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6-6 モルドペセライ帝国
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モルドペセライ帝国はヴォルアレス王国より更に北に位置しているので、初夏だというのに上着が必要なほど冷え込んでいた。資源があまり多くないがこの国は工業が発展していて、帝都も工場から流れてくる煙で常に薄暗く空気もあまり綺麗とは言い難かった。しとしとと降り注ぐ雨が更に体を冷やした。
「大丈夫ですか、オリヴァー様」
対面に座るパトリックが不安げにオリヴァーを見る。帝国には両親とともに何度か足を運んだことがあるけれど、社交シーズンの夏だったのでここまで寒くなかった。指先が氷のように冷たくなってしまい、オリヴァーははあ、と息を吐きかける。
「ああ、思ったより寒いだけだ。服をいくつか増やさなければならないな」
「屋敷に到着したら仕立て屋を呼びましょうか」
オリヴァーはちらりと窓から外を覗く。帝都オルカーヌの繁華街にはいろいろな店が並んでいて、そこには仕立て屋もあった。わざわざ呼びつけるぐらいなら、さっさとそこで購入してしまったほうが早い。
「いや、そこで買おう」
「分かりました」
パトリックが馭者に馬車を停めるよう指示する。ドアが開くと更に冷たい空気が吹き付けてきて体が震えた。真昼間だというのに太陽の光は遮られていて雰囲気までも気味悪い。行き交う人々も足早でどこか侘しさを感じさせた。
オリヴァーが馬車から降りると視線が集中するのを感じる。まあ、どこへ行っても目立つから仕方ないと思っていたが、よくよく考えたらこの国の男性は黒い帽子を被っている。帝国には茶色や黒色の髪が多く、オリヴァーのような透ける金色はとても珍しかった。目立つのを避けるためにも上着だけでなく帽子も必要だ。帝都ではどのような服や小物が流行っているのかチェックもいる。偶然ではあるが、仕立て屋を呼びつけるよりもこうして自らの足で向かったほうがよかった。早足で軒先に向かうと、店の中から店主が出迎えてくれた。店の前に停まった馬車を見て、貴族が来たと分かったのだろう。
「ようこそいらっしゃいませ」
ずらりと店員が並んでオリヴァーに挨拶をする。
「どうぞこちらへ」
そう案内をされて店の奥に移動しようとしたところで、一瞬だけ店内がざわついた。しっかりと教育されている店員達がどうしたのだろうか、とオリヴァーも振り返ると、そこには……。
「おい、店主を呼べ!」
従者にドアを勢いよく開けさせ、中に入ってきたのは目的の人物だった。さすがに今日、出会う予定にしていなかったオリヴァーも驚いて目を見開く。わざわざ仕立て屋に自分から来るなんて、どういう風の吹き回しなのだろうか。腐っても国賓だろうに。
ふと彼の視線がこちらに向けられた。オリヴァーがにこりと微笑むと初めは怪訝な顔をしていたが、「オリヴァーじゃないか」と大股でこちらにやってくる。
「お久しぶりです、ルドルフ殿下。お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ。君も帝国に来ていたのか。驚いたよ」
「ええ……。俺も少し外の世界も知っておくべきかな、と思いまして」
それが本心ではない、と言うようにオリヴァーはルドルフに目配せをするが、本人にそんな意図は通用しない。良くも悪くも額面通りにしかとらないルドルフは「それなら、俺が帝国を案内しよう」と言って手を叩く。
「ありがとうございます、殿下。その前に少し服を揃えようかと思っておりまして。予想していたよりもこちらは寒いですね」
「ここは俺も愛用している仕立て屋なんだ。店主、彼に合うものを全て俺が買おう」
「え!?」
「折角、帝国まで来てくれたんだ。これぐらいはしてやる」
何を考えているのかよく分からないが、こちらの思惑通り、都合のいいように解釈をしてくれたようでオリヴァーは安堵した。
「大丈夫ですか、オリヴァー様」
対面に座るパトリックが不安げにオリヴァーを見る。帝国には両親とともに何度か足を運んだことがあるけれど、社交シーズンの夏だったのでここまで寒くなかった。指先が氷のように冷たくなってしまい、オリヴァーははあ、と息を吐きかける。
「ああ、思ったより寒いだけだ。服をいくつか増やさなければならないな」
「屋敷に到着したら仕立て屋を呼びましょうか」
オリヴァーはちらりと窓から外を覗く。帝都オルカーヌの繁華街にはいろいろな店が並んでいて、そこには仕立て屋もあった。わざわざ呼びつけるぐらいなら、さっさとそこで購入してしまったほうが早い。
「いや、そこで買おう」
「分かりました」
パトリックが馭者に馬車を停めるよう指示する。ドアが開くと更に冷たい空気が吹き付けてきて体が震えた。真昼間だというのに太陽の光は遮られていて雰囲気までも気味悪い。行き交う人々も足早でどこか侘しさを感じさせた。
オリヴァーが馬車から降りると視線が集中するのを感じる。まあ、どこへ行っても目立つから仕方ないと思っていたが、よくよく考えたらこの国の男性は黒い帽子を被っている。帝国には茶色や黒色の髪が多く、オリヴァーのような透ける金色はとても珍しかった。目立つのを避けるためにも上着だけでなく帽子も必要だ。帝都ではどのような服や小物が流行っているのかチェックもいる。偶然ではあるが、仕立て屋を呼びつけるよりもこうして自らの足で向かったほうがよかった。早足で軒先に向かうと、店の中から店主が出迎えてくれた。店の前に停まった馬車を見て、貴族が来たと分かったのだろう。
「ようこそいらっしゃいませ」
ずらりと店員が並んでオリヴァーに挨拶をする。
「どうぞこちらへ」
そう案内をされて店の奥に移動しようとしたところで、一瞬だけ店内がざわついた。しっかりと教育されている店員達がどうしたのだろうか、とオリヴァーも振り返ると、そこには……。
「おい、店主を呼べ!」
従者にドアを勢いよく開けさせ、中に入ってきたのは目的の人物だった。さすがに今日、出会う予定にしていなかったオリヴァーも驚いて目を見開く。わざわざ仕立て屋に自分から来るなんて、どういう風の吹き回しなのだろうか。腐っても国賓だろうに。
ふと彼の視線がこちらに向けられた。オリヴァーがにこりと微笑むと初めは怪訝な顔をしていたが、「オリヴァーじゃないか」と大股でこちらにやってくる。
「お久しぶりです、ルドルフ殿下。お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ。君も帝国に来ていたのか。驚いたよ」
「ええ……。俺も少し外の世界も知っておくべきかな、と思いまして」
それが本心ではない、と言うようにオリヴァーはルドルフに目配せをするが、本人にそんな意図は通用しない。良くも悪くも額面通りにしかとらないルドルフは「それなら、俺が帝国を案内しよう」と言って手を叩く。
「ありがとうございます、殿下。その前に少し服を揃えようかと思っておりまして。予想していたよりもこちらは寒いですね」
「ここは俺も愛用している仕立て屋なんだ。店主、彼に合うものを全て俺が買おう」
「え!?」
「折角、帝国まで来てくれたんだ。これぐらいはしてやる」
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