失礼します…」
ドアを開けると、ちょうど洸が部屋から出てきて出迎えてくれた。
「あ、やっと来たな。入れよ」
淡いブルーのプルオーバーシャツに黒のボトムスというカジュアルな服装だった。
今まで会っていたときは毎回スーツ姿だったせいか何だか見慣れなくて、目線が意味もなく行ったり来たりしまう。
「高速混んでたか?」
「いえ、大丈夫でした」
そんな会話をしながらリビングへと続くドアを開けた。
―――広い。
清流は見上げるほど高い天井を仰ぎながら内心呟いた。
見上げるほど高い天井のリビングは、ゆうに40平米以上はありそうだった。
グレーアースやペール系の薄い色彩でまとめられた部屋。開放的な窓の向こうはテラスになっていて、その先に都心の街並みと青空がよく見える。
「悪いな、このあとまだ仕事で時間があんまりないから、先に部屋の説明だけしておきたいんだけど」
そう言いながらも片手でスマートフォンを操作している。本当に忙しそうだ。清流は着ていた上着を手早く脱ぐ。
「すみません、お願いします」
「ここが見ての通りリビング。俺が居ようが居まいが気楽に使っていい。言っておかないとずっと部屋に篭ってそうだからな、俺に気にせず好きに使え」
「はい…ありがとうございます」
こんな広すぎるリビングで寛げるだろうか。
そんなことを思いつつ、意外なほど自分のことを気にかけてくれていることが少しだけくすぐったい。
洸の後をついていくとリビング横のダイニング、そしてキッチンへと案内される。
対面型のキッチンは、コンロと水回りがL字に配置されていた。作業する人が使いやすいよう動線が考えられて設計されているようで、すごく使いやすそうだな、とついじっくりと見てしまう。
「キッチンなんて、そんなに変わらなくないだろ」
「そんなことないですよ、作業スペースも広いですし、それにガスコンロが5口もあるなんて」
「それがそんなに珍しいのか?」
「私はバイト先の厨房でしか見たことないです」
そんな溜息が出るようなキッチンは、コーヒーマシンとシンクに使い終わったグラスが置かれている以外は整然としている。
あまり使われていないのだろうか、どことなく生活感がない。
清流は部屋全体をぐるりと見回してみる。
アースカラーでまとめられたインテリアのほとんどは備え付けらしく統一感があった。必要な家具も一通り揃っているので、機能的に十分すぎるほど充実している。
だから、殺風景というわけではないのだけれど、何かが足りないような。
(あ…もしかして、緑がないからかも)
「おい、次行くぞ」
「あ、はい今行きます!」
清流は手に持っていた荷物を持ち替えて、すでに廊下へと出ていこうとしている洸を追いかけた。
廊下に出ると、左右にそれぞれ二つのドアが並んでいる。
「向かい奥が俺の部屋で、こっちが書斎兼書庫」
そう言って洸がドアを開ける。
窓際にデスクがあり、右側の壁は一面が本棚になっていた。
(すごい、こういう収納憧れるなぁ)
ちらりと本棚を覗くと、ビジネス書ばかりではなく海外の古典文学や現代ミステリーなど、幅広いジャンルのタイトルが並んでいだ。
前から気になっていたタイトルがいくつか目について、思わず目をとめる。
「気になるのでもあった?」
「えっと、あの本なんですけど前から読みたいなと思ってて」
図書館で借りようとしても予約数が多すぎていつ回ってくるか分からず、自分で買おうかと迷っていた本だ。
「あぁ、読む順番でストーリーと結末が変わるやつな。俺はもう読み終わったし読みたいなら持っていっていい」
ずらりと並んだ本の背表紙を洸の長い指がなぞっていく。そして清流が指さした1冊を見つけ出すと、本の背を少しだけ引き出した。
「いいんですか?じゃあお借りします」
渡されたハードカバーを受け取ってお礼を言う。
「本好きなのか?それなら会議とかで使ってないときなら好きに入っていいし、本も持っていっていいから」
「え、本当ですか?ありがとうございます」
今回の引っ越しでは場所を取ってはいけないと、好きな本を少しだけしか持ってきていなかったので、読書好きな清流としては素直に嬉しい。
ほんの少し、ここでの生活に楽しみができたようで、自然と顔が綻ぶ。
