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6-10 モルドペセライ帝国
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今日は朝から呼び出されていたので、オリヴァーはルドルフが身を寄せているオブライアン公爵邸へと向かっていた。マスグレイブ伯爵には偽りなくルドルフのところへ行くと伝えてあり、あわよくばオリヴァーがルドルフと接触している噂を広めてくれることを祈っていた。
雨は降っていないけれど、スモッグのせいで太陽の光は弱い。馬車の窓からは相変わらず薄暗い空が広がっていて、早速、王国の鮮やかな青空が恋しくなってしまった。先行きの不安が空にも表れているようで僅かに怯む。
公爵家にはすでに話が通っていたようで、オリヴァーが到着すると門番が馭者に身分を確認してすんなりと門が開く。オブライアン公爵家は比較的新しい公爵であるが、帝国では一番の資産を持っていて発言力もかなり強い。おそらくオブライアン公爵は戦争に賛成派なのだろう。そうでなければルドルフが帝国を巻き込んでまで戦争を起こそうとはしないはずだ。
「待っていたぞ、オリヴァー」
馬車から降りると公爵家の面々がオリヴァーを出迎えた。公爵令嬢ならまだしも現当主までいるとは思わず、オリヴァーは慌てて胸に手を当てて頭を下げる。
「公爵、紹介しよう。わざわざ王国から俺を追ってやってきたオリヴァーだ」
「存じ上げておりますよ。スコット侯爵家のご令息ですよね」
すっと手を差し出されてオリヴァーは顔を上げる。
「オリヴァー・フォン・スコットと申します。オブライアン公爵閣下にお目通りが叶い、大変光栄でございます」
「そう硬くならなくて結構。あなたはルドルフ殿下にとっても特別なお方だとお聞きしております」
オリヴァーは緊張をほぐすように微笑み、オブライアン公爵の手を受け取った。どこまで信用されているのかまだ計れないので油断はできないが、一応は協力者として歓迎されているようだ。
「ありがとうございます、公爵閣下。私は殿下とは長い付き合いですが、まだまだ役に立てるほどの者ではございません。ただ……、殿下のために尽力したいと思っております」
それを聞いたオブライアン公爵は穏やかに笑ったが、その内では何を考えているのかは読めない。ルドルフが手を組んでいるオールディス伯爵もオブライアン公爵の腰巾着だと聞いている。実際にルドルフを操っているのはこの人ではないかとオリヴァーは疑っていた。
「そうか、それは心強い」
「公爵。この辺にして、そろそろ中に入らないか?」
まだ夫人と公爵令嬢もいるのだが、ルドルフにそう言われては前に出ることもできず、静かに下がった。
「そうでしたね。軽く食事を用意させました。どうぞ、スコット侯爵令息」
「ありがとうございます、公爵閣下」
屋敷の中に入ると大理石で出来た床は自分が映りそうなほど磨かれていて、天井には水晶で出来たシャンデリアがいくつも吊られていた。今は加工がしやすいガラスで作られることが多いけれど、さすがは帝国一の富豪とも呼ばれるオブライアン公爵家だ。
「素晴らしい水晶のシャンデリアですね」
蝋燭の明かりと乱反射させる水晶があまりに綺麗でオリヴァーは思わず感想を漏らしてしまう。それに気づいたオブライアン公爵がくるりと振り返って笑みを見せる。
「よく水晶と分かりましたね、令息。実はこの水晶、王国から輸入された物なんですよ」
資源の乏しい帝国では水晶はあまり取れない。輸入された水晶もかなりの値段がするはずだ。
「王国産の水晶と言えば、ラルーゲ男爵領の物ですか。あそこの水晶は上物で有名ですね。王国内でも滅多に手が入らない希少品ですよ」
「伝手がありましてね」
ラルーゲ男爵と言えば、この水晶で財を成した新興貴族だ。当然、ルドルフを推す急進派でかなりの金額をこの王子に掛けていると聞く。おそらくルドルフを通じてラルーゲ男爵を紹介してもらったのだろう。
「そうなんですね。こういった美しい物には目が無くて、是非とも私にも教えていただきたいですね」
にこりと微笑みながらそう言うと、オブライアン公爵は「機会があれば」と答えさらりと流されてしまった。
それからも案内された客間の豪勢な内装にオブライアン公爵と話が盛り上がってしまった。美しい物は好きでもそれに対する知識が乏しいルドルフは会話に入れず、終始、不貞腐れた顔をしていた。不機嫌を察知したオブライアン公爵は仕事があるからと退席し、気付けば二人きりになっていた。
