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6-9 モルドペセライ帝国
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オリヴァーは以前からスコット侯爵家と縁のあったマスグレイブ伯爵家に身を寄せている。オリヴァーが失敗したときのことも考えて、マスグレイブ伯爵家には事情を説明していない。名目としては工業が発展しているので、それを農業に転用できないか勉強しにきた、と言うことになっている。けれどすでに目的を達成してしまったため、勉強するふりをする日は来なさそうだ。
ルドルフと食事を終えようやく解放されたオリヴァーはマスグレイブ伯爵と挨拶を交わし、さすがに疲れていたので茶会は遠慮してオリヴァーの部屋としている客間へ向かった。
「おかえりなさいませ、オリヴァー様」
中に入るとパトリックが立ち上がって頭を下げた。オリヴァーの従者として付いてきてもらっているが、二人きりのときまでその真似をする必要はない。
「そこまでしなくていい」
「そうですか。分かりました。それで第二王子との食事はいかがでした?」
オリヴァーは購入したばかりのコートを脱いでハンガーに掛けようとしたところで、それをパトリックに奪われ、彼はてきぱきと片づけてしまった。さっさと話せ、と言うことなのか。オリヴァーがソファーに座るとパトリックは用意していたティポットに湯を注いだ。ここまで用意周到なのを見ると、彼はオリヴァーが帰ってくる時間を把握していたのだろうか。
「どうもこうも……、あれこれ聞かれたから、計画通りに話してある」
「第二王子が仕立て屋に来た理由は分かりました? 偶然にしては出来すぎているように思うんですよね」
パトリックの問いにオリヴァーは首を振る。今日はルドルフがオリヴァーに質問するばかりで、会話の主導権は常にルドルフにあった。一緒に居る間は緊張しているのもあってか気にしていなかったが、よくよく考えると根掘り葉掘り聞かれてこちらの様子を伺っているようでもあった。
「まだ信用はされていないかもな」
「ただの色ボケ王子ってわけではなさそうですね。よっぽど、オリヴァー様にフラれたのが効いたのでしょう」
ふふ、と面白おかしく笑っているが、あちらが疑ってかかっている以上、オリヴァーには何としても信用を勝ち取らなければならない。いっそのこと色仕掛けでもしようか、と思うが、まだ決心が鈍っていてそのことを考えると体が震える。自分の目的のためなら何でも捨てることが出来たのに、大切な人たちを守るために何も差し出せない自分が酷く薄情に思えた。
「悠長なことは言っていられませんが、まずは信用を得られなければ先には進めません。慎重に行きましょう。くれぐれも先走ったりしないでくださいよ」
じろりと睨まれて、オリヴァーは「分かっている」と答えた。パトリックにはどうやら周囲の制止を無視して国境までやって来たことが知られているようだ。
「あとシェフィールド大公の側近であるリンドバーグ侯爵に父を通じて手紙を出します。経由するので少し時間はかかるでしょうが、まだ怪しまれている以上、目立った行動は避けるべきですね」
「やり取りに関してはお前に任せる。俺は殿下が王国を裏切っている証拠集めに集中するつもりだ」
密偵として動きながら、帝国の要人と戦争を止める交渉をするのは難しいと判断した。自分に出来ることは多そうに見えてあまりない。
「戦争を止める交渉はお前に任せたいんだ」
「俺に、ですか」
「ああ。俺は結果として戦争が止めれればいい。ルドルフ殿下が王国を裏切っている証拠を見つけ、帝国は彼に協力するために戦争を起こそうとしていると主張すれば、反対する奴も増えるだろう」
「王国を属国に出来るなら賛成する人も増えそうですけどね」
オリヴァーは「なるほどな」と答え、顎に手をやる。
「だが実際、王国を属国にしたら、帝国は海を渡った大国からの侵略も警戒しなければならなくなる。海軍も持っていない帝国が領地を守り続けることは可能か? 戦争が終わった直後に攻められれば、なすすべもなく攻め込まれて帝国も終わるぞ」
きっと戦争になればスコット家は最後まで抵抗を続けるだろう。海を渡ってやってくる脅威から国を守り続けたスコット家がいなければ、あっさりと侵略を許すだろう。それに王国との戦争で疲弊しきった帝国が、勝てる保証はほとんどない。
「そうですよね」
「ちょっと考えれば分かることだろ」