仕事部屋の隣りが、清流にあてがわれた部屋だった。
部屋の中央には、送った段ボール箱が積まれている。
壁際にはウォークインクローゼットと、こちらもマンションに備え付けだというベッドや棚、机などの家具一式が置かれていた。
「ここが清流の部屋。ずっと使ってなかったけど、昨日一通りハウスクリーニングを頼んでおいたから問題はないはず。
で、廊下を挟んで向かいが洗面所と風呂場。俺は自分の部屋にあるのを使うから、気にせず使えばいい」
「寝室に、お風呂場と洗面所があるんですか?」
「気になるなら見に来る?」
「っ、結構です!」
口角を上げて意地悪く笑みを浮かべる洸から、プイッと顔を背ける。
(けどすごいな、部屋にお風呂場と洗面所があるなんて…)
まるでホテルみたいだ、と考えて清流は忘れていたことを思い出した。
「ホテル代…!」
そういえば前もこんなことがあった気がする。洸に再会したときだ。
あのとき思い出したはずなのに、その後の洸からの奇想天外な提案と日々のバタバタで、すっかり頭から抜け落ちていた。
「またその話かよ」
「またって、そういうお金に関することはちゃんとしたいんです、うやむやにするの嫌ですから」
聞き飽きたとばかりに肩を竦める洸に、清流は構わず詰め寄る。
「来月お給料いただけたらそこから返しますので」
「いいけど、もし100万って言ったら払えんの?」
「ひゃ、ひゃくっ、、?!」
「冗談だって、そんなにしない」
(冗談に聞こえないから怖いんですけど……!)
そのとき、ピピッという電子音がした。
洸がしているスマートウォッチのアラーム音だ。
「もう会議の時間か」
「お仕事ですよね?案内ありがとうございました。私は少し荷物整理します」
「あぁ、たぶん夕方には終わると思うから。喉乾いたら冷蔵庫の中の適当に飲んで」
「はい、ありがとうございます」
仕事部屋へ戻っていく洸の後ろ姿を見届けてから、清流は目の前の段ボール箱の山を整理するべく、部屋の片付けに取り掛かることにした。
ドアを開けると、ちょうど洸が部屋から出てきて出迎えてくれた。
「あ、やっと来たな。入れよ」
淡いブルーのプルオーバーシャツに黒のボトムスというカジュアルな服装だった。
今まで会っていたときは毎回スーツ姿だったせいか何だか見慣れなくて、目線が意味もなく行ったり来たりしまう。
「高速混んでたか?」
「いえ、大丈夫でした」
そんな会話をしながらリビングへと続くドアを開けた。
―――広い。
清流は見上げるほど高い天井を仰ぎながら内心呟いた。
見上げるほど高い天井のリビングは、ゆうに40平米以上はありそうだった。
グレーアースやペール系の薄い色彩でまとめられた部屋。開放的な窓の向こうはテラスになっていて、その先に都心の街並みと青空がよく見える。
「悪いな、このあとまだ仕事で時間があんまりないから、先に部屋の説明だけしておきたいんだけど」
そう言いながらも片手でスマートフォンを操作している。本当に忙しそうだ。清流は着ていた上着を手早く脱ぐ。
「すみません、お願いします」
「ここが見ての通りリビング。俺が居ようが居まいが気楽に使っていい。言っておかないとずっと部屋に篭ってそうだからな、俺に気にせず好きに使え」
「はい…ありがとうございます」
こんな広すぎるリビングで寛げるだろうか。
そんなことを思いつつ、意外なほど自分のことを気にかけてくれていることが少しだけくすぐったい。
洸の後をついていくとリビング横のダイニング、そしてキッチンへと案内される。
対面型のキッチンは、コンロと水回りがL字に配置されていた。作業する人が使いやすいよう動線が考えられて設計されているようで、すごく使いやすそうだな、とついじっくりと見てしまう。
「キッチンなんて、そんなに変わらなくないだろ」
「そんなことないですよ、作業スペースも広いですし、それにガスコンロが5口もあるなんて」
「それがそんなに珍しいのか?」
「私はバイト先の厨房でしか見たことないです」
そんな溜息が出るようなキッチンは、コーヒーマシンとシンクに使い終わったグラスが置かれている以外は整然としている。
あまり使われていないのだろうか、どことなく生活感がない。