かちゃんと荒々しくカップを置くと、ルドルフはオリヴァーを見る。ようやく本題に入るのだろう。てっきりオブライアン公爵を交えて今後の話をするのかと思っていたが、どうやら公爵を交えての話に参加させてもらえるほど信用はされていないらしい。
「そろそろ帝国も社交界のシーズンになるのは分かっているな?」
「はい」
王国も帝国も七月から社交のシーズンに入る。まだオリヴァーが帝国に来ているとあまり知られていないので招待状は届いていない。だが情報を集めるにはパーティやら狩りに誘われることだろう。これまで狩りはさほど好きではなかったけれど、祖父にビシバシ鍛えられたのもあって今年は狩りも参加したいと思っていた。
「まずオールディス伯爵家でパーティが開かれる。俺はエミリアと共に行くが、お前にも参加してもらうつもりだ」
「分かりました」
それなら服を仕立てなければならない。帰ったらマスグレイブ伯爵に経緯を説明して仕立て屋を呼んでもらうつもりだ。
「オールディス伯爵も俺が王位を継ぐべきだと言っていて、色々と協力してもらっている。粗相のないように頼むぞ」
「承知しております」
オリヴァーがそう答えるとルドルフは立ち上がってオリヴァーの隣に座った。ざわっと全身に緊張が走ったけれど、気付かれないように拳を握りしめた。自分が側に行けばこうやって言い寄られるのは分かり切っていたことだ。
「オリヴァー」
名前を呼ばれてルドルフを見ると目前まで迫っていた。悲鳴を上げそうになるのを笑顔で取り繕い、オリヴァーはゆっくりと目を瞑る。唇が触れそうになった瞬間、コンコンと扉の叩く音が聞こえてオリヴァーは反射的にルドルフの体を押した。
「殿下、失礼いたしますわ」
中に入ってきたのはオブライアン公爵令嬢、エミリアだった。対面にいるはずのルドルフが押されて距離を置いているとはいえ、オリヴァーと同じソファーに座っているのを見て眉を顰める。こんな光景は前回の人生でもよく見た。
「父から言われて上物のワインをお持ちいたしましたの。スコット侯爵令息も是非ご一緒に」
「……………………ああ、わざわざすまない、エミリア」
邪魔をされたルドルフは苦々しい表情が消せていない。オリヴァーは立ち上がってエミリアからワインのボトルを受け取った。その時、つま先に衝撃が走ったが、彼女に救われたオリヴァーは笑みを絶やさなかった。
雨は降っていないけれど、スモッグのせいで太陽の光は弱い。馬車の窓からは相変わらず薄暗い空が広がっていて、早速、王国の鮮やかな青空が恋しくなってしまった。先行きの不安が空にも表れているようで僅かに怯む。
公爵家にはすでに話が通っていたようで、オリヴァーが到着すると門番が馭者に身分を確認してすんなりと門が開く。オブライアン公爵家は比較的新しい公爵であるが、帝国では一番の資産を持っていて発言力もかなり強い。おそらくオブライアン公爵は戦争に賛成派なのだろう。そうでなければルドルフが帝国を巻き込んでまで戦争を起こそうとはしないはずだ。
「待っていたぞ、オリヴァー」
馬車から降りると公爵家の面々がオリヴァーを出迎えた。公爵令嬢ならまだしも現当主までいるとは思わず、オリヴァーは慌てて胸に手を当てて頭を下げる。
「公爵、紹介しよう。わざわざ王国から俺を追ってやってきたオリヴァーだ」
「存じ上げておりますよ。スコット侯爵家のご令息ですよね」
すっと手を差し出されてオリヴァーは顔を上げる。
「オリヴァー・フォン・スコットと申します。オブライアン公爵閣下にお目通りが叶い、大変光栄でございます」
「そう硬くならなくて結構。あなたはルドルフ殿下にとっても特別なお方だとお聞きしております」
オリヴァーは緊張をほぐすように微笑み、オブライアン公爵の手を受け取った。どこまで信用されているのかまだ計れないので油断はできないが、一応は協力者として歓迎されているようだ。
「ありがとうございます、公爵閣下。私は殿下とは長い付き合いですが、まだまだ役に立てるほどの者ではございません。ただ……、殿下のために尽力したいと思っております」
それを聞いたオブライアン公爵は穏やかに笑ったが、その内では何を考えているのかは読めない。ルドルフが手を組んでいるオールディス伯爵もオブライアン公爵の腰巾着だと聞いている。実際にルドルフを操っているのはこの人ではないかとオリヴァーは疑っていた。
「そうか、それは心強い」