オリヴァーはパトリックの淹れた紅茶に手を伸ばす。
「分かりました。交渉のほうは俺に任せてください」
「ああ、頼んだ」
これまでこうして人を頼ることなんてなかった。それはこれまでオリヴァーにとって信用できる人が側に居なかったからだった。
ルドルフと食事を終えようやく解放されたオリヴァーはマスグレイブ伯爵と挨拶を交わし、さすがに疲れていたので茶会は遠慮してオリヴァーの部屋としている客間へ向かった。
「おかえりなさいませ、オリヴァー様」
中に入るとパトリックが立ち上がって頭を下げた。オリヴァーの従者として付いてきてもらっているが、二人きりのときまでその真似をする必要はない。
「そこまでしなくていい」
「そうですか。分かりました。それで第二王子との食事はいかがでした?」
オリヴァーは購入したばかりのコートを脱いでハンガーに掛けようとしたところで、それをパトリックに奪われ、彼はてきぱきと片づけてしまった。さっさと話せ、と言うことなのか。オリヴァーがソファーに座るとパトリックは用意していたティポットに湯を注いだ。ここまで用意周到なのを見ると、彼はオリヴァーが帰ってくる時間を把握していたのだろうか。
「どうもこうも……、あれこれ聞かれたから、計画通りに話してある」
「第二王子が仕立て屋に来た理由は分かりました? 偶然にしては出来すぎているように思うんですよね」
パトリックの問いにオリヴァーは首を振る。今日はルドルフがオリヴァーに質問するばかりで、会話の主導権は常にルドルフにあった。一緒に居る間は緊張しているのもあってか気にしていなかったが、よくよく考えると根掘り葉掘り聞かれてこちらの様子を伺っているようでもあった。
「まだ信用はされていないかもな」
「ただの色ボケ王子ってわけではなさそうですね。よっぽど、オリヴァー様にフラれたのが効いたのでしょう」
ふふ、と面白おかしく笑っているが、あちらが疑ってかかっている以上、オリヴァーには何としても信用を勝ち取らなければならない。いっそのこと色仕掛けでもしようか、と思うが、まだ決心が鈍っていてそのことを考えると体が震える。自分の目的のためなら何でも捨てることが出来たのに、大切な人たちを守るために何も差し出せない自分が酷く薄情に思えた。
「悠長なことは言っていられませんが、まずは信用を得られなければ先には進めません。慎重に行きましょう。くれぐれも先走ったりしないでくださいよ」
じろりと睨まれて、オリヴァーは「分かっている」と答えた。パトリックにはどうやら周囲の制止を無視して国境までやって来たことが知られているようだ。
「あとシェフィールド大公の側近であるリンドバーグ侯爵に父を通じて手紙を出します。経由するので少し時間はかかるでしょうが、まだ怪しまれている以上、目立った行動は避けるべきですね」
「やり取りに関してはお前に任せる。俺は殿下が王国を裏切っている証拠集めに集中するつもりだ」
密偵として動きながら、帝国の要人と戦争を止める交渉をするのは難しいと判断した。自分に出来ることは多そうに見えてあまりない。
「戦争を止める交渉はお前に任せたいんだ」
「俺に、ですか」
「ああ。俺は結果として戦争が止めれればいい。ルドルフ殿下が王国を裏切っている証拠を見つけ、帝国は彼に協力するために戦争を起こそうとしていると主張すれば、反対する奴も増えるだろう」
「王国を属国に出来るなら賛成する人も増えそうですけどね」
オリヴァーは「なるほどな」と答え、顎に手をやる。
「だが実際、王国を属国にしたら、帝国は海を渡った大国からの侵略も警戒しなければならなくなる。海軍も持っていない帝国が領地を守り続けることは可能か? 戦争が終わった直後に攻められれば、なすすべもなく攻め込まれて帝国も終わるぞ」
きっと戦争になればスコット家は最後まで抵抗を続けるだろう。海を渡ってやってくる脅威から国を守り続けたスコット家がいなければ、あっさりと侵略を許すだろう。それに王国との戦争で疲弊しきった帝国が、勝てる保証はほとんどない。
「そうですよね」
「ちょっと考えれば分かることだろ」
オリヴァーはパトリックの淹れた紅茶に手を伸ばす。
「分かりました。交渉のほうは俺に任せてください」
「ああ、頼んだ」
これまでこうして人を頼ることなんてなかった。それはこれまでオリヴァーにとって信用できる人が側に居なかったからだった。
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