それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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彼の真意

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「か、加賀城さん…酔ってたりしますか?」
「まだ飲んでねぇよ。それより抵抗しないわけ?」
「……そう、ですね」

 冗談では、ない。こちらを窺う眼差しはどちらかといえば真剣な顔つきで、清流にはその表情の奥が読み取ることができなかった。

 清流は自分が置かれている状況を処理するべく、脳内をフル回転させる。

 この状況はつまり――『そういうこと』なのだろう。

 逃げなくては、と思うのに体がまるでいうことを聞かない。

 そもそもここまで着いてきて、お風呂まで借りたのは自分だ。
 それでも抵抗する資格なんてあるのだろうか。

 体に入っていた力がふっと抜けると、洸の形のいい眉が歪む。

 それは清流の手が微かに震えていたせいだったのだが、清流自身は自覚がないまま見上げていると、腕と肩を押さえ込む手に力が込められた。

「あのな。海外で、夜に、土地勘のない旅行者の女が一人で宿探しするっていうのは、こういうことになる可能性があるってことだ。言ってる意味は分かるよな?」

 諭すような声音に、清流は小さく頷く。

「心配しなくても、こっちはお前みたいな濡れネズミに欲情するほど困ってないから、大人しく世話になっとけ」

 濡れネズミって…今、さりげなく失礼なことを言われた気がする。
 反論はしなかったものの表情には出ていたのか、真面目に聞けとばかりに洸は清流の頬を軽くつねった。

「聞いてるなら、返事は」
「………はい」

 返事を聞いて洸が上から退くと、清流は張っていた糸が切れたように細く息を吐き出した。

 一方の洸は、ソファーに座り直して長い脚を組むと、テーブルの上の分厚いルームサービスのメニューを手に取ってめくり始めている。

「柄でもない説教したら腹が減った。食いたいもの片っ端から頼むから、責任取って付き合えよ?」

 どうやらNOという選択肢はなさそうだ。

 そう悟った清流は、そろそろとゆっくり起き上がった。

 ◇◇◇◇

「すごい量になりましたね…」

 前菜に一品料理が数品、クリームソースのパスタにマルゲリータピザ。
 リビングのテーブルに並べられた料理の数々を見ながら、どう見ても頼みすぎだなと清流は思う。

「パスタとピザって、ド定番だな」
「それは、せっかく本場ですしやっぱり食べておきたいなぁと思って」

 というのは建前で、本当はイタリア語と英語で書かれたメニューの中で理解できたのがパスタとピザの項目だけだったからなのだが、そのことは黙ってピザを頬張る。

 ピザは薄めの生地がサクサクとしていて香ばしく、いくらでも食べられそうなくらい軽い。そして何よりトマトソースが日本のとは違って、トマトの種類の違いなのか旨味が濃くてとても美味しい。

「だったらルームサービスじゃなくて外で食べろよ。美味い店教えてやるから」

 洸が紹介するお店は値段だけではなく敷居が恐ろしく高そうだ。

「それはありがたいですけど、本当に美味しいですよ」

 一つ食べてみてください、ピザを一切れ取り分けた小皿を差し出して、自分は注がれていた白ワインを一口含む。

 飲み込むときにふわっとマスカットのような香りがする。何となくワインというと渋かったり酸味が強いイメージがあったけれど、このワインは甘みが際立っていて飲みやすかった。

「あのさ、個人的なこと聞いてもいい?」

 グラスに口を付けつつ頷くと、清流って歳いくつ?と聞かれる。

「23、今年で24です」
「じゃあ院生?4月のこの時期に旅行って珍しいから気になってた」

 その疑問はもっともだった。
 学生なら新学期が、社会人なら新年度が始まったばかりで、大型連休にも早いこの時期に旅行しているのは不思議に映るのは当たり前だ。

「いえ、大学は3月で卒業しましたけど…社会人でもないです」
「何学部?」
「経営学部です」

 清流は手の中のワイングラスをくるくると回しながら、どう話そうかと悩む。
 洸はチーズをつまみながら空になったグラスにワインを注いでいて、無理に話の先を急かすことはしなかった。

「実は、大学を1年ちょっと休学していたんです。就活でもその辺りをかなり聞かれまして、もちろんそれだけが原因じゃないとは思うんですけど、最終までいって駄目だったりとか。就活もギリギリまでしてたんですけど結局上手くいかなくて…。いろいろ疲れちゃって、それで一度行ってみたかったローマに旅行しようと思って来たんです。それに、」
「それに?」
「いえ、何でもないです」

 変に思われるだろうかと思ったが、目が合った洸は「苦労してるんだな」と呟いて、それ以上何も言わなかった。

 特に態度が変わることはなくて清流はふぅと安堵の息をつく。

 自分の事情を話すとたいてい質問攻めにあってきたので、必要以上に詮索されないということが、今の自分にとっては助かることだった。

「それで初めての海外旅行を一人で?結構チャレンジャーというか無謀だな」
「そうですね、見通しが甘かったです」
「ついてきてくれる彼氏とかいないわけ?」

 油断しかけたところで思わぬ方向から話が飛んできて、飲みかけのワインがむせて咳き込む。

「…今は、いないです」
「別れたんだ?」
「付き合った、みたいな人はいましたけど…その人は私に興味なんてなくて。
 初めはそれでもよかったんです。でも少しは気に掛けてもらいたいなと思って、私なりにいろいろやってみたんですけど、やっぱり駄目で…諦めたといいますか、」

 年齢を重ねれば、自然と恋愛ができるものだと思っていた。

 遠くから見ているだけでいいとか、目が合うだけで幸せだったりとか。
 そんな幼い、淡い経験を繰り返すうちに磨かれて、いつかキラキラと輝くのかもしれないと。けれど現実はそんなに甘くはなかった。


 なんで、今日会ったばかりの人にこんな話をしているんだろう。
 きっとワインのせいだ。

「見る目ないな」
「……何も傷口を抉らなくても」
「そうじゃなくて、相手の方が」
「今度こそ、酔ってます?」
「かもな」

 揶揄われているのだろうなと思いつつも、そのことを嬉しいと思ってしまったのも、ワインのせい。
 そういうことにしておこうと、清流はグラスに残りを一気に飲み干した。

 それからしばらく、もくもくと料理を食べたり、ふと、たわいもない話をしたりと穏やかな時間が過ぎていき――――

 翌朝目を覚ますと、目の前にバスローブ姿で眠る洸の姿が目に飛び込んできた。

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