清流は部屋全体をぐるりと見回してみる。
アースカラーでまとめられたインテリアのほとんどは備え付けらしく統一感があった。必要な家具も一通り揃っているので、機能的に十分すぎるほど充実している。
だから、殺風景というわけではないのだけれど、何かが足りないような。
(あ…もしかして、緑がないからかも)
「おい、次行くぞ」
「あ、はい今行きます!」
清流は手に持っていた荷物を持ち替えて、すでに廊下へと出ていこうとしている洸を追いかけた。
廊下に出ると、左右にそれぞれ二つのドアが並んでいる。
「向かい奥が俺の部屋で、こっちが書斎兼書庫」
そう言って洸がドアを開ける。
窓際にデスクがあり、右側の壁は一面が本棚になっていた。
(すごい、こういう収納憧れるなぁ)
ちらりと本棚を覗くと、ビジネス書ばかりではなく海外の古典文学や現代ミステリーなど、幅広いジャンルのタイトルが並んでいだ。
前から気になっていたタイトルがいくつか目について、思わず目をとめる。
「気になるのでもあった?」
「えっと、あの本なんですけど前から読みたいなと思ってて」
図書館で借りようとしても予約数が多すぎていつ回ってくるか分からず、自分で買おうかと迷っていた本だ。
「あぁ、読む順番でストーリーと結末が変わるやつな。俺はもう読み終わったし読みたいなら持っていっていい」
ずらりと並んだ本の背表紙を洸の長い指がなぞっていく。そして清流が指さした1冊を見つけ出すと、本の背を少しだけ引き出した。
「いいんですか?じゃあお借りします」
渡されたハードカバーを受け取ってお礼を言う。
「本好きなのか?それなら会議とかで使ってないときなら好きに入っていいし、本も持っていっていいから」
「え、本当ですか?ありがとうございます」
今回の引っ越しでは場所を取ってはいけないと、好きな本を少しだけしか持ってきていなかったので、読書好きな清流としては素直に嬉しい。
ほんの少し、ここでの生活に楽しみができたようで、自然と顔が綻ぶ。
仕事部屋の隣りが、清流にあてがわれた部屋だった。
部屋の中央には、送った段ボール箱が積まれている。
壁際にはウォークインクローゼットと、こちらもマンションに備え付けだというベッドや棚、机などの家具一式が置かれていた。
「ここが清流の部屋。ずっと使ってなかったけど、昨日一通りハウスクリーニングを頼んでおいたから問題はないはず。
で、廊下を挟んで向かいが洗面所と風呂場。俺は自分の部屋にあるのを使うから、気にせず使えばいい」
「寝室に、お風呂場と洗面所があるんですか?」
「気になるなら見に来る?」
「っ、結構です!」
口角を上げて意地悪く笑みを浮かべる洸から、プイッと顔を背ける。
(けどすごいな、部屋にお風呂場と洗面所があるなんて…)
まるでホテルみたいだ、と考えて清流は忘れていたことを思い出した。
「ホテル代…!」
そういえば前もこんなことがあった気がする。洸に再会したときだ。
あのとき思い出したはずなのに、その後の洸からの奇想天外な提案と日々のバタバタで、すっかり頭から抜け落ちていた。
「またその話かよ」
「またって、そういうお金に関することはちゃんとしたいんです、うやむやにするの嫌ですから」
聞き飽きたとばかりに肩を竦める洸に、清流は構わず詰め寄る。
「来月お給料いただけたらそこから返しますので」
「いいけど、もし100万って言ったら払えんの?」
「ひゃ、ひゃくっ、、?!」
「冗談だって、そんなにしない」
(冗談に聞こえないから怖いんですけど……!)
そのとき、ピピッという電子音がした。
洸がしているスマートウォッチのアラーム音だ。
「もう会議の時間か」
「お仕事ですよね?案内ありがとうございました。私は少し荷物整理します」
「あぁ、たぶん夕方には終わると思うから。喉乾いたら冷蔵庫の中の適当に飲んで」
「はい、ありがとうございます」
仕事部屋へ戻っていく洸の後ろ姿を見届けてから、清流は目の前の段ボール箱の山を整理するべく、部屋の片付けに取り掛かることにした。
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