「公爵。この辺にして、そろそろ中に入らないか?」
まだ夫人と公爵令嬢もいるのだが、ルドルフにそう言われては前に出ることもできず、静かに下がった。
「そうでしたね。軽く食事を用意させました。どうぞ、スコット侯爵令息」
「ありがとうございます、公爵閣下」
屋敷の中に入ると大理石で出来た床は自分が映りそうなほど磨かれていて、天井には水晶で出来たシャンデリアがいくつも吊られていた。今は加工がしやすいガラスで作られることが多いけれど、さすがは帝国一の富豪とも呼ばれるオブライアン公爵家だ。
「素晴らしい水晶のシャンデリアですね」
蝋燭の明かりと乱反射させる水晶があまりに綺麗でオリヴァーは思わず感想を漏らしてしまう。それに気づいたオブライアン公爵がくるりと振り返って笑みを見せる。
「よく水晶と分かりましたね、令息。実はこの水晶、王国から輸入された物なんですよ」
資源の乏しい帝国では水晶はあまり取れない。輸入された水晶もかなりの値段がするはずだ。
「王国産の水晶と言えば、ラルーゲ男爵領の物ですか。あそこの水晶は上物で有名ですね。王国内でも滅多に手が入らない希少品ですよ」
「伝手がありましてね」
ラルーゲ男爵と言えば、この水晶で財を成した新興貴族だ。当然、ルドルフを推す急進派でかなりの金額をこの王子に掛けていると聞く。おそらくルドルフを通じてラルーゲ男爵を紹介してもらったのだろう。
「そうなんですね。こういった美しい物には目が無くて、是非とも私にも教えていただきたいですね」
にこりと微笑みながらそう言うと、オブライアン公爵は「機会があれば」と答えさらりと流されてしまった。
それからも案内された客間の豪勢な内装にオブライアン公爵と話が盛り上がってしまった。美しい物は好きでもそれに対する知識が乏しいルドルフは会話に入れず、終始、不貞腐れた顔をしていた。不機嫌を察知したオブライアン公爵は仕事があるからと退席し、気付けば二人きりになっていた。
かちゃんと荒々しくカップを置くと、ルドルフはオリヴァーを見る。ようやく本題に入るのだろう。てっきりオブライアン公爵を交えて今後の話をするのかと思っていたが、どうやら公爵を交えての話に参加させてもらえるほど信用はされていないらしい。
「そろそろ帝国も社交界のシーズンになるのは分かっているな?」
「はい」
王国も帝国も七月から社交のシーズンに入る。まだオリヴァーが帝国に来ているとあまり知られていないので招待状は届いていない。だが情報を集めるにはパーティやら狩りに誘われることだろう。これまで狩りはさほど好きではなかったけれど、祖父にビシバシ鍛えられたのもあって今年は狩りも参加したいと思っていた。
「まずオールディス伯爵家でパーティが開かれる。俺はエミリアと共に行くが、お前にも参加してもらうつもりだ」
「分かりました」
それなら服を仕立てなければならない。帰ったらマスグレイブ伯爵に経緯を説明して仕立て屋を呼んでもらうつもりだ。
「オールディス伯爵も俺が王位を継ぐべきだと言っていて、色々と協力してもらっている。粗相のないように頼むぞ」
「承知しております」
オリヴァーがそう答えるとルドルフは立ち上がってオリヴァーの隣に座った。ざわっと全身に緊張が走ったけれど、気付かれないように拳を握りしめた。自分が側に行けばこうやって言い寄られるのは分かり切っていたことだ。
「オリヴァー」
名前を呼ばれてルドルフを見ると目前まで迫っていた。悲鳴を上げそうになるのを笑顔で取り繕い、オリヴァーはゆっくりと目を瞑る。唇が触れそうになった瞬間、コンコンと扉の叩く音が聞こえてオリヴァーは反射的にルドルフの体を押した。
「殿下、失礼いたしますわ」
中に入ってきたのはオブライアン公爵令嬢、エミリアだった。対面にいるはずのルドルフが押されて距離を置いているとはいえ、オリヴァーと同じソファーに座っているのを見て眉を顰める。こんな光景は前回の人生でもよく見た。
「父から言われて上物のワインをお持ちいたしましたの。スコット侯爵令息も是非ご一緒に」
「……………………ああ、わざわざすまない、エミリア」
邪魔をされたルドルフは苦々しい表情が消せていない。オリヴァーは立ち上がってエミリアからワインのボトルを受け取った。その時、つま先に衝撃が走ったが、彼女に救われたオリヴァーは笑みを絶やさなかった。